一方その頃。トリニティの旧校舎では、募集で呼ばれた生徒たちと補習授業部の面々が集まっていた。
先生はこの世界のナギサとミカを連れてセイアと話し合うため、席を外している。
その為、今旧校舎に残っているのはナギサ、ミカ、セイア、アツコ。
そして、ヒフミ、アズサ、ハナコ、コハルだった。
教室内は、先ほどまでの騒がしさが嘘のように静かだった。
もっとも、静かなだけで、平和とは言い難い。
ナギサが椅子に座りながら、軽く息を吐いた。
「さて、こちらも、今後について少し話しておきましょうか」
「今後って?」
コハルが首を傾げる。
ミカは窓際に腰掛けながら、足をブラつかせていた。
「まあ、色々あるんだよね〜」
「色々って何ですか?」
「んー……ナギちゃんが襲撃されるとか?」
「襲撃!?」
コハルが椅子から跳ねるように立ち上がった。
ヒフミも驚いた顔をする。
「ナギサ様が襲撃されるんですか!?」
「予定では、だがね」
セイアが静かに答える。
「ただし、今はすでに色々と状況が変わっている。元通りに進むかは怪しいところだ」
「それ、さらっと言っていい話なんですか……?」
ヒフミが不安そうに呟く。
アズサは腕を組みながら、募集組を見ていた。
「今さらだろう。私はもうかなり聞かされている」
「あはは……アズサちゃんもですか。私も最初は信じられませんでしたね〜」
ヒフミは遠い目になった。
「でも、信じるしかないというか……」
「…信じざるを得なかったな」
アズサも同じように遠い目をする。
そんな二人の反応やナギサ達を見て、ハナコがゆっくりと口を開いた。
「少し、よろしいでしょうか?」
ナギサが視線を向ける。
「何でしょう、ハナコさん」
「先生が連れてきたあなた達は……未来から来たのですか?」
その問いに、教室の空気がわずかに止まった。
コハルが目を丸くする。
「未来!? あんた何言ってるの!?」
状況を理解していないコハルを半ば無視してハナコは静かに続ける。
「言動や反応、知っている情報の量。そして、元々いたナギサさんやミカさん、セイアさんとそっくりなのに、纏っている雰囲気が明らかに違う―――」
彼女は確信したように微笑む。
「ただ、未来から来たと。そう考えれば、ある程度説明がつくと思いまして」
ナギサは周りに視線を移すと、ミカは肩をすくめていてセイアも静かに頷いていた。
アツコも感心したような顔をしているだけで、特に否定しなかった。
それぞれの反応を見てナギサは小さく息を吐いた。
「そうですね。隠す必要もあまりありませんし」
「いいんですか!?」
ヒフミが逆に驚いていたが、ナギサは気にもせずにさらりと言った。
「ハナコさんの言う通り私たちは、未来から来た存在ですよ」
「えええええええっ!?」
コハルが教室中に響く声で叫んだ。
「み、未来!? 未来って、あの未来!? 明日とか来週とかじゃなくて!?」
「いや、それも未来ではあるけどね〜」
「もっと先の未来だよ」
「なんでそんな軽いのよ!?」
コハルが頭を抱える。
ハナコも、ある程度予想していたとはいえ、すぐに飲み込めたわけではないらしい。
「……本当に、未来から?」
セイアは穏やかに頷いた。
「ああ、そうだよ。私たちは、君たちから見れば、これから起こる出来事を知っている立場にある」
「聞いた私が言うことではありませんが、そういうことは秘密にしておくべきでは?」
未来ミカはあっけらかんと答えた。
「いや、別に先生にはなるべく秘密にしているだけで、あなた達に対して秘密にする意味もないしね〜」
「先生には秘密なの!?」
コハルがまた驚く。
「先生が知っちゃうと色々変わりすぎるからね」
「とはいえ、先生は勘が鋭いので、そろそろ薄々気づいていてもおかしくありませんが」
「それでも言わないの?」
「言いません」
ナギサはきっぱり言った。
「先生には、先生としてこの世界を進んでもらう必要がありますから」
ハナコは募集組を静かに見つめた。
「私の知っているティーパーティーとは、ずいぶん性格が変わりましたね」
「まぁ色々あったんだよ〜」
「本当に色々とありましたね」
「確かにそれには同意するよ」
「ふふ、そうですか」
ハナコは微笑んだ。
その横で、アツコとアズサは小声で話していた。
「なんか難しい話してるね」
「アツコも向こう側だろ……?」
アズサが半眼で言う。
アツコは胸に手を当て、悲しげな顔を作った。
「アズサがこんなに冷たいなんて! すっかりトリニティに染まっちゃって、私は悲しいよ……」
「私も、アツコがこんなに愉快な性格に変わっているのを見せつけられて複雑な気分だ」
「アズサ、そんなに褒められたら照れちゃうよ///」
「別に褒めてないんだがな……」
アズサは深くため息を吐いた。
ヒフミはそんな二人を見て、少し嬉しそうに笑っている。
コハルはまだ頭を抱えていた。
「未来から来た……未来から来たって何……?」
「コハルちゃん、落ち着いてください。深呼吸しましょう」
「ハナコに落ち着けって言われるの、なんか悔しい!」
混乱しているコハルをハナコは楽しげに見つめているのだった。
しばらくして、場が落ち着いてきた頃ハナコが改めて口を開いた。
「それで、今後これからトリニティはどうなるのか、聞かせてくれませんか?」
