ミレニアム郊外、廃墟区画。
先生たちは再び、あの廃工場へとやって来ていた。
かつてAL-1S――今のアリスが眠っていた場所。
そして、前回とは違いどこか不気味なほど静かな空気が流れていた。
前に来た時は、ここでアリスを見つけたのだが、あれからまだそれほど時間は経っていないのに、先生にはずいぶん昔のことのように思えた。
「ここに、本当にG.Bibleがあるの?」
先生が尋ねると、モモイが胸を張った。
「うん! 偶然にも、この廃工場がG.Bibleの起動が最後に記録された場所なんだよ!」
ユズはおずおずとみんなの後ろから顔を出した。
「で、でも……記録上は、たしかにこの近くで反応が途切れてる……はず……」
「なら探す価値はあるね」
先生は頷いた。
アリスは光の剣を抱えて、目を輝かせている。
「探索クエストですね! 勇者は古代の遺跡で伝説の書物を見つけるのです!」
「うんうん! 分かってるねアリス!」
ケイはその様子を見て、どこか感慨深げだった。
「アリスがこんなにも立派に……!」
「言葉の吸収元が偏っていますけどね」
臨戦トキが横から淡々と言う。
「そこは今後調整します!」
ケイが即座に返した。
こうして一同は、廃工場内を探索し始めた。
◆
「お姉ちゃん、ゲームじゃないんだからさ…」
「でも壁の色が違う気がした!」
「錆び方が違うだけだよ」
「むぅ……」
アリスも壁の前で真剣に考える。
「アリスも隠し通路を探します」
「壊さない範囲でね」
「了解です、先生!」
そんな中、先生は地下の一角で、ふと光を見つけた。
「……あれ?」
暗い部屋の奥、古びた机の上に、一台のパソコンがあった。
周囲の設備はほとんど死んでいるのに、その一台だけが稼働しているのか画面は薄く光っていた。
「みんな、ちょっと来て」
先生の声に、散り散りで探索していた全員が集まってくる。
「パソコン?」
モモイが身を乗り出す。
「まだ動いてる……?」
ミドリも驚いたように画面を見る。
「古い端末のようですが、稼働していますね」
ケイが眉をひそめる。
「警戒した方がいいです。こういうものは大体、厄介な事に繋がっていますから」
「それ経験談?」
「……黙秘します」
先生たちは恐る恐る画面を覗き込んだ。
すると、そこに映っていたのは。
小さな部屋だった。画面の上部には、こう書かれている。
【AI控室】
その部屋の中には、三つの存在がいた。
一人目は、小さなケイのような少女。
デフォルメされたSDキャラのような見た目で、腕を組みながらぷんすか怒っている。
二人目は、見たことのない奇妙なキャラ。
どこか神秘的で、しかし自販機の上に座っているせいで妙に生活感がある。
三人目は、アロナだった。
シッテムの箱の中でいつも見ている、あのアロナ。
三人は、なぜか控室らしき空間でくつろいでいた。
『ちょっと! またコーラですか!? たまには違うのを出してくださいよ! ポンコツ自販機AI!!』
SDケイが怒っている。
謎の存在は、自販機の上から堂々と答えた。
『コーラが欲しいと思ったことはないか?』
『ありません!』
『ただ、飲みすぎには注意することだ。その先に待ち受けるのは絶滅であることを心せよ』
『いやだから! コーラ以外よこせって言ってるんですよ!』
横でアロナが手を上げる。
『イチゴミルクはないんですか!?』
『イチゴミルクが欲しいと思ったことは――』
『あります! 今まさにあります!』
先生たちは、茫然と画面を見ていた。
「……アロナ?」
先生が呟くと、画面の中のアロナが、ぴたりと止まった。
それに伴ってSDケイも止まる。
謎の存在も、ゆっくりこちらを見る。
数秒の沈黙。
三人が同時に叫んだ。
『『『ヤベッ!』』』
次の瞬間、画面が真っ暗になった。
「……」
「……」
「……」
モモイがぽつりと言う。
「今の何?」
そのモモイの疑問に誰も答えられなかった。
やがて、黒い画面に白い文字が浮かび上がる。
