まるでベアトリーチェの怒りがそのまま現実に現れたような赤黒い光が、広間を覆い尽くした。
「散開しろ!」
現地サオリの叫びと同時に、アリウス生たちが左右へ飛び退く。
直後、ベアトリーチェの放った光が床へ激突した瞬間、轟音が広間に響いた。
石造りの床が大きく抉れ、砕けた破片が周囲へ飛び散る。
「うわぁぁぁぁぁん!?」
ヒヨリが頭を抱えながら床へ伏せた。
「バーベキューを食べる前に死んじゃいますぅぅぅ!」
「しっかりしろ!」
現地サオリはヒヨリの腕を掴み、次の攻撃が降り注ぐ直前にその場から引き離した。
赤黒い光弾が、二人のいた場所を吹き飛ばす。
ベアトリーチェは広間の奥から、冷たい笑みを浮かべていた。
「威勢だけは立派ですね」
「ですが、私を前にして、いつまでその態度が続くか見ものですね?」
「撃て!」
現地サオリの指示で、アリウス生たちが一斉に発砲する。
大量の銃弾がベアトリーチェへ殺到した。
だが、その手前で赤黒い障壁に阻まれる。
「そんな……」
一人のアリウス生が息を呑む。
「全く効いていない……」
「怯むな!」
現地サオリが叫ぶ。
「一度で効かないなら、何度でも撃て!」
「お前たちは、もうマダムの道具ではない!」
「自分で戦うと決めたのなら、最後まで自分の意思で抗い続けろ!」
「……っ!」
アリウス生たちが再び発砲する。
ミサキは側面へ回り込み、バリアの様な物が薄い箇所を探しながら撃ち続けていた。
現地アツコは後方で負傷した生徒を支え、安全な場所へ移動させる。
ヒヨリも涙目になりながら、必死に銃を撃っていた。
「やっぱり怖いですぅぅぅ!」
「でもバーベキューも食べたいですぅぅぅ!!」
「ヒヨリ、右から来てるよ」
「ひえぇっ!?」
ミサキの声に反応し、ヒヨリが転がるように攻撃を避けた。
光弾が背後の壁を砕く。
「た、助かりました……」
「戦場で食べ物のことばかり考えないで」
「ミサキさんはバーベキューが食べたくないんですか!?」
「食べたいけど、今は戦闘中」
その少し後ろで、先生は戦況を見つめていた。
シッテムの箱はない。
大人のカードも使えない。
アロナの声も聞こえない。
今の先生にできるのは、生徒たちへ声をかけることだけだった。
「左側、攻撃が来るよ!」
「三人で固まらないで! 少し離れて!」
「倒れた子は無理に起きなくていい! 動ける子が援護してあげて!」
先生の声に従い、アリウス生たちは動く。
指揮というには、あまりに限られた情報しかない。
それでも、恐怖で動けなくなりそうな生徒たちにとって、先生の声は確かな支えになっていた。
「先生、大丈夫?」
現地アツコが先生の隣へ戻ってくる。
「私は大丈夫。それより、みんなをお願い」
現地アツコは小さく頷いた。
その様子を見たベアトリーチェが、嘲るように笑う。
「随分と献身的なことです」
「ですが、その者たちはつい先ほどまで、私へ従っていた生徒ですよ?」
「食事を与えると約束しただけで、自分の生徒になったつもりですか?」
「この子たちは、私の所有物じゃないよ」
先生は即座に否定した。
「誰のものでもない」
「自分で考えて、自分でこっちに立つと決めたんだ」
ベアトリーチェの目が細くなる。
「この者たちに、何を選べるというのです?」
「私が与えなければ、食事すら得られない」
「私が命じなければ、何一つ成し遂げられない」
「私なしでは、生きることすらできない生徒たちです」
その言葉を聞いたアリウス生たちの動きが鈍った。
何度も聞かされてきた言葉だった。
お前たちは何もできない。
外では生きられない。
希望を持っても無意味。
全ては虚しい。
目の前にベアトリーチェがいるだけで、身体へ染み込んだ恐怖が蘇ってくる。
銃口が少しずつ下がっていく。
「そうです」
ベアトリーチェは満足そうに微笑む。
「貴女たちは、私に従っていればいいのです」
「一時の空腹に惑わされ、愚かな夢を見てしまっただけ」
