みんなと一緒にハンバーガーを食べた日から、数日が過ぎた。
ティーパーティーが普段から使用しているテラスでは、久しぶりに三人分の椅子が埋まっていた。
「どうして私まで、ここへ出てこなければならないんだい?」
現地セイアは不満そうに呟きながら、紅茶の入ったカップを持ち上げる。
「当然です。生きていることが分かった以上、いつまでも隠れ家でゲームをしていることは許しません」
「私が隠れていたのは身の安全を守るためだよ」
「途中から完全にサボっていたでしょう!」
「未来が滅茶苦茶になった以上、私にできることなどなかったからね」
現地ナギサの額に青筋が浮かぶ。
その様子を見ていた現地ミカは、楽しそうに笑った。
「まあまあ、いいじゃん。こうして久しぶりに三人でお茶できてるんだし」
「ミカさんは少し静かにしてください。そもそも、こうなった原因の一端はあなたにもあるのですよ!」
「うっ!」
現地ミカが気まずそうに目を逸らす。
現地セイアは紅茶を一口飲み、二人を見比べた。
「実に懐かしいね」
「何がですか?」
「ナギサが怒り、ミカが叱られ、私が横から眺めている。この何の生産性もない時間がさ」
「貴女も怒られているのですが!?」
テラスに、現地ミカの笑い声が響く。
少し前まで、三人の間には深い亀裂があった。
現地セイアは死んだと思われ、現地ミカは罪悪感に押し潰され、現地ナギサは誰も信じられなくなっていた。
それが今では、くだらない言い争いができる程度には戻っている。
まだ完全に元通りとは言えない。それでも、ようやく穏やかな日々が戻り始めていた。
◆
「終わりましたぁ……」
ヒフミが机へ突っ伏しながら、大きく息を吐いた。
補習授業部の三度目の追試が、ようやく終了した。
結果が発表されるのは明日。
今は旧校舎の教室へ戻り、それぞれが追試の感想を言い合っているところだった。
「そんなに疲れるような内容でしたか?」
ナギサが尋ねる。
「内容というより、教える側として疲れました……」
ハナコはいつも通りの穏やかな笑顔を浮かべていた。
「私も特に問題はありませんでした。あれなら、合格していると思います」
「なんでハナコはそんなに余裕なのよ!」
コハルが勢いよく机を叩く。
「コハルちゃんはどうでしたか?」
「わ、私は……た、多分いけたと思う! 最後の問題はちょっと自信ないけど、それ以外は書けたし!」
コハルは視線を泳がせた。
「前回も似たようなことを言っていませんでしたか?」
「うるさい!」
ハナコの指摘に、コハルが顔を赤くする。
その隣では、アズサが腕を組んで考え込んでいた。
「私も、結構ギリギリだと思う」
「アズサちゃん、最近かなり解けるようになっていましたし大丈夫ですよ!」
「そうだといいんだが……」
アズサは小さく頷いた。
ミカが、後ろからアズサとコハルの肩をまとめて抱く。
「二人とも頑張ってたもんね☆ もし落ちてたら、私が隕石降らせて有耶無耶にしてあげるからね!」
「落ちる前提で話さないでください!」
「隕石はやめてくれ、トリニティが消し飛ぶだろう」
セイアが、呆れた表情で溜息を漏らしていた。
先生はその光景を眺めながら、笑みを浮かべる。
「でも、本当にみんなよく頑張ったよ」
四人の視線が先生へ向く。
「最初の頃と比べたら、全然違う。結果は明日だけど、今日はゆっくり休もう」
「はい!」
ヒフミが元気よく答える。
アズサとコハルも、少し照れたように頷いた。
ハナコは頬へ手を添えながら、意味深な笑みを浮かべる。
「先生からのご褒美はないのでしょうか?」
「ご褒美?」
「頑張った生徒へ、先生が身体を使って――」
「エッチなのはダメ! 死刑!」
「最後まで言っていませんよ、コハルちゃん」
「絶対に変なこと言おうとしたでしょ!」
教室に笑い声が響く。追試も終わった。
現地ティーパーティーの三人も、少しずつ関係を修復している。
すべてが、良い方向へ向かい始めている。
誰もが、そう思っていた。
その日の深夜。
トリニティの静寂を、激しい爆発音が切り裂いた。
「な、何!?」
