新人先生はネタバレ生徒しか引けない   作:KuRoNia

37 / 37
新人先生、裏切り者探しを頼まれる

 全員の自己紹介を終えて、ようやく教室内は落ち着きを取り戻しつつあった。

 あくまで、取り戻しつつ、である。

 

 教室の端では、まだアツコが膝を抱えて座っている。

 その隣にはアズサが寄り添い、時折心配そうに声をかけていた。

 

 ヒフミはロールケーキを飲み込んだ後、涙目でナギサから距離を取っていた。

 ハナコはようやく現実へ戻ってきたものの、時折遠い目をして「水着…」と小さく呟いている。

 コハルは気絶から目を覚ましたばかりで、ミカを見るたびに顔を赤くして視線を逸らしていた。

 

 補習授業部。

 その名前から想像される静かな勉強空間とは、すでにだいぶ離れている。

 それでも、なんとか座席につき、先生の前に全員が揃った。

 

「えっと、改めて」

 

 先生は教卓の前に立つ。

 

「今日から補習授業部の顧問をすることになった、シャーレの先生だよ。よろしくね」

 

「よろしくお願いします、先生!」

 

 ヒフミが元気よく返事をする。

 

「よろしくお願いしますね~、先生」

 

 ハナコは穏やかに微笑む。

 

「よ、よろしく……」

 

 コハルは少し緊張したように言った。

 

「よろしく頼む」

 

 アズサも短く答える。

 

 ようやく、普通に進められそうな空気になった、のだが。

 ヒフミとアズサ以外の補習授業部メンバーの顔には、隠しきれない疑問が浮かんでいた。

 なぜ、ここにティーパーティーがいるのか。

 

 しかも、ナギサ、ミカ、セイアらしき人物が揃っている。

 さらに、妙な仮面の少女までいる。

 

 どう見ても、補習授業部に必要な人員ではない。

 ハナコはニコニコと笑っているが、明らかに観察している。

 

 コハルは困惑を隠せず、ミカとセイアの方をちらちら見ていた。

 アズサはアツコの件でそれどころではなさそうだが、それでも警戒は解いていない。

 

 その空気を感じ取ったナギサは、非常に面倒くさそうな顔をした。

 どう説明するべきか。そもそも、説明してよいのか。

 下手なことを言えば、また地雷を踏んでしまうような気がする。

 ナギサは救いを求めるように、ミカ、セイア、アツコへ視線を向けた。

 

 ミカは窓の外を見ていた。

 

「いい天気だね〜☆」

 

 セイアも窓の外を見ていた。

 

「実に穏やかな空だね」

 

 アツコも窓の外を見ていた。

 

「あっ、鳥が飛んでる」

 

 三人とも、完全に我関せずという態度だった。

 ナギサの額に青筋が浮かぶ。完全に押し付けられた。

 ナギサの中で、何かがぷつりと切れかける。

 

 そうですか…そういう態度ですか。

 ならばこちらも、撃たねば無作法というもの。

 その破滅的な思考が脳裏をよぎった瞬間。

 

 先生が口を開いた。

 

「彼女たちは、シャーレの募集で来てくれた生徒たちだよ」

 

 ナギサの思考が止まる。

 先生は穏やかに続けた。

 

「この世界のナギサたちとは姿かたちは似てても、違う存在なんだ」

 

 教室が静かになる。

 

 ハナコは「なるほど」と微笑む。

 コハルは「似てるけど違う……? え、えっちなやつじゃないわよね!?」と勝手に混乱していた。

 アズサは疑わしそうにしつつも、アツコが近くにいるため深く追及しなかった。

 ヒフミは「あはは…」と困ったような笑いを漏らしていた。

 

 ナギサは先生を見た。

 

 いい感じに説明してくれた。

 詳しくは何も言っていないのに、なんとなく納得できる雰囲気にしている。

 これが先生力である。

 

「……助かりました、先生」

 

「うん?」

 

「いえ、なんでもありません」

 