その問いに、募集組は一瞬だけ沈黙した。
軽く話せる内容ではない。
だが、今ここで完全に隠す意味もない。
仕方ないかとナギサが話し始めようとした、その時ミカがぐーっと背伸びをした。
「あ〜、その話は長いし、少しお腹も減ってきたし、何か食べない?」
「ミカさん、話の腰を折らないでください」
しかし、セイアが珍しく即座に反応した。
「ミカにしては良いことを言うね!」
「え、そこ乗るの?」
ミカが目を丸くするとセイアは気にせずに堂々と言った。
「私もすっかりお腹が減っていてね。そこで先ほど調べて見つけた、このマルクトナルドのデカマックが食べたいんだが、今日はこれでいいかな?」
「マルクトナルド…? ってそれトリニティに出店してないじゃん!」
「そうだったか。なら仕方ない、ミレニアムまで買いに行ってくれ。大丈夫ミカなら出来るさ!」
「こいつ……!」
ミカが頭を抱える。
ナギサは慌てて間に入った。
「まあまあ、二人とも落ち着いてください」
「ナギちゃんが止める側なの珍しいね」
「私だって常識的な判断くらい出来ますが!?」
ナギサが気を取り直すように咳払いして続ける。
「マルクトナルドは今度食べに行くとして、今は手頃なサンドイッチとかでいいでしょう」
セイアは不満そうに口を尖らせた。
「今の私はもうハンバーガーの口なんだが……」
「口を戻してください」
「せめて、近場のハンバーガー屋じゃ駄目かい?」
「近場にあるなら、まあ……」
ナギサが渋々考え始めた時。
アツコがぽつりと言った。
「……私もハンバーガー食べたいな」
「アツコさんもですか!?」
ナギサが悲鳴に近い声を上げる。
アツコは静かに頷いた。
「うん。ハンバーガー。できれば大きいやつ」
「こうなったアツコは決して譲らないぞ……」
アズサが遠い目をしながら忠告すると、ミカがため息を吐きながら言った。
「じゃあさ食べたい人が買ってくればいいじゃん」
「まあ、それが道理だろうね」
「わかった」
その流れで、セイアとアツコが買い出しに行くことになった。
ナギサは少し不安そうに眉を寄せた。
「セイアさんとアツコさんだけで大丈夫ですか?」
「失敬だな、ナギサ」
セイアは胸を張る。
「私は道に迷うタイプではない」
「迷うかどうかの心配ではないんですが」
「大丈夫だよ。私も居るし」
アツコも真面目な顔で言う。
「余計心配なんですが…」
「ハンバーガーを買ってくるだけですよね?」
ヒフミが苦笑しながらナギサを説得している。
ミカは財布からお金を取り出し、二人に渡した。
「じゃあ、みんなの分もお願いね〜」
「任せたまえ」
「任された」
二人は意気揚々と教室を出ていった。
残された面々は、それぞれ席に座り直す。
ナギサは窓の外を見ながら呟いた。
「嫌な予感がしますね……」
「ナギちゃん、それフラグだよ」
◆
セイアとアツコは旧校舎を出て、トリニティの繁華街へ向かって歩いていた。
表通りは人通りが多いがそこで目立つのは避けたい。
そう判断したセイアは、自然な足取りで裏道へ入った。
アツコも特に疑問を抱かずについていく。
「こっちが近道?」
「ああ。地図上ではね」
「そこはかとなく心配だね」
「実際にもそうであることを祈ろう」
二人は細い路地へ入る。
普通のトリニティ生なら、あまり好んで通らないような裏道だった。
だが、セイアもアツコも気にしない。
むしろアツコは、周囲を軽く確認しながら小さく頷いた。
「近道ならさっさと抜けちゃおうか」
「そうだろう?」
「うん。目的地まで最短で進むのは基本だしね」
「私たちは相性がいいのかもしれないね」
「ハンバーガー同盟だね」
「悪くない響きだ」
二人は妙にお互いの波長が合っていて満足げだった。
しばらく歩いていると、アツコがぽつりと言った。
「この世界のサッちゃん、怒るかな?」
セイアは少しだけ横目でアツコを見る。
「この世界のミカが、このタイミングでアリウスから手を引いたら怒るだろうね」
「やっぱり?」
セイアは足を止めずに続ける。
「この時点でミカがナギサやこの世界の私と話し合い和解してしまったら、ミカとアリウスとのナギサ襲撃計画が崩れてしまう。彼女からすれば、許容しがたい状況だろう」
アツコは少しだけ目を伏せる。
「サッちゃん、真面目だからな~」
「だが、今の私たちに出来ることは無いし。今はハンバーガーを買うという重要任務の途中だ」
「それもそうだね、なら急ごう」
「ああ」
二人はさらに路地の奥へ進んで行く。
その時だった前方の曲がり角の向こうから、足音が聞こえた。
ただの足音ではない、無駄のない極力音の出ない歩き方。
そして只者では無い気配。
セイアとアツコは同時に足を止めた瞬間、曲がり角から、一人の少女が現れた。
黒い装備に身を包み、鋭い眼光に冷たい空気。
一瞬先生が呼んだ助っ人の錠前サオリかと思われたがそうでは無かった。
この世界のサオリだった。
そしてサオリもまた、二人を見て足を止める。
最初にセイアを見て。次にアツコを見た。
「お前は……百合園セイア!!?」
サオリの声に、明らかな衝撃が混じった。
「それに……アツコまで!!?」
路地裏に、重い沈黙が落ちる。
セイアとアツコは、同時に小さく声を漏らした。
「「あっ」」
この時二人は踏んではならない最悪の地雷を踏み抜いた。