便利屋68が逃げ去ったあと、アビドス高等学校の校庭には戦闘の跡が残されていた。
傭兵たちが落としていった弾薬。
壊れた武器の部品。
そして、使用用途のよく分からない兵器の破片。
アヤネはそれらを一つずつ確認しながら、眉をひそめていた。
「……妙ですね」
「アヤネ…? 何か変なの?」
「はい。先ほどの傭兵たちが使っていた装備ですが、一般的な流通ルートでは簡単に手に入るものではないと思います」
「えーとつまり、どこか特殊なところから調達しているかもしれないってこと?」
「可能性はあります。ですが、現時点ではまだ断定できません」
アヤネは破片を布で包みながら、慎重に言った。
セリカは腕を組み、難しい顔をする。
「ちょっと待って!もしかしたら、あいつらを雇った誰かがいるってこと!? それで、そいつがこんな物騒な武器まで用意したっていうの!?」
「そう考えるのが自然です」
「うへ〜、物騒だね〜」
現地ホシノが眠たげに呟いた。
アヤネが慎重に考察している時だった。
「あれれ〜?」
やけにわざとらしい声が校庭に響いた。
全員が振り返ると、そこには、臨戦ホシノが兵器の破片らしきものをつまみ上げながら、これでもかというほど大げさに首を傾げていた。
「ねぇねぇ、シロコちゃん! これって普通には買えない兵器じゃ〜ん!」
その隣で、シロコテラーも同じように破片を持ち上げる。
「ワァ、ホントウダー。ドコデテニイレタンダロウネ? ホシノセンパイ」
怖いくらいの棒読みだった。
しかも二人は、言い終わったあとに、ちらっ、ちらっ、と先生たちへ視線を送っている。
「あれ〜? もしかしたら、こういう危ない物が流れてる場所を調べた方がいいのかもしれないな〜?」
「ん。タトエバ、オモテデハナイバショトカ??」
「そうそう〜。表じゃない市場とかね〜」
「ん。トテモアヤシイ。チョウサガヒツヨウ…」
二人はまた、ちらっ、ちらっ、とこちらを見る。
現地ホシノは、深く、それは深く息を吐いた。
「……あのさぁ」
「ん〜なに~?」
「演技、下手すぎない?」
「うえ!?、そ、そんなことないよね〜?」
「いや、今のは私でも分かるくらい下手だったよ」
アヤネも眼鏡を押さえながら、同じように深いため息を吐く。
「突っ込む気力も削られるほど、露骨な誘導でした……」
「本当にね……何なのよ今の茶番……」
セリカも呆れ切った顔で肩を落とした。
一方で、先生は真剣な顔で考え込んでいた。
「でも、確かに普通には手に入らない兵器が使われていたなら、流通経路を調べる必要はあるね」
「ん。先生は分かっている」
シロコテラーが満足そうに頷く。
シロコも同じように真剣な顔で頷いた。
「ん。表ではない市場。たぶんブラックマーケット」
「シロコ先輩まで真面目に受け取らないでください!」
アヤネが思わず叫ぶ。
「でも、調査は必要」
「それはそうですが、今の誘導をそのまま受け入れるのは納得がいきません!」
ノノミはにこにこと笑っていた。
「まぁまぁ、ここはあの二人の誘導に乗っかりましょう☆」
「ノノミ先輩、絶対に分かってて黙ってますよね!?」
「何のことですか〜?」
ノノミは楽しそうにすっとぼけるのだった。
先生はアヤネの方を見る。
「アヤネ、ブラックマーケットっていうのは?」
「簡単に言えば、非正規の取引が行われている場所です。武器や部品、情報なども流通している可能性があります」
「危険な場所だよね?」
「はい。少なくとも、何の準備もなく行くべき場所ではありません」
『先生! 危険地域の可能性があります。注意してください!』
「うん。ありがとう、アロナ」
「もう慣れてきた自分が嫌……」
セリカだけが小さく呟くのみだった。
先生は少し考えたあと、全員を見た。
「でも、今回の襲撃に使われた兵器の流通経路が分かれば、便利屋68を雇った相手や、アビドスを狙っている相手についても何か分かるかもしれない」
「……そうですね」
アヤネは渋々頷いた。
「危険ではありますが、手がかりを得る価値はあります。ただし、あくまで調査です。絶対に騒ぎは起こさないでください」
「うん。分かった」
先生は素直に頷いた。
シロコも頷く。
「ん。調査」
シロコテラーも頷く。
「ん。楽しみ」
臨戦ホシノも頷く。
「うへ〜、ようやくだね~」
アヤネは三人をじっと見た。
「……本当に調査ですからね?」
「アヤネちゃんは疑い深いな〜」
