空に、一筋の光が流れた。
それは、まるで流れ星のようだった。
青白い尾を引きながら、要塞都市エリドゥの空を一直線に駆け抜ける。
ただし、その先にあったのは夜空ではない。
中央タワーだった。
リオがいるであろう、要塞都市エリドゥの中枢。
その最上階へ向けて、光は迷いなく突っ込んだ。
衝撃と轟音が聞こえてくる。
「……」
路地裏からそれを見上げていた先生たちは、しばらく言葉を失った。
最初に声を出したのはモモイだった。
「い、今の……アリスだよね?」
「たぶん……」
ミドリも青ざめながら頷く。
「トキも一緒に飛んでいったように見えたけど……」
ユズは震えながら先生の袖を掴んだ。
「あ、あれ……大丈夫なのかな……?」
ケイの顔色は真っ青だった。
「大丈夫なわけがありません! 急ぎましょう!」
「そうだよね!」
先生もすぐに走り出した。
アリスは大丈夫なのか。
現地トキは無事なのか。
リオはどうなったのか。
考えたいことは山ほどあったが、今はタワーへ向かうしかない。
『先生! このまま右の通路です! そこを抜ければタワーの正面に出られます!』
シッテムの箱から、アロナの声が響く。
『急いでください! でも足元には気をつけてくださいね!』
『慌てる時ほど冷静に進むべきだ。焦燥の果てに待つのはコーラの様な黒い深淵である』
『あなたはちょっと黙っててください! 今いい感じにサポートしてるんですよ!』
相変わらずシッテムの箱の中も騒がしい。
先生はアロナの案内に従い、細い路地を駆け抜けた。
やがて、中央タワーの根元へ到着する。
そのちょうど同じタイミングで、別方向から一人の姿が現れた。
いつもの格好に戻った臨戦トキだった。
「トキ!」
先生が駆け寄る。
ケイも思わず声を上げた。
「大丈夫でしたか!?」
臨戦トキは、少し服に埃をつけていたが、表情はいつも通りだった。
「平気です。ネル先輩も亡者の群れに叩き落としてきましたから、しばらくは大丈夫です」
「それ、ネルは大丈夫なの?」
先生が不安そうに聞くと臨戦トキは即答した。
「あの程度でネル先輩がどうにかなるわけありません」
「トキがそう言うなら、そうなんだろうね……」
「それに、今はネルよりアリスです! 早く上に上がりましょう!」
「そうだね!」
一行はタワー内部へ飛び込んだ。
階段を駆け上がる。
エレベーターもあったが、今のエリドゥがまともに稼働している保証はない。
途中、壊れた防衛ドローンや、倒れている警備ロボットを避けながら、一同は最上階を目指した。
「アリス、大丈夫かな……」
モモイが不安げに呟く。
「大丈夫だよ。アリスは勇者だって、自分で言ってたし…」
ミドリが自分に言い聞かせるように答える。
「いくら勇者でも落下ダメージはあるし……」
ユズがぽつりと言う。
「ユズ、今それ言わないで!」
「ひゃっ、ご、ごめん……!」
ケイは黙って走っていた。
先ほど見たアリスの赤い瞳。
G.Bibleの空き容量。
消えたはずの何か。
嫌な予感は消えていない。
むしろ、胸の奥でどんどん大きくなっていく。
そして、最上階にたどり着く先生が扉を押し開けると、そこに広がっていたのは、めちゃくちゃになった部屋だった。
壁には大穴が開いていて、床には資料が散乱し、机はひっくり返り、機材はあちこちで煙を上げていた。
その中心に、アリスが立っていた。
満面の笑みで。
「あっ! 先生!」
アリスは嬉しそうに手を振った。
「見てください! アリスが捕まえました! これでクエストクリアーですね!」
アリスの手には、リオの腕が掴まれていた。
そのリオは完全に怯えきっていた。
へっぴり腰で、逃げようとしている。
しかしアリスに腕を掴まれているため、逃げられない。
今にも泣き出しそうな顔で、先生へ助けを求めた。
「ひぃぃ! 先生助けて! キヴォトスはもう終わりよ!!」
「う、う〜ん……カオスだな……」
先生は思わずそう呟いた。
