新人先生はネタバレ生徒しか引けない   作:KuRoNia

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新人先生のSOSを見た各勢力の反応

 深夜のキヴォトス。

 本来ならば、多くの生徒が眠りについている時間だった。

 しかし、その夜。

 

『ごめん、ちょっとドジちゃって絶賛誘拐されてま~す! 助けてくれたらうれしいな~って……。助けてくれたら私にできることだったらなんでもするから助けてー!』

 

 投稿者は、シャーレの先生。

 位置情報は取得不能。

 添付された写真もなければ、犯人に関する情報もない。

 ただ、先生が何者かに誘拐されたという事実と、

 

『私にできることだったらなんでもする』

 

 という一文だけが、キヴォトス中へ拡散されていった。

 

 

 ゲヘナ学園

 

 万魔殿の執務室では、羽沼マコトが一人、携帯端末を眺めていた。

 

「クハハハ! また羽根付きのバカ共がくだらんことで炎上しているではないか!」

 

 深夜だというのに、マコトは楽しそうにモモッターを眺めている。

 トリニティ側の失態を探し、いつかの交流で利用できそうな話題を収集する。

 議長として非常に正しい業務だと、本人だけは思っていた。

 

「やはりトリニティなど、ゲヘナの敵では――」

 

 画面を指で動かしていたマコトの手が止まった。

 最近よく耳にする名前が表示されている。

 

「……先生?」

 

 その内容を読み終えたマコトの表情から、笑みが消えた。

 

『絶賛誘拐されてま~す!』

 

「ハァ!!?」

 

 マコトは椅子から立ち上がった。

 先生が現在、トリニティへ滞在していることはすでに知っていた。

 そして、マコトにはこのタイミングで先生を誘拐する勢力には心当たりがあった。

 トリニティの裏側で活動する歴史の舞台から消された派閥。

 

「……アリウスか?」

 

 マコトは腕を組んで深く背もたれに体重を預けた。

 アリウスと協力し、トリニティを内側から混乱させる。

 

 当初は悪くない計画だと思っていた。

 しかし、先生に手を出すとなれば話は別だった。

 投稿をもう一度よく確認する。

 

『助けてくれたら私にできることだったらなんでもする』

 

「なんでも……か」

 

 マコトの目が細くなる。

 

 先生は現在行方不明の連邦生徒会長が指名した連邦捜査部シャーレの顧問。

 連邦生徒会とも深く関わり、各学園からも信頼されている。

 そんな先生を救出すれば、ゲヘナは先生だけでなく、シャーレと連邦生徒会にも大きな貸しを作ることができる。

 アリウスと手を組んでトリニティを出し抜くよりも、遥かに大きな利益になるかもしれない。

 

「キキキッ……」

 

 マコトの口元へ、再び笑みが戻る。

 

「アリウス…お前たちは本当によくやってくれたよ。せいぜい私の踏み台として役に立ってくれ」

 

 マコトは携帯端末を操作し、ある人物へ連絡を入れた。

 数回の呼び出し音の後、低く落ち着いた声が返ってくる。

 

『……何?』

 

「空崎ヒナ! 緊急事態だ!」

 

『切るわね』

 

「話は最後まで聞いた方がいいと思うがな。先生が誘拐されたぞ?」

 

 通話が切れる直前で止まった。

 

『詳しく話して』

 

「キキキッ! お前が泣いて頭を下げるなら、この偉大なる万魔殿議長のマコト様が、先生の居場所について有力な情報を――」

 

『どこ?』

 

「焦るな。まずは救出後、この件を万魔殿の功績として連邦生徒会へ報告し、ゲヘナへ相応の――」

 

『――どこ?』

 

 端末越しにも分かるほど、ヒナの声が低くなった。

 マコトの額から冷や汗が流れる。

 

「ア、アリウス自治区だ!」

 

『場所を送って』

 

