新人先生はネタバレ生徒しか引けない   作:KuRoNia

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新人先生、借金を知る

 アビドス高等学校。

 

 かつては多くの生徒で賑わっていたという校舎の一室に、先生たちは案内されていた。

 そこは対策委員会の部室らしい。

 

 広さはそれなりにある。

 けれど、備品はどこか古く、棚や机にも使い込まれた跡が残っている。

 窓の外を見れば、広い校庭と、その向こうに広がる砂の街並みが見えた。

 

 先生は部屋に入ってから、改めて対策委員会の面々と向き合った。

 

 そして先生の側には、募集によってシャーレにやって来たもう一人の小鳥遊ホシノと、黒いドレスをまとった砂狼シロコ。

 つまり、部屋の中にはホシノとシロコが二人いるという事だ。

 改めて見ると、かなりややこしい。

 

「……」

 

 アヤネは眼鏡を押さえながら、何度目か分からない深呼吸をした。

 

「まず、一から整理しましょう。こちらの方は、シャーレの先生で間違いありませんか?」

 

「そうだね」

 

「そして、先生の隣にいるこちらの二人は……ホシノ先輩、で」

 

「久しぶり~、だとなんか違うね」

 

「こちらの方は……シロコ先輩、と」

 

「ん、よろしく。これもちょっと違う気がする」

 

「ですが、私たちの知っているホシノ先輩とシロコ先輩とは、同じ姿と名前を持つ別の存在である、と」

 

「アロナの説明だとそうらしいね」

 

 先生が答える。

 その瞬間、アヤネは少しだけ先生の手元にあるシッテムの箱を見た。

 

「……そのアロナさんという方は、やはり先生にしか声が聞こえないのですね」

 

「うん。そうみたい」

 

『はい! アロナちゃんの声は先生専用です!』

 

「そうだって言ってるよ」

 

 先生が自然に返事をした。

 

「うーん、よくわからないわね……」

 

「セリカちゃん、もうその辺は受け入れましょう」

 

 ノノミがにこにこと言った。

 

「受け入れていいの!?」

 

「先生ですし〜」

 

「先生ってそんな不思議存在なの!?」

 

 セリカが勢いよく先生を見る。

 先生は困ったように笑った。

 

「私もまだよく分かってないんだけどね…」

 

「一番分かってない人が一番落ち着いてるの、どういうことなの……」

 

 一方、現地のホシノは部屋の端にある椅子に腰掛け、臨戦ホシノをじっと眺めていた。

 

「うへ〜……見れば見るほどそっくりだね〜」

 

「まぁ、同一人物だしね~」

 

 その横では、シロコとシロコテラーが向かい合って座っている。

 

「黒い私」

 

「ん?」

 

「その服、動きにくくない?」

 

「慣れれば問題ない」

 

「機能性は?」

 

「無いに等しい…」

 

「ん、残念…」

 

「シロコ先輩もシロコ先輩で勝手に進めないでください!」

 

 アヤネの声がまた飛ぶ。

 シロコは不思議そうに首を傾げるのだった。

 

 部室はすでに、会議を始める前から混沌としていた。

 先生はそれを見て、少しだけ申し訳なくなる。

 

「ごめんね。私が無理言って連れてきちゃったからこんなに混乱させちゃって…」

 

「最終的に私たちが行くこと決めたんだから。そんな一人で責任を背負う様な寂しいこと言わないでよ先生〜!」

 

 臨戦ホシノが少しだけ口を尖らせる。

 

「ん、先生の初仕事。私たちは同行する権利がある」

 

 シロコテラーも真顔で頷いた。

 

「ありがとう。二人とも…私、頑張るからね!」

 

「その意気だよ先生」

 

「ん、先生の悲しんでいる顔はもう見たくない…」

 

 先生が気合いを入れなおしたところで、アヤネが咳払いをした。

 

「と、とにかく、今は私たちの相談内容について説明させてください」

 

「ああ、そうだった。それじゃあ聞かせてくれるかい?」

 

 アヤネはホワイトボードの前に立った。

 そこには、すでにいくつもの資料と数字が貼られている。

 

 その数字を見た瞬間、先生は思わず目を細めた。

 

「これは……?」

 

 アヤネは表情を引き締める。

 

「現在、アビドス高等学校は深刻な経営難に陥っています」

 

