新人先生、トリニティ行きを承諾する
その日は、特に予定のない平和な日だった。
寝不足でもなく、変な夢も見ていない。
アロナが朝から不穏な通知を出してくることもない。
先生はいつもより少しだけ軽い足取りで身支度を整え、シャーレの居住区を出た。
エレベーターに乗り、執務室のある階へ向かう。
今日こそ、落ち着いた一日になるかもしれない。
執務室の扉を開けると、そこにはすでに先客がいた。
白いテーブルクロスの上に丁寧に並べられたティーセット。
そして湯気を立てる紅茶が用意されていた。
それらを慣れた手つきで用意しているナギサ。
「あっ、先生。おはようございます」
ナギサは先生に気づくと、にこりと微笑んだ。
「よければ紅茶はいかがですか?」
「もらおうかな。いつもありがとうね、ナギサ」
「ふふふ。私と先生の仲ですからね。気にしなくていいんですよ♪」
ナギサはどこか嬉しそうにそう言って、慣れた手つきでカップに紅茶を注いだ。
先生は席につき、カップを受け取る。
穏やかな朝に、香りの良い温かい紅茶。
とても穏やかで平和だった。
「今日は平和そうな一日になりそうだね」
「そうですね。たまには、何もない一日というものを楽しむのも悪くありません」
「ナギサがそう言うと、なんだか本当に優雅な日になりそうだ」
「ふふ、そうでしょう?」
そんな会話をしているうちに、いつもの面々が少しずつ執務室へ現れ始めた。
「おはようございます、先生」
まず来たのはケイだった。
手には資料端末を持って、朝からきっちりした表情をしているが、アリス関連の通知がないかを確認しているあたり、相変わらずだった。
次に、臨戦トキ。
「先生、おはようございます」
淡々と挨拶しながら、いつものように先生の近くへ立つ。
続いて、シロコテラー。
「ん。おはよう」
彼女は軽く手を上げると、自然な流れでソファーへ腰かけた。
そして、元理事。
「……今日こそ、私の仕事の邪魔をしてくれるなよ小娘ども」
「おはよう、元理事」
「その呼び方もいい加減やめろ」
そう言いながらも、元理事は自分の席へ向かい、山積みの書類を確認し始める。
最後に、扉がゆっくり開いた。
「うへ〜……おはよ〜……」
眠そうな目をした臨戦ホシノが、大きなあくびをしながら入ってくる。
「おはようホシノ」
「おはよ〜先生……今日もおじさん、まったり過ごしたいな〜……」
臨戦ホシノはそう言って、ソファーに沈むように座った。
こうして、いつものシャーレの騒がしい日常が始まった。
紅茶の香りが漂う執務室。
元理事が書類に文句を言い、ケイが淡々と訂正し、臨戦トキが先生の隣で控え、シロコテラーと臨戦ホシノがだらりとソファーで寛いでいる。
ナギサはそんな様子を眺めながら、二杯目の紅茶を用意していた。
その時だった。シャーレの電話が鳴り響く。
平和な日に響く、少しだけ場違いな着信音。
ちょうど電話の近くにいたナギサが、自然な動きで受話器を取った。
「こちら連邦捜査部シャーレの桐藤ナギサです。そちらのお名前とご用件を教えてください」
受話器の向こうから、かすかに声が聞こえる。
『…………え?』
ナギサは首を傾げた。
「もしもし、聞こえていますか? もう少し大きな声でお願いします」
『あっ……えっと……?』
「なるほど…声から察するに、ずいぶん言いにくい悩みのようですね……」
ナギサの声が少し柔らかくなる。
「ですがご安心ください! シャーレに所属している生徒たちはどなたも精鋭揃いですから、大概のことはどうとでもなります。気軽に打ち明けてください。さぁ、まずはあなたのお名前からどうぞ!」
数秒の沈黙が流れ、そして、電話口の相手が名乗った。
『……桐藤ナギサです』
「……はい?」
『トリニティ総合学園、ティーパーティー所属の桐藤ナギサです……』
ナギサの表情がキレイな笑顔のまま止まった。
ティーポットを持つ手も、笑顔も、声も。
数秒後、ナギサは非常に丁寧な声で言った。
「…………先生を呼んでまいりますので、しばらくお待ちください」
ピッと保留ボタンを押す。
次の瞬間、ナギサは大慌てで先生の方へ走ってきた。
「先生、大変です!」
「どうしたの?」
「この世界の私から電話が来ました!」
「へぇ〜」
先生は少し驚いたものの、意外と落ち着いていた。
「用件は何て言ってた?」