旧校舎の教室で眠っていたコハルが、飛び起きる。
窓の外では、遠くの建物から炎と煙が上がっていた。
続けて銃声が鳴り響き、非常用の警報が、トリニティ全域へ鳴り響く。
先生たちも急いで教室へ集まった。
「襲撃です!」
ナギサが携帯端末を確認しながら叫ぶ。
「複数の地点で、正体不明の武装集団がトリニティの生徒と交戦しています!」
アズサは窓際へ移動し、外の様子を窺った。
暗闇の中を移動する生徒たち。
装備や動き方には、見覚えがあった。
「アリウスだ」
教室の空気が一変する。
「やはり変わらないか…」
水着サオリが自分の銃を手に取った。
アツコも、静かに立ち上がる。
「この世界のナギサさんのいる方角でも爆発が起きてるね」
「マダムが、桐藤ナギサを排除するために動いた可能性が高い」
水着サオリは、窓の外から見える煙を睨みつける。
「アツコ、行くぞ」
「わかった」
二人は現地ナギサを守るため、教室を飛び出していった。
直後、ナギサの端末へ別の報告が入る。
「この世界のセイアさんが滞在している建物の付近にも、アリウス生が現れたそうです!」
ミカの表情から笑みが消えた。
「セイアちゃんが生きてるってバレたから、今度こそ始末しに来たんだ……」
「ミカ、行きますよ!」
「うん!」
ナギサとミカも、現地セイアを守るために急いで教室を出て行った。
残ったセイアも、別方向から聞こえる銃声へ狐耳を動かしていた。
「どうやら、こっちのミカが居る棟からも戦闘音がするね。ミカが、アリウスとの協力をやめたからかな?」
アズサの顔が険しくなる。
「ああ。アリウスは裏切りを許さない」
セイアは窓を開ける。
「彼女が襲われている可能性が高い。まさか負けるとは思わないが、少し様子を見てくるか…。アズサ、力を貸してくれ」
「分かった」
アズサは迷わず頷いた。
窓から出ようとするセイアを、先生が呼び止める。
「セイア、普通に扉から行こう?」
「こちらの方が早い」
「ここ、二階だよ?」
「問題ないさ」
セイアは窓から飛び降りた。
アズサも一瞬だけ先生を見たあと、その後を追う。
「アズサまで!?」
先生が慌てて窓へ駆け寄る。
下では、二人が何事もなかったかのように走り去っていた。
教室に残ったのは。
先生、ヒフミ、ハナコ、コハルの四人だけだった。
「先生の護衛は、私たちに任せてください!」
ヒフミが銃を構える。
コハルも緊張した表情で周囲を警戒する。
「私だって正義実現委員会なんだから!!」
「ありがとう心強いよ」
ハナコだけは、窓の外を眺めたまま考え込んでいた。
「……少し、妙ですね」
「何が?」
「どうして深夜に強襲したのに開幕で爆発物を使ったのでしょうか…?」
ハナコは遠くで上がる煙を数える。
「ナギサさん、ミカさん、セイアちゃん。それぞれを同時に狙っているように見えますが、まるで今から襲うぞと誇示するように見えるのです……」
そんなハナコの言葉の途中で、教室の窓ガラスが割れた。
何かが床を転がる。小さな筒状の物体だった。
アズサの地雷や爆弾を見慣れていたコハルが、即座に叫ぶ。
「伏せて!」
次の瞬間、筒から大量の白煙が噴き出した。
「けほっ……! な、何も見えない!」
教室が一瞬で煙に包まれる。
ヒフミとコハルは反射的に銃を構えた。
窓の外や廊下から、複数人が入り込んでくる気配がする。
「反撃します!」
「待ってください!」
ハナコが強い声で制止した。
「でも、敵が!」
「視界がない状態で撃てば、先生に当たる可能性があります!」
「……っ!」
コハルの指が、引き金の直前で止まる。
ヒフミも銃口を下げた。
銃撃や爆発を耐えられる生徒とは違い、先生の身体は脆い。
流れ弾が一発当たるだけで、取り返しのつかないことになる。
「先生! そこにいますか!?」
ヒフミが必死に叫ぶが返事は返ってこない。
「先生! どこにいるの!?」
煙の向こうから、何かが床へ落ちる音がした。
その直後に窓が開く音が聞こえ気配が遠ざかっていく。
「先生! 返事をしてください!」
ヒフミが咳き込みながら、手探りで教室を進む。