 それは、淡々としていたが重い言葉だった。

 かつてはキヴォトスでも有数の規模を誇っていた学校。

 しかし砂漠化の進行により生徒数は激減し、街からも人が消えていった。

 

 そして残されたのは、膨大な借金。

 

 今、アビドス高等学校に残っている生徒は、対策委員会の五人だけ。

 その五人で、学校を維持しながら、借金を返済し続けている。

 

 先生は静かに彼女達の話を聞いていた。

 部屋の空気も、少しだけ重くなってきた。

 

 セリカは腕を組み、そっぽを向いている。

 けれど、その表情は強がっているようにも見えた。

 

 ノノミは笑顔のままだが、その声は少し落ち込んでいるようだった。

 

 ホシノはいつもの眠たげな顔で椅子に座っている。

 その隣で、臨戦ホシノは何も言わず、ただホワイトボードを見ていた。

 

 シロコも、シロコテラーも静かだった。

 

「それで、私たちはシャーレに相談することにしました。先生なら、何か助言をくださるのではないかと思いまして」

 

「……そういう事だったんだね」

 

 まだ自分は、キヴォトスのことを何も知らない。

 アビドスの歴史も、この街のことも、彼女たちがどれだけ頑張ってきたのかも、今聞いたばかりだ。

 

 けれど、目の前で困っている生徒たちがいる。

 ならば、先生としてできることを考えたい。

 

「まずは、今どんな方法で返済しようとしているのか聞かせてもらってもいい?」

 

「それはですね――」

 

 アヤネは資料をめくる。

 

「現在は、アルバイトや節約、不要な備品の売却などで少しずつ返済しています。ですが、利息もあり、なかなか元金が減らない状況です」

 

「なるほど……」

 

『先生! かなり厳しい状況ですよ…』

 

「そうだね」

 

 先生がまた自然に返事をする。

 アヤネは一瞬だけそちらを見た。

 セリカもぴくっと反応した。

 しかし、今回は誰も大きく騒がなかった。

 アヤネは小さく息を吐き、何事もなかったように資料へ視線を戻した。

 

「……先生がアロナさんとお話しされる件については、ひとまずそういうものとして扱います」

 

「あ、ごめんね…そうしてくれるとありがたい」

 

 先生が申し訳なさそうに謝ると、アヤネは少しだけ表情を緩めた。

 

「いえ。先生が悪いわけではないと思いますので」

 

「思いますので、なんだ…」

 

「断言するには情報が足りません」

 

「アヤネちゃん、真面目だね〜」

 

 臨戦ホシノがのんびり言う。

 

 現地ホシノも頷いた。

 

「アヤネちゃんは真面目だよ〜」

 

「ホシノ先輩たちは真面目にしてください」

 

「「うへ〜」」

 

 二人のホシノが同時に肩をすくめる。

 セリカがそれを見て、眉間にしわを寄せた。

 

「やっぱり腹立つわね、ホシノ先輩が二人いるの」

 

「ひどいな〜、セリカちゃん」

 

「どっちに言えばいいのよ!」

 

「両方?」

 

「余計腹立つ!」

 

 そんなやり取りを挟みつつ、会議は進んでいった。

 

 返済方法の案を出す。

 

 地道に働く。

 経費を削減する。

 スポンサーを探す。

 廃品回収を強化する。

 砂漠化対策に関する支援制度を調べる。

 アイドル活動。

 

 アヤネは真面目にメモを取り、ノノミは笑顔で案を出し、セリカは文句を言いながらも真剣に考えていた。

 先生も一緒に考えながら、時折アロナに確認する。

 

「アロナ、アビドス周辺の企業や団体で支援制度があるところを調べられる?」

 

『はい! 少し時間をいただければ調べられます!』

 

「お願い」

 

「……先生が何もない空間にお願いしている光景にも、だんだん慣れてきた自分が嫌です」

 

 セリカがぼそっと言う。

 

「慣れってすごいですね〜」

 

「ノノミ先輩はもっと疑って!」

 

 ノノミは変わらずにこにこしていた。

 その時、シロコが静かに手を上げた。

 

「ん、私から飛び切りの案がある」

 

「シロコ先輩?」

 

 アヤネが少し身構えた。

 なぜかは分からないが、シロコが真顔で案を出す時は嫌な予感がする。

 シロコはいつも通りの表情で言った。

 

「銀行を襲う」

 