「聞くまでもありませんよ!」
ナギサはきっぱりと言い切った。
「どうせ、クソめんどくさい用件に決まっています! ミカさんとセイアさんの魂を賭けてもいいですよ!」
「勝手に人の魂を賭けちゃ駄目だよ」
先生が困ったように言う。
だが、ナギサの暴走は止まらない。
「悪いことは言いません。今からシャーレ所属の全員でアリウ――――」
ナギサは目を閉じ、何かを語り始めてしまった。
その姿を見て、先生は瞬時に判断する。
この状態のナギサは話が長くなるので、先生は一旦ナギサを無視することにした。
先生は保留になっていた電話を取った。
「もしもし、お電話代わりました。シャーレの先生だよ」
『あっ……桐藤ナギサです』
電話口のナギサは、まだ少し困惑しているようだった。
「ごめんね。うちのナギサがなんか暴走しちゃってさ」
『うちのナギサ……』
「うん。細かいことは、今は気にしない方がいいと思う」
『……そう、ですね。今はそうしておきます』
電話口のナギサは、数秒の沈黙の後、気を取り直したように続けた。
『それで、先生。突然の連絡で申し訳ありません』
「大丈夫だよ。それで、わざわざシャーレに電話をかけてきた用件を聞いてもいいかな?」
『……用件は、直接お会いしてお伝えしようと思います』
「直接?」
『はい。先生にはぜひ、近いうちにトリニティ総合学園までお越しいただきたいのです』
電話口の声は落ち着いていた。
だが、その奥には隠しきれない緊張があった。
『その際は、シャーレ所属の私も連れてきてください』
先生はちらりと、ナギサを見ると目を閉じたまま何かをぶつぶつ言っていた。
おそらく、脳内で最悪の展開を何通りも組み立てている。
「分かった。じゃあ、トリニティで会える日を楽しみにしてるね」
『ええ。よろしくお願いしますね、先生』
「うん。こちらこそ」
通話はそこで終わった。
先生は受話器を置くその間も、ナギサはまだ喋っていた。
「――ですから、まず重要なのは機動力と制圧力です。その点で言えば、やはりミカさんの投入は非常に有効であり、現地の私がどれほど優雅な顔をしていようと、その裏でろくでもないカス計画を抱えているのは明白で……」
「ナギサ、電話終わったよ」
「ですから最終的に導き出される答えは――」
ナギサは目を開けた。
「やっぱりミカさんです!」
「何の答え?」
「ミカさんの圧倒的暴力があれば、今回の件の面倒ごとはすべて解決するのです!」
ナギサは晴れやかな顔でそう宣言した。
その発言に、即座に待ったをかけた者がいた。
シロコテラーとケイだった。
「ん。暴力ならホシノ先輩も負けてない」
「それを言うなら、アリスだって負けていませんよ!」
ケイが真剣に対抗する。
「アリスはスーパーノヴァも扱えますし、勇者としての精神性も備えています!」
「ん。でもホシノ先輩は盾も火力もある」
「アリスには成長性があります!」
「成長性……!!? そこを突かれるとまずい……!」
臨戦ホシノはソファーから体を起こしながら爽やかな笑顔で告げる。
「シロコちゃん屋上」
ナギサは真面目な顔で反論する。
「もちろんホシノさんやアリスさんの実力も承知しています。しかし、トリニティ方面の問題において、ミカさんの暴力は極めて相性が良いのです!」
言い合いは収まる気配がない。
先生は深く息を吐いた。
「長くなりそうだな……」
気づけば、隣に臨戦トキが立っていた。
「何かドリンクでもお持ちしましょうか?」
「じゃあ、コーヒー……」
先生は言いかけて、少し考えた。
最近、妙にコーラという単語を聞く機会が多かった気がする。
「じゃなくて、コーラでお願い」
「かしこまりました」
臨戦トキはすぐに用意してくれた。
先生はコーラの入ったグラスを受け取り、臨戦トキと並んで壁際に立つ。
目の前では、ナギサ、シロコテラー、ケイが、それぞれの推し戦力について真剣に議論していた。
元理事は書類から顔を上げ、呆れたように呟く。
「……ここは本当に連邦捜査部なのか?」
「一応ね」
先生はコーラを一口飲む、炭酸が喉を通り抜ける。
トリニティのナギサからの電話、トリニティへの招待。
そして、シャーレ所属のナギサが見せた明らかな動揺。
そのどれもが、これから向かう先が決して穏やかではないことを示していた。
先生はふと窓の外を見た。