「今すぐ武器を下ろしなさい」
「今なら、多少の罰で許して差し上げましょう」
一人の生徒の手から、銃が滑り落ちかけた時。
「怖くてもいい!」
先生の声が広間へ響いた。
全員の視線が先生へ向く。
「怖いのは当たり前だよ!」
「ずっと逆らえないと思わされてきた相手が、目の前にいるんだ、そんなの私だって怖い!」
「でも、君たちはここまで自分で決めて自分の意志で歩いてきた!」
「怖いままでもいい!」
「震えていてもいい!」
「それでも、自分が選んだ方へ一歩進めたなら、それは誰にも奪えないよ!」
「っ!!」
銃を落としかけた生徒が、再び握り直す。
隣の生徒も武器を持ち上げた。
「私は……エビが食べたい」
「私は、外でかき氷を食べたい」
「それから……自分で何を食べるか決めたい」
「マダムに、全部を決められたくない」
声は震えていた。
それでも、生徒たちは再びベアトリーチェへ銃口を向ける。
「そう、それが普通なんだよ」
そのやり取りを見ていたベアトリーチェの顔から、再び笑みが消えた。
「不愉快です!」
赤黒い力が、一段と強く膨れ上がる。
「ならば、その愚かな選択ごと打ち砕いて差し上げましょう!」
◆
先生がベアトリーチェと戦闘を開始する少し前。
ゲヘナ自治区
「先生が誘拐されたですって!?」
便利屋68の事務所に、アルの叫び声が響き渡った。
机の上には、アルの携帯端末が置かれている。
画面には、先生がモモッターへ投稿した救援メッセージが表示されていた。
『ごめん、ちょっとドジちゃって絶賛誘拐されてま~す! 助けてくれたらうれしいな~って……。助けてくれたら私にできることだったらなんでもするから助けてー!』
「投稿されたのは、結構前みたいだね」
カヨコが時刻を確認する。
「私たちが気づくのが遅かったね」
「そんなことを言っている場合じゃないわ!」
アルは勢いよく立ち上がった。
「先生が誘拐されたのよ!」
「今すぐ助けに行くわ!」
ムツキが楽しそうに画面を覗き込む。
「助けてくれたら、できることなら何でもするって書いてあるねー。何を頼もうかな~♪」
「報酬の内容、決めておいた方がいいんじゃない?」
「そんなものは後よ!!」
アルは武器を手に取る。
「まずは先生を助けるのが先に決まってるでしょ!!」
ムツキとカヨコが顔を見合わせた。
少しだけ笑う。
「アルちゃんらしいね」
「社長こういう時は迷わないからね」
「な、何よ?」
「何でもないよ」
ハルカはすでに大量の爆薬を抱えていた。
「先生を誘拐した者たちは……」
「全員、地面の下へ埋めます……!」
「救出に行くのよ!」
アルが慌てて爆薬を減らそうとする。
「埋葬に行くんじゃないわ!」
「ですが、先生へ危害を加えた者を生かしておく理由が……」
「あるかどうかは先生が決めるの!」
アルは三人を見渡す。
「便利屋68、出発よ!」
「先生を無事に連れ戻すわ!」
「おー♪」
「了解」
「アル様のために………先生のために…………!」
◆
便利屋68がトリニティ自治区へ入って間もなく。
遠くから、激しい爆発音が聞こえてきた。
「戦闘が起きてる」
カヨコが足を止める。
「先生を攫った犯人かしら?」
アルは武器を構え、音のする大通りへ急いだ。
だが、そこで便利屋68が目にしたものは、予想とは大きく異なっていた。
現地ホシノ。
臨戦ホシノ。
ネル。
三人が大通りの中央で激しくぶつかり合っている。
ビルの上では、アビ・エシュフを装備した現地トキと臨戦トキが、互いへ砲撃を放っていた。
少し離れた場所では、現地シロコとシロコテラーが倒れたケイを挟み、何やら言い争っている。
「銀行強盗部の部長は私」
「未来の私が部長になるべき」
「設立前から役職を奪い合うのはやめなさい……!」
地面へ倒れたまま、ケイが必死に訴えていた。
「……」
アルはしばらく、その光景を見つめた。
「……あなたたちは一体何をしているの?」
誰も戦闘を止めない。