「もちろん送ってやる! ただし、これは私が以前からアリウスと外交的な接触を重ねていたからこそ得られた情報であり――」

 

『エデン条約を前にコソコソ何をしているかと思っていれば。どうせアリウスと組んで、トリニティを出し抜こうとしていただけでしょう?』

 

「な、なぜそれを!?」

 

『経路を送って。今すぐに』

 

「一つ貸しだからな!!」

 

 マコトは捨て台詞を吐きながらも素直に地図を送信した。

 しばらく端末を見つめた後、マコトは胸を張った。

 

「ふっ……これで先生へ大きな貸しを作ることが出来る!」

 

 なお、実際に救出へ向かうのはマコトではないのだが。

 

 

 ヒナは通話を終えると、すぐに装備を整えた。

 部屋へ駆け込んできたチナツが、医療鞄を手にしている。

 

「ヒナ委員長、先生の投稿を確認しました」

 

「アリウス自治区へ向かう」

 

「救護部隊を編成しますか?」

 

「大人数で動けば時間がかかる。私とチナツだけでいい」

 

 チナツは一瞬だけ驚いたが、すぐに頷いた。

 

「分かりました。先生が負傷している可能性もあります。応急処置に必要な物は持っていきます」

 

「お願い」

 

 ヒナは部屋を出ようとする。

 チナツがその背中へ声をかけた。

 

「あの~…ヒナ委員長は、先生を助けた後のお願いを考えていたりしますか…?」

 

「お願い?」

 

「投稿には、助けてくれた者の願いを聞くと書かれていましたので」

 

 ヒナは少しだけ考えた。

 しかし、すぐに首を横へ振る。

 

「先生が無事なら、それでいい」

 

 それだけ言って、ヒナは歩き出す。

 チナツも静かに後を追った。

 

「まずは先生の安全確認ですね」

 

「そうよ」

 

 ゲヘナ最強の戦力と、救護を担当する生徒。

 二人だけの救出隊が、アリウス自治区へ向けて動き始めた。

 

 

 ミレニアムサイエンススクール

 

 誰もいないはずの執務室には、まだ灯りが点いていた。

 部屋の中央では、リオが大量の書類へ目を通している。

 机の上に積み上がっているのは、要塞都市エリドゥ建設のために使用した資金と、横領分の返済計画に関する資料だった。

 

「……今月も足りない」

 

 リオは小さく呟く。返済は続いている。

 働いても働いても、書類の山は減らない。

 むしろ毎日のように増えている気さえする。

 その時、机に置いていた携帯端末が鳴った。

 リオは何気なく画面を見て、動きを止めた。

 

「先生……?」

 

 モモッターに投稿された救援要請。

 リオの顔から疲労が消え、すぐに端末を手に取る。

 

「トリニティで何か起きたのね」

 

 監視情報を確認しようとした時、投稿の最後の一文が目に入った。

 

『助けてくれたら私にできることだったらなんでもする』

 

「…………」

 

 リオは画面を見つめる。

 それから、ゆっくりと机の上へ視線を移した。

 

 返済計画書。

 

 山積みの申請書。

 

 未処理の業務。

 

 長期間に及ぶ労働予定。

 

「先生にできることなら……」

 

 シャーレの先生なら、人脈もある。

 連邦生徒会や各学園への仕事を回してもらうこともできる。

 書類整理を手伝ってもらうだけでも、かなりの時間を短縮できる。

 

「これは……使えるかもしれないわね」

 

 もちろん先生の安全が最優先である。

 本当に、最優先である。

 そのうえで、返済期間が少し短くなるなら、それに越したことはない。

 リオはすぐに連絡先を選んだ。

 

『あぁ? こんな時間に何だよ』

 

 眠そうで不機嫌なネルの声が返ってくる。

 

「ネル。大至急、先生を救出してちょうだい」

 

『急すぎんだろ! 何があった!?』

 

「先生が誘拐されたわ」

 

『場所は?』

 

