先生たちは、臨戦トキの案内で、ついに要塞都市エリドゥへ到着したのだが、そこに広がっていた光景は、先生たちの想像していた“要塞都市”とは少し違っていた。
「……」
「……」
「……」
全員が言葉を失う。
目の前には、混沌が広がっていた。
無数の防衛ロボットが都市内に展開している。
本来なら侵入者を排除するための戦力なのだろう。
だが、その多くはすでにミレニアム生徒たちによって蹂躙されていた。
「ヒャッハー!! 研究資材だー!」
「リオ会長を探せー!」
「このロボットのパーツ、研究素材に使えそう!」
「こっちの装甲板、持って帰ってもいいかな!?」
各所で銃声が鳴り響き、爆発音が連続する。
防衛設備が火花を散らして沈黙し、煙を上げるロボットたちは、機能停止して転がっていた。
遠くでは、爆風に巻き込まれたミレニアム生が「ぎゃー!」と叫びながら空中をくるくる回転し、近くの瓦礫の山に突っ込んでいた。
直後に、すぐに立ち上がりまた突撃していった。
「無事みたいだね……」
先生はほっとしたように呟いた。
「この程度ではなんともありませんよ」
ケイが冷静に答える。
さらに別方向では、ヘンテコな顔をした巨大なロボットが、エンジニア部らしき生徒たちに取り囲まれていた。
「はっはっは!来てよかったな! インスピレーションが湧いてくるぞ!!」
「ウタハ先輩まだ動いてますから!!」
「動いてるうちに中身を見たいんだよ!」
巨大ロボットは抵抗しようとしているが、エンジニア部の熱量の方が上回っていた。
何本ものケーブルを繋がれ、外装を剥がされかけ、もはや戦闘兵器というより分解教材になりつつある。
モモイが乾いた笑いを漏らした。
「……これ、私たちが来る必要あった?」
「少なくとも、要塞都市はもう半分くらい攻略されてるように見えるね」
「みんなの目が……怖い……」
「これは大規模レイドイベントです!」
「アリス、楽しそうだね……」
そんな中、遠くの方から怒号が聞こえてきた。
「どうなってんだ!? 聞いてた話と全然違うじゃねぇか!!!」
その声を聞いた瞬間、臨戦トキが「あっ」と動きを止めた。
「トキ?」
先生が振り返ると、臨戦トキは声のした方角を指差しながら。
「あそこにネル先輩がいますので、迂回しましょう」
「即決だね」
「ネル先輩と正面からぶつかるのは推奨できません」
ケイも真剣な顔で頷く。
「賛成です。ここで時間を取られるわけにはいきません」
「ネルってそんなにヤバいの?」
モモイが不安げに聞いてくる。
そのモモイの疑問に臨戦トキは短くはっきりと答えた。
「ゾウとアリぐらい力量差があります。こちらがアリですね」
ヒマリが言っていた“ミレニアム最強”。
その言葉を思い出し、モモイたちは即座に頷いた。
「じゃあ迂回しよう!」
「うん、そうしよう」
「ユニークボスはレベリングの後ですね!」
一行は、銃声と爆発音が響く戦場の端を、できるだけ目立たないように進むことにした。
細い通路の陰。壊れた壁の裏。倒れた防衛ロボの陰。
先生たちは、とりあえず戦闘を回避しながら進んでいた。
「リオはどこにいるんだろうね?」
先生の小さな呟きを臨戦トキは聞き逃さなかった。
「おそらく、ここから見える中央タワーの最上階で、この事態に頭を抱えてプルプル震えているはずです」
「……簡単にその光景が想像出来ちゃったよ」
先生は苦笑する。
リオが頭を抱えながら、監視カメラ越しにこの混沌を見ている姿。
確かに、容易に想像できた。
「でも、居場所が分かればやりようはあるね」
先生はシッテムの箱を取り出した。
「アロナ!」
『はいは〜い! 先生の最強サポートAI、アロナちゃんですよ〜!』
いつもの明るい声が響く。
だが、続いて別の声も聞こえた。
『お邪魔してるぞ、先生』
「え?」