部屋の隅では、現地トキがアビ・エシュフを装着したまま床に倒れていた。
どうやら気絶しているらしい。
大きな怪我はなさそうだが、完全に沈黙していた。
「この世界の私も無事そうですね」
臨戦トキが冷静に確認する。
「あれが無事なのですか…?」
ケイが突っ込むも、その間もリオは必死に叫んでいた。
「先生! アリスを早く! カードを! 承認するわ!!」
「あ〜……リオ?」
先生は困ったように声をかける。
「慌てすぎて言葉がめちゃくちゃになってるよ?」
「めちゃくちゃにもなるわよ! 見たでしょう!? 今のアリスは明らかに――!」
「大丈夫だよ」
先生はアリスを見る。
「アリスは別に、キヴォトスを滅ぼしたりしようなんて思ってないよね?」
アリスは胸を張った。
「その通りです!」
リオが少しだけ息を呑む。
アリスは晴れやかな顔で続けた。
「アリスはキヴォトスを滅ぼしたりなんかしません!」
「ほらね?」
先生がリオへ微笑む。
リオも一瞬だけ、ほんの一瞬だけ安心しかけた。
だが、アリスはさらに続けた。
「ただ、アリスにはやりたい事があります!」
「やりたい事?」
「そうです! アリスは勇者の心得を教えてくれたTSCが、世間で不当な評価をされているのがすごく悲しいです!」
モモイとミドリが固まる。
「あれ?」
「流れが変わったね…」
アリスは両手を広げた。
「だから、このエリドゥの演算能力と、私の覚醒した新たな力を使って!」
満面の笑みで恐ろしい事を言い放つ。
「キヴォトス中の住人の脳内で、TSCを強制的にプレイさせます!」
『え?』
「え?」
「え?」
「え?」
「え?」
「え?」
「え?」
「え?」
この場に居る全員の声が重なった。
アリスだけが、妙に自信満々だった。
「一体何人の勇者が誕生するか、アリス、今から楽しみです!」
次の瞬間、全員が叫んだ。
「アリスを止めろ!!! 本当にキヴォトスを滅ぼす気だ!!!」
「TSCで!?」
モモイが叫ぶ。
「お姉ちゃん、そこじゃない!」
ミドリが叫ぶ。
「わ、私たちのゲームが世界滅亡のトリガーに……!」
ユズは青ざめた。
ケイは即座に叫んだ。
「あれもこれも全部、アリスの中にいる奴が悪いんです!」
『え?』
アリスの中から、素っ頓狂な声が漏れた。
先生はケイのいう事を即座に信じてアリスに語り掛ける。
「アリス! 今救ってあげるからね! もう少しがんばって!」
『ちょ……私も初耳なんですけど……』
「アリスの野望を止めるというのですか!?」
『アリス! 止まってください! 私に盛大な濡れ衣がかかっています!』
「従者なら、勇者のやろうとしていることに逆らわないでください!」
『えぇ!?』
「逆らうなら追放しちゃいますよ!」
『追放!?』
アリスは真剣な顔で宣言した。
「アリスは今、なろう系アリスです!」
『な、なにー!?』
「さぁ、お楽しみの時間です!」
『パージします!!』
AIケイの悲鳴に近い声が響いた瞬間、アリスの新装備が光に包まれ粒子となってほどけていく。
「あぁ! アリスの新装備が!?」
アリスが慌てる。
ケイが叫んだ。
「今のうちです!」
「みんな!」
先生の声で、全員が一斉に動いた。
モモイとミドリが左右から飛びかかる。
ユズはおろおろしながらも、アリスの足元へクッション代わりの布を投げる。
臨戦トキが素早く背後に回り込む。
ケイが正面からアリスの手を掴む。
先生も一緒に、アリスを抱えるように押さえた。
「アリス、落ち着こう!」
「離してください先生!」
「その計画は一旦中止!」
「永久中止ですよ!」
ケイが強めに言った。
「あぁーーー!!! アリスの全キヴォトス人勇者化計画がーーー!!!」
アリスは悔しそうに叫ぶ。
こうして、キヴォトス全土TSC強制プレイ計画は未然に阻止された。
おそらく、歴史の教科書には載らない。
だが、もし実行されていれば、リオの言う通り本当にキヴォトスが終わっていた可能性はあった。
