「救護ォ!!!」
ミネが盾を構え、プールサイドを蹴った。
その突撃は、もはや救護という言葉から連想される優しさとは真逆だった。
轟音が辺りに響き、地面が震える。
まっすぐに突っ込んでくるミネを前に、先生、現地ミカ、セイアは反射的に三方向へ跳んだ。
「うわっ!?」
「きゃっ!?」
「相変わらず馬鹿げた突進力だな!」
ミネの盾がプールサイドの床を削る。
直撃していれば、確実に数メートルは吹き飛ばされていただろう。
セイアは着地しながら現地ミカへ叫んだ。
「ミカ! 武器は持ってきているか!?」
「先生と話すだけのつもりだったから持ってきてないよ!」
「変なところで気を使うな、能天気!」
「はぁーー!!?」
現地ミカが若干キレた。
「セイアちゃん、今それ言う!?」
「今だから言うんだよ!」
その間にも、ミネは再びセイアへ向き直っていた。
先生や現地ミカにはほとんど目もくれない。
あくまで目的はセイアの救護である。
「セイア様止まってください!」
「だから私はこの世界の私ではないと言っているだろう!」
「問答無用です! 安静が必要な者を放置するわけにはいきません!」
「君の救護はいつも激し過ぎる!」
ミネが再び突撃してくる。
セイアは咄嗟に横へ跳ぼうとした。
だが、その前に現地ミカが動いた。
「させない!」
現地ミカが横から全力でタックルを仕掛ける。
狙いはミネの体勢を崩し、そのままプールへ叩き落とすこと。
しかしミネは盾を構え、そのタックルを正面から受け止めた。
衝撃音というには大きすぎる音が響く。
「この程度で私の救護を止めようなど、笑止千万!」
ミネが高らかに叫ぶ。
そして、じりじりと現地ミカを押し返し始めた。
「う、嘘でしょ!?」
現地ミカが歯を食いしばる。
「重っ……! 力強っ……!」
それを見ていたセイアが、目を見開いた。
「オイオイ、冗談だろう!?」
セイアは戦慄したように叫ぶ。
「ミカはティーパーティーが開発した最強のB.O.Wだぞ!?」
「誰がB.O.Wだって!!?」
現地ミカが叫ぶ。
先生も困ったように言う。
「セイア、その言い方はどうなのかな」
「びっくりしたかい? でもこれが真実だ…」
「真実じゃないよ!?」
現地ミカが押されながら怒鳴る。
「ふざけてないで何とかしてよ!!?」
セイアは自分の細い腕を見る。
そして、真顔で答えた。
「そんなことを言われてもね……。私のような華麗で華奢な病弱フォックスが、ゴリラとタイラントの間に入ったところで瞬殺だろう?」
「セイアちゃん、後で本当に殴るからね!!」
現地ミカの声に本気が混じり始めた。
先生は周囲を見回す。
「う〜ん、私が出て行っても役に立たなそうだし、どうしようか?」
「二人とも落ち着き過ぎぃぃ!!」
現地ミカが悲鳴に近い声を上げる。
その時、セイアはふと旧校舎の方を見た。
普段、補習授業部が使っている教室。
その窓際に、人影があった。
ナギサ、ミカ、アツコの三人が、楽しそうにこちらを眺めていた。
その様子は完全に観戦体勢である。
「オイ! そんなところで見てないで援護しろ!!」
「えぇ〜? それが人に頼む態度なの〜?☆」
ナギサは優雅に紅茶を飲んでいた。
「まだ余裕そうですし、もう少し眺めていてもいいかもしれませんね」
アツコも静かに頷く。
「まだ援護するには早そうだね」
「君たち、全員あとで覚えていろよ!」
セイアが叫ぶ。
窓際では、ヒフミやアズサ、コハルもいた。
ヒフミは明らかに心配そうだった。
「先生たち、大丈夫なんでしょうか!?」
アズサも銃を手に取りかけている。
「援護した方がいいんじゃないか?」
コハルも慌てていた。
「色々とヤバそうなんだけど!?」
だが、ミカが三人を制した。
「こういう面白……じゃなくて、大事な場面に横槍を入れるのは野暮だよ」
「今、面白いって言いかけましたよね!?」
「今は見守るべき時です。たぶん」
「たぶん!?」
ハナコは窓際からにこにこと手を振っていた。
「がんばってください、セイアちゃーん応援してますよ~」
「君が一番助ける気がないだろう!」
セイアが叫ぶ。
そして、先生の方へ振り返る。
「クソ! これだからシャーレにいる生徒は頭がおかしいって噂されるんだ! 先生もそう思うだろう!?」
先生は少し考えた。
「それ、セイアが言っていいのかな?」
「私は別だろう!?」
「…そ、そうだね!」
その間にも、ミネは現地ミカを押し返している。
「ミカ様も邪魔をするなら救護しますよ!」
「頼むから早くなんとかして〜!!!」
現地ミカが必死に踏ん張りながら叫ぶ。
セイアの脳内に、一つの作戦が浮かんだ。
まともな作戦ではない。
だが、今この場で使えるものは限られている。
セイアは現地ミカへ声を飛ばした。
「ミカ!」
「何!?」
「もう少し耐えたら、ミネを解放していいぞ!」