先生が目を丸くする。
「君は、あの控室の時の……」
シッテムの箱の画面内に、アロナの横で妙に堂々とした存在が映っていた。
以前、AI控室でコーラについて語っていた、あの謎の存在。
神秘的でどこか不気味なのに、今はなぜかシッテムの箱の中でコーラを飲んでくつろいでいる。
『色々事情があってな。少しばかりここにいるだけだ、結末を見届けたらすぐに帰る』
『そうですよ先生、ただの居候です。だからこのコーラ狂いは気にしないでくださいね』
「うん……あとで詳しく聞くね」
『あとで怒られる流れですか!?』
先生は軽く咳払いした。
「それで、アロナにお願いしたい事があるんだ」
『はい! 何でも言ってください!』
「あの中央のタワーまで行きたいんだけど、なるべく戦闘を回避してたどり着くルートを案内して!」
『任せてください!』
アロナの声が弾む。
『周辺の混雑状況、防衛設備の残存状況、ミレニアム生の暴動ルートを計算します!』
『暴動ルートという表現は正確だな』
『ちょっと静かにしてください! 今アロナちゃんがかっこよくサポートしてるところです!』
しばらくして、画面に細いルートが表示された。
『この路地を抜けて、右に二回、左に一回。倒れている防衛ロボの山を越えたら、タワーの裏側に出られます!』
「ありがとう、アロナ」
『えへへ〜! もっと褒めてもいいんですよ?』
「いつもすごく助かるよ!」
『わーい褒められました!』
アロナの案内で、細い路地をくねくねと時折爆発音は遠くなったり近くなったりしながら進んで行く。
時々、ミレニアム生が横の通路を猛スピードで駆け抜けていく。
「リオ会長はどこだー!?」
「金だー!!」
「予算を確保しろー!」
「これ本当にミレニアムの生徒たちの声かな……?」
先生は少しだけ遠い目をした。
そして、あと少しでタワーの裏側に出られるという場所まで来た時だった。
路地から抜けてすこし開けた場所で、一つの影が立っていた。
現地トキただし、ただのトキではない。
彼女は巨大な兵装――アビ・エシュフを身に纏っていた。
重厚な装甲。
展開された砲門。
普段のメイド姿とはまるで違う、圧倒的な戦闘形態。
こちらを視認した瞬間、残念そうに現地トキは静かに口を開いた。
「やはり、一番最初に来たのはあなた達でしたか」
その声はいつものように淡々としていたように聞こえたが、しかしどこか寂しさも混じっているようにも聞こえた。
「正直に言えば、あなた達とは戦いたくありませんでしたが……」
アビ・エシュフの砲門が展開される。
「止めろと命令されれば従うのが、私という存在です」
現地トキは先生たちを見据えた。
「お引き取り願いましょうか」
空気が張り詰める。
先生は一瞬、一度引き返すべきか考えた。
その時だった。背後から、荒っぽい声が響く。
「―――お前らがリオの言ってたやつか?」
慌てて声の方向に振り返ると、そこに立っていたのは一見すると小柄な少女だった。
赤みを帯びた髪に鋭い目つきでこちらを睨んでいる。
メイド服の上に派手なジャケット。
自他ともにミレニアム最強と名高いC&Cのリーダー。
美甘ネルが先生たちの通ってきた路地から歩いてきた。
「アスナの言ってた通り、戦闘を抜け出してきて正解だったみたいだな!」
先生とケイは、同時に苦い顔をした。
ネルはそれを見て、にやりと笑う。
「オイオイ! ミレニアム中を巻き込んでおいて、そんな顔するなよ」
肩をすくめる。
「その顔をしたいのは、後処理するこっちだっつーの!」
ネルは武器で肩をトントン叩きながら宣言する。
「ま、これでお前等もゲームオーバーってことで、潔く諦めな!!」
その言葉に、モモイ達がぐっと唇を噛む。
前にはアビ・エシュフを纏った現地トキ。
後ろにはミレニアム最強のネル。
