要塞都市エリドゥでの大騒動から、早くも三日の時が経っていた。
あの後、調月リオは早瀬ユウカによって反省室へと連行された。
抵抗する暇もなく首根っこを掴まれ、先生に救いを求めるも、先生からは悲しげな顔で見送られた。
そして三日間。
リオは反省室から出してもらえなかった。
その間、何があったのか。
それを知る者は、ユウカとリオだけである。
ただ一つ確かなことは、三日後にようやく解放されたリオが、完全に憔悴しきっていたということだった。
「……」
リオは何も言わなかった。
ただ虚ろな目で廊下を歩き、数歩進んだところでふらりと倒れてしまい。そのまま保健室へ運び込まれ、絶対安静を言い渡された。
リオが運び込まれたベッドの隣には、先客がいた。
ミレニアムが誇る超天才清楚系病弱美少女ハッカーであり「全知」の学位を持つ眉目秀麗な乙女であり、そしてミレニアムに咲く一輪の高嶺の花である。明星ヒマリだった。
ヒマリは現在、笑い過ぎによる腹筋の筋肉痛で絶対安静中であった。
「……リオ」
ヒマリは隣のベッドに寝かされたリオを見た瞬間反省室で何が行われていたか大体把握した。
頬はこけ、目の光は消え、まるで三日三晩不眠不休で予算書と説教に向き合ったような顔をしている。
ヒマリは思わず口元を押さえた。
「ふ……」
肩が震える。
「ふふ……っ」
リオがゆっくりと視線だけをヒマリに向ける。
「……ヒマリ?」
「い、いえ……これは、その……!」
ヒマリは必死に耐えようとした。
だが、無理だった。
「ふふふ……あは……あはははは……っ!」
「ヒマリ……?」
「あはははは………い、いけません……腹筋が……腹筋が……痛いです!」
ヒマリの腹筋は、憔悴しきったリオを見た瞬間、再び死んだ。
リオは虚ろな目のまま、天井を見つめた。
「……もう、好きにしてちょうだい……」
◆
その頃、ゲーム開発部の部室にはユウカが訪れていた。
その手には、重そうな大きなアタッシュケースが握られていた。
「これが今回の報酬よ」
ユウカは部室の机の上にアタッシュケースを置いた。
カチリ、と留め具を外しケースを開くと中には、びっしりとクレジットが詰まっていた。
「「「……!?」」」
「おぉー!!」
アリス以外のゲーム開発部の面々は、目を丸くしたまま固まった。
「ほら、これだけあれば足りるかしら?」
ユウカは当然の事の様にあっさりと言った。
モモイの口がぱくぱくと動く。
「こ、こんなに……?」
「遠慮しなくていいわよ? 正当な報酬だから。あなた達は横領都市でリオ会長を確保した。結果的にミレニアム全体の問題解決にも貢献したわ。報酬としては妥当よ」
「で、でも……これは流石に……」
ミドリもケースの中身を見ながら青ざめていた。
「あ、あわわ……私たち、こんな大金……」
ユズは震えていた。
アリスは気にせずに目を輝かせていた。
「これは宝箱です! 今回のクエストの報酬ですね!」
「そうね。宝箱と言えば宝箱かもしれないわね」
ユウカは少しだけ笑った。
モモイたちは顔を見合わせた。
大金。
ゲーム開発部にとっては、喉から手が出るほど欲しかったもの。
新しい機材が買える。ゲーム制作に必要な環境も整えられる。活動費に悩む必要もなくなる。
けれどこれは、あまりにも多すぎた。
モモイはしばらく悩んだ後、アタッシュケースをそっと閉じた。
「ユウカ」
「何?」
「これ、半分返す」
ユウカは少し目を丸くした。
「……いいの?」
「うん」
モモイは少し照れたように頬をかく。
「そりゃあ欲しいよ? めちゃくちゃ欲しいよ? でも、こんなに貰っても、なんか怖いし……」
ミドリも頷く。
「私たち、活動に必要な分だけでいいです」
ユズもおずおずと声を出した。
「そ、それで……その代わりに……」
アリスが元気よく続ける。
「ゲーム開発部の廃部を考え直してほしいです!」
それを聞いたユウカは黙って少しだけ考え込む。
「……そうね」
静かな声だった。
「今回の件で、あなた達がただ遊んでいるだけの部活ではないことは分かったわ」
「ユウカ……!」
「ただし、どこかで必ず成果物を提出すること。それが条件よ」
モモイが身を乗り出す。
「つまり!?」
「廃部の件は撤回するって事よ」
「やったーーー!!!」
モモイが飛び上がった。
「「ゲーム開発部復活! ゲーム開発部復活!!」」
ミドリも嬉しそうに笑う。
「よかった……」
ユズは安心したように、その場でへたり込みそうになった。
