調月リオは、逃げた。それはもう、見事なまでに逃げた。
ゲーム開発部の面々が「ユウカの上の会長に直談判しよう」と言い出した時点で、嫌な予感はしていた。
そして、アリスが巨大なレールガンを抱えているのを監視ドローン越しに見た瞬間、リオは確信した。
あれは直談判ではない。
襲撃だ。
本人たちにその自覚があるかどうかはともかく、少なくとも受ける側からすれば襲撃である。
そう判断したリオは、即座に行動した。
現地トキを連れ、ユウカたちに詳しい説明もせず、ミレニアムから離脱。
そして、逃げ込んだ先は――。
要塞都市エリドゥ。
ミレニアムの誰にも知られていない、リオが秘密裏に作り上げた巨大な都市。
その本拠点となるタワーの一室で、リオはようやく椅子に腰を下ろした。
「……はぁ」
深く息を吐く。これでようやく落ち着ける。
ここならしばらく安全のはずだ。
そう思うと少し冷静になれた。
「ユウカ達に詳しい説明もせずに出てきちゃったけど、大丈夫かしら?」
リオがぽつりと呟く。
その横に控えていた現地トキが、淡々と答えた。
「心に余裕を取り戻した瞬間に冷静ですね。先ほどまで涙目でしたのに」
「……トキ」
「失礼しました」
現地トキは表情一つ変えずに頭を下げる。
リオは軽く額を押さえた。
「……とりあえず、これでようやく落ち着いてアリスの様子を見守ることが出来るわね」
「そうだといいですね……」
「不吉なことを言わないでちょうだい」
リオは小さく息を吐き、モニターを起動すると、アリスたちに自動追尾させていた監視用ドローンの映像が表示された。
そこに映っていた映像はゲーム開発部の部室だった。
モモイ、ミドリ、ユズ、アリス。
先生、ケイ、臨戦トキ。
例の人物たちが一堂に会している。
リオはその映像を確認しようとして――。
理解できない光景に出迎えられた。
「……あの子たちは一体何をしているの?」
ゲーム開発部の部室の中央で臨戦トキがぐるぐる巻きに縛られていた。
周囲には、モモイ、ミドリ、アリス。
ケイは腕を組んで立っており、ユズはオロオロとしており、先生は困ったように苦笑している。
リオは疑問に思っていると、映像越しに音声も入ってきた。
『くっ、殺せ!』
臨戦トキは、無表情のまま堂々と言った。
そして、少し満足げに頷く。
『これ、一回言ってみたかったんですよね』
『トキ! 早くエリドゥの場所を教えてよ!』
モモイが詰め寄るが臨戦トキは縛られたまま、涼しい顔で答えた。
『気分が乗らないから拒否します』
『わがままだな~!』
モモイが頬を膨らませる。
『じゃあ何か欲しいもの言ってみなよ。なるべく用意してあげるよ』
『じゃあ先生の残りの人生をください』
『それは私の物です!!』
横からケイがとんでもない声量で叫んだ。
モモイが耳を押さえる。
『ケイ! 横からすごい大声出さないで! 耳がキーンってなるから!』
『今の発言だけは看過できません!』
『あはは……』
先生が困ったように笑っている。
いつものようなゲーム開発部の光景。
いつも通り、意味不明で、騒がしくて、訳が分からない。
だが、リオはモモイの言った一言で思考が停止していた。
「エリドゥのことがバレている……?」
なぜ? どうして?
