テラスに、気まずい沈黙が落ちていた。
現地ナギサと現地ミカ。
そして、先生の後ろにいる募集で来たナギサ、ミカ、セイア、アツコ。
特に、現地の二人はセイアの姿を認識した瞬間、完全に動きを止めていた。
「……」
現地ナギサは目を見開いたまま固まっている。
現地ミカは、まるで信じられないものを見たような顔でセイアを見つめていた。
「なんで……? どうして……?」
震える声でぶつぶつと呟きながら、現地ミカはゆっくりとセイアへ近づいてきた。
その顔は今にも泣き出しそうだった。
セイアはそんな現地ミカを見て、静かにため息を吐いた。
「……やれやれ」
そして現地ミカが一定の距離まで近づいた、その瞬間。
セイアの体が唐突に光に包まれた。
「は?」
現地ミカが驚きで立ち止まる。
「……え?」
現地ナギサも固まる。
光が収まった時、そこにいたセイアの姿は変わっていた。
いつもの白い上品な装いではない。
大きな狐耳はそのままに、長い金髪を高くまとめ、頭にはサングラス。
白い水着に、淡い黄色のゆったりした羽織を肩にかけ、足元は夏らしいサンダル。
普段の幻想的で儚げな雰囲気とは違い、どこかリゾート地でくつろぐお嬢様のような姿になっていた。
「「……!?」」
二人は、突然のセイアの水着姿に完全に思考停止した。
「えっ? セイア?」
突然の変化に、先生も状況を理解できていない。
一方で、ナギサ、ミカ、アツコの三人は別の意味で限界だった。
ナギサとミカはセイアの両脇に立っていたため、真正面からその変化を見てしまっている。
しかし、笑ってはいけない。
ここは現地ナギサと現地ミカが大混乱している大事な局面である。
だからこそ絶対に笑ってこの空気を壊してはいけない。
だからナギサとミカは、セイアをなるべく見ないように顔を背けたが、肩が小刻みに震えている。
「……っ」
「……んぐっ」
アツコもマスク越しに床を見つめ、両手を固く握っていた。
こちらも限界に近い。
そんな周囲の反応など気にした様子もなく、セイアはマイペースに言った。
「元いた席に戻りたまえ」
「う、うん……」
現地ミカは完全に気圧され、そのまま元の席へ戻っていった。
すると、またセイアの体が光に包まれる。
そして光が収まると、セイアは何事もなかったかのように元の制服姿へ戻っていた。
「………うぐ!」
「………グゥ!」
「………ううぅ!」
耐えていた三人に、制服へ戻るという普通すぎる動作がとどめを刺しかけた。
ナギサは口元を押さえ、ミカは肩を震わせ、アツコは床を見つめたまま細かく揺れている。
現地ミカはまだ放心していた。
「な、なに今の……?」
「私にも分かりません……」
現地ナギサが震える声で呟く。
そして今度は、その現地ナギサがゆっくりと立ち上がった。
「セイアさん……?」
そう言いながら近づいてくる。
そうするとまたセイアが光に包まれ、次の瞬間には再び水着姿になった。
すると現地ナギサがピタリと立ち止まる。
「………カハッ!」
「………ふっざけんな、あの狐……!」
「………んぐぅ!」
ついにミカの口から本音が漏れた。
セイアは涼しい顔で現地ナギサを見る。
「君も例外ではないぞ?」
「……」
現地ナギサは無言で一歩下がった。
するとセイアはまた制服姿へ戻る。
その一連の流れを見て、先生はようやく何かに気づいた。
「なんか……威嚇してるみたいだね……」
先生はぽつりと呟く。
その瞬間、ナギサ、ミカ、アツコの三人は、ついに耐えきれなくなった。
「ぶっ……!」
「あははははははっ!」
「ふ、ふふっ……!」
三人は大笑いした。
ナギサは腹を抱え、ミカは床に手をつき、アツコはマスク越しでも分かるほど肩を震わせている。
現地ナギサと現地ミカは、何が起きているのか分からず呆然としていた。
先生も困惑している。
セイアだけが、平然としていた。
「効果はあっただろう?」
「あるにはあったけどさぁ!」
ミカが涙目で笑いながら叫ぶ。
「やり方がバカすぎるんだよ!」
しばらくの間、三人の笑いは収まらなかった。
ようやく笑いが落ち着いてきた頃。ミカが静かに立ち上がった。
そして、すっとセイアの胸ぐらを左手で掴む。
そのまま軽々と持ち上げた。
「折るね☆」
笑顔だった。
だが、右手の拳には力が籠っていた。
「待て、その攻撃は私に効く。やめてくれミカ…」
セイアは持ち上げられたまま、悪びれる事もなく言った。
「それにあれは私なりの自己防衛なんだが……」
すかさずナギサが叫ぶ。
「もっと他にやりようがあるでしょ!?」
アツコは少しだけ首を傾げる。
「でも、確かにフリーズしてたから効果はあったんじゃない?」
「アツコさん、そこに理解を示さないでください!」
先生も慌てて割って入る。
「まぁまぁ、みんな一旦落ち着いて」
すると三人が一斉に先生を見た。
「そもそも先生が最後に余計なことを言うのが悪いんです!」
「先生の“威嚇してるみたい”で全部崩れたんだよ!」
「……あれはずるい」
「えぇー!!?」
先生は思わず声を上げた。
「私が悪いの!?」
「悪いですよ!」
「悪いね☆」
「悪いと思う」
セイアまで静かに頷いた。
「私も、あの一言はなかなか的確だったと思うよ」
「褒められてるのか責められてるのか分からないな……」
先生は困ったように笑うしかなかった。
◆
セイアの威嚇らしき謎行動のおかげで、現地ナギサと現地ミカは若干平常心を取り戻した。
