「バーベキューのために!!」
アリウス自治区の一角に、大勢の生徒たちの雄叫びが響き渡った。
無数の銃が、天井へ向けて掲げられている。
「肉と海鮮のために!」
「かき氷とコーラのために!」
「マダムを倒せぇぇぇ!!」
先生は両手を振りながら、必死に訂正する。
「目的はベアトリーチェの支配を終わらせることだからね!」
「倒すのと何が違うんですか!?」
最前列にいたヒヨリが銃を抱えながら尋ねた。
「全然違うよ!」
「ですが、マダムを倒さなければバーベキューは……」
「たとえ倒せなくてもみんな無事ならバーベキューはちゃんとやるから安心して!」
先生の言葉を聞いている者は、ほとんどいなかった。
これまで満足な食事すら与えられてこなかったアリウス生たちにとって、お腹いっぱい食べられるかもしれないだけで抗えない程魅力的だった。
現地サオリは、熱狂する仲間たちを前に額を押さえる。
「本当に、この者たちを連れてマダムの元へ向かうのか……?」
「協力してくれるって言ってるし」
先生は嬉しそうに答えた。
「理由はともかく、今は味方だよ」
「理由が一番の問題なんだがな…」
ミサキは周囲を見回す。
「まぁいいじゃんリーダー。士気は高いんだしさ」
「……異常なほどにな」
「何人か、さっきまでマダムの名前を聞いただけで震えていたはずだぞ」
「恐怖が消えた訳じゃないんです!」
ヒヨリが元気よく手を上げた。
「私だって今でも怖くて足が震えていますが、バーベキューを食べられずに終わる方がもっと怖いんです!」
「比較対象がおかしいと思わないのか…」
現地アツコが手を動かす。
『でも、みんな前を向いている』
現地サオリはそう言われ言葉を止めた。
確かに、集まった生徒たちの顔には恐怖が残っている。
長年支配してきたベアトリーチェへ反抗するのだ。
怖くないはずがない。
それでも誰一人、ここから逃げようとはしていなかった。
自分たちの前に立つ先生を見つめている。
戦いが終わった後の話をした、大人を。
「……先生」
「うん?」
「作戦を確認する」
現地サオリは武器を持ち上げた。
「これより、全員でマダムのいる広間へ向かう」
「途中で私たちを止めようとする者が現れても、可能な限り戦闘は避ける」
「相手も同じアリウスの生徒だ」
「説得できるなら説得する」
「うん、それがいいと思う」
「だが、攻撃を受けた場合は別だ」
「その時は私が指揮を執る」
現地サオリは集まった生徒たちへ鋭い視線を向ける。
「勝手な行動はするな」
「隊列を崩すな」
「そして先生を必ず守れ」
「先生を守ってバーベキューを食べるんだ!!」
「もうそれでいい……」
現地サオリは疲れたように呟いた。
先生を中心にした大勢のアリウス生たちは、ベアトリーチェのいる広間へ向かって進み始めた。
先頭は現地サオリとミサキ。
先生の左右を現地アツコとヒヨリが固める。
その後ろを、武装したアリウス生たちが続いていた。
「何だ、この集団は?」
途中の通路で、見張りをしていた数人のアリウス生が足を止める。
「先生は独房に入れられたはずだ」
「お前ら止まれ、これはマダムの命令なのか?」
現地サオリは武器を構えずに答えた。
「違う、私たちはマダムに反旗を翻したんだ」
見張りの生徒たちの表情が強張る。
「本気で言ってるのか!?」
「マダムに逆らえば、どうなるか分かっているのか!?」
「分かっている」
「それでも私は、もうマダムには従わない」
現地サオリの返事に迷いはなかった。
見張りの生徒たちは銃を構える。
後ろにいたアリウス生たちも、一斉に武器へ手をかけた。
両者の間に緊張が走る。
だが先生は両者の間へ悠然と前に出た。
「ちょっと待って」
「何だ?」
「君たちも、こっちに来ない?」
「……は?」