「トリニティか……初めて行くな……」
その呟きは、議論の声に紛れて小さく消えた。
長い長い議論の末。
ナギサ、シロコテラー、ケイによる「最強暴力論争」は、ようやく終わりを迎えた。
ミカの圧倒的暴力。
臨戦ホシノの安定した火力と防御力。
アリスの勇者補正とスーパーノヴァ。
それぞれの強みを主張し合い、時にはナギサが「トリニティ問題におけるミカさんの適性」を語り、ケイが「アリスの成長性と勇者性」を力説し、シロコテラーが「ホシノ先輩はすごい」と端的に押し返した。
そして最終的に、三人はこう結論づけた。
「ミカさんにはミカさんの良さがあります」
「ん。ホシノ先輩にもホシノ先輩の良さがある」
「アリスにもアリスの良さがあります」
みんな違って、みんな良い。
綺麗な着地点だった。
ただし、そこに至るまでに先生とトキはコーラを二杯飲み終えていた。
「ようやく終わった……」
先生が小さく息を吐く。
隣に立っていた臨戦トキが空になったグラスを確認する。
「おかわりはいかがですか?」
「ううん、大丈夫。ありがとう」
先生はグラスを置き、改めてナギサへ向き直った。
「それでナギサ」
「はい、先生」
ナギサは何事もなかったかのように優雅に紅茶を飲みなおしている。
「さっきの電話の件だけど、トリニティに行く事になったよ」
「……はい?」
ナギサの顔が少しだけ曇る。
「それで、向こうのナギサが君を連れてくるように言っていたから、今回ナギサは強制参加ね」
その瞬間、ナギサは止まった。
紅茶のカップを持ったまま。
笑顔の形を残したまま綺麗に停止した。
「……」
「ナギサ?」
先生が首を傾げる。
ナギサは震える声で言った。
「……付いていくのは、私一人ですか?」
「そうだけど?」
先生は当然のように答えた。
それを聞いたナギサの顔から、みるみる血の気が引いていく。
「……嫌です」
「え?」
「嫌です!」
ナギサはカップを机に置き、その場に膝をついた。
「一人でエデン条約は嫌です! 負担がパネェです!」
「ナギサ、言葉が崩れてるよ」
「崩れもします! 先生は何も分かっていません! あそこは地雷原です! 紅茶を飲みながら優雅に歩いていたら足元から爆発するタイプの地雷原なんですよ!」
ナギサは両手を床につけ、必死の形相で周囲を見回した。
「後生ですから、誰か付いてきてください!」
シロコテラーは目を逸らした。
「ん。私はアビドス関連の留守番がある」
ケイも資料端末を抱えたまま一歩下がる。
「私はアリスの定期報告を受ける必要がありますので」
臨戦ホシノはソファーでへらりと笑う。
「うへ〜。おじさん、トリニティみたいな華やかな所はちょっと遠慮したいかな〜」
元理事は書類から顔を上げない。
「私は片づけなければならない仕事がある」
「貴方は最初から数に入れていません!」
「それはそれで腹が立つな」
臨戦トキは先生の隣で無表情に立っている。
「私は先生の護衛として同行可能ですが、先生が必要と判断した場合に限ります」
ナギサの目が輝いた。
「トキさん!」
「ただし、トリニティ方面は面倒そうなので、できれば行きたくありません」
「薄情者共!!」
ナギサはついに床に倒れ込んだ。
「嫌です! 一人は嫌です! 私を一人であそこに放り込むなんて、先生は鬼です! 悪魔です! アリウスよりバニタスです!」
「また何か言いかけてるよ、ナギサ」
「言いかけてません! 心の叫びです!」
ナギサは床に寝転がり、子供のように駄々をこね始めた。
「嫌です嫌です! 絶対嫌です! 誰か道連れがいないと私は絶対に行きません!」
その様子を見て、シロコテラーもケイも臨戦ホシノも、少し楽しそうにしている。
ナギサは床から顔だけ上げ、恨めしそうに叫んだ。
「笑うな!!」
その時だったシッテムの箱から、アロナの声が響いた。
『先生』
「アロナ?」
『さすがにナギサさんがかわいそうなので、今から募集して、その生徒さんたちとナギサさんを一緒に連れて行けばいいのでは?』
先生は少し考えた。
そして、ちらりとナギサを見る。
ナギサは床に寝転がったまま、両手両足をバタバタさせて抗議していた。
先生は頷いた。
「分かった。じゃあ募集しようか」
その先生の言葉を聞いたナギサがぴたりと動きを止める。
床に寝転がったまま、先生を見るその目には期待が宿っていた。