「現在調査中。先生はトリニティにいたから、その周辺から追跡するつもりよ」

 

『分かった。すぐ動く』

 

「お願い。先生の命と、私の返済期間が懸かっているわ」

 

『後半が本音じゃねえか!!』

 

「どちらも重要よ」

 

『同じ重さで言うなバカ!』

 

 ネルの怒鳴り声が端末から響く。

 その直後、リオの執務室の扉が開いた。

 現地トキが、既に装備を整えた状態で立っている。

 

「リオ様。お呼びでしょうか」

 

「まだ呼んでいないわ」

 

「先生の投稿を確認しましたので、いずれ呼ばれると判断しました」

 

「そう。話が早くて助かるわ」

 

 リオは端末へ簡単な情報を表示する。

 

「ネルと合流して、先生を救出して。ネルが正面突破、トキは追跡と先生の安全確保を担当して」

 

「承知しました」

 

 トキは一礼するが、すぐには部屋を出なかった。

 

「一つ、確認があります」

 

「何?」

 

「先生を最初に救出した場合、先生へのお願いを決める権利は、救出した者にあるのでしょうか?」

 

「投稿を読む限りは、そうなるわね」

 

「では、先生には私を褒めていただきます」

 

「先生へのお願いは、私の返済業務を手伝ってもらうことよ」

 

「却下します」

 

「あなたに却下する権限はないわ」

 

「最初に先生を発見した者にはあるはずです」

 

「この作戦の指揮官は私よ」

 

「現場へ向かうのは私です」

 

 二人の間に、静かな火花が散る。

 通話を繋いだままのネルが叫んだ。

 

『救出する前から揉めてんじゃねえ! さっさとこっちに来い新人!!』

 

「ネル。先生を確保したら、すぐに私へ連絡して」

 

『お前も少しは先生の心配をしろよ!!』

 

 こうして、ネルと現地トキによるミレニアム救出隊が編成された。

 先生を助けるという目的だけは一致している。

 救出後のお願いについては、全く一致していなかった。

 

 

 アビドス高等学校

 

 深夜の対策委員会室に、アヤネの声が響く。

 

「ホシノ先輩! 起きてください!」

 

「うへぇ……」

 

 ソファで眠っていた現地ホシノが、毛布を頭まで被る。

 

「あと五時間……」

 

「長すぎます! 緊急事態なんですよ!」

 

「おじさん、今すごく眠いから……明日のお昼に……聞くからさ~……」

 

「先生が誘拐されたんですよ!!」

 

 毛布が床へ落ちた。

 現地ホシノは、一瞬で身体を起こす。

 

「……場所は?」

 

 先ほどまでの眠そうな声ではなかった。

 アヤネは携帯端末の画面を見せる。

 

「モモッターへ先生から救援要請が投稿されました。詳しい場所は書かれていませんが、先生は公務でトリニティへ行っていたはずです」

 

「……トリニティかぁ」

 

 現地ホシノは自分の装備へ手を伸ばす。

 その時、対策委員会室の扉が開いた。

 シロコが、既に銃と覆面を持って立っていた。

 

「ん。準備できた」

 

「シロコさん、どうして覆面まで持っているんですか?」

 

「先生を助けた後に必要になる」

 

「何に使うつもりですか!?」

 

 シロコは携帯端末の画面を見せる。

 先生の投稿が表示されていた。

 

「先生は、助けたらなんでもすると言った」

 

「嫌な予感がするのですが…」

 

「銀行強盗部の設立を認めてもらう」

 

「認められるわけ無いでしょう!!」

 

「決めるのは先生」

 

 アヤネが頭を抱える。

 現地ホシノは苦笑しながら立ち上がった。

 

「シロコちゃん。そのお願い、おじさんが先に却下しておくねぇ」

 

「ホシノ先輩にも却下する権限はない」

 

「先生を犯罪へ巻き込むお願いは駄目でしょ」

 

「部活動なら犯罪ではない」

 

