サオリが現地ナギサの護衛につくようになってから、補習授業部にも色々なことがあった。
ただ、補習授業部がずっと勉強していたのかと言えば、そうでもない。
「勉強だけじゃなくて、息抜きも必要だよね」
先生の提案で、使われていなかったプールの掃除をすることになった。
旧校舎にあったプールは、長らく放置されていたため、落ち葉や埃で少し寂しい姿になっていた。
けれど、皆で水着に着替えて掃除を始めると、意外と楽しかった。
「アズサちゃん、そっちお願いしますね!」
「わかった」
「コハルちゃん、ホース持っててね」
「わ、分かってるわよ! それとハナコはなんで制服を着てるのよ!?」
「水に濡れると服が透けるからですが…?」
「エッチなのはダメ! 死刑!」
コハルの声がプールサイドに響いた。
それを聞いて、ミカが楽しそうに笑う。
「コハルちゃんはいつも元気だね〜」
「元気というか、なにか大事なものを削ってツッコミをしているように見えますが」
ナギサが真顔で言う。
アツコは静かに水を撒きながら、隣のアズサを見た。
「アズサ、そこ滑るから気を付けてね」
「問題ない」
「風邪ひかないようにね」
「……親か?」
そんな日々を重ねるうちに、補習授業部の空気は少しずつ柔らかくなっていった。
後日、掃除したプールで皆が遊んだ日もあった。
水着姿の生徒たちがプールに集まり、ヒフミは嬉しそうにペロロ浮き輪を抱え、ハナコはいつも以上に水を得た魚のようになり、コハルは顔を真っ赤にして叫び続けた。
そして、そこに水着姿のナギサ、ミカ、セイア、アツコが現れた瞬間。
「なっ……なっ……!」
コハルは鼻血を出して倒れた。
「コハルちゃーん!?」
「あら、コハルさんには刺激が強すぎましたかね?」
「セクシーセイアですまない」
「写真撮っちゃお」
「それは勘弁してあげてください」
そんな楽しい思い出が少しずつ増えていった。
先生は、その時間を見守りながら思った。
やっぱり、皆いい子たちだな。
現地ナギサから頼まれた裏切り者探しのことが、頭から消えたわけではない。
けれど、この子たちが笑っている姿を見るたびに、先生の胸には迷いが生まれていた。
◆
そんなある日。
先生の元に、現地ミカが訪ねてきた。
「先生、ちょっといいかな?」
いつもの明るさを装っている。
けれど、その声は少しだけ硬かった。
「二人きりで話がしたいの」
「分かった」
二人は、旧校舎のプールサイドへ向かった。
水面には太陽の光が揺れている。
掃除されたばかりのプールサイドは綺麗で、少し前に皆で遊んだ時の賑やかさが嘘のように静まり返っていた。
最初の話題は、当たり障りのないものだった。
補習授業部の事だったり、先生が連れてきた自分たちの話だったり。
その内、話題は自然とセイアへ移った。
「セイアちゃんはさ」
現地ミカは、少し懐かしむように笑った。
「口が悪いんだよね。すっごく」
「確かにセイアを見ているとちょっとわかるかも」
「だよね~☆ 私のこともよく馬鹿って言うし、遠回しに刺してくるし、なんか全部見透かしたような顔するし」
現地ミカは楽しそうだった。
「よく喧嘩もしたけど、でもそんなやり取りが煩わしくもあったけど楽しかったんだ」
その声には、確かに大切な思い出が含まれていた。
先生は穏やかに聞いていた。
「この世界のセイアも早く元気になるといいね」
そう言った瞬間。
現地ミカの表情が、ゆっくりと変わった。
笑顔が薄くなる。
目元に影が落ちる。
苦しそうに唇が震えた。
「……先生」
「ミカ?」
「セイアちゃんは、もうこの世に居ないんだよ……」
小さな声だった。
けれど、先生の耳にははっきり届いた。
「え……!?」
先生は思わず声を上げる。
現地ミカは頷いた。
「殺されたの……」
「……は!?」
先生の頭が真っ白になる。
セイアが襲われたことは、現地ナギサから聞いていた。
だが、殺されたなんて、そんな事は聞いていなかった。
現地ミカは続ける。
涙をこらえるように、震えた声で。
「しかも、セイアちゃんを襲えって頼んだのは―――」
「私なの………」
先生は何も言えなかった。
衝撃が大きすぎた。
目の前のミカは泣きそうで、けれど逃げずに自分の罪を告げている。
どう受け止めればいいのか、すぐには分からなかった。
現地ミカは、先生の反応を待たずに続けた。
「最初はね、私も正直に、私がセイアちゃんを襲わせたことなんて、先生に教える気はなかったの」
声が震える。
「でも、先生が連れて来たセイアちゃんとか、私とかを見ていたらさ……」
現地ミカの目から、大粒の涙が零れた。
「すごく苦しくて、悲しくて」
涙は止まらない。
「もし私が、こんな馬鹿なことをしなければ……あの二人のように、今でも笑い合えていたのかなって……」
現地ミカは両手を握りしめる。
「私、何をしてるんだろうね……」
自嘲するような笑み。