「疑う理由しかありません!」
こうして、一行はブラックマーケットへ向かうことになった。
◆
ブラックマーケット。
そこはアビドス自治区とはまるで違う空気をまとっていた。
先生は周囲を見回しながら、小さく息を吐いた。
「ここがブラックマーケット……」
「そうです。治安はあまり良くありませんので、先生は私たちの傍から離れないでください」
アヤネが真面目な顔で言う。
「うん、分かったよ」
その後ろで、臨戦ホシノとシロコテラーが並んで歩いていた。
「懐か……じゃなくて、すごい場所だね〜」
「ん。見覚えが……ない」
「今、絶対に言い直したよね、そっちのおじさん」
現地ホシノがじとっとした目線を送る。
「うへ〜、気のせい気のせい…」
「黒い私も見覚えがありそうな顔をしてる」
「ん。気のせい」
「ん。私なら気のせいじゃない」
「鋭い」
「認めた」
そんな馬鹿なやり取りをしてる中、ノノミがふと足を止めた。
「あら?」
「ノノミ?」
「あちらにいる方、トリニティの制服ではありませんか〜?」
ノノミが指差した先。
路地裏の小さな店の前で、一人の少女がこそこそと袋を抱えていた。
トリニティ総合学園の制服。
そして、袋から少しだけ覗くペロロのぬいぐるみ。
その少女は、こちらに気づくとびくりと肩を震わせた。
「あ、あの……えっと……」
「こんにちは」
先生が穏やかに声をかける。
「知らないと思うけど私はシャーレの先生をしている者なんだ。君は?」
「し、シャーレの先生……!?」
少女はさらに慌てた。
「わ、私は、トリニティ総合学園の阿慈谷ヒフミです! 決して怪しい者ではありません!」
「ヒフミって言うんだね」
「そ、その……本当に怪しい者ではなくてですね……」
ヒフミは抱えている袋を隠そうとする。
しかし、ペロロの顔が袋の口から堂々と覗いていた。
シロコがじっと見る。
「ん。そのぬいぐるみは何?」
「ひゃっ!?」
ヒフミが袋を抱き締める。
「これは、その、限定品のペロロ様でして……たまたま、そう、たまたま見つけてしまって……」
「ブラックマーケットで?」
セリカが半目になる。
「うっ……」
ヒフミは目を泳がせた。
「そ、その……ペロロ様の限定グッズは、時として正規ルート以外にも流れることがありまして……」
「ずいぶん詳しいですね」
アヤネが静かに言う。
「詳しくないです! 全然詳しくありません! 少しだけです!」
「少しだけ詳しいんだね」
先生が優しく言う。
「先生まで……!」
ヒフミは泣きそうになっていた。
その時、シロコテラーが一歩前に出る。
「ん。予定通り現地協力者を確保」
「え?」
ヒフミが固まる。
「ブラックマーケットのプロフェッショナル」
「詳しくありません!」
「でも道は分かるよね?」
「それは……少しだけ……」
「ん。流石ヒフミ」
「そこで褒めないでください!」
ヒフミは全力で否定したが、説得力はあまりなかった。
アヤネは申し訳なさそうに頭を下げる。
「すみません、ヒフミさん。もしよろしければ、この辺りの案内をお願いできないでしょうか。私たちはある兵器の流通経路を調べているんです」
「兵器の流通経路……?」
「はい。危険なことに巻き込むつもりはありません。道案内だけでも構いませんので」
ヒフミは不安そうに先生たちを見た。
先生は穏やかに頷く。
「無理にとは言わないよ。でも、少しだけ手伝ってもらえると助かる」
「……わ、分かりました。道案内だけなら」
「ありがとう、ヒフミ」
「あ、はい……!」
こうして、ヒフミが一行に加わった。
なお、本人はこの時点でまだ、自分がどれほど面倒なことに巻き込まれつつあるのかを知らなかった。
◆
ヒフミの案内で、先生たちはブラックマーケットの奥へ進んでいった。
怪しげな武器屋。
謎の部品を売る店。
正規品かどうか分からない機械を並べる露店。
アヤネは兵器の破片と照らし合わせながら、手がかりを探している。
「同じ規格の部品はありますが、決定的な証拠とは言えませんね」
「ん。こっちの店にも似た部品がある」
シロコが指差す。
「ただ、出どころまでは分からないですね」
ヒフミも周囲を見回しながら、おずおずと口を開く。
「あの……この辺りは、品物が何度も別の店を経由することがあるので、元の持ち主や入手経路を追うのは難しいかもしれません」
「ヒフミさん、本当に詳しいですね」
「ち、違います! これはたまたま聞いただけで!」