 そのシロコの一言で空気が止まった。

 アヤネはゆっくりと目を閉じた。

 セリカは額を押さえた。

 ノノミは「あら〜」と笑った。

 現地ホシノは苦笑した。

 先生は少しだけ困った顔をした。

 

「銀行を襲うのは、よくないんじゃないかな…?」

 

「ん、資金調達」

 

「言い方を変えてもそれは銀行強盗だよ…」

 

「大丈夫。ちゃんと計画はある」

 

「計画があるのが余計に怖いかな」

 

 アヤネが静かに息を吸う。

 本来なら、ここで彼女がきっぱりと否定して、この話は終わるはずだった。

 

「おじさんは、ありだと思うな〜」

 

 臨戦ホシノが、のんびりと手を上げた。

 部屋の空気が、もう一度止まった。

 

「……え?」

 

 現地ホシノが、珍しく素で声を漏らした。

 セリカも固まる。

 アヤネは眼鏡の奥で目を見開いた。

 シロコだけが、ぱっと目を輝かせた。

 

「流石ホシノ先輩、わかってる!」

 

「まあね〜」

 

「いやいやいやいや!」

 

 現地ホシノが慌てて身を乗り出した。

 

「そっちの私!? 今なんて言ったの!?」

 

「銀行強盗、ありかな〜って」

 

「おじさんが言うのもなんだけど、それは無しじゃないの!?」

 

「でもさ〜」

 

 臨戦ホシノは頬杖をつきながら、ゆるい口調で言った。

 

「まぁ、どうせ遅いか早いかだし〜?だったらもう襲っちゃってもいいと思わない?」

 

「何が!?」

 

 現地ホシノが叫ぶ。

 アヤネの顔色が変わった。

 

「遅いか早いかとはどういう意味ですか!? まさか、私たちは将来的に銀行強盗をするんですか!?」

 

「あっ」

 

 臨戦ホシノは口元を押さえた。

 シロコテラーがすっと手を上げる。

 

「私も賛成」

 

「黒いシロコ先輩まで!?」

 

「ん。やるなら早い方がいい」

 

 シロコテラーは真顔で言った。

 

 その言葉に、シロコの目がさらに輝いた。

 

「ん! 私ならわかってくれると思ってた!」

 

 まるで初めて自分の案を真剣に認めてくれる仲間を見つけたかのように、シロコはシロコテラーと臨戦ホシノを見た。

 

「私の案を理解してくれる人がいた」

 

「ん、合理的」

 

「やっぱり私の考えは間違ってなかった!!」

 

「間違ってますよ!!!」

 

 アヤネの叫びが部室に響いた。

 机が震えるほどの声だった。

 

「銀行強盗は犯罪です! 資金調達ではありません! そもそも真面目に返済方法を考える会議で、なぜ強盗に三票も入っているんですか!」

 

「三票……!!」

 

 シロコは少し満足そうに呟いた。

 

「嬉しそうにしないでください!」

 

「ん、多数派に近づいた!」

 

「近づいていません! 犯罪票が増えただけです!」

 

 アヤネは勢いよくホワイトボードを指差した。

 

「却下です! 銀行強盗は却下! 今後この案を会議に提出することも禁止です!」

 

「ん、検討の余地は?」

 

「ありません!」

 

「先生!」

 

 シロコが期待しな眼差しで先生を見る。

 

「先生からも説得してほしい」

 

「えっと……」

 

 先生は少し困りながらも、優しく言った。

 

「銀行強盗はやめようね」

 

「ん……」

 

 シロコは少しだけしょんぼりした。

 その隣で、シロコテラーがそっと肩に手を置く。

 

「今回は時期が悪かった」

 

「時期の問題じゃありません!」

 

 アヤネが再び叫ぶ。

 

「おじさんも、ちょっと先走っちゃったかな〜」

 

「ホシノ先輩!」

 

 現地ホシノが臨戦ホシノを指差す。

 

「そっちのおじさん! おじさんの顔で変なこと言わないでよ〜!」

 

「ごめんごめん」

 

「全然悪いと思ってない顔だよね〜!?」

 

「同じ顔だから分かるんだ」

 

 セリカがぼそっと言う。

 ノノミは楽しそうに手を合わせた。

 

「ホシノ先輩同士の会話、なんだか不思議ですね〜」

 