 ナギサはそっと胸を撫で下ろした。

 

 ようやく補習を始められそうな空気になった。

 先生が教材を確認しようとした、その時。

 教室の扉が控えめに叩かれた。

 

「失礼します」

 

 入ってきたのは、ティーパーティー所属の生徒だった。

 彼女は先生へ丁寧に頭を下げる。

 

「先ほどナギサ様が、先生に伝え忘れていたことがあったそうです」

 

「ナギサが?」

 

「はい。申し訳ありませんが、先生だけご同行いただけますでしょうか」

 

 先生は少しだけ迷った。補習授業部の初日だ。

 しかし、現地ナギサがわざわざ呼ぶということは、何か大切な話なのだろう。

 

「分かった。少し行ってくるね」

 

 先生は補習授業部の面々にそう告げる。

 ヒフミが元気よく頷く。

 

「はい! いってらっしゃい、先生!」

 

「自習でもして待っているさ」

 

 アズサもそう言った。

 ナギサは一瞬、先生を引き留めたそうな顔をした。

 しかし、今ここで止めれば逆に怪しまれる。

 

「……いってらっしゃいませ、先生」

 

「うん。すぐ戻るよ」

 

 先生はティーパーティー所属の生徒に案内され、補習授業部の教室を後にした。

 

 

 案内された先は、先ほどのテラスだった。

 そこに、現地ナギサが一人で待っていた。

 彼女は先生に気づくと、穏やかに微笑む。

 

「先生。何度もお呼び立てして申し訳ありません」

 

「大丈夫だよ」

 

 先生は案内されるまま席に着いた。

 現地ナギサは、案内してきた生徒へ視線を向ける。

 

「ありがとうございます。ここからは私一人で大丈夫です」

 

「わかりました」

 

 生徒は一礼し、テラスから下がっていった。

 テラスには、先生と現地ナギサだけが残る。

 どうやら先ほどとは違う様だ、本格的に話をする空気だった。

 

「それで、何か伝え忘れたことがあるんだって?」

 

 現地ナギサは少しだけ目を伏せた。

 

「先生のおっしゃる通りです。私としたことが、色々ありましたので、大事なことを伝え忘れてしまいました」

 

「まぁ、あれはしょうがないよ」

 

 先生は苦笑する。

 

「ナギサやミカやセイアが突然増えたら、誰でも混乱すると思うし」

 

「……ええ」

 

 現地ナギサは一瞬だけ目元を引きつらせたが、すぐに表情を整えた。

 

「それで、私に伝えたいことって何かな?」

 

 先生の問いに、現地ナギサはまっすぐ先生を見た。

 

「……先生は、あちらの私から何も聞いていないんですか?」

 

「うちのナギサから?」

 

「はい」

 

「特に何も聞いてないけど…?」

 

 先生は正直に答える。

 現地ナギサは少しだけ考え込む。

 

「そうでしたか……」

 

 そして、声を落とした。

 

「ではお伝えしますが、この話は私と先生だけの話にしてくださいね」

 

「分かった。約束するよ」

 

 先生も自然と姿勢を正す。

 現地ナギサの空気が変わった。

 優雅なティーパーティーのホストではない。

 

 トリニティ総合学園の政治を担う者としての顔。

 そして、何かに追い詰められている少女の顔だった。

 

「実は、先生をお呼びしたのは、補習授業部の顧問としてだけではありません」

 

「そうなの?」

 

「先生には、トリニティの裏切り者を特定していただきたいのです」

 

「……裏切り者」

 

 先生の表情が引き締まる。

 現地ナギサは静かに頷いた。

 

 そこから彼女が語った内容は、先生の想像を超えていた。

 

 百合園セイアが襲われたこと。

 その事件は外部には伏せられていること。

 犯人がトリニティ内部に潜んでいる可能性があること。

 そして、その犯人がまだ動きを止めていないかもしれないこと。

 

「セイアが……」

 