「銀行強盗を公認する学校はないよぉ」

 

 二人が言い争っている間に、アヤネはドローンの準備を始める。

 

「私はここから周辺の監視と通信支援を行います。ホシノ先輩とシロコ先輩は、まずトリニティへ向かってください」

 

「了解」

 

 現地ホシノは答え、扉へ向かう。

 

「それにしても、先生にお願いかぁ」

 

 少しだけ楽しそうな声だった。

 

「ホシノ先輩は、何かお願いするつもりなんですか?」

 

「おじさんは、先生と水族館へ行きたいかなぁ~」

 

「みんなでですか?」

 

「……」

 

 現地ホシノの足が止まる。

 

「みんなでですよね?」

 

「細かいことは、先生を助けてから考えようか」

 

「今、絶対に二人で行こうとしていましたよね!?」

 

 現地ホシノは答えず、シロコと共に部屋を出ていった。

 

「もう……」

 

 アヤネは呆れながらも、すぐに表情を引き締める。

 

「先生、どうか無事でいてください……」

 

 ドローンが次々と夜空へ飛び立つ。

 少人数のアビドスも、トリニティへ向けて出発した。

 

 

 連邦捜査部シャーレ

 

 深夜の執務室は静まり返っていた。

 元理事も自室で眠り、他のシャーレ所属生徒たちも、それぞれの部屋で休息を取っていた。

 その中で、臨戦ホシノだけがソファで横になりながら携帯端末を眺めていた。

 

「うへぇ……眠れないなぁ」

 

 何気なくモモッターを開く。

 直後、臨戦ホシノの目が大きく開いた。

 

「は?」

 

 先生が誘拐された、今すぐ助けに行かなければならない。

 臨戦ホシノは音を立てない様に静かに立ち上がった。

 周囲を確認する。誰も起きていない。

 シロコテラーは別の部屋で眠っている。

 ケイも自室へ戻っている。臨戦トキも休息中のはず。

 

「……」

 

 臨戦ホシノは音を立てないよう、装備を持ち上げた。

 全員を起こしている時間はない。

 決して、先生を最初に助けてお願いを聞いてもらいたいからではない。

 先生の安全を考え、少人数で急行した方が良いと判断しただけである。

 

 本当に、それだけである。

 

 先生を助けて、それから水族館へ……

 

 頭の中に、先生と二人で水族館を歩く光景が浮かぶ。

 

 青い水槽。

 

 静かな通路。

 

 先生と二人きり。

 

「ふへへ……」

 

 静かな執務室に、気の抜けた笑い声が響いた。

 

「……何がそんなに面白いの?」

 

 背後から、淡々とした声が聞こえる。

 臨戦ホシノの身体が止まった。

 

 振り返ると自室で眠っていたはずのシロコテラーが佇んでいた。

 

「いやぁ、何でもないよ?」

 

「その顔で何もないは通用しない」

 

 別の扉が開く。

 ケイが不機嫌そうな顔で現れた。

 

「深夜に不快な笑い声を出さないでください。何を企んでいるのですか?」

 

「おっとぉ? ケイちゃんまで起きてきちゃった? それに企むなんて人聞きが悪いなぁ」

 

 さらに天井付近から、臨戦トキが降りてきた。

 

「先生に関係する事態でしょうか」

 

「どこにいたの、トキちゃん?」

 

「天井裏です」

 

「どうして?」

 

「先生が突然お呼びになっても、すぐに対応できるよう待機していました」

 

「それは待機って言うのかなぁ……?」

 

 臨戦ホシノは携帯端末を背中へ隠す。

 だが、それに気が付いたシロコテラーが無言で近づいてくる。

 

「見せて」

 

「大したものじゃないよ?」

 

「見せて」

 

「おじさんにもプライバシーが――」

 

 シロコテラーは素早く腕を伸ばし、臨戦ホシノの手から端末を奪った。

 

「あっ!」

 