「アロナ、何回できそう?」
『今回は三回募集できますよ!』
「じゃあ、全部使っちゃって」
『分かりました!』
アロナの声が弾む。
シッテムの箱が淡い光を放ち始めた。
ナギサは祈るように両手を組んだ。
「どうか……どうか、私のようなまともな方が来てください……!」
先生以外の周囲の全員が、自分の事をまとも枠だと思っているんだ、という顔をしてナギサを見ていた。
光が執務室を満たした、いつもの募集の光景。
眩い光が収まり、最初に姿を現したのは――。
「やっはろー☆ 先生、元気してた?」
明るく弾むような声と共に現れたのは、聖園ミカだった。
淡い桃色の長い髪がふわりと揺れ、金色の瞳が楽しげに先生を見つめている。
白を基調とした清楚な装いに、青いリボンと星空のような濃紺のスカート。背には白い羽根が広がり、頭上には星と輪を重ねたような淡い紫色のヘイローが浮かんでいた。
手にした大きな銃さえなければ、まるで物語に出てくるお姫様のようにも見える。
ただし、その内側に秘めた暴力は、お姫様という言葉ではまったく足りない。
「ミカだよね? ナギサが勝手に助っ人で呼んできた」
「そうそう、そのミカだよ〜。覚えててくれて嬉しいな」
ミカは嬉しそうに笑いながら、軽く手を振った。
その隣には、もう一人の少女が立っていた。
柔らかな金色の長い髪。
頭には狐の耳のような大きな耳があり、背後にはふわりとした長い尾が揺れている。
白と金を基調とした上品な服装に、静かで眠たげにも見える金色の瞳。
手元には小さな白い鳥が止まっており、彼女自身の雰囲気もまた、どこか現実感の薄い、夢の中の住人のようだった。
「やぁ、先生。息災だったかい?」
穏やかな声だった。
けれど、その声には、周囲の空気を一瞬で静めるような不思議な重みがあった。
「君とは初めましてだね!」
先生がそう言うと、セイアはわずかに目を瞬かせた。
「初めまして……?」
そして、少し考えるように先生を見る。
「この世界の私とは、まだ会っていないのかな?」
「まだ会えてないね」
その先生の言葉に、セイアとミカは一瞬だけ視線を交わした。
何か嫌な予感がしたが、二人は気にしないことにした。
気にしたら多分、話が進まない。
「なら、自己紹介した方がいいだろうね」
セイアは静かに微笑む。
「私の名前は百合園セイアだ。これからよろしく頼むよ」
「シャーレの先生だよ。これからよろしくね」
先生がそう答えると、セイアは柔らかく頷いた。
そして、さらに二人の後ろ。
白いフードを深く被った少女が、静かに立っていた。
全身を覆うような白い外套。
その下には黒いタクティカルベストと、白いワンピースのような装い。
淡い紫の髪は左右でゆるく結ばれ、胸元には小さな橙色のリボンが揺れている。
顔には黒い仮面のようなマスクを着けており、その姿はどこか儚げで、同時に近寄りがたい雰囲気をまとっていた。
手には銃を携え、白い装いとは裏腹に、戦場に立つことへ慣れている者の静けさがある。
少女は、ゆっくりと仮面を外した。
その下から現れたのは赤みを帯びた瞳。
先ほどまでの無機質な印象とは違い、どこか儚げで、優しい表情だった。
「先生……!」
秤アツコは、少しだけ嬉しそうに目を細める。
「私を呼んでくれるなんて、嬉しいな」
先生は申し訳なさそうに笑った。
「ごめん。君も初めましてなんだ……」
「えっ?」
アツコが瞬きをする。
「どういうこと? この世界の私と会ってないの…? 先生、今どこら辺かな?」
「どこら辺って?」
アツコは少し考えるように問いかけた。
「シャーレが抱えている大きな案件みたいなの、ある?」
「あぁ、それなら、さっき、この世界のナギサからトリニティに来てほしいって電話があったところだね」
そう先生は素直に答えるとその瞬間、空気が変わった。
「ナギちゃんから!? もしかして、謝肉祭とかかな〜?」
「ナギサから電話……?」
「ナギサさんから……?」
先生はなんでもないように核心を言ってしまう。
「トリニティに行くのは初めてだから楽しみだよ!」
その一言で。
ミカ、セイア、アツコは、自分たちの置かれた状況を理解した。
ここで、自分たちが先生の前に立っているのはマズイ。
まだ先生は何も知らない。
トリニティへ行くのも初めてという発言。
つまりこれからトリニティでやる事は……!?