 先生は、募集で来てくれたセイアを思い出す。

 水着になって威嚇していたセイア。

 だが、この世界のセイアは今、そんな冗談を言える状態ではない。

 

「私は、次に狙われるのは自分だと思っています」

 

 現地ナギサの声がかすかに震えた。

 

「ティーパーティーの一角であるセイアさんが襲われた以上、次が私であってもおかしくありません」

 

「ナギサ……」

 

「先生!」

 

 現地ナギサは身を乗り出した。

 その手が、先生の手を掴む。

 優雅さを取り繕う余裕は、もうなかった。

 

「助けてください!」

 

 今にも泣きだしそうなほどに震えている声だった。

 

「私は……このトリニティで、誰を信じればいいのか分からないのです!」

 

 先生は、何も言えなかった。

 ただ、その手を握り返す。

 

「分かった。私でよければ、力になるよ」

 

 先生は静かに言う。

 現地ナギサの表情が、ほんの少しだけ緩んだ。

 

「……ありがとうございます、先生」

 

 救いを得たような顔。

 だが、その次の言葉で、先生は再び胸を締め付けられることになる。

 

「実は、犯人の目星はついているんです…」

 

「……」

 

 先生は嫌な予感がした。

 

「その容疑者は今の補習授業部のメンバーです」

 

 現地ナギサは、静かに言った。

 先生は思わず黙ってしまった。

 

 ヒフミ。

 

 ハナコ。

 

 コハル。

 

 アズサ。

 

 先ほどまで見ていた、あの教室の生徒たち。

 

「先生には、彼女たちと過ごしながら、犯人を見つけていただきたいのです」

 

 現地ナギサの声は真剣だった。

 誰かを疑い、酷く恐れているが、それでも先生に託している。

 先生はしばらく言葉を探した。

 

「……分かった」

 

 最終的に、そう答えるしかなかった。

 

「ただ、私は彼女たちを最初から犯人だと決めつけることはしないよ」

 

「もちろんです」

 

 現地ナギサは頷く。

 

「だからこそ、先生にお願いしているのです」

 

 秘密の話し合いは、そこで終わった。

 

 

 先生は補習授業部の教室へ戻りながら、考えていた。

 

 この世界のセイアが襲われた。

 犯人はトリニティ内部にいる。

 

 現地ナギサは、補習授業部の誰かを疑っている。

 あの中に、本当に犯人がいるのか?

 

 ヒフミは先生を見て嬉しそうに笑っていた。

 

 ハナコは少し不思議な雰囲気だが、穏やかだった。

 

 コハルは混乱しながらも真面目そうだった。

 

 アズサは警戒心が強かったが、アツコを心配していたりと優しい一面を持っていた。

 

 この4人の中に、裏切り者がいる。

 

 そう考えようとしても、先生の中ではうまく結びつかなかった。

 教室に戻ると、そこでは意外にも真面目な光景が広がっていた。

 ヒフミはナギサに教えてもらいながら問題を解いている。

 

「ここは、こう考えればいいんですよ」

 

「なるほど……! ナギサ様、教えるのだけはすごく分かりやすいです!」

 

「教えるのだけ、とは何ですか?」

 

「ひゃっ! な、なんでもありません!」

 

 ミカはコハルの横で問題集を覗き込んでいた。

 

「コハルちゃん、ここ惜しいよ〜」

 

「ち、近い! 近いですから!」

 

「え〜? でも見えないよ?」

 

「見えなくてもいいんですよ!」

 

 セイアも同じくコハルの反対側に座っている。

 

「ここは公式を使うといい」

 

「セイア様まで近い!」

 

「私も駄目なのかい?」

 

「駄目っていうか、二人に挟まれると落ち着かないの!」

 

 アツコはアズサの隣で、静かにノートを見ていた。

 

「アズサ、ここ違う」

 

「そうなのか?」

 

「うん。ここはこう」

 

「……なるほど」

 

 ハナコはその光景を見ながら、時々にこにこと笑っている。

 