「ノノミ先輩、今はそこじゃないです!」

 

 アヤネは肩で息をしていた。

 しばらくしてから、彼女は資料をまとめる。

 

「……本日の会議は、ここまでにしましょう」

 

「え、でもまだ」

 

「ここまでにしましょう!」

 

 先生が何か言おうとしたが、アヤネの声には有無を言わせない力があった。

 

「一度、皆さん冷静になる必要があります。特に、銀行強盗に賛成した方々は反省してください」

 

「ごめんね〜」

 

「ん」

 

「ん……」

 

 臨戦ホシノ、シロコテラー、シロコがそれぞれ返事をする。

 だが、その声に反省の色があるかと聞かれれば、かなり怪しかった。

 アヤネはそれを見て、深く深く息を吐いた。

 

「先生、本日は来ていただきありがとうございます」

 

「こちらこそ、話してくれてありがとう」

 

「ただ……」

 

 アヤネはちらりと、先生の隣の二人を見る。

 

「次回からは、会議に参加する方の発言内容について、少しだけ事前確認をした方がいいかもしれません」

 

「うん。そうした方がいいかもね」

 

 臨戦ホシノは小声でシロコテラーに囁く。

 

「シロコちゃん、これ言わない方がよかったかな〜」

 

「ん、少し早かったかも」

 

「やっぱり〜?」

 

「でも、どうせ――」

 

「そうなんだよね~」

 

 その会話を聞いたアヤネが、無言で二人を見た。

 臨戦ホシノとシロコテラーは、同時に目を逸らした。

 

 こうして、アビドスでの最初の会議は終了した。

 先生はアビドスの借金問題を知り、対策委員会の事情を知り、これから協力していくことになった。

 ただし、会議の結論として最も強く残ったのは。

 

「銀行強盗はだめ」

 

 という、非常に当たり前の確認だった。

 そして部室を出る間際、シロコはシロコテラーの隣にそっと寄った。

 

「黒い私」

 

「?」

 

「あとで、計画だけでも聞いてもらってもいい?」

 

「ん、詳しく聞かせて」

 

「聞かないでください!」

 

 廊下にまで、アヤネの悲鳴が響いた。

 

 

 会議が終わったあと、先生はアヤネに呼ばれて、アビドスの資料室へ向かうことになった。

 借金の詳細な資料や、これまでの返済記録を見せるためらしい。

 

 セリカは「私はバイトの時間だから!」と言って慌ただしく出ていき、ノノミはその見送りに向かった。

 シロコとシロコテラーは、廊下の隅でなぜか銀行の見取り図について話そうとして、アヤネに強めに止められていた。

 

 そんな少し騒がしい空気の中で、ホシノはふと足を止めた。

 視線の先には、窓際に立つもう一人の自分がいる。

 桃色の髪をポニーテールにまとめた、小鳥遊ホシノ。

 

 同じ顔。

 同じ声。

 同じ癖。

 

 けれど、違う。

 

 纏っている空気が違う。緩やかに笑っているのに、立ち姿のどこかに修羅場を知っている重さがある。

 ホシノはしばらく黙ってその背中を見ていた。

 

「ねえ、そっちのおじさん」

 

「ん〜?」

 

 臨戦ホシノがいつもの緩い調子で振り返った。

 

「どうしたの〜? おじさんに何か聞きたいことでもある?」

 

「うん」

 

 ホシノは頷いた。

 

 その声が、思ったよりも真面目だったからだろう。

 臨戦ホシノも少しだけ目を細める。

 

「……貴女ってさ」

 

「うん」

 

「もしかして、未来の私なの?」

 

 廊下に、少しだけ静けさが落ちた。

 臨戦ホシノは一瞬だけ黙ったあと、へらりと笑った。

 

「うへ〜、どうかな〜? おじさん、難しいことはよく分かんないな〜」

 

「誤魔化さないで…」

 

 ホシノの声は、いつもの眠たげなものではなかった。

 臨戦ホシノは、そこで初めてちゃんとホシノを見た。

 

 先生は居ない。シロコも居ない。

 対策委員会のみんなも居ない。

 

 ここにいるのは、自分と、自分によく似た少女だけ。

 臨戦ホシノはゆっくり息を吐いた。

 眠たげな表情が、少しだけ変わる。

 

「……そうだよ」

 

 その声は、先ほどまでよりもずっと静かだった。

 