【Divi:Sion Systemへ、ようこそお越しくださいました。お探しの項目を入力してください】
「……切り替わった」
ミドリが呟く。
「……露骨に誤魔化しましたね」
ケイが額を押さえる。
アリスは目を輝かせた。
「入力画面ですね? アリスが入力します!」
「ちょっ、アリス?」
先生が止める前に、アリスはキーボードへ向かった。
そして、勢いよく入力する。
【今のは何ですか?】
少しの間。
返答が表示された。
【は? 今のとは? 定義が曖昧なのでお答えできません。情報は正確に、お願いします】
「なんか腹立つ!」
モモイが叫んだ。
「アリスは正確さを求められてしまいました」
「いや、さっきの見られたの誤魔化してるだけだよ!」
今度はモモイがキーボードを奪う。
【さっきの事だよ! 2~3分前くらいの!】
【それは何時何分何秒? キヴォトスが何回まわったときですか?】
「ムカツクーー!!」
モモイが地団駄を踏む。
「小学生みたいな返ししてきた!」
「お姉ちゃん、落ち着いて!」
「落ち着けないよ! なんか煽ってくるんだけど!!」
ケイは顔をしかめる。
「今の返答、性格が悪いですね」
臨戦トキが頷く。
「過去のあなたですよ?」
「トキ?何か言いましたか?」
「……いいえ、何も」
「そういえばさっきのSDキャラはケイに似ていましたね!」
「それは見た目だけです!!」
次に、ミドリがキーボードの前に立った。
「ちゃんと目的を聞けば答えてくれるかも」
「頼んだよミドリ!」
ミドリが入力しようとした瞬間、画面表示が変わった。
【汝の探し求めている物を強く心に想い、次の質問に答えよ】
「……雰囲気変わった」
ユズが小さく呟く。
次の表示。
【汝は何かを探してここに来た?】
その下に、選択肢が並ぶ。
【はい】
【いいえ】
【わからない】
【たぶんそう。部分的にそう】
【たぶん違う。そうではない】
モモイが画面を見て、ぽつりと言った。
「アキ〇イターじゃん……」
「既視感あるね…」
先生が苦笑する。
ミドリは少し困りながらも、選択肢を選んでいく。
【それは紙でできている?】
「たぶん違う……かな?」
【それはデータである?】
「はい」
【それはゲームに関係がある?】
「はい」
【それは食べられる?】
「いいえ」
アリスが首を傾げる。
「ゲーム機は食べられません。アリスは学習済みです」
「うん、えらいね」
先生が褒めると、アリスは嬉しそうに頷いた。
その間もどんどんと質問は続いた。
【それを探している者は廃部寸前?】
「はい……」
モモイが悲しい顔で答える。
【それを探している者は勢いだけで行動しがち?】
「誰のこと!?」
モモイが叫ぶ。
ミドリがそっと【はい】を選んだ。
「ミドリ!?」
【それを探している者は、直談判に武器が必要だと思っている?】
「やっぱり私のこと言ってるよね!?」
ミドリはまた【はい】を選んだ。
「ミドリ!!」
そして、ついに画面に文字が表示された。
【汝が探している物は、G.Bibleですね?】
ミドリが【はい】を押す。
画面に大きく表示された。
【Q.E.D.】
沈黙。
ミドリが叫んだ。
「いやだから何!? 何にも進展してないって!」
モモイも頭を抱える。
「ただ当てただけじゃん!」
「無駄に質問が長かったですね」
「このAI、絶対遊んでますね」
そんな無為な時間を過ごしていると、突然画面が乱れた。
ザザッ、とノイズが走る。
そして、今度は音声が流れ始めた。
『遊んでいたら電力限界に達しました! 早く記録媒体を接続しろ、モモイ!!』
「うわ! 名指し!?」
モモイが飛び上がる。
「記録媒体って言われても……ゲームのメモリーカードでいい?」
『それで構いません! 転送開始します!』
「早いなぁ!」
モモイは慌てて携帯ゲーム機を取り出し、メモリーカードを接続する。
すると、画面内で再び声が騒がしくなった。