完全に挟まれている状況、まさにゲームオーバーとそう思いかけた時。
「まだです!」
アリスが声を上げた。
全員の視線がアリスへ向く。
アリスは光の剣を構え、まっすぐ前を見ていた。
「まだゲームオーバーじゃありません!」
その瞳はまだ諦めていなかった。
「ここから二人を倒して、まだアリスは冒険を続けます!!」
モモイが目を見開く。
「アリス……」
ケイも息を呑んでアリスを見つめていると、臨戦トキがそのアリスの言葉を静かに笑った。
「よく言いました、勇者アリス」
そして、ネルの前へ一歩出る。
「ネル先輩の相手は、私が引き受けましょう」
「トキ!?」
先生が声を上げる。
臨戦トキは振り返らない。
「アリスは、あっちの私をお願いします」
アリスは力強く頷いた。
「分かりました! 勇者の力を見せてあげましょう!」
ネルは臨戦トキを見て、口角を上げる。
「へぇ? お前がもう一人の新人か……」
鎖が鳴る。
「いい根性してるじゃねぇか。私とタイマンするってのか?」
臨戦トキは静かに構えながら口を開く。
「ええ、私の尊敬する“先輩”から教えられましたから」
「あ?」
「どんなに不利な状況だろうと、決して諦めるなと……」
ネルの笑みが深くなる。
「いいこと言う奴じゃねぇか! あたしと気が合いそうだ!!」
臨戦トキも、ほんの少しだけ笑った。
「私もそう思いますよ」
言い終わると同時に、二人は地面を蹴った。
ネルの鎖が唸り、臨戦トキの銃声が響く。
衝突の衝撃で、周囲の瓦礫が吹き飛んだ。
直撃を受けた防衛ロボの残骸が跳ね、近くを走っていたミレニアム生が悲鳴を上げて転がっていく。
臨戦トキが叫ぶ。
「先生!私のことは気にせず、リオ様の確保を優先してください!」
「トキ!!」
先生の声を背に、臨戦トキはネルと激突する。
その正面では、アリスと現地トキが向かい合っていた。
「悪いことは言いません」
現地トキが静かに告げる。
「諦めてください。アビ・エシュフを纏った私は無敵です」
「嫌です!」
アリスはスーパーノヴァを構えた。
「アリスはここで終わるわけにはいかないんです!」
「そうですか……残念です」
現地トキの両腕のガトリングが回転する。
次の瞬間、凄まじい弾幕がアリスへ向かって放たれた。
アリスはスーパーノヴァを正面に盾のように構える。
「くっ……!」
弾丸が武器の表面で弾け、火花が散る。
衝撃に押されながらも、アリスは踏みとどまった。
「アリスは、耐えます! みんなを連れて先に行ってください!」
先生は咄嗟に判断した。
「みんな、路地裏へ!」
「え、でもアリスが!」
モモイが叫ぶ。
「アリスを信じよう!」
先生の声に、モモイは歯を食いしばる。
ミドリがユズの手を取り、ケイがモモイの背を押す。
先生はモモイたちを連れて、路地裏へ逃げ込んだ。
その直前、先生は振り返る。
「トキ! アリス!」
弾幕と爆発の中、二人がそれぞれ一瞬だけ先生を見た。
「二人とも、タワーの前で合流だよ!」
臨戦トキはネルの攻撃を受け流しながら、短く答えた。
「了解!」
アリスもスーパーノヴァを構えたまま、力強く叫ぶ。
「分かりました!」
その言葉は、命令ではなかった。
信頼から出た言葉だった。先生は、二人が必ず勝って合流すると信じていた。
だからこそ、そう言えた。
「行こう!」
先生たちは路地裏へ駆け込む。
『先生、次は右です! そこから非常階段を抜ければ、タワーの下層へ近づけます!』
アロナの案内が響く。
背後では、ネルと臨戦トキの激突音。
現地トキのガトリングと、アリスのスーパーノヴァがぶつかる轟音。
それでも先生たちは前へ進む。
目指すは中央タワー。
その最上階で、きっと今も頭を抱えているリオの元へ。
要塞都市エリドゥの戦いは、さらに混沌を増していくのだった。