臨戦ホシノがネルの攻撃を避けながら答える。
「先生を助けるためだよぉ~」
現地ホシノも盾でネルを押し返す。
「誰が先生を助けるか、決めてるところかなぁ~」
「実力で決めりゃ分かりやすいだろ!」
ネルが笑いながら二人へ殴りかかる。
アルの頬が引きつる。
「先生を助けるために……」
「先生を助けに来た人同士で戦ってどうするのよ!!」
アルの叫びが、大通り全体へ響いた。
全員の動きが一瞬だけ止まる。
「ここで争っている間にも、先生は誘拐犯のところにいるのよ!?」
「お願いを聞いてもらうとか、誰が先に助けるとか、それ以前の問題でしょう!」
「まずは先生を助けなさいよ!」
アルの真っ当な言葉に、奇妙な沈黙が流れた。
「「「…………」」」
カヨコが続ける。
「ここで消耗するほど、先生を攫った相手が有利になる」
「全員、同じ投稿を見て動いてたんでしょ?」
ムツキも笑顔で首を傾げる。
「お願いを聞いてもらう前に、先生が助からなかったらこの戦いも全部意味ないよね~?」
「……うへぇ」
臨戦ホシノが武器を下ろした。
「確かに、その通りだね」
「おじさんもちょっと熱くなりすぎたかなぁ」
「先に二人で襲ってきたのはそっちだろ」
「ネルちゃんが最初に殴りかかってきたよね?」
「小さいと言われたからだ!」
「そこは否定できないねぇ」
二人のトキも地上へ降りてくる。
「この世界の私が先生を独占しようとしたのが原因です」
「未来の私が既得権益を主張したことが原因です」
「結局、どちらが悪いのですか?」
「「そちらです」」
「まだ争うつもり!?」
アルが怒鳴る。
シロコとシロコテラーは、倒れているケイを見る。
「ケイ、ごめんね」
「先生を助けるまで、一時休戦する」
「銀行強盗部の話は後」
「最初からそうしてください……」
ケイは震えながら起き上がった。
アルは全員を見渡す。
「先生がどこにいるか分かるの?」
「まだわかってない」
シロコが答える。
「最後にいたのはトリニティ」
「だから、手掛かりを探していた」
「途中から完全に忘れてたよね?」
ムツキの指摘に、誰も答えなかった。
カヨコが遠くから聞こえる別の爆発音へ顔を向ける。
「こことは別の場所でも戦闘が起きてるみたいだね」
ケイが反応する。
「先生を誘拐した相手が、そこにいる可能性があります」
「なら決まりね!」
アルが先頭に立つ。
「全員で向かうわよ!」
便利屋68に説得された一行は、アリウス自治区へ続く道を急いでいた。
その先から、激しい銃声と爆発音が聞こえてくる。
「また誰か戦ってるの!?」
アルが頭を抱えた。
「今度は先生を攫った相手であってほしいなぁ」
ムツキが楽しそうに笑う。
開けた場所へ出た瞬間、視界の先で巨大な爆発が起きた。
そこはワカモとヒナとツルギと現地ミカが三つ巴の戦いをしている現場だった。
流れ弾をチナツやヒフミたちが避けていて、募集組は止まるように声を掛けているが疑心暗鬼からか誰も聞く耳を持っていなかった。
トリニティ。
ゲヘナ。
ワカモ。
三陣営が入り乱れる戦場だった。
「……」
アルは再び足を止めた。
「こっちでもやってるの!?」
その叫びに、戦っていた者たちが一瞬だけ便利屋68を見る。
「便利屋68…? 何しに来たの?」
ヒナが僅かに目を見開く。
「ヒナ!!?」
少し面食らったがアルはすぐに気を取り直して胸を張って答える。
「先生を助けに来たのよ! それより、あなたたちこそ何をしているの!?」
「先生を助けるのはトリニティです!」
現地ナギサが答える。
「ゲヘナ側は、なぜ先生の居場所を知っていたのか説明していません」
「私たちも先生を助けに来ただけよ」
ヒナは武器を下ろさない。
「でも、先生を必ず救えるかわからない以上、トリニティだけに任せられない」
「あの方を助けるのは私です」
その言葉にワカモが割り込む。
「ですから、皆様はお帰りください」
「帰れるわけないでしょう!」
