先生たちが無事に路地裏へと駆け込んでいく。
その背中を見送った臨戦トキは、すぐに視線を前へ戻した。
目の前には、ミレニアム最強戦力にしてC&Cのリーダー美甘ネル。
「さてと、先生たちは行っちまったけど、お前は残るんだな?」
ネルが獰猛な笑みを浮かべながら臨戦トキを見つめると。
臨戦トキは銃を構えることで自分の意思を表した。
「ネル先輩の相手は、私が引き受けると言いましたので」
「いいねぇ。そういう根性、嫌いじゃねぇぜ」
ネルが一歩踏み込む。
それだけで、空気が変わった。
臨戦トキは即座に横へ跳んだ。
直後、さっきまで立っていた地面が砕ける。
ネルの一撃が空を切り、衝撃だけで瓦礫が吹き飛んだ。
「……」
臨戦トキは無表情のまま、内心で冷や汗を流す。
近づかれたら終わる。
臨戦トキは即座に判断した。
正面から付き合う必要はない。
勝つためなら、使えるものは何でも使う。
臨戦トキは後方へ跳び、銃撃をばら撒きながら戦場の中心へ向かって走り出した。
「おいおい!」
ネルが笑いながら追ってくる。
「カッコいいこと言ってた割に、逃げ腰かよ!!」
「ゴジラに正面から突っ込むのは、無謀を通り越してバカの所業です」
ネルの眉が跳ね上がる。
「あぁ!? 誰がゴジラだって!!?」
「チビネルネルネ先輩のことです」
「お前絶対泣かすからな!!!」
ネルがさらに加速した。
臨戦トキはその圧を背中で感じながら、あえて人の多い方向へ飛び込む。
そこは、防衛ロボとミレニアム生たちが入り乱れる混戦地帯だった。
あちこちで銃声が響き、爆発で生徒が吹き飛ばされ、すぐに起き上がってまた予算目当てに走り出している。
「うわっ!? 何か飛んできた!」
「メイドが追いかけっこしてるぞ!」
「巻き込まれるなー!」
臨戦トキとネルの戦闘は、その場にいた生徒たちを容赦なく巻き込んだ。
ネルが撃った銃撃に巻き込まれ、数人のミレニアム生がまとめて吹っ飛ばされていく。
「ぎゃー!!」
「向こうでやれー!!」
「でも予算は欲しいー!!」
臨戦トキが放った弾丸が防衛ロボの足元を撃ち抜き、転倒したロボットに別の生徒たちが突っ込んで団子状になる。
「すみません。通ります」
それでも臨戦トキは決して足を止めない。
ネルもこの程度では絶対に止まらない。
互いに周囲の被害など気にせず、逃げる者と追う者として戦場を横断していく。
「おらおら! 逃げんな!」
「逃げていません。戦略的誘導です」
「物は言いようだな!」
「私は優秀なので」
「その無駄な自信ごとぶっ飛ばしてやるよ!」
ネルが地面を蹴ると一瞬で距離が詰まる。
臨戦トキはその気配を察知し、近くの防衛ロボを盾にするように横へ滑り込んだ。
ネルの蹴りが防衛ロボに直撃し、ロボットがきれいに横へ吹っ飛ぶ。
それに巻き込まれたミレニアム生たちが悲鳴を叫びながら転がっていった。
「……相変わらず規格外ですね」
「まだまだこんなもんじゃねぇぞ!」
臨戦トキは周囲を見た。
人は十分に集まっている。
報奨金目当ての生徒たち。
防衛ロボを解体しようとしていたエンジニア部。
リオ会長を探していた各部活の面々。
ここなら、使える。
臨戦トキは大きく息を吸った。
そして、戦場の中央で声を張り上げた。
「この小さいスカジャンを着た不良メイドが、リオ様の場所を知っているらしいですよーー!!!!」
その瞬間、戦場から音が消えた。
銃声も爆発音も報奨金を求める叫びも。
全てが、一瞬だけ止まった。
「……おい」
