また別の日も、アビドス高等学校での借金対策会議が終わったあとも、室内の空気はどこか落ち着かなかった。
「……はぁ」
アヤネは資料を抱えたまま、深く息を吐いた。
「どうしたの、アヤネ?」
先生が声をかけると、アヤネは一瞬だけ先生を見て、それから隣にいる臨戦ホシノとシロコテラーを見た。
「いえ。色々と考えることが増えたなと」
「ごめんね。私たちが来たせいで」
「先生のせいではありません。たぶん」
アヤネの返答に、先生は苦笑する。
その横で、臨戦ホシノがのんびりと手を振った。
「うへ〜、アヤネちゃんは真面目だね〜」
その声に、ノノミがにこにこと笑った。
「先生たちが来てくれるようになってから賑やかですね〜☆」
「賑やかで済ませていい状況じゃないです!」
「でも、ホシノ先輩が二人いて、シロコちゃんも二人いて、先生もいて……なんだか少し楽しくありませんか?」
「楽しいより先に怖いですよ!」
セリカは全力で首を振った。
そんな彼女達のやり取りを見ながら、先生は少しだけ安心していた。
確かに借金問題は深刻だ。
アビドスを取り巻く状況も厳しい。
けれど、彼女たちはこうして笑ったり怒ったりしながら、今日も学校を守ろうとしている。
ならば自分も、できる限り力になりたい。
『先生! 周囲に複数の反応を確認しました!』
「反応?」
先生がふと足を止める。
アヤネが先生を見る。
「先生?」
「あ、えっと……アロナが何か見つけたみたい」
「ああ、アロナさんですか」
アヤネはもう、そこには突っ込まなかった。
セリカも少しだけ顔に出たが、すぐに諦めたように肩を落とす。
「もう先生が急に独り言を言っても驚かないからね……驚かないから……」
「セリカちゃん、声が震えてるよ〜」
「ホシノ先輩が二人いることに比べたら些細なことよ!」
「うへ〜、おじさんの扱いがひどいな〜」
「どっちのホシノ先輩が言ってるか分からないのも腹立つ!」
セリカが叫んだ、その時だった。
遠くから、重い足音と車両の駆動音が聞こえてきた。
全員の空気が変わる。シロコがすぐに銃を構えた。
「ん、敵」
シロコテラーも静かに前へ出る。
「来たね」
「来たねって、知ってたみたいな言い方しないでよ」
セリカがじとっと見る。
シロコテラーは少しだけ視線を逸らした。
「朝の占いが当たっただけ…」
「その占い、便利すぎない!?」
「ん、便利だからセリカも見るべき」
「絶対嘘でしょ!?」
そんなやり取りをしている間にも、校舎の外へと複数の人影が現れた。
武装した傭兵たち。そして、その前に立つ四人組。
一人は、妙に堂々と胸を張っている少女。
一人は、楽しそうに笑っている少女。
一人は、どこか気だるげに周囲を観察している少女。
もう一人は、緊張した様子で爆発物を抱えている少女。
便利屋68の陸八魔アル、浅黄ムツキ、鬼方カヨコ、伊草ハルカ。
先頭に立つアルは、いかにも悪の組織の社長らしい雰囲気をまとおうとしていた。
「ふふふ……ようやく見つけたわ、アビドス高等学校!」
アルは腕を組み、堂々と言い放った。
「私たちは便利屋68! 依頼を受けた以上、ここを制圧させてもらうわ!」
「わー、アルちゃんかっこいー」
ムツキが横でぱちぱちと手を叩く。
「社長、声が少し震えてる」
「震えてないわよカヨコ!」
「ひぃっ……す、すみません、すみません……! でもアル様が命令するなら、私、校舎ごと……!」
「ハルカ、それはまだ早いわ!」
アルは慌ててハルカを止めた。
その様子を見て、セリカが眉をひそめる。
「何あれ?」
「敵だと思うけど…?」
先生が答える。
「見れば分かるわよ!」
アヤネはすぐに状況を整理しようとした。
「先生、下がってください。相手は傭兵も連れています。数ではこちらが不利です」
「うん。でも、まずは話を――」
「先生」
臨戦ホシノが、不意に先生の言葉を遮った。
その声はいつも通りゆるかったが、どこか楽しそうでもあった。
「そういえばさ〜。先生に、おじさんたちの実力って見せてなかったよね〜?」
シロコテラーも隣に並ぶ。
「まだ見せてない」
臨戦ホシノは盾を軽く構えた。
「ちょうどいいから、少しだけ見せてあげるよ〜」