ただ、泣き崩れたり取り乱したりするよりは、少なくとも会話できる状態になった。
現地ナギサは改めて、先生が連れて来た自分たちを見つめる。
確かに、目の前にいる。
けれど、自分たちの知る彼女たちとは少し違う。
服装や顔立ちは自分たちと瓜二つだけれど、表情・空気・距離感。
そういった雰囲気の部分が微妙に自分たちとは違うと感じていた。
現地ナギサは静かに口を開いた。
「改めてお聞きしますが、あなた達は誰なんですか?」
その問いに、未来ナギサが代表して答える。
「私たちは……」
そこで言葉に詰まった。
「あなた達の……何て言えばいいか……困りますね」
ミカが横から小声で言う。
「もうめんどくさいし未来の私たちでーす、って言ったら駄目なの?」
「駄目に決まってるでしょ! 先生も居るんですよ!?」
「あっそうだった」
セイアも静かに続ける。
「現時点でそれを伝えるのは、あまり望ましくないだろうね」
アツコは黙って様子を見ていた。
ナギサは咳払いした。
「今言えるのは、私たちはあなた達でもあるとしか言えません」
現地ナギサの眉がぴくりと動いた。
「それで納得しろと?」
ナギサは少しだけ真面目な顔になる。
「今は、これで納得してください」
現地ナギサは不満そうだった。
だが、無理やり飲み込んだ。
「……分かりました。今は、そういうことにしておきます」
現地ミカは、現地ナギサの隣で俯いていた。
小さく、誰にも聞こえない声で呟く。
「そっか……」
その声は、寂しげだった。
「セイアちゃんが生きてたのかと、勘違いしちゃったよ……」
その呟きに気づいたのは、セイアだけだった。
しかしセイアは何も言わなかった。
ただ、少しだけ目を伏せた。
先生は場の空気が少し落ち着いたのを見て、現地ナギサへ向き直った。
「それで、ナギサ。私を呼んだ理由を聞いてもいいかな?」
現地ナギサは一度深く息を吸う。
そして、いつもの優雅な表情を取り戻すように微笑んだ。
「先生には、補習授業部の顧問をしていただきたいのです」
「補習授業部?」
「はい。少し事情のある生徒たちを集めた部活です。先生に見ていただければ、きっと良い方向へ向かうと考えています」
先生は迷う事もなく二つ返事で頷いた。
「うん。分かった。私でよければ協力するよ」
現地ナギサは少し驚いたように目を瞬かせた。
「よろしいのですか? まだ詳しい説明もしていませんが」
「困ってるんだよね?」
「……はい」
「なら手伝うよ」
先生は自然にそう言った。
その言葉に、現地ナギサはほんの少しだけ表情を緩めた。
「ありがとうございます、先生」
ナギサはその横で、何とも言えない顔をしていた。
「先生は本当に変わらないですね……」
「どういう意味?」
「そのままで居てくださいという意味です」
こうして先生たちは、補習授業部の教室へ向かうことになった。
◆
補習授業部の教室前に到着して、そっと廊下から中を覗くと、すでに一人の生徒が待機していた。
銀白色の長い髪。
黒を基調としたトリニティの制服。頭や白い羽根には紫の花飾り。
机の上に銃を置き、静かに椅子へ座っている。
白洲アズサ。
現地ナギサからもらった補習授業部の部員リストにも、そう記されている。
その姿を見た瞬間、アツコがぴくりと反応した。
「……アズサ」
小さな声だった。
しかし、すぐにアツコは仮面を手に取った。
「今から秘策を使うから見てて!」
ナギサは少し不安そうにしながらも頷く。
「分かりました。アツコさん、頑張ってくださいね!」
「よし、行ってくるね」
アツコは気合を入れ勢いよく扉を開けて、教室へ入った。
「バーニバニバニバニ! 全ては虚しいタスねぇ〜!」
堂々たる第一声だった。
教室の空気が止まる。
廊下にいた先生たちも止まる。
ナギサは目を見開いた。
ミカは口を押さえる。
セイアは静かに目を閉じた。
だがアツコは内心で勝利を確信していた。
どう? この時期の私は手話で喋っていたから、いきなりわけわからないことを話している私と、アズサの知っている私は似ても似つかないでしょ?
これは完璧。勝ったね。そうアツコは勝利を確信していた。
だがそんなアツコの予想に反して、アズサは驚愕した顔で立ち上がった。
「な、なにしてるんだ、アツコ……?」
「え?」
アツコの仮面の奥で目が点になる。
「いや……アツコだろ? どうしてトリニティに居るんだ?」
秒でバレてしまった。廊下ではナギサが頭を抱えていた。
「アツコさんは私と同じでまともだと思っていたのに!!!」
ミカが困ったように笑う。
「どうしようか?」
セイアは静かに首を横に振った。
「こうなったら、どうしようもないだろう?」
先生は状況を理解できず、ただ困ったように見守っていた。
教室の中では、アツコがゆっくりと仮面を外していた。
顔が赤い。
「よく、私だって見破ったね……」
アズサは真顔で答える。
「どう見ても、アツコだったぞ……?」
「……」
アツコは少しだけ沈黙した。
そして、ふっと優しく笑う。
「……成長したね」
そう言って。
アツコは恥ずかしさの限界を迎え、床に崩れ落ちた。
「アツコ!?」
アズサが慌てて駆け寄る。
廊下では、ナギサが震える声で呟いた。
「始まる前から、もう終わった気がします……」
白洲アズサとの初接触は、こうして最悪の形で成功した。