 先生は入口で立ち止まった。

 一見すれば、普通の補習の時間だった。

 

 募集で来た生徒たちが、それぞれ補習授業部のメンバーを支えている。

 けれど、先生の頭には現地ナギサの言葉が残っていた。

 

 この中に、この世界のセイアを襲った犯人がいる。

 笑い声と、鉛筆の音と、時折響くコハルの悲鳴。

 その穏やかな空気の中で、先生は一人、静かに思い悩むことになった。

 

 

 その頃、テラスでは、現地ナギサが一人で紅茶を飲んでいた。

 

 香り高い紅茶。

 

 整えられた茶器。

 

 穏やかな風。

 

 だが、彼女の心は少しも穏やかではなかった。

 

「先生しか……信用できない……」

 

 小さな呟きが、テラスに落ちる。

 セイアが襲われた。

 犯人はまだ見つかっていない。

 次は自分かもしれない。

 誰を信じればいいのかもう分からない。

 

 だが、ミカだけは……。

 

 現地ナギサはカップを握る手に力を込めた。

 

「出来れば、犯人が見つかってほしい……」

 

 それが一番だ。

 誰も失わずに済むなら、それがいい。

 けれど、もし見つからなかったら。

 もし、自分が次に狙われるのなら――

 

「私がどうなったとしても……せめて、ミカさんだけは守ってください……先生……!」

 

 現地ナギサは祈るように目を閉じる。

 一人しか居ない寂しいお茶会、紅茶の冷めていくテラスで、静かに先生へ願いを託していた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

あなたがトリニティでやってはいけない事リスト(作者:装甲アッサム春雨)(原作:ブルーアーカイブ)

キヴォトス最大規模の学園の一つにして、キヴォトス屈指のお嬢様学園であるトリニティ総合学園。▼そこは日々を麗しく華やかに過ごすお嬢様の楽園。▼しかし、そこの片隅では今日もなにやら必死なお説教とそれから逃げ回る声が?


総合評価:3465/評価:8.89/短編:15話/更新日時:2026年07月01日(水) 00:32 小説情報

憑依者しかいないゲマトリアがキヴォトスの破滅を回避しようとする話(作者:シャンタン)(原作:ブルーアーカイブ)

人の心を理解するがために、咄嗟に出る提案が原作より悪辣な黒服▼生徒を護りたい意志が強いが、製作できるのは怪物関連なマエストロ▼生徒を護るために崇高に至ろうとする、生徒第一なベアトリーチェ▼テクストが解釈ができず、原作兵器が作成できないゴルコンダ▼何事にもいち早く気付くが、そういうこった!!なデカルコマニー▼事態を把握しているが、ゴルコンダがいるため、表舞台に…


総合評価:5443/評価:8.59/連載:22話/更新日時:2026年06月29日(月) 17:31 小説情報

【青学三次】(自称)モブの日常掲示板(作者:掲示板物好き)(原作:ブルーアーカイブ)

キヴォトス転生者たちが好きなことして、少しやらかす話集です。▼本作はどくいも様の『青資秘密学園奮闘ログ』の三次創作となります。▼https://syosetu.org/novel/322798/


総合評価:3789/評価:8.56/短編:32話/更新日時:2026年06月28日(日) 20:00 小説情報

で? どれが実在する記憶なんです?(作者:POTROT)(原作:ブルーアーカイブ)

先生「“彼女らの話が全部本当なら、君は同時に30人くらい存在した事になるけど”」▼主人公「そんなわけねぇだろ」


総合評価:5323/評価:8.26/連載:5話/更新日時:2026年06月26日(金) 00:03 小説情報

【悲報】ヒフミさん普通じゃなかったwww (作者:車検のコダック)(原作:ブルーアーカイブ)

ナギサ様「ヒフミさんがブラックマーケットに出入りしてるなんて、嘘ですよね……?」


総合評価:9802/評価:8.97/連載:11話/更新日時:2026年07月02日(木) 00:14 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>