「ん、先生は見ていて」
シロコテラーが銃を構える。
アヤネが慌てて声を上げた。
「待ってください! 相手は数が――」
「大丈夫大丈夫」
臨戦ホシノは笑った。
「すぐ終わるから!」
その瞬間、空気が変わった。
先ほどまでの緩い雰囲気が嘘のように、臨戦ホシノが地面を蹴る。
速い。
そう認識した時には、すでに彼女は傭兵たちの前にいた。
「はい失礼〜」
軽い声と共に、盾が振るわれる。
鈍い音が当たりに響いた。
先頭の傭兵が、勢いよく後方へ吹き飛んだ。
「なっ――」
別の傭兵が銃を構える。
しかし、その照準が合うより早く、シロコテラーの銃撃が正確に撃ち抜いた。
「ん、そこ」
傭兵たちの足が止まる。
その隙に臨戦ホシノがさらに踏み込む。
盾で弾き、銃撃を受け流し、相手の懐に入り込む。
シロコテラーは少し離れた位置から、逃げ道と反撃の芽を淡々と潰していく。
二人の動きは、完全に噛み合っていた。
アビドス対策委員会の面々は、その光景を呆然と見ていた。
「……強っ」
セリカがぽつりと呟く。
シロコは目を輝かせている。
「ん、黒い私、すごい」
いつものホシノも、珍しく真面目な顔で臨戦ホシノを見ていた。
「……あっちの私もやっぱり私なんだな~」
その声は、軽いようで少しだけ複雑だった。
先生もまた、二人の戦いを見ていた。
「すごい……!」
数では便利屋側が上だった。
傭兵もいる。頭数も向こうの方が上。
普通なら、対策委員会だけで対応するには難しい相手だったかもしれない。
だが、今回は相手が悪すぎた。
「そっち行くよ〜」
臨戦ホシノが盾を構えたまま、ムツキの方へ駆ける。
「わっ、ちょっと待っ――」
ムツキが笑顔のまま後退しようとしたが、間に合わない。
盾の一撃。
「きゅう」
ムツキはその場で目を回して倒れた。
「ムツキ!?」
アルが悲鳴を上げる。
ハルカが震えながら爆弾を構えた。
「ムツキ室長に危害を加えるなんて許さないユルサナイユルサナイ! 私が全部吹き飛ばして――」
「危ないから没収ね〜」
臨戦ホシノがするりと間合いを詰め、ハルカの手元を盾で弾く。
「ひゃっ」
続けて、盾の縁がハルカのヘイローの下あたりを叩いた。
「す、すみませ……アルさ…ま……」
ハルカもそのまま気絶した。残るは、アルとカヨコ。
アルは完全に顔を青くしていた。
「な、な、な、何なのよあなたたち!? なんでそんなに強いのよ!」
「うへ〜、臨戦だからね〜」
「理由になってないわよ!」
「ん、鍛えているから」
シロコテラーが淡々と言う。
「それも理由として雑!」
アルは涙目になりかけながらも、必死に悪の社長らしく振る舞おうとしていた。
一方、カヨコは冷静だった。
表情は変わらない。だが、目は忙しく周囲を見ている。
倒れたムツキ。気絶したハルカ。
混乱しているアル、こちらへ近づいてくる臨戦ホシノとシロコテラー。
後方には先生と対策委員会。
逃げ道はあるか。煙幕は使えるか。
アルをどう動かすか。ムツキとハルカをどう回収するか。
カヨコは頭の中で、全員で逃げる算段を必死に組み立てていた。
その時。
「カヨコちゃん」「鬼方カヨコ」
臨戦ホシノとシロコテラーが、なぜかカヨコの前でぴたりと足を止めた。
咄嗟にカヨコは身構えるが、何も攻撃が来ない。
「……何? ていうか私の名前知ってるんだ…」
二人は顔を見合わせた。
そして、なぜか息ぴったりに言った。
「「着物を着てシャーレに来てくれない?」」
沈黙が場を支配した。戦場だったはずの空気が妙な方向に凍った。
カヨコは唖然とした表情で数秒間、無言で二人を見た。
「……は?」
「うへ〜、だめかな〜?」
「ん、かなりおすすめ。ついでに猫のお守りを渡してくれれば完璧」
「シロコちゃん、ズルいよ~。おじさんに渡してくれてもいいからね?」
「いきなり何言ってんの? 怖い怖い怖い!」
カヨコが珍しく素で引いた。
アルもすぐに割り込む。
「ちょっと! うちの従業員を勝手に引き抜かないで!」
「アルちゃん」
臨戦ホシノが今度はアルを見る。
アルはびくっと肩を跳ねさせた。
「な、何よ…?」
「ドレスを着たアルちゃんでもいいよ〜」
「ん、そっちでも可」
「なんで服指定なのよ~!!?」