やがて白煙が薄れ始める。
机や椅子が倒れた教室。
床に転がるスモークグレネード。
だが、そこに先生の姿はなかった。
「……先生?」
ヒフミの声が震える。
先生が座っていた机の近くの床には、タブレットだけが残されていた。
いつも先生が持ち歩いていた、シッテムの箱。
コハルの顔から血の気が引く。
「嘘でしょ……」
ハナコは床へ落ちているタブレットを拾い上げた。
表情から、いつもの余裕が完全に消えている。
「私たちは……最初から、間違えていたのかもしれません」
「どういう意味ですか?」
「ナギサさんやミカさん、セイアちゃんへの襲撃は、すべて陽動だったかもしれません」
ハナコは、先生のいなくなった教室を見渡す。
「敵の本当の目的は――」
ヒフミが、震える声で続きを口にする。
「先生を……攫うこと……?」
◆
その頃。
先生は、大きくボロボロの袋の中に詰め込まれ、どこかへ運ばれていた。
両手足を拘束されているわけではない。
しかし袋の中は狭く、思うように身体を動かせなかった。
外からは複数人の足音と、車両が走る音が聞こえる。
先生は暗闇の中で、必死に状況を整理する。
――ヤバい!
――シッテムの箱を置いてきちゃったよ!
先生を守ってくれるシッテムの箱は、旧校舎の教室に残されている。
アロナの声も聞こえない。大人のカードも使用できない。
――この状態の私は、スライムより雑魚だよ!
今の先生は、銃弾どころか、袋ごと壁へぶつけられただけでも大怪我をしかねない。
何とか外へ助けを求めなければならない。
先生が身体を動かした時、ズボンのポケットに硬い感触があった。
――スマホ!
幸い、携帯端末までは奪われていなかった。
先生は身体を捻り、袋の中で必死に腕を動かす。
何度も指を滑らせながら、何とかポケットからスマホを取り出した。
画面の光が、袋の中をわずかに照らす。
通話を試みるが、電波が不安定なのか繋がらない。
ならば、メッセージを送るしかない。
先生はモモトークを開き、シャーレ所属の生徒たちが参加しているグループトークを選ぶ。
揺れる袋の中で、必死に文字を打ち込んでいく。
『ごめん、ちょっとドジっちゃって絶賛誘拐されてま~す!』
車両が大きく揺れる。
「うわっ」
先生はスマホを落としかけたが、何とか掴み直した。
そのまま続きを入力する。
『助けてくれたらうれしいな~って……。助けてくれたら私にできることだったらなんでもするから助けてー!』
少し軽すぎる文章にも見える。
だが、深刻な書き方をすれば生徒たちが必要以上に心配するかもしれない。
先生なりに、不安にさせないよう考えた文章だった。
あとは、送信ボタンを押すだけ。
その瞬間、車両が大きく跳ねた。
「わっ!?」
先生の手からスマホが離れる。
偶然、袋に開いていた小さな穴から外へ滑り落ちてしまった。
「あっ!」
先生は慌てて手を伸ばす。
しかし、指先は何も掴めなかった。
スマホが地面へ落ちる硬い音が聞こえて即座に遠ざかっていく。
先生は袋の中で力なく項垂れた。
――終わった。
――最後の頼みの綱まで落としちゃった……。
シッテムの箱はない。
スマホも落とした。
誰にも、自分の状況を伝えられない。
「これは、本格的にマズい事になったかも……」
先生の呟きは、袋の外には届かなかった。
だが、先生は一つだけ思い違いをしていた。
落下したスマホは地面へ激突し、画面を下にして跳ねた。
その衝撃で、開いていた画面が切り替わる。
先生がグループモモトークだと思っていた送信先は、いつの間にか別のアプリへ変わっていた。
キヴォトス中の誰もが閲覧できる短文投稿サービス。
モモッター。
地面に落ちた衝撃で、投稿ボタンが押される。
『ごめん、ちょっとドジっちゃって絶賛誘拐されてま~す! 助けてくれたらうれしいな~って……。助けてくれたら私にできることだったらなんでもするから助けてー!』
シャーレの先生のアカウントで投稿は、正常に完了してしまった。
そのせいでキヴォトスの各地で波乱の夜が開幕してしまった。