 先生の投稿が、全員の目に入る。

 その場の空気が一変した。

 

「先生が誘拐された!?」

 

 ケイが叫ぶ。

 臨戦トキも画面を覗き込む。

 

「助けた者の願いを、先生が聞いてくださる……」

 

「そこじゃありません!」

 

「ですが重要な部分です」

 

「重要なのは、先生が誘拐されたことです!」

 

 シロコテラーは投稿を見つめる。

 

「長年計画していた銀行強盗部が設立できる!」

 

「シロコさんまで!」

 

「先生を助ければ、公認してもらえるはず!」

 

「絶対に認めさせませんよ!」

 

「ケイに決める権限はない」

 

「犯罪行為を止める権利はあります!」

 

「私は先生に、もっと私を構い、褒めていただきます」

 

「それだけ?」

 

「可能であれば、二人きりで一日を過ごします」

 

「欲望が追加されたねぇ」

 

「抜け駆けしようとしていたホシノさんに言われたくありません」

 

 全員の視線が臨戦ホシノへ向く。

 

「……何かな?」

 

「一人で抜け駆けしようとしていましたね」

 

 ケイが睨む。

 

「違うよ。先生を心配して、最速で救出に向かおうとしただけだよ」

 

「では、なぜ笑っていたのですか?」

 

「空耳じゃないかなぁ?」

 

「ふへへ、という笑い声が聞こえてた」

 

「大きいシロコちゃんは相変わらず耳が良いねぇ~」

 

「誤魔化さないでください!」

 

 ケイが臨戦ホシノを指差す。

 

「先生の健康管理、生活管理、予定管理を行う者として、私を置いていくことは許しません!」

 

 執務室が静かになった。

 臨戦ホシノが首を傾げる。

 

「それ、先生と夫婦になりたいってこと?」

 

「違います!」

 

 ケイの顔が真っ赤になる。

 

「先生の正妻という話など、誰もしていません!」

 

「でも、今の発言は完全に――」

 

「違います!」

 

「声が大きい」

 

 シロコテラーが耳を塞ぐ。

 臨戦トキは真剣な表情で考える。

 

「正妻になれば、先生に毎日構っていただけるのでしょうか」

 

「トキまで話を広げないでください!」

 

 四人はしばらく言い争った。

 しかし、先生が誘拐されているという事実だけは変わらない。

 臨戦ホシノは溜息を吐き、装備を担ぎ直した。

 

「分かったよ。みんなで行こう」

 

「最初からそうしてください」

 

「ただし、先生を最初に見つけるのはおじさんだからね」

 

「ん。私」

 

「私です」

 

「私が最も適任です」

 

 既に協力する気が感じられなかった。

 四人はシャーレの車両へ向かう。

 運転席へ臨戦ホシノが座ろうとすると、臨戦トキが先に乗り込んだ。

 

「先生の救出には、一秒でも早い運転が必要です」

 

「トキちゃんの運転、速いけど怖いんだよねぇ」

 

「問題ありません。事故が起きても私だけ現場に到着すればいいのです」

 

「それは問題発言ですよ!」

 

 車両が勢いよく発進する。

 

「もっと速度を上げます」

 

「待ってください! まだシートベルトが!!」

 

「先生の命が懸かっています」

 

「そう言えば何をしても許されるわけではありませんからね!」

 

「ケイちゃん、舌噛むよぉ」

 

「誰のせいですか!」

 

 互いに足を引っ張りながら、シャーレ救出隊もトリニティへ向かっていった。

 

 

 トリニティ総合学園

 

 旧校舎の割れた窓から、冷たい夜風が吹き込んでいる。

 しばらくして、アリウス生を迎撃していた生徒たちが次々と戻ってきた。

 

「先生は!?」

 

 ナギサが教室へ飛び込む。

 ヒフミは俯いたまま答えた。

 

「攫われました……」

 