ヒフミが慌てて否定する。
その後ろで、臨戦ホシノとシロコテラーがこそこそと何か話していた。
「そろそろかな?」
「ん。もうそろそろ」
「自然に行きたいよね〜」
「ん。また私の自然な演技を見せてあげる」
「さっきの演技が自然だったと思ってる?」
「迫真だった」
「うへ〜、大きいシロコちゃんは自信家だね〜」
現地ホシノは、その会話を聞いてまたため息を吐いた。
「……そっちのおじさんたち、また何か企んでるでしょ」
「そんなことないよ〜」
「ん。散歩楽しいなって」
「ブラックマーケットで散歩って言う時点で怪しいんだけどね〜」
「ん。健康にいいからこっちのホシノ先輩もやるべき」
「言い訳が雑なんだよ〜」
しかし、先生とシロコはそのやり取りを特に疑っていなかった。
「この先にも何かあるの?」
先生が尋ねる。
「うへ〜、どうだろうね〜? でも道が続いてるし、見てみてもいいんじゃないかな〜?」
「ん。調査範囲を広げるべき」
「なるほど? じゃあ行ってみようか」
「先生!?」
アヤネが思わず声を上げる。
「どうしたの?」
「いえ……その、今の流れを素直に受け入れてよいのか少し不安が…」
「でも、調査は広くした方がいいんじゃないかな」
「それはそうですが……」
アヤネはちらりと臨戦ホシノとシロコテラーを見る。
二人はまた、チラチラとこちらに視線を送っていた。
そんな二人を見てアヤネは悟った。
これはまた何か起きる。
ただし、先生とシロコは乗っかってしまっている。
ノノミは楽しそうに傍観しているだけだし。
ヒフミは状況が分からずおろおろしている。
セリカはもう怒る気力も失いつつある。
「……分かりました。ただし、危険だと判断したらすぐに引き返します」
「うん」
一行は路地の角を曲がった。
その先にあったのは、比較的大きな通りだった。
路地裏の雑多な雰囲気とは違い、そこにはいくつかの金融機関らしき建物が並んでいる。
その中でも、ひときわ目立つ建物の前に、現金輸送車が停まっていた。
「……あれ?」
アヤネが足を止める。
彼女の視線は、現金輸送車ではなく、その横に立っている一体のロボット市民に向けられていた。
「アヤネ?」
先生が声をかける。
「あの人……見覚えがあります」
「知ってる人?」
「はい。私たちが普段、借金の返済手続きで会っている行員です」
その言葉に、対策委員会の空気が変わった。
セリカが眉をひそめる。
「え? なんでこんなところにいるのよ?」
「分かりません」
アヤネは慎重に様子を見つめる。
そのロボット市民は、何やら書類を確認したあと、現金輸送車から運び出されたケースを受け取っていた。
そして、周囲を確認するように首を動かすと、そのままブラックマーケットの銀行らしき建物の中へ消えていく。
現金輸送車もまた、ゆっくりとその敷地内へ入っていった。
「……どういうこと?」
セリカの声が低くなる。
「私たちが返している借金の窓口の行員が、ブラックマーケットの銀行に出入りしている……?」
アヤネの表情が険しくなる。
「ただの業務提携かもしれません。ですが、調べる必要がありますね」
先生も真剣な顔で頷いた。
「うん。これは調べた方がいいね」
「こうなったら“アレ”しかないよね〜? 大きいシロコちゃん?」
その時、臨戦ホシノが、またしてもわざとらしい声を出した。
シロコテラーは無表情のまま、しっかり頷く。
「ん。ホシノ先輩の言う通り」
二人はゆっくりと、現地シロコへ視線を向けた。
今度はあまりにも露骨だった。
アヤネの顔から血の気が引く。
「待ってください。まさか、その“アレ”というのは――」
その言葉が終わるより早く。
シロコが、鞄から青い覆面を取り出した。
その目は、これまでにないほどきらきらと輝いていた。
「とうとう時が来た!」
ヒフミが小さく悲鳴を上げた。
アヤネが絶句した。
セリカが頭を抱えた。
ノノミは「あらあら〜」と笑った。
先生はまだ、状況を理解しきれていない顔をしていた。
そして臨戦ホシノとシロコテラーは、どこか満足そうに頷いていた。
「うへ〜、流れが来たね〜」
「ん。予定通り」
「今、予定通りって言いましたよね!?」
「アヤネ? 急にどうしたの? 突然叫ぶのは周りの迷惑になるから気を付けるべき」
「…黒いシロコ先輩にだけは言われたくないいいぃぃぃ!!!」
アヤネの叫びが、ブラックマーケットの通りに響いた。