「たぶん、君が思ってる通り。私は、未来の君に近い存在だと思う」

 

「……そっか」

 

 ホシノは小さく呟いた。その声は驚いているようでもあり、最初から分かっていたようでもあった。

 

「やっぱり、そうだったんだ…」

 

「まあ、ここまで似てたら、わかっちゃうか…」

 

「それで、あの先生って、信じていいの?」

 

 臨戦ホシノは、少しだけ困ったような顔をした。

 

「先生は信頼できるよ」

 

 迷いのない声だった。

 

「それは断言できる」

 

「……本当に?」

 

「先生は、先生だからね」

 

「なにそれ?」

 

「うへ〜、分かりにくいよね〜」

 

 少しだけ、臨戦ホシノは笑った。

 けれど、その笑顔はすぐに薄くなる。

 

「でもね。先生を信じたからって、全部が勝手に上手くいくわけじゃないよ」

 

「……アビドスは?」

 

 ホシノの声が少しだけ低くなった。

 

「未来のアビドスは、どうなったの?」

 

 臨戦ホシノは答えなかった。

 答えられなかった、という方が正しい。

 ホシノはそれを見て、表情を硬くする。

 

「ねえ…!答えてよ…!」

 

「……それはまだ分からない」

 

「分からないって、未来の私なんでしょ?」

 

「確かに私は君から見ると未来の自分ではあるけど、この世界の未来をそのまま知ってるわけじゃないんだよね」

 

 臨戦ホシノはいつもの口調に戻そうとして、けれどすぐにやめた。

 

「アビドスがどうなるかは、まだ分からない」

 

「……」

 

「それは、これから君が先生を信頼できるかどうかに掛かってるからね」

 

 ホシノは眉を寄せた。

 

「私が? 先生じゃなくて?」

 

「もちろん先生も頑張るよ。でも、最後に先生を信じるかどうかは、君が自分で決めなくちゃいけない」

 

 臨戦ホシノは静かに言った。

 

「先生がどれだけ手を伸ばしても、君がその手を取らなかったら届かないから」

 

「……そんなこと言われても」

 

 ホシノは視線を落とした。

 

「わかんないよ……」

 

 小さな声だった。いつものような、眠たげで、軽い声ではない。

 アビドスを背負っている少女の声だった。

 臨戦ホシノはその声を聞いて、少しだけ懐かしそうに目を細めた。

 

「そうだね。私も、君の時はそうだったよ〜」

 

「……」

 

「じゃあ、一つだけ言っておいてあげる」

 

 臨戦ホシノは、ホシノの横を通り過ぎながら、ぽん、と軽くその肩に手を置いた。

 

「先生は、生徒のことを絶対に見捨てない」

 

 ホシノが顔を上げると、そこには臨戦ホシノは、いつものゆるい笑みを浮かべていた。

 

「それだけは、覚えておいてね」

 

 そう言って、臨戦ホシノは廊下の奥へ歩いていく。

 ホシノは、その背中を見送った。

 

 先生を信じるか。それともアイツの申し出を受けるか。

 まだ答えは出ない、出るはずもない。

 けれど、胸の奥に残った言葉だけは、なぜか簡単には消えてくれなかった。

 

「先生は、生徒を見捨てない……か」

 

 ホシノは小さく呟く。その時だった。

 廊下の角から、立ち去ったはずの臨戦ホシノが、ひょこっと顔だけを出した。

 

「あ、言い忘れてたけどさ〜」

 

「……なに?」

 

「もし黒服のところに行くなら、私にも声かけてね〜」

 

 ホシノの目が点になる。

 臨戦ホシノは、にこにこと笑ったまま続けた。

 

「ちょっとお礼参りしたい事があるからさ〜。よろしくね〜」

 

 それだけ言うと、臨戦ホシノはまた廊下の角へ引っ込んだ。

 残されたホシノは、しばらく無言で立ち尽くした。

 そして、乾いた笑いを漏らす。

 

「……そっか」

 

 未来の自分なら。

 黒服のことも、知っていて当然か。

 

「はぁ~……」

 

 ホシノは頭をかいた。

 

 信じていいのか。信じない方がいいのか。まだ何も分からない。

 けれど一つだけ分かったことがある。

 未来の自分は、どうやら今の自分よりも少しだけ面倒くさい。

 それだけは、間違いなさそうだった。

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