『ちょっと押さないでください! ただでさえ容量足りないんですから!!』
『コーラのデータ領域を確保することは重要である』
『コーラ消して!』
『イチゴミルクは!?』
「なんか揉めてる?」
先生が困惑していると画面の中から、声が響く。
『余分なデータを削除します!』
『致し方あるまい…』
『いいですか? いいですね!!』
「ちょっと待って、私許可してないよ!?」
モモイが焦ったように叫んだが時すでに遅し。
『はい残念、削除~♪』
「うわぁぁぁぁぁ!!!」
「な、何が消えたの……?」
「考えない方がいいかもしれない」
ミドリが小さく言う。
それから一分ほどして、転送は完了したらしい。
モモイの携帯ゲーム機の画面に、一つのファイルが表示される。
【G.Bible.exe】
「!」
セーブデータが消えて絶望していたモモイの目が輝く。
「これがG.Bible!」
「ついに……!」
ミドリも嬉しそうに画面を覗き込む。
「実行してみよう!」
モモイがファイルを開こうとするが、ファイルは開かなかった。
そして代わりに、ポップアップが表示される。
【要塞都市エリドゥのシステムに接続したらロックが解除されます】
一瞬の沈黙の後、モモイが盛大に叫んだ。
「どこだよそこ!! 要塞都市エリドゥって何!? 聞いたことないんだけど!」
ミドリも困惑している。
「私も知らない……」
ユズも小さく首を横に振る。
「私も聞いたこと、ない……」
アリスだけが、目を輝かせていた。
「なんだかRPGのおつかいイベントみたいですね!」
「アリスは楽しそうだね……」
先生が笑っていると、その時ふと思い出した。
「そういえばミレニアムに来た時、トキがスケッチブックに書いていたのが、そんな名前じゃなかったっけ?」
全員の視線が、臨戦トキへ向いた。
臨戦トキは無表情のまま、少しだけ視線を逸らした。
「……」
モモイが詰め寄る。
「トキ! 知ってるの!?」
ミドリも真剣な顔で近づく。
「要塞都市エリドゥって、何?」
ユズも恐る恐る聞く。
「知ってるなら……教えてほしい、です……」
臨戦トキは沈黙した。
そして、いつものようにスケッチブックを取り出そうとする。
しかし、ケイが横から言った。
「自業自得ですね。ミレニアムに来た初日に、ドローンへ向けて『横領都市エリドゥを許すな』などと掲げた貴女が悪いです」
「あれは、精神攻撃として有効な手段だったのです!」
「その結果、今詰められているようですが?」
モモイがさらに詰め寄る。
「横領都市って何!? 要塞都市じゃないの!?」
「説明して、トキ!」
臨戦トキは少しだけ困ったように先生を見た。
先生は余計なことを言ったかもと苦笑するしかなかった。
◆
一方その頃。
先生の持つシッテムの箱の中で、アロナは一人、胸を撫で下ろしていた。
『あぶなかった~……』
画面の中のアロナは、額の汗を拭うような仕草をする。
『まさか控室を見られるとは思いませんでした……。でも、シッテムの箱にBluetooth機能入れておいてよかった~』
アロナはふふんと胸を張る。
『これで先生にはバレていませんね!』
なお、先生はすでに画面でアロナを見ていた。
だが、アロナはその事実から目を逸らしていた。
『それにしても……』
アロナは少しだけ頬を膨らませる。
『あの自販機AIさん、本当にコーラしか出さないんですよね。次は絶対イチゴミルクを出してもらいます!』
シッテムの箱の中で、アロナは謎の決意を固めていた。
その頃、廃工場の地下では。
「トキ! 吐けー!」
「要塞都市って何なの!?」
「横領都市って何……?」
「アリスはおつかいイベントを開始したいです!」
「ちょっと落ち着いてください…!」
臨戦トキが、モモイたちに囲まれていた。
G.Bibleは手に入った。
ただし、開くには要塞都市エリドゥへの接続が必要らしい。
廃部回避への道は、またしても妙な方向へ曲がり始めていた。