どこから情報が漏れた。
リオは目を見開いたまま、映像に釘付けになる。
現地トキが淡々と告げる。
「リオ様。これはおそらく時間の問題ですね」
「分かっているわよ……!」
リオの声が震える。
その間にも、画面の向こうでは尋問が続いていた。
『そこまで話さないとなると……こちらも非情な手を使わないといけないな~!』
モモイが悪役のような顔を作る。
『アリス、例の物を!』
『やるんですね!? 今ここで!!』
アリスが目を輝かせる。
臨戦トキは余裕の表情を崩さない。
『フッ……モモイとアリスが、いったい私に何をするというのですか? こちょこちょ攻撃ですか?』
だが、次の瞬間、モモイとアリスが取り出した装置を見て、臨戦トキの顔から余裕の笑みが消えた。
『えっ……それは……!?』
『これは、リオが作って我が部室に放置されていたTSC強制プレイゴーグルだよ!』
モモイが高らかに宣言する。
リオはモニターの前で頭を抱えた。
「何に使っているのよ……!」
現地トキが冷静に言う。
「有効活用ですね」
「違うわ!」
映像内の臨戦トキは、明らかに動揺していた。
『……くっころした人を本当に殺す人がありますか!!?』
『殺さないよ! TSCをクリアするまで強制するだけだよ!』
『実質的な精神崩壊です! 先生助けてください! モモイ達に殺されてしまいます!!』
臨戦トキが先生へ必死に助けを求める。
だが、ケイは楽しそうにその様子を見ていた。
『フフフ……散々私を振り回したツケを払っているだけですので、助けなくていいですよ先生。むしろいい気味です』
『ケイ、今凄い悪い顔してるよ…?』
先生が苦笑しながら指摘するがどこ吹く風でケイは答える。
『正当な報いです』
『ほらほら~、早くエリドゥの場所を吐いた方がいいんじゃないの~? 装着しちゃうよ~?』
モモイがゴーグルを近づける。
アリスも真剣な顔で頷く。
『装着準備完了です!』
『教えます! 教えますから! 早くその装置を離してください!』
臨戦トキは、即座に降伏した。
リオは椅子の背もたれに沈み込んだ。
「……終わったわ」
現地トキがモニターを見ながら言う。
「どうします、リオ様? 近いうちにあの子達がここに来ることが確定しましたけど……」
リオは答えられなかった。
どうするかを高速で思考して、最後の手を使う羽目になる。
リオは震える手で、別の通信端末を起動させる。
通常の回線ではない。
限られた相手にしか繋がらない、緊急回線。
数秒後、荒っぽい声が返ってきた。
『あ? お前がこの回線で連絡してくるなんて、珍しいこともあるじゃねえか』
リオは無事に対象が出てくれた安堵から瞳を閉じる。
『緊急の案件かよ?』
「……ええ。そうよ。単刀直入に言うけれど、助けて欲しいの」
通信の向こうが、一瞬だけ静かになった。
『……ほんっっっとうに珍しいな!』
声には、驚きと少しの愉快さが混ざっていた。
『お前がそこまで素直に他人に頼るほどの事態なのか?』
「今は貴女の力が必要なの――」
リオは震える手を抑えつける様に拳を握る。
「助けてくれるかしら?」
『フッ……いいぜ、助けてやるよ』
通信の向こうで獰猛な声が笑った。
『あたし一人でいいのか?』
「いいえ」
リオは即答した。
「C&C全員を招集してちょうだい」
『そこまでするほどの厄介事かよ!』
相手の声が楽しげに弾む。
『今からワクワクするな!!』
「合流座標はすぐに送るから、なるべく早く来てちょうだい」
『了解!』
少女の声が、自信に満ちた響きを帯びる。
『コールサイン00の意味を、お前にも分からせてやるよ!』
そう言って通信は切れた。
リオが緊急回線を使ってまで繋いだ相手。
その少女は、ミレニアム最強戦力と呼ばれるC&Cのリーダーだった。
赤みを帯びた短い髪。
鋭い瞳に小柄な体、そしてそれらを嘲笑う様な圧倒的な威圧感。
メイド服の上に、派手なジャケットを羽織り、背には荒々しい得物。
その周囲には鎖が垂れ、まるで獰猛な獣が今にも飛びかかろうとしているかのような空気を纏っている。
コールサイン00。
周りから約束された勝利の象徴と称される彼女の名前は――。
美甘ネル
リオはついに、ミレニアムが誇る最高戦力の札を切った。
リオは静かに息を吐く。
現地トキが横から尋ねた。
「よろしいのですか?」
「何が?」
「C&C全員を呼ぶということは、ネル先輩たちに私の存在が知られてしまいますよ?」
「……」
「せっかく、リオ様が今まで隠してきたというのに…」
「この際、四の五の言っていられないわ」
リオは立ち上がる。
その表情には、先ほどまでの動揺がまだ残っていた。
しかし、その奥には明確な決意もあった。
「あの子たちがここに来てしまう前に、アビ・エシュフの最終調整をするわよ」
「了解しました」
現地トキは静かに頭を下げる。
リオはモニターへ視線を戻す。
そこでは、臨戦トキが完全に解放され、モモイたちに詰め寄られていた。
『解放してあげたんだから、早く案内してよ!』
『場所は知ってるんだよね!?』
『分かりました! 分かりましたからそのゴーグルをこっちに近づけないでください!』
『アリスはもしかして今最強なのでは…?』
『それは呪いの装備ですよ!?』
リオは映像から目を逸らした。
もう、なりふり構っていられない。
こうなってしまっては自分が用意できる最高戦力で迎え撃つしかない。
C&C。アビ・エシュフ。
さらに、とっておきの隠し玉。
アリスを見極めるため。
ミレニアムを守るため。
そして何より、これ以上自分の胃が破壊される前に。
「……来るなら来なさい」
リオは静かに呟いた。
足は震えていたが、その瞳はしっかりと前を向いていた。