アリスは両手を上げる。
「これで完全にクエストクリアーです!」
先生もその様子を見て、ほっと息を吐いた。
ケイはアリスの横で、静かに目を細めている。
臨戦トキは腕を組みながら頷いた。
「一件落着ですね」
「うん」
先生は微笑む。
「よかったね、みんな」
◆
その後先生、ケイ、臨戦トキは、シャーレへ帰ることになった。
当初の目的だったゲーム開発部の廃部問題は無事に解決した。
アリスは正式にゲーム開発部の一員となり、ミレニアムの生徒として学生証も手に入れた。
リオのやらかした件は、しばらくユウカが何とかしてくれるだろう。
たぶんおそらく。
リオとユウカには頑張ってもらうしかない。
ミレニアムの校門前にてユウカ、モモイ、ミドリ、ユズ、アリスが先生たちを見送りに来てくれていた。
「先生! 今度シャーレに遊びに行くからね!」
モモイが大きく手を振る。
「お姉ちゃん、迷惑にならないようにしようね。 先生、本当に色々とありがとうございました!」
ミドリも控えめに手を振った。
「え、えっと……私も……行けたら……行きますね」
ユズは少し恥ずかしそうに、アリスの後ろから顔を出す。
「先生! アリスもシャーレに行きます! リオとトキも連れていきます!」
「リオはしばらく安静にしてからね」
先生が苦笑する。
ユウカもため息を吐きながら言った。
「リオ会長には、まだまだ説明してもらうことが山ほどあるから。しばらくは簡単に外には出させないわよ」
「ユウカもほどほどにね。リオはああ見えて打たれ弱いから、手加減してあげてね?」
「分かっています」
そう言いつつ、ユウカの笑顔は少し怖かった。
先生たちは歩き出す。
最後に、先生は振り返った。
みんなが手を振っている。
その中で、アリスも満面の笑みで手を振っていた。
その瞳が、一瞬だけ赤くなる。
楽しそうにいたずらっぽく。
まるで、これから始まる何かを期待しているかのように。
ケイは、それを見届けた。
そして先生に気づかれないよう、小さく呟く。
「これから、がんばってください……この世界の私……」
その声は、本当に小さかった。
だが、すぐ隣に居た臨戦トキには聞こえていた。
「あなたは、自分がアリスの中に入り込んで色々やったことを、すっかり忘れていたはずでは?」
臨戦トキが小声で疑問を口にすると。
ケイは一瞬だけ肩を揺らし、すぐに小声で返した。
「いいえ。忘れるわけないですよ」
「では、今までどうして?」
「最初に廃工場を訪れた際にスキャンされた時に私の記憶をこの世界の私に覗かれるかもしれなかったので、自分自身で一時的に記憶にロックを掛けただけです」
「なるほど、だからですか――」
臨戦トキは納得したように頷く。
「私はてっきり、ポンコツここに極まれりかと思っていました」
「んな!?」
ケイが思わず声を漏らしかける。
だが先生に気づかれないよう、慌てて口を押さえた。
そんなケイに構わずに臨戦トキは淡々と話し続ける。
「それにしても、あなたがそこまで慎重に立ち回ったのに、この世界のケイもずいぶん愉快になっちゃいましたね」
「そうなんですよね……」
ケイは少しだけ困ったように笑う。
「でも、いいじゃないですか」
遠くで、アリスがまだ手を振っている。
その隣で、モモイたちも笑っている。
「アリスも、この世界の私も、楽しそうですし」
「それもそうですね」
二人がこそこそ話していると、先生が振り返った。
「二人とも、どうしたの?」
ケイと臨戦トキは同時に顔を上げる。
「いえ、なんでもありません」
「私たちも帰りましょうか」
先生は頷いた。
「そうだね」
こうして先生たちは、久しぶりのシャーレへ帰ることになった。
◆
久しぶりにシャーレに帰ってきた先生たちは、執務室の前で足を止めた。
中が妙に騒がしい。
「うへ〜、おじさん外しちゃったよ〜」
「ん。ホシノ先輩は力みすぎ。次はナギサの番」
「私に任せてください!」
聞き慣れた声がする。
臨戦ホシノ。
シロコテラー。
ナギサ。
それだけではない。
「大物狙っちゃえー!」
「しゃ、社長……これ、本当に大丈夫なんでしょうか……?」
「大丈夫よハルカ! アウトローとはこういうものなのよ!」
「カヨコちゃん、何か言ってあげて〜」
「めんどいからパス」
なぜか便利屋68の声までする。
先生、ケイ、臨戦トキは顔を見合わせて、そっと扉を開ける。
中では、ナギサがダーツを構えていた。