 ナギサの顔から血の気が引く。

 続いて、現地ナギサ、現地ミカ、現地セイアも教室へ戻ってきた。

 少し遅れて水着サオリとアツコ、ミカ、セイア、アズサも次々と合流する。

 

 その後ハナコが、襲撃時の状況を簡潔に説明した。

 現地ナギサ、現地ミカ、現地セイアを狙ったように見えた複数の襲撃。

 しかし、それらは恐らく陽動。

 本当の目的は、手薄になった旧校舎から先生を攫うことだった。

 その結論を聞き、水着サオリが強く拳を握る。

 

「……本当に先生を連れていかれたのか?」

 

 アツコが、心配そうに水着サオリを見つめる。

 現地ミカは顔を俯かせた。

 

「私がアリウスとの協力をやめたから……こんなことになっちゃったの……?」

 

「ミカさんのせいではありません」

 

 現地ナギサが即座に否定する。

 

「先生を攫うと決め、実行した者たちの責任です」

 

 その時、ヒフミの携帯端末が鳴った。

 

「えっ……?」

 

 ヒフミが画面を確認する。

 そこには、先生の名前で投稿されたメッセージが表示されていた。

 

「先生からです!」

 

「本当ですか!?」

 

 全員がヒフミの周りへ集まる。

 

『ごめん、ちょっとドジちゃって絶賛誘拐されてま~す! 助けてくれたらうれしいな~って……。助けてくれたら私にできることだったらなんでもするから助けてー!』

 

 投稿を読み終えた現地ナギサは、わずかに安堵した表情を浮かべる。

 

「先生が携帯を使える状態なら、少なくともご無事なのでしょう」

 

「それに、この投稿は誰でも見られるんだよね?」

 

 現地ミカも、少しだけ顔を上げた。

 

「だったら、キヴォトス中から助けが来るんじゃない?」

 

「先生と関わりのある生徒は多い」

 

 アズサが頷く。

 

「援軍が期待できるなら、こちらだけで捜索するより発見も早くなるはずだ」

 

「そうですよね!」

 

 ヒフミも希望を取り戻したように頷いた。

 

「先生を慕っている方はたくさんいますから、きっと皆さん力を貸してくれますよ!」

 

 コハルも胸の前で両手を握る。

 

「じゃあ、早く私たちも先生を捜しに行かないと!」

 

 現地セイアは、ヒフミの端末に表示された投稿を見つめる。

 

「先生は自分の状況をキヴォトス全体へ知らせたというわけか。なるほど、悪くない手だ」

 

 現地組の間に、少しだけ希望が戻り始める。

 

 ただ一人、ハナコだけは難しい顔をしていた。

 そして募集組の五人も、誰一人として喜んでいなかった。

 

 ナギサは口元を引きつらせている。

 ミカも珍しく笑顔を消し、セイアは狐耳を伏せていた。

 アツコと水着サオリも、苦い表情で顔を見合わせている。

 

 その様子に、現地ナギサが気づいた。

 

「……どうして、皆さんはそのような顔をしているのですか?」

 

 募集組はすぐには答えられなかった。

 アツコが水着サオリを見る。

 水着サオリは小さく息を吐き、ヒフミの端末を指差した。

 

「先生は、助けてくれた者の願いを何でも聞くと書いている」

 

「正確には、先生にできることなら、ですが」

 

 現地ナギサが訂正する。

 

「問題はそこではない」

 

 水着サオリの声は低かった。

 

「この投稿を見て、どれだけの戦力が動くと思う?」

 

「それは……先生と関わった各学園の生徒たちが……」

 

 現地ナギサの言葉が途中で止まる。

 アツコが静かに続けた。

 

「集まる戦力次第だけど……」

 

「アリウスが、キヴォトスから消えるかもしれない」

 

「……え?」

 

 現地ミカが首を傾げる。

 未来アツコが申し訳なさそうに付け加える。

 

「先生と関わった人たちが全員、先生を助けるためにアリウスへ突っ込んだら……」

 