「戦いが終わったら、みんなでバーベキューをするんだ」
「何の話だ?」
見張りの生徒が困惑する。
反乱側の生徒が、真剣な顔で説明を始めた。
「肉と海鮮が食べ放題だ」
「野菜もある」
「デザートはかき氷」
「コーラはキンキンに冷えている」
「おかわりも自由らしい」
見張りの生徒たちが黙った。
「……本当か?」
「先生が約束した」
「海鮮とは?」
「エビやホタテ、イカだ」
構えられていた銃口が、少しだけ下がる。
見張りの生徒たちは顔を見合わせる。
一人が、おそるおそる先生へ尋ねた。
「……今から加わっても、肉は食べられるのか?」
「もちろん」
「途中参加だから量を減らしたりしない?」
「しないよ。全員が満足するまで用意する」
見張りの生徒は、迷わず銃口を下げた。
「私も参加する」
「私も」
「コーラは本当に冷えているんだな?」
「冷蔵庫でキンキンにするよ」
「よし。マダムを裏切ろう」
「決断が軽すぎる!」
現地サオリの叫びが通路へ響く。
こうして、一行はさらに人数を増やした。
その後も、彼女たちを止めようとする生徒は現れた。
だが、結果は同じだった。
「肉と海鮮が食べ放題」
「……詳しく聞かせろ」
「デザートはかき氷」
「私は何をすればいい?」
「コーラはおかわり自由」
「マダムの部屋はこっちだ」
戦闘は一度も起こらなかった。
「先生」
ミサキが歩きながら呟く。
「私たち、マダムに反乱を起こしてるんだよね?」
「そのはずだよ」
「勧誘活動にしか見えない」
「平和的に仲間が増えてるなら、それが一番だよ」
現地サオリは、後ろへ続く大集団を振り返る。
最初は声を掛けて集めた生徒だけだった。
今では、見張りにいた者たちまで加わり、人数はさらに増えている。
「……食べ物でアリウス全体を味方につけるとは」
「先生は、どこまで考えていたんだ?」
「何も考えてなかったよ」
「ふっ、そうだろうな」
先生は苦笑しながら、先頭で仲間を指揮する現地サオリを見る。
「でも、みんながついてきてくれたのはサオリのおかげだよ」
「私の?」
「うん」
「サオリが自分の意思で前に立ったから、みんなも歩けてるんだと思う」
現地サオリの足が僅かに止まる。
「やっぱりサオリは、みんなを守るのが上手だね」
「……今は余計なことを言うな」
現地サオリは顔を逸らし、歩く速度を上げた。
その耳が僅かに赤くなっていることへ、先生は気づかなかった。
ミサキは気づいていたが、何も言わなかった。
現地アツコは楽しそうに目を細めていた。
ヒヨリはこの戦いが終わった後の事を考えて涎を垂らしていた。
◆
同じ頃。
ベアトリーチェは広間の奥に用意された複数の監視画面を、満足そうに眺めていた。
映し出されているのは、アリウス自治区周辺の道。
そこに居たのはトリニティの生徒たちとゲヘナの風紀委員長とその補佐。
そして、狐の仮面をつけた七囚人。
三つの勢力が入り乱れ、激しい戦闘を繰り広げていた。
「ふふふ……」
ベアトリーチェの口元が歪む。
「なんと愚かな者たちなのでしょうか」
「大方、先生を救うために集まっておきながら、互いに争うとは」
ワカモの攻撃をヒナが防ぎ、現地ミカが反撃する。
その攻撃がゲヘナ側へ流れ、さらに新たな銃撃が始まる。
「実に滑稽です」
「このまま勝手に潰し合ってくれれば、こちらの手間も省けるというもの」
ベアトリーチェは画面を切り替える。
そこで、ある一人の姿が目に入った。
白を基調とした服。
トリニティの生徒たちと共にしながら、戦場に立つ少女。
「……あれは!?」
ベアトリーチェが身を乗り出す。
画面を拡大する。
少女の顔が大きく映し出された。
「秤アツコ……?」
アリウスにいるアツコではない。
先生が連れていた、もう一人の秤アツコ。
別のキヴォトスから来た存在。
ベアトリーチェの目が大きく見開かれる。