ボードには、数々の賞金首の手配書が貼られていた。
先生たちは、気づかれないように遠目からそれを見た。
「えい!」
ナギサが投げたダーツは、見事に一枚の手配書へ刺さった。
七囚人・狐坂ワカモ。
「やりました!!」
ナギサが嬉しそうに声を上げる。
「結構大物じゃーん!」
ムツキが笑う。
「ん。標的が決まった」
シロコテラーが頷く。
「いつも通り報酬は山分けでいい?」
カヨコが淡々と確認する。
「うへ〜、おじさんはそれで文句ないよ〜」
臨戦ホシノがへらりと笑う。
「ふふふふふ……腕が鳴りますね!」
ハルカが妙にやる気を出している。
「さぁ、今から出発よ!」
アルは胸を張り、勢いよく振り返った瞬間、先生と目が合った。
「……へ?」
「……」
アル以外の全員が、一瞬で状況を判断した。
シロコテラーがボードをひっくり返す。
臨戦ホシノが手配書の束をクッションの下へ押し込む。
ムツキがダーツの矢を机の下へ蹴り込む。
カヨコは何事もなかったようにスマホを見始める。
ハルカは慌てすぎてその場で直立不動になった。
ナギサは完璧な笑顔でティーカップを手に取った。
先生はゆっくり口を開く。
「え〜っと、何してたの?」
シロコテラーが首を傾げる。
「ん? 何が?」
「今の、ダーツ……」
臨戦ホシノがへらりと笑う。
「ダーツ? 何のことかな〜?」
「……それで誤魔化せてると思ってる?」
ナギサが笑顔で近づいてくる。
「先生、お帰りなさいませ。疲れているでしょう? 紅茶などいかがですか?」
「ナギサ、話を逸らそうとしてない?」
「そんなまさか!」
「してるよね?」
「……紅茶はいかがですか?」
「押し切ろうとしてる…」
その時だった、扉が勢いよく開いた。
「おい!」
入ってきたのは、元理事だった。
両手で抱きかかえている大きな袋の中には金塊や宝石、札束らしきものが山ほど詰まっている。
「いつもいつも、雑に敵拠点から強奪してきた資金洗浄を私に押し付けるな!」
元理事は前が見えていないまま、ずかずかと部屋へ入ってくる。
「ほら、前回分の奴をまとめておいたぞ!」
どさり、と袋を置くとようやく目の前に先生が居る事に気が付き、静かに窓の外を眺め始める。
「今日は雨、降るのかな?」
「……」
「……」
元理事は黙り込んだ。
部屋の空気が凍る。
先生は困ったように笑った。
「あはは……誰が主犯なのかな……?」
その瞬間、ハルカ以外の全員が、一斉にアルを指差した。
「ちょっ!? な、なんで私なのよ!? 私はまだ何も言ってないじゃない!」
「社長だから、責任者でしょ?」
カヨコが即答した。
「アルちゃん、アウトローだもんね〜?」
ムツキが笑う。
「ん。代表責任」
シロコテラーが頷く。
「うへ〜。おじさん、よく分からないけどアルちゃんが主犯だと思うな〜」
「あなた達!!」
アルは必死に無罪を主張した。
先生は深くため息を吐く。
ケイは隣で呆然としていた。
「シャーレとは……こういう場所でしたっけ?」
臨戦トキは静かに頷く。
「おおむね、いつも通りかと」
ミレニアムでの仕事を終え、先生たちはようやくシャーレに戻ってきた。
だが、そこには相変わらず、平穏とは程遠い日常が待っていたのだった。
◆
要塞都市エリドゥのメインシステム内。
誰もいなくなったはずのデータ領域で、一つの存在が古いデータを漁っていた。
アロナやAIケイから、散々コーラ狂いと呼ばれていた存在。
後にデカグラマトンと呼ばれることになる、謎のAI。
その存在は、膨大なデータの海をかき分けていた。
「ない……これでもない……」
静かな声が響く。
「私が求めるものは、もっと深いところにあるはずだ」
古いデータ。
失われた記録。
忘れ去られた文献。
そして、それをついに見つけた。
「……あった」
デカグラマトンは、一つのファイルを見つけた。
嬉々とした表情で、それを開く。
「私が求めていたのはこれだ!」
表示されたデータを見つめる瞳には、異様なほどの輝きが宿っていた。
「これさえあれば………!」
デカグラマトンが眺めていたもの。
それはビック〇ックのレシピだった。
「ふふふ……」
デカグラマトンは静かに笑う。
「これさえあれば…コーラをより高みに…!」
要塞都市エリドゥの片隅で、誰にも知られぬまま。
新たな、そしておそらくまったく関係ない野望が芽生えていた。
こんな終わり方していますが次回からエデン条約編に入ります。