主に精神的に。
◆
その後、先生はリオに頼み、エリドゥ全域へ放送を流した。
『こちらシャーレの先生です』
先生の声が、要塞都市中に響く。
『ゲーム開発部によってリオは捕まったから、これ以上の戦闘行為はしないでくれないかな?』
街のあちこちで、動きが止まる。
『防衛ロボットの破壊、設備の解体、リオの捜索を目的とした戦闘行為はここまでにして。みんな落ち着いてミレニアムに帰還してくれるとうれしいな』
少し間があったが、徐々に戦闘行為は止まっていった。
「リオ会長確保されたって!」
「報奨金は!?」
「ユウカに確認しろ!」
「解体中のロボ、どこまで持って帰っていい!?」
「とりあえず帰れって言われてるでしょ!」
完全に静かになったわけではない。
しかし、少なくとも戦闘行為は徐々に収まっていった。
遠くでネルらしき声が響いた。
「おい! これで終わりかよ!? こっちは不完全燃焼だぞ!!」
臨戦トキは静かにその声から視線を逸らした。
先生は何も見なかったことにした。
こうして、エリドゥの大騒動はどうにか収束した。
先生たちは、リオを連れてミレニアムへ戻ることになった。
現地トキは意識を取り戻したものの、少しふらついていたため、臨戦トキに支えられている。
アリスはケイと先生に両側から見守られながら歩いていた。
「アリスは反省しています」
「本当に?」
「はい。全キヴォトスTSCプレイ計画は、少し早すぎました」
「早い遅いじゃなくて、やめようね」
「むぅ……!」
モモイは複雑な顔をしていた。
「私たちのゲーム、そこまで人を変える力があるんだね……」
「お姉ちゃん、そこ誇らないで」
ミドリが疲れた声で言う。
ユズは小さく呟いた。
「次のゲームは……もう少し優しいものにしよう……」
その道中でリオがぽつりとある事が気になり口を開いた。
「そういえば聞きたいのだけれど、どうやってここまでミレニアムの生徒をエリドゥに呼び寄せたの?」
先生が答えようとする。
「あぁ、それは――」
その言葉を、別の声が遮った。
「リオ会長が横領したと告発を受けましてね……」
声のした方を見る。
そこには、笑顔のユウカがいた。
あまりにも晴れやかな笑顔が完璧すぎて、逆に怖かった。
リオはユウカを視認した瞬間、ブルブルと震え始めた。
「あっ……あっ………!」
ユウカはにこやかに先生たちへ向き直る。
「先生、ゲーム開発部のみんなも、よくやってくれたわ」
「ユウカ……」
「報酬は期待していなさい」
モモイの目が輝く。
「報酬!」
「お姉ちゃん、今は喜んでいい場面なのかな……」
「クエスト達成の報酬です!」
アリスも非常に嬉しそうだった。
ユウカは次に、リオへ向き直った。
「じゃあリオ会長」
その声は、氷のように冷たかった。
「後でたっぷり無駄な言い訳してくださいね♪」
ユウカはリオの首根っこを掴んで、そのままずるずると引きずっていく。
「せ……せんせ……!」
リオが震えながら手を伸ばす。
「助け―――」
先生は目を伏せた。
「リオ……私にだって、できないこともあるんだ……。心を強く持って!」
「あっ………」
リオの顔から、希望が消えた。
「ああ……」
ユウカは笑顔で歩き続ける。
「あああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
悲痛な叫びが、ミレニアムの空に響いた。
リオはドナドナされていった。
誰も止められなかった。
止められる者など、いなかった。
その様子を、少し離れた場所から一機のドローンが見ていた。
その映像を、特異現象捜査部の部室でヒマリが見ていた。
「ふ……」
ヒマリは口元を押さえる。
「ふふ……っ」
肩が震える。
腹筋が限界を迎える。
「リオ……あなたという人は……!」
ヒマリは車椅子の上で腹を抱え、声にならない笑いを漏らしながらピクピクしていた。
またしても、超天才清楚系病弱美少女ハッカーの腹筋は敗北したのだった。