そして、笑みが急速に広がっていった。
「ははっ……」
「ははははははっ!」
高らかな笑い声が、広間へ響き渡る。
「素晴らしい!」
「まさか自ら、私の元へ来てくれるとは!」
「先生を捕らえたことで、別世界のアツコまで誘い出された」
「しかも、その護衛たちは互いに争い、勝手に消耗している!」
ベアトリーチェは興奮した様子で画面へ手を伸ばす。
「運命すら、私へ味方しているのでしょうか?」
「先生をここへ攫ってきた判断は、やはり正しかった!!」
「この世界のアツコと別世界のアツコ」
「二人が私の手へ入れば、儀式はより完全なものになる……!」
その時、広間に控えていた生徒が声をかけた。
「マダム!」
「何です?」
「多数のアリウス生が、こちらへ向かっています!」
ベアトリーチェは監視画面から目を離さない。
「サオリでしょう」
「おそらく別世界のアツコを確保するための部隊を集めたのですね」
「ですが、数が――」
「多い方が確実です」
ベアトリーチェは楽しそうに笑う。
「外にはトリニティとゲヘナ、それに七囚人までいます」
「それらを排除してアツコを捕らえるには、相応の戦力が必要でしょう」
遠くから、多数の足音が聞こえ始めた。
同時に、生徒たちの声も響いてくる。
「――のために!!」
反響した声は、広間まではっきり届かなかった。
ベアトリーチェは満足そうに頷く。
「随分と士気が高いようですね」
「私の教えが、ようやく実を結んだのでしょう」
足音が近づいてくる。
ベアトリーチェは椅子へ座り直し、優雅に脚を組んだ。
「通しなさい」
「先生がようやく自分の置かれた立場を理解し、別世界のアツコを差し出す気になったのなら――」
「少しくらいは、褒めて差し上げましょう」
広間の巨大な扉が、ゆっくりと開き始めた。
最初に広間へ入ったのは、現地サオリだった。
その隣には先生。
後ろからミサキ、ヒヨリ、現地アツコが続く。
さらにその背後。
広い廊下を埋め尽くすほどのアリウス生たちが、次々と広間へ入ってきた。
ベアトリーチェは、上機嫌な笑みを浮かべている。
「随分と大勢を集めましたね、サオリ」
「アツコを捕らえるための戦力ですか?」
現地サオリは答えなかった。
先生たちが広間の中央まで進む。
アリウス生たちはベアトリーチェの周囲を囲むように、静かに広がっていく。
ベアトリーチェはその動きを、自らの命令を待つための配置だと思っていた。
「先生」
ベアトリーチェは満足そうに先生を見る。
「独房で少し考え、ようやく正しい答えへたどり着いたようですね」
「今からでも遅くはありません」
「あなたのアツコをここに呼びなさい」
「彼女は既に自治区のすぐ外にいる」
「貴方が呼べば、喜んでこちらへ来るでしょう」
「……」
先生はベアトリーチェを見つめたまま、何も答えない。
「どうしました?」
ベアトリーチェが怪訝そうな顔をしていると、現地サオリが一歩前へ出た。
先生や現地アツコを守るように、ベアトリーチェとの間へ立つ。
「マダム」
「……何です?」
「私は、もうあなたには従わない」
「は?」
ベアトリーチェの表情が止まった。
「……何と?」
現地サオリは武器を持ち上げる。
その銃口を、初めてベアトリーチェへ向けた。
「私はもう、あなたの道具ではない」
広間の空気が一変する。
ミサキも武器を構える。
ヒヨリは震えながらも、銃口をベアトリーチェへ向けた。
現地アツコは、現地サオリの隣へ並ぶ。
そして、周囲にいた全てのアリウス生が、一斉に武器を構えた。
無数の銃口が、ベアトリーチェへ向けられる。
「……」
ベアトリーチェは、しばらく動かなかった。
自分へ従うはずの生徒たち。
恐怖によって支配してきた道具たち。
その全員が、今は自分を敵として見ている。