「えぇ!?」
「私にいい考えがある」
「その言い方、絶対ダメなやつじゃん!」
「信じたまえ」
「どうなっても知らないからね!」
現地ミカは歯を食いしばり、もう少しだけミネの突進を抑える。
そして、セイアが旧校舎へ向かって走り出した瞬間。
現地ミカは横へ跳んだ。
支えを失ったミネの視線が、即座にセイアへ向く。
「セイア様!」
「付いてこい、ミネ!」
「私の言うことを聞いて止まりなさい!!」
「セカンドオピニオンしたい気分だ!」
セイアは旧校舎の裏手の方へ向かって走る。
その背後から、ミネが凄まじい勢いで追ってくる。
先生と現地ミカも慌てて後を追った。
旧校舎の裏口付近。
セイアはタイミングを見計らい、跳んだ。
扉の前を越えるように、身体を宙へ投げる。
その直後。
ミネが同じ場所へ踏み込んだ。
カチリという小さな音が聞こえ、次の瞬間には地面が爆ぜた。
「ミネ団長!?」
現地ミカが叫ぶ。
先生も思わず足を止めた。
爆発の規模は大きく、普通ならしばらく動けなくなる程度の威力はあった。
セイアは少し離れた場所に着地し、服についた埃を払った。
「夜な夜なアズサがトラップを仕掛けておいてくれて助かった……」
窓から見ていたアズサが小さく呟く。
「まさか役に立つとは……」
「仕掛けてたんですか!?」
セイアは倒れているミネへゆっくり近づいた。
「悪いが、私はカルテには載っていないんだ」
煙の向こうで、ミネは倒れていた。
少なくとも、今は動いていない。
先生と現地ミカも駆け寄ってくる。
「セイア、大丈夫!?」
「見ての通りだよ」
セイアは軽く肩をすくめる。
現地ミカもほっと息を吐いた。
「よかった……」
だが、その時。
現地ミカの視線が、セイアの膝に向いた。
「あれ?」
「どうした?」
「セイアちゃん、膝のところ怪我してるよ」
「……?」
セイアは自分の膝を見た。
確かに、軽い擦り傷ができている。
ほんの小さな傷だった。
その時、煙の向こうから、聞きたくない声がした。
「怪我……?」
先生、現地ミカ、セイアの三人が同時に固まった。
倒れていたミネの指が動く。
「救護が必要な場に……救護を!!」
ゆっくりと、ミネが起き上がる。
「冗談だろ!?」
セイアが叫ぶ。
「嘘でしょ!?」
現地ミカも叫ぶ。
「スーパータイラント戦かな?」
先生は思わず呟いた。
「ミカが余計なことを言うからだぞ!」
「こんなことで復活するなんて思わないでしょ!?」
「それはそうだね」
先生は素直に頷いた。
よろよろと立ち上がったミネは、再びセイアを視界に捉えた。
「セイア様……大人しく救護を……」
「もうほとんど執念じゃないか!」
セイアが思わず後ずさったその時だった。
セイア達の後ろの階段から、軽い足音が聞こえてきた。
「ハイハイ、そこまでだよ〜☆」
ミカが階段を下りてくる。
先ほどまで窓から観戦していた彼女が、ようやく介入したのだ。
「ミネ団長も、少しは落ち着いた?」
セイアの表情がぱっと明るくなる。
「クリス! 来てくれたのか!!」
ミカの笑顔が固まった。
「誰がメンヘラゴリラだって?」
「同じようなものだろうに…」
「セイアちゃん何か言った!?」
「別に何も言ってないよ?」
ミネは階段から降りて来たミカを見て、目を見開いて驚く。
「ミカ様が二人……?」
現地ミカと募集ミカ。
同じ顔をした二人が、ミネの視界に入る。
さすがのミネも、ここで少し混乱した。
セイアはこの機を逃さず説明する。
「混乱すると思うが、私は君が守っている私とは違う存在なんだよ」
「そうでしたか……」
ミネは一瞬だけ考え込む。
「それならば、もっと早く言ってくれれば……」
「最初に言ったけどね!!!」
セイアの叫びが旧校舎前に響いた。
ミカは苦笑しながら、ミネの前へ立つ。
「まあまあ、ミネ団長。とりあえず落ち着こ? このセイアちゃんは、今すぐ救護対象ってわけじゃないからさ」
「ですが、怪我をしています」
「擦り傷だよ」
「擦り傷も立派な救護対象です」
「そこは間違ってないけど、なんで0か100でしか考えられないかな~?」
先生はそのやり取りを見ながら、ようやく肩の力を抜いた。
現地ミカも胸を撫で下ろす。
セイアは膝の傷を見下ろし、深くため息を吐いた。
「まったく……もうこれ以上は勘弁してくれ…」
ミカがケラケラと笑いながらセイアの失敗を指摘する。
「セイアちゃんが段ボールから出てこなければ、ここまで騒がしくならなかったと思うよ?」
「……」
「図星でしょ?」
「黙りたまえ」
こうして、プールサイドから始まった感動的な告白と再生の場面は、ミネ団長の救護突撃によって爆発と追跡劇に変わり、最終的にミカの介入でどうにか収束した。
なお、セイアの膝の擦り傷は、その後ミネによって念入りに救護された。
本人は最後まで不満そうだった。