「アリウス自治区は、たぶん耐えられない」

 

「き、消えるって……そんな大げさな……」

 

 コハルが引きつった笑みを浮かべる。

 ミカは笑わなかった。

 

「大げさじゃないよ」

 

「臨戦状態のホシノちゃんと大きいシロコちゃんだけでも、かなり危ないからね」

 

「そこへミレニアムとゲヘナまで集まれば、アリウス側に抵抗する余地はないだろう」

 

 セイアも冷静に同意する。

 

 現地ナギサは青ざめながらも、何とか言葉を返す。

 

「で、ですが、先生を助けるために来るのであれば、必要以上の破壊は――」

 

「皆が冷静に協力できれば、の話ですね」

 

 ナギサが重々しく口を開く。

 

「今回の投稿には、先生から願いを叶えてもらえるという報酬まで書かれています」

 

「各学園が自分たちこそ先生を助けるのだと競争を始めた場合、どうなると思いますか?」

 

「……」

 

「アリウスへ到達する前に、互いに戦闘を始める可能性があります」

 

 現地ナギサの頬が引きつる。

 

 ミカが外のトリニティの街並みへ目を向けた。

 

「それに、戦う場所がアリウス自治区の中だけとは限らないよね~」

 

「アリウスへ続く道や、トリニティの周辺で鉢合わせるかもしれない」

 

 セイアが頷く。

 

「アビドス、ミレニアム、ゲヘナ、その規模の戦力が一か所へ集まり、互いに敵対すれば――」

 

 ナギサが、震える声で結論を告げる。

 

「アリウスだけでなく、その余波でトリニティまで消し飛ぶ可能性があります」

 

「トリニティまで!?」

 

 ヒフミとコハルが同時に叫んだ。

 

 現地ナギサの身体が小さく揺れる。

 だが、まだ終わりではなかった。

 黙って話を聞いていたハナコが、静かに口を開く。

 

「問題は、物理的な被害だけではありません」

 

 全員の視線がハナコへ集まる。

 

「先生をトリニティへ呼び出したのは、ナギサさんですよね?」

 

「そして、先生はトリニティに滞在している最中に、アリウスによって攫われました」

 

 現地ナギサの顔が、さらに青くなる。

 

「それは……」

 

「他学園から見れば、トリニティが先生を呼びつけたにもかかわらず、その身の安全を守れなかったということになります」

 

 ハナコは淡々と続ける。

 

「しかも、先生が自ら救援を求めるほどの状況へ追い込まれている」

 

「この失態を、他学園が何も言わずに見過ごしてくれるとは思えません」

 

「特にゲヘナ学園は、確実にこの件を突いてくるでしょう」

 

 現地ナギサの唇が震えた。

 

 現地ミカが不安そうに覗き込む。

 

「ナギちゃん……?」

 

 ハナコは容赦なく最後の一撃を加える。

 

「もし先生をトリニティの手で救出できなかった場合――」

 

「トリニティ総合学園は、軍事的にも、政治的にも、非常に苦しい立場へ追い込まれます」

 

「……」

 

「先生を守れず、他校に救出してもらい、さらにその過程でトリニティ領内へ各学園の武装部隊が押し寄せることになりますから」

 

 現地ナギサの目から光が消えた。

 

「アリウスが……消滅……」

 

「トリニティも……消し飛ぶ……」

 

「ゲヘナから……外交的追及……」

 

「先生を呼んだのは……私……」

 

 口元から、白い泡がこぼれる。

 

「ナギちゃん!?」

 

 現地ナギサは、その場で仰向けに倒れた。

 現地ミカが慌てて身体を支える。

 

「ナギちゃん、しっかりして!」

 

 現地セイアもしゃがみ込み、現地ナギサの顔を覗き込む。

 

「ナギサ、まだ何も起きていないよ」

 

「正確には、もう大部分が起きてしまっているがね」

 