けれど、その笑みはすぐに崩れた。
「セイアちゃんを殺したのは、私なのにね……」
先生は言葉を探した。
今ここで何を言えば、彼女を壊さずに済むのか。
正直に言うなら迷っていた。
その時後ろに置かれていた段ボール箱が、がさりと動いた。
中から声がした。
「ハッ! そんなことを思いながら過ごしていたのかい? 君は本当に馬鹿だな……」
「……え?」
先生と現地ミカが同時に振り返る。
段ボールの蓋が持ち上がる。
そこから出てきたのは、セイアだった。
なぜ段ボールに入っていたのか。
いつからいたのか。
なぜ隠れていたのか。
聞きたいことは山ほどあったが、セイアは当然のような顔で段ボールから出てきた。
「セイアちゃん!?」
現地ミカは驚きの声を上げる。
先生も目を見開いた。
「セイア、いつからそこに?」
「些細なことだよ」
「些細かなぁ…?」
セイアは現地ミカへ近づいた。
そして、少し厳しい声で言う。
「君は自分一人が悪いと思っているようだね?」
「……っ」
「フッ…舐めないでもらおう! この時期の私たちは、みんな大馬鹿なんだよ!」
現地ミカが目を見開く。
セイアは指を立てる。
「周りのすべてを疑って孤立した馬鹿!」
次に、現地ミカを指す。
「突っ走り、止まれなくなった馬鹿!」
そして、自分の胸に手を当てる。
「絶望した未来を見てしまい、一人で抱え込んでいる馬鹿!」
セイアは深く息を吐いた。
「誰か一人でも周りに相談していれば、こんなことにはなっていないんだよ!」
「……でも」
現地ミカは涙で濡れた目を伏せる。
「私は、セイアちゃんを――」
「自分一人の責任かのように背負い込むのはやめるんだ」
セイアの声は、鋭かった。
けれど、そこには確かな優しさもあった。
セイアは少しだけ表情を和らげる。
「それにこの世界の私は生きているよ。依然変わりなくね! 狐は死んだふりがうまいものなのさ」
その言葉に、現地ミカと先生が同時に声を上げた。
「え……?」
「どうして分かるの!?」
現地ミカが詰め寄る。
セイアは一瞬だけ目を泳がせた。
「それはー……」
「それは?」
「アレだよ……」
「アレ?」
「アレアレ……」
セイアは咳払いした。
「勘だよ! 勘!」
「…勘!?」
先生が驚く。
「今はそんな事どうでもいいじゃないか!」
「そうかな……?そうかも……」
現地ミカは混乱していた。
けれど、セイアが生きている。
その言葉の方が、何よりも強かった。
現地ミカの瞳から、また涙が溢れる。
今度は、少し違う涙だった。
「良かった……」
声が震える。
「本当に……良かったよう……」
現地ミカはその場に崩れ落ちそうになる。
セイアは小さくため息を吐いた。
「はぁ……そんなにいつまでも泣いていないで、この世界の私に会いに行くよ」
「……え?」
「そして、そこでちゃんと話し合うんだ」
現地ミカは涙を拭う。
「……うん」
先生はその様子を見て、少しだけ胸を撫で下ろした。
これで、いい方向に進むかもしれない。
そう思った瞬間だった。
「救護が必要な場に救護を!!」
突然、力強い声がプールサイドに響いた。
次の瞬間フェンスの向こうから、一人の生徒が跳び越えてくる。
堂々とした姿勢。
白を基調とした救護騎士団の装い。
蒼森ミネだった。
「誰!?」
先生が叫ぶ。
「ミネ団長!?」
現地ミカも驚きの声を上げる。
「……どうして、ミネが……?」
セイアも珍しく眉をひそめた。
ミネは盾を地面に突き立てながら、セイアをまっすぐ見た。
「セイア様が無断でウロウロしていると私の耳に入りました!」
「……あっ!」
セイアの顔が固まる。
「あなたは今、安静中なんですよ!」
ミネは一歩前へ出る。
「さぁ、私と共に帰りましょう」
「いや、私はこの世界のセイアではなくてだね――」
「問答無用です!」
「泣けるね……」
先生も突然現れた生徒に困惑していると、セイアは少しこの想定外を楽しみ始めた。
「仕方ない」
そして現地ミカを見る。
「ミカ!」
「!?」
「あの医療型タイラントを抑える。協力してくれ」
「医療型タイラントか…あの生徒とは初対面なのになぜかわかる気がするよ…」
先生が思わずそう口にする。
現地ミカは一瞬戸惑ったが、すぐに頷いた。
「わ、分かった!」
セイアは続けて先生を見る。
「先生も支援を頼むよ!」
「がんばるよ!」
先生も覚悟を決めた。
ミネは静かに拳を構える。
「私の指示に従わないなら、それ相応の覚悟をしていただきます」
セイアは不敵に笑った。
「承知の上さ」
「セイアちゃんは渡さないよ!」
ミネの瞳が鋭くなる。
「分かりました。では、参ります!」
そして、叫んだ。
「救護ォ!!!」
ミネが突撃してくる。
セイアが横へ跳ぶ。
現地ミカが前へ出る。
先生はシッテムの箱を構える。
こうしてセイアが現地ミカを救おうとした感動的な場面は、なぜか救護騎士団団長との謎の戦闘へ突入したのだった。