「これは……」
ベアトリーチェの声が低くなる。
「何の真似です?」
「言ったはずだ」
現地サオリはベアトリーチェを睨む。
「私はもう、あなたの道具ではない!」
「アツコも渡さない!」
「先生のアツコも、あなたには渡さない!」
「私たちは、自分たちの意思で生きる事にしたんだ!!」
ベアトリーチェの視線が、現地サオリから他の生徒たちへ移る。
「貴女たちまで、私を裏切るというのですか?」
「この大人に、何を吹き込まれたのですか!!?」
一人のアリウス生が銃を掲げた。
「肉と海鮮!」
別の生徒も続く。
「野菜とかき氷!」
「キンキンに冷えたコーラ!」
ヒヨリが誰よりも大きく武器を掲げた。
「全てはバーベキューのためにぃぃぃ!!」
「うおおおおおおおお!!」
広間を揺らすほどの雄叫びが上がる。
ベアトリーチェの目が見開かれた。
「……何ですって?」
「それだけじゃないよ!」
先生が慌てて補足する。
「みんなが外で自由に生きるためでもあるからね!」
「そうです!」
ヒヨリが力強く頷く。
「自由も欲しいです!」
「でもバーベキューも絶対に欲しいです!」
「ヒヨリは少し黙ってろ!」
現地サオリが叫ぶ。
ベアトリーチェの肩が震え始めた。
「肉……?」
「海鮮……?」
「甘味と炭酸飲料……?」
ベアトリーチェは、信じられないものを見る目で生徒たちを見回す。
「その程度の物のために……」
「貴女たちは、私の教えを捨てたというのですか?」
「マダムは、その程度の物もくれなかったじゃないか!」
一人のアリウス生が答えた。
「いつも、この世界の全ては虚しいと言うだけだった!」
別の生徒も口を開く。
「先生は、戦いが終わった後も、私たちが生きていることを前提にしていた」
「何を食べるか」
「誰と過ごすか」
「これからどうするか、自分で選んでいいと言った」
「……!!」
ベアトリーチェの顔から、笑みが完全に消える。
先生はアリウス生たちの前に立つ。
「ベアトリーチェ」
「この子たちは、道具じゃない」
「自分で考えて、自分で未来を選べる生徒だ」
「雑魚風情がぁ……!!」
ベアトリーチェの声が震える。
「私が長い年月をかけて教え込んだ道具たちを……」
「たかが食事と、甘い言葉だけで奪ったというのですか!」
「奪ってないよ」
先生は首を横に振った。
「みんなが、自分で選んだんだ」
次の瞬間。
ベアトリーチェから、凄まじい圧力が放たれた。
広間の床が大きく揺れる。
壁や天井へ亀裂が走り、赤黒い光が周囲へ溢れ出す。
「きゃあっ!?」
ヒヨリが悲鳴を上げる。
現地サオリは即座に先生の前へ立ち、武器を構えた。
「全員、戦闘態勢!」
アリウス生たちが一斉に散開する。
現地アツコをミサキが庇い、後方へ下がらせる。
ベアトリーチェは椅子から立ち上がった。
先ほどまでの高揚は消え失せている。
その顔にあるのは、純粋な怒りだった。
「自分で未来を選ぶ?」
「貴女たちに、そのような権利があるとでも?」
赤黒い力が、ベアトリーチェの周囲で渦を巻く。
「全ては虚しい」
「どれほど希望を抱こうと、最後には絶望へ変わる」
「それを今一度、貴女たちの身体へ教え込んで差し上げましょう!」
現地サオリは、恐怖に震える手で銃を握る。
それでも、一歩も退かなかった。
「先生」
「うん」
「私たちの後ろにいろ」
「でも――」
「お前は銃弾一発で死ぬんだろう!」
「そうだけど!」
現地サオリは前を向く。
「全員、先生を守れ!」
「おおおおおお!!」
「先生を守れ!」
「バーベキューも守れ!!」
「今は先生だけでいい!」
ベアトリーチェが腕を振り上げる。
赤黒い光が、巨大な奔流となって放たれた。
「来るぞ!」
現地サオリの叫びと共に。
先生とアリウス生たちによる、ベアトリーチェとの戦いが始まった。