「そっちのセイアちゃん! 今それ言わないで!」

 

 現地ミカが怒鳴る。

 現地ナギサは二人に抱えられながら、ゆっくりと目を開いた。

 焦点の合わない目で、天井を見つめる。

 

「……呼んでください……」

 

「え?」

 

 現地ミカが耳を近づける。

 現地ナギサは掠れた声で繰り返した。

 

「トリニティ最強の戦力……」

 

「剣先ツルギさんを……呼んでください……」

 

 教室が静まり返る。

 セイアが、小さく息を吐いた。

 

「キヴォトス各地から怪物が集まる前に、こちらも怪物を用意するということか」

 

「言い方!」

 

 コハルの叫びが、深夜の旧校舎に響き渡った。

 

 

 キヴォトスのどこか。

 

 薄暗い部屋の中で、一台の携帯端末が光っていた。

 画面には、先生の投稿が表示されている。

 

『ごめん、ちょっとドジちゃって絶賛誘拐されてま~す!』

 

『助けてくれたら私にできることだったらなんでもするから助けてー!』

 

 画面を持つ指が、わずかに震えた。

 静かな部屋に、かすかな声が響く。

 

「あなた様……?」

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あなたがトリニティでやってはいけない事リスト(作者:装甲アッサム春雨)(原作:ブルーアーカイブ)

キヴォトス最大規模の学園の一つにして、キヴォトス屈指のお嬢様学園であるトリニティ総合学園。▼そこは日々を麗しく華やかに過ごすお嬢様の楽園。▼しかし、そこの片隅では今日もなにやら必死なお説教とそれから逃げ回る声が?


総合評価:4233/評価:8.77/短編:21話/更新日時:2026年07月25日(土) 13:38 小説情報

シスターさんのお秘め事(作者:とろみ)(原作:ブルーアーカイブ)

シスターさんには沢山の喋ってはいけないことがある。▼信者の方々の相談内容や個人情報。▼キヴォトスには人ならざるものがいること。▼実は秘密組織の長をやっていること。▼後は───話すだけで世界が滅んでしまうようなこと。


総合評価:3162/評価:8.37/連載:25話/更新日時:2026年07月20日(月) 18:16 小説情報

センセイモドキは先生を辞めたい(作者:ブルアカやったことない民)(原作:ブルーアーカイブ)

センセイモドキ……センセイオンナタラシに擬態することでキヴォトスに生息する数多の生物から危険を逃れている。センセイオンナタラシとの違いは▼・未成年である事(17歳)▼・ブルアカの知識を前もって持っている事▼・思春期をキヴォトスに生息する数多の生物に破壊されたことによる積極的なセクハラ言動


総合評価:5964/評価:8.13/連載:27話/更新日時:2026年07月25日(土) 07:00 小説情報

で? どれが実在する記憶なんです?(作者:POTROT)(原作:ブルーアーカイブ)

先生「“彼女らの話が全部本当なら、君は同時に30人くらい存在した事になるけど”」▼主人公「そんなわけねぇだろ」


総合評価:5501/評価:8.25/連載:5話/更新日時:2026年06月26日(金) 00:03 小説情報

L社の技術を持っただけの擬態型一般人Aがキヴォトスで生き残るためにできること。(作者:D-T45-45-1919JP)(原作:ブルーアーカイブ)

▼諸君、俺は死にたくない。▼ここが都市だったら大人しく早めに死んだほうが幸せだっただろうが、あいにくキヴォトス。美味しい食べ物も、感動できる景色も、隣人との心温まる交流も、全てが可能な世界だ。▼だったら生きるしかない! このL社の技術を使って!▼でもどうすればいいんだ!?▼変なアブノーマリティを抽出したら即座にキヴォトス滅亡、しかし普通に働いたら銃弾の流れ弾…


総合評価:4582/評価:8.59/連載:32話/更新日時:2026年04月28日(火) 20:30 小説情報


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