アルは三者を見回す。
「先生はまだ敵に捕らわれているのよ!」
「ここで戦っている全員が、先生を助けるために来たんでしょう!?」
「だったら敵は目の前の相手じゃない!」
「先生を攫った奴でしょう!」
現地ナギサとヒナは、互いを見た。
元々、二人とも戦いたかったわけではない。
立場と情報の食い違いが、退くことを許さなかっただけだ。
「ですが……」
「今すぐ全てを信じろとは言わない」
カヨコが続けた。
「先生を助けるまでの間だけでいい」
「互いを撃たず、同じ敵へ向かう」
「話し合いやこの続きは先生が無事になってから好きなだけやればいい」
ヒナは武器を下ろした。
「私は、それで構わない」
「ナギサ様」
ヒフミが現地ナギサを見る。
「私も、今は先生の安全の確保が最優先だと思います」
現地ナギサはしばらく考えたあと、ゆっくりと武器を下ろした。
「分かりました。先生を救出するまで、一時的に協力します」
「残るは……」
全員の視線が、ワカモへ集まった。
ワカモは笑顔のまま、武器を下ろしていない。
「私に協力は必要ありません」
「あの方を助けるのは私です」
「だから、一人より全員で行った方が確実って言ってるでしょ!」
「あの方との再会を邪魔されたくありませんので」
「本当に話が通じないわね!!」
アルの額に青筋が浮かぶ。
カヨコは少し考えたあと、ワカモへ告げた。
「このまま戦えば、先生を待たせることになる」
ワカモの動きが止まる。
「あなたがここで戦っている一秒ごとに、先生を助けるのが遅くなる」
「先生は今も、敵の中であなたを待っているかもしれない」
ワカモの笑顔が僅かに固まった。
「あの方を……お待たせする……」
しばらくの沈黙。
やがて、ワカモはゆっくりと武器を下ろした。
「わかりました。これ以上お待たせすることは、私の本意ではありません」
「今だけは協力いたしましょう。ただし――」
ワカモは全員を見回す。
「先生のもとへ最初に到着するのは、私です」
「いや、それは私たちシャーレが――」
「先生はアビドスの顧問でもある」
「ミレニアムも譲るつもりはありません」
「トリニティで攫われた以上、救出するのは私たちです!」
再び全員が牽制を始める。
「これ以上揉めるならここに置いていくわよ!!」
アルが叫び、アリウス自治区へ駆け出した。
◆
アリウスの広間での戦闘は苦しい状況になっていた。
「きゃあっ!」
一人の生徒が攻撃を受け、床へ転がる。
「下がれ!!」
現地サオリが別の生徒へ援護を命じる。
「動けない者を後方へ運べ!」
「戦える者は援護してやるんだ!」
サオリの指揮で、アリウス生たちは何とか陣形を保っていた。
だが、ベアトリーチェの力は想像以上だった。
数で囲んでも、攻撃は障壁に防がれる。
一方、ベアトリーチェの攻撃は広範囲へ及び、少しずつ生徒たちを追い詰めていく。
「どうしました?」
ベアトリーチェは余裕を取り戻していた。
「自由を選んだのでしょう?」
「自分で未来を決めるのでしょう?」
「ならば、もっと私を楽しませてください」
赤黒い光弾が一斉に放たれる。
「右へ避けろ!」
現地サオリが叫ぶ。
生徒たちは散開するが、全員は間に合わない。
ミサキが一人の生徒を突き飛ばし、代わりに爆風を受けた。
「ミサキ!」
「……平気」
ミサキは床へ膝をつきながらも、すぐに武器を構え直す。
ヒヨリも倒れた生徒の前へ立ち、必死に攻撃を防いでいた。
「肉も海鮮も、全員で食べるんですぅぅぅ!」
現地アツコはミサキのもとへ駆け寄る。
先生は思わず前へ出ようとした。
「サオリ、私も何か――」
「そこから動くな!」
現地サオリが即座に先生を止める。
「お前は銃弾一発で死ぬ!」
「でも、みんなが――」
「お前が倒れれば、全員の心が折れる!」
現地サオリはベアトリーチェから目を逸らさない。
「今のお前の役目は、そこに立っていることだ!」
「……分かった」
先生は拳を