その声は低かった。
だが、遅かった。
周囲にいたミレニアム生たちの目が、ぎらりと光る。
「リオ会長の場所……?」
「知ってるって言った?」
「特別報奨金……」
「捕まえれば予算が……」
「研究費……」
「部費……」
「新機材……!」
次の瞬間、欲望に満ちたミレニアム生たちが一斉にネルへ突撃した。
「うおおおおおおおお!!」
「リオ会長の場所を吐けー!」
「予算のために!」
「部費のために!」
「報奨金のために!」
「おい待てコラァ!!」
ネルが襲いかかってくる生徒たちを片っ端から捌く。
近づいてきた生徒を軽く放り投げ、飛んできたロボットを蹴り飛ばし、背後から迫ったドローンを鎖で弾く。
もちろん、誰も大怪我はしない。
吹っ飛んだ生徒たちは、目を回したり、壁にめり込んだり、煙を上げながら「まだ……報奨金……」と呟いている程度だった。
だが、圧倒的に数が多い。
「お前、卑怯だぞ!!」
ネルが叫ぶが臨戦トキは涼しい顔で銃を構えた。
「はっ! 勝てばいいんですよ、勝てば」
「開き直りやがったな!!」
臨戦トキは、てんやわんやになっているネルへ向けて容赦なく攻撃する。
ネルが飛びかかってきたミレニアム生を投げ飛ばした瞬間、その側頭部に弾丸が当たった。
「いてぇ!」
ネルが顔をしかめる。
「お前、いったいその“先輩”から何を学んだんだよ!?」
「諦めないことと、相手がゴジラなら何を使ってもいいことです」
「絶対それ間違ってるからな!!」
「解釈違いですか?」
「解釈以前の問題だ!」
ネルは怒鳴りながらも、周囲から押し寄せる生徒たちを捌き続ける。
臨戦トキの策は成功していた。ネル相手に正面から戦えば、勝ち目は薄い。
ならば、混戦にして削るしかないと判断した。相手の注意を散らし、足を止め、隙を作る。
そして、できる限り時間を稼ぐ、それが臨戦トキの狙いだった。
だがその判断は、わずかに彼女自身の油断も生んだ。
「うわああああ!」
突然、横から一人のミレニアム生が吹っ飛んできた。
ネルに投げ飛ばされたのだろう。
その生徒はぐるぐる目を回しながら、臨戦トキの方へ一直線に飛んでくる。
「……っ!」
臨戦トキは一瞬、そちらへ意識を取られた。
その一瞬で、ネルは懐に入っていた。
「あたしもな―――」
ネルの声が、すぐ近くで響く。
「どんな状況でも、絶対に諦めねぇんだよ!」
次の瞬間、ネルの蹴りが臨戦トキの胴に叩き込まれた。
衝撃。
臨戦トキの体が地面から浮く。
そのまま、近くのビルの壁を突き破って中へ吹き飛ばされた。
壁に大穴が開き、粉塵が舞う。
「……っ」
臨戦トキは瓦礫の中で体を起こす。
痛みはあるが、動けないほどではない。
それでも、ネルの一撃は重い。
「相変わらず、バケモノですね……」
どうする、このままでは押し切られる。
ネルを足止めするのは成功しているが、こちらが先に捕まれば意味がない。
考えを巡らせていると、突き破られた穴からネルが入ってきた。
怒っているからか先ほどよりもさらに獰猛な笑みを浮かべていた。
「さっきお前が言っていたことも、一理あるかもな」
「……?」
「どうやら、あたしはゴジラだったかもしれねぇわ」
ネルがゆっくり近づいてくる。
その圧は、もはや怪獣という表現が冗談で済まないほどだった。
臨戦トキは即座に立ち上がり背を向けて走り出した。
「オイオイ、また鬼ごっこかよ?」
ネルが圧を発しながら追ってくる。
臨戦トキは階段を駆け上がる。