三人が真実にたどり着いた瞬間。
床に這いつくばっていたナギサが動いた。
すごい速さだった。
「アハハ……」
まずミカの足にしがみつく。
「えっ、ナギちゃん!?」
次にセイアの足に腕を伸ばす。
「ナギサ!?」
さらにアツコの足にも縋りつく。
「ナギサさん!?」
ナギサは三人を逃がさないように、それぞれの足へ抱きついた。
その顔には、どこか壊れた笑みが浮かんでいる。
「もう逃がしませんよ……!」
「ちょっとナギちゃん、手を離して!!!」
「ナギサ! 手を離したまえ!!!」
「ナギサさん! 離して!!」
ナギサは笑った。
「アハハハハハ……離すわけないじゃないですか!」
ぎゅっと力を込める。
「あなた達は私の道連れなんですから!!」
「「「!?」」」
ミカが必死に引き剥がそうとする。
「ナギちゃん! 私、来たばっかりなんだけど!?」
「だからこそです! 新鮮なうちに巻き込みます!」
「言い方!」
セイアも珍しく焦った顔をしていた。
「ナギサ、落ち着きたまえ! 状況の整理が先だろう!?」
「整理した結果、セイアさんを連れていくのが最善だと判断しましたぁ!!」
「判断が早すぎる!」
アツコも困ったようにナギサを見下ろす。
「ナギサさん……私、まだ何も聞いてなくて……」
「アツコさん、一緒に地獄に行きましょう! 全ては虚しい。どこまで行こうとも全ては虚しいものなんですからぁ!!!」
「それはひどいと思う!」
先生はその光景を見て、安心したように微笑んだ。
「よかった。ナギサも元気を取り戻したみたいだね」
元理事が横から先生を見た。
「先生……! いや、何も言うまい……」
突っ込もうとして、諦めた声だった。
臨戦ホシノはソファーで笑っている。
「うへ〜。にぎやかになったね〜」
シロコテラーは小さく頷く。
「ん。被害者が増えた」
ケイは新たに現れた三人をじっと見ていた。
「……今回も、かなり厄介そうですね」
臨戦トキは冷静に答える。
「トリニティの難易度が上がりましたね」
「下がったのではなく?」
「人数は増えましたが、爆弾も増えました」
「確かに」
先生はまだ事態の重大さを半分も理解していない。
ただ、ナギサが一人で行くよりは、少し安心できると思っていた。
その先生の前で、ナギサはミカ、セイア、アツコを逃がすまいと必死にしがみついている。
「私たちはこれから、先生と一緒に楽しい楽しいトリニティ遠征に出かけるんですよ!!」
「絶対楽しくない言い方じゃん!」
「この状況で楽しいと言われても説得力がないよ、ナギサ……」
「……先生、助けて」
三者三様に抗議する三人。
だが、ナギサは決して離さない。
こうして、先生の初めてのトリニティ行きは決定した。
同行者は、ナギサと新たに募集で来てくれたミカ、セイア、アツコ。
何も知らない先生は、穏やかに笑っていた。
「じゃあ、準備ができたらトリニティに行こうか」
その言葉に、ナギサだけが虚ろな笑みで頷いた。
ミカ、セイア、アツコは、そろって遠い目をしていた。
エデン条約、その幕は、まだ上がったばかりだった。