アルの悲鳴が響き渡る。
対策委員会側も、理解が追いついていなかった。
「え、何? 何の話?」
セリカが混乱した顔で先生を見る。
先生も困った顔をしている。
「私にも分からないかな……」
『先生! おそらく募集関連の話題です!』
「募集関連?」
「先生、今はアロナさんへの返事より状況説明をお願いします!」
アヤネが叫ぶ。
だが、臨戦ホシノとシロコテラーはいたって真剣だった。
「カヨコちゃん、どうかな〜? 先生のところ、結構居心地いいよ〜」
「そう、先生はいい先生」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
カヨコは半歩下がる。
「まず、なんで着物?」
「え?私たちと相性いいから?」
「ん、強いから」
「意味が分からない!」
カヨコは頭を抱えた。
その隣で、アルが必死に威厳を取り戻そうと声を張る。
「と、とにかく! 便利屋68の社員を勝手に勧誘するなんて、この陸八魔アルが許さないわ!」
「じゃあアルちゃんが来る?」
「だからなんでそうなるのよ!」
「ん、ドレスを着ればワンチャン可能性がある」
「服を条件にしないで!」
アルはほとんど泣きそうだった。
その時、先生たちがようやく近づいてきた。
「二人とも、何をしてるの?」
先生の声が聞こえた瞬間、臨戦ホシノとシロコテラーが振り返る。
「うへ〜、先生。ちょっと勧誘をね〜」
「戦闘後のリクルート」
「それは今やることなのかな?」
「今しかないと思った」
「タイミングって大事だからね〜」
先生は少しだけ困ったように笑った。
その一瞬、カヨコの目が細くなる。
「社長!」
「え?」
「逃げるよ」
「でも、ムツキとハルカが――」
「抱えて」
「え、私が!?」
「社長でしょ」
「そ、そうね! 社長だもの!」
アルは慌ててムツキを抱え上げる。
カヨコはハルカを肩に担いだ。
そして、一目散に後方へ走り出す。
「あっ!逃げた!」
セリカが叫ぶ。シロコがすぐに追おうとした。
「ん、追撃」
「待って」
先生が慌てて止める。
「もう戦意はなさそうだし、今は追わなくていいよ」
「ん……分かった」
シロコは少しだけ不満そうに銃を下ろした。
臨戦ホシノとシロコテラーも、逃げていく便利屋を見送る。
アルはムツキを抱えながら、振り返って叫んだ。
「覚えてなさいよ! 次は絶対に勝つんだから!」
直後、足元の砂に足を取られかけて、カヨコに「前見て」と言われていた。
その姿が見えなくなるまで、しばらく誰も動かなかった。
やがて、シロコテラーがぽつりと言う。
「ん、勧誘失敗」
臨戦ホシノも肩をすくめる。
「やっぱり駄目だったね〜」
「いや、何を本気で残念がってるのよ!」
セリカが叫ぶ。
アヤネはこめかみを押さえていた。
「今日一日で、私の理解できないことが多すぎます……」
「でも、皆さん無事でよかったですね〜」
「そういうまとめ方でいいのかな……」
先生は苦笑しながら、臨戦ホシノとシロコテラーを見る。
「二人とも、助けてくれてありがとう。でも、次からは勧誘する前に一言相談してね」
「うへ〜、はーい」
「わかった、次からは相談する」
「次もやる気なの!?」
セリカが即座に突っ込む。
シロコテラーは真顔で頷いた。
「ん、正月カヨコは諦めない」
「だから何なのよ、その正月カヨコって!」
「ドレスアルも」
「増やさないで!」
アビドスの空に、セリカの声が響く。
便利屋68は逃走。傭兵たちはあっという間に蹴散らされ、アビドス側に大きな被害はなかった。
だが、対策委員会の面々には新たな疑問が残った。
この二人は本当に何者なのか。
なぜ便利屋68の二人を、服装指定で勧誘しようとしたのか。
そして、なぜ先生はそれを半分くらい受け入れているのか。
その答えは、誰にも分からない。
ただ一つだけ確かなことがある。
「先生」
アヤネが静かに言った。
「はい」
「今後、戦闘中の勧誘活動は禁止にしましょう」
「うん。そうだね」
こうして、アビドスを襲った便利屋68との初遭遇は幕を閉じた。
戦闘そのものは、驚くほどあっさり終わった。
けれどアヤネの胃には、確実に新しい負担が追加されたのだった。