途中で壊れかけた壁を蹴り、手すりを越え、屋上へ向かう。
背後からはネルの足音が聞こえてくるが臨戦トキは止まらない。
やがて、屋上へ出た。
風が吹き抜ける。
眼下には、混乱するエリドゥの戦場。
遠くには中央タワー。
そして背後から、ネルがゆっくりと屋上へ上がってきた。
「ここがお前の終着点みたいだな」
ネルはにやりと笑う。
「もう諦めろ。お前は面白かったが、あたしには勝てないのは分かってんだろ?」
臨戦トキは屋上の縁に立った。
ネルと向かい合う。
「そう見えますか?」
「あ?」
ネルが眉をひそめた、その瞬間。
臨戦トキは、背中から屋上の外へ倒れるように身を投げた。
「おい!?」
ネルは驚いて屋上の縁へ駆け寄り、下を覗き込む。
そして、目を見開いた。
落下した筈の臨戦トキの姿が変わっていた。
いつの間にか装備が切り替わっている。
インナースーツの上から、アビ・エシュフを纏っていた。
空中で砲門が展開する。
臨戦トキは落下しながら、ネルへ向けてガトリングを掃射した。
「なっ……!?」
ネルは咄嗟に腕で防御しながら、弾幕を受ける。
「お前、それはリオが新人のために作ったワンオフ機のはずだろ!?」
臨戦トキは空中で淡々と答えた。
「コストが貯まれば、私も使えるんですよ!」
「なんだその理屈!?」
「残念ながら、エリドゥの支援を受けられないので未来予測はできませんが……」
ガトリングの弾幕がネルを押し込む。
しかし、ネルは笑っていた。
攻撃を受けながら、屋上の縁を蹴る。
そして、自ら臨戦トキめがけて飛び降りた。
「そんな事はどうでもいい!! この際だお互いに出し切ろうぜ!!」
ネルの声は非常に楽しげだった。
地の利などを無視したまっすぐな行動と次は何が飛び出すのか期待している瞳。
そんなネルの姿を見て、臨戦トキもほんの少しだけ笑った。
「一回だけですよ?」
お互いに弾幕を張りながら、臨戦トキは両肩に装備されたレーザーキャノンのチャージを開始しながら二人の視線が空中で交差する。
このまま空中戦へ、ネルはそう思いこんだ。
だが、臨戦トキは近くのビル壁へ向けて体をひねる。
そのまま壁を蹴り、三角飛びの要領で横方向へ跳んだ。
「は?」
ネルが空中で固まる。
「先ほども言いましたが、ゴジラと真正面から戦うわけないでしょう?」
臨戦トキはドヤ顔でピースサインを掲げた。
「お前……!」
「それではネル先輩、また下で頑張ってください」
「待てコラァ!!」
臨戦トキは壁を蹴り、別の建物の屋上へと逃げていく。
一方、ネルは勢いのまま真下へ落ちていく。
そこには、先ほど臨戦トキの叫びを聞いて、まだネルを追っていたミレニアム生たちが群がっていた。
「いたぞ!」
「リオ会長の場所を知ってるメイドだ!」
「報奨金ー!」
「捕まえろー!」
ネルは空中で顔を引きつらせた。
「ふっざけんなーー!!」
直後、ネルは欲望に支配された亡者の群れの真ん中へ落下した。
巻き込まれた生徒たちが目を回しながら吹っ飛び、また数秒後には起き上がってネルへ向かっていく。
臨戦トキは遠くの屋上からその様子を見下ろした。
「はぁ……はぁ……」
ただし、その顔には少しだけ冷や汗が浮かんでいた。
ネルは止められた、少なくとも、今は。
先生たちがタワーへ向かう時間は稼げた。
だが、あの小さな怪獣がいつまたこちらへ向かってくるかは分からない。
臨戦トキは小さく息を吐いて整える。
「先生、急いでくださいね」
そう呟き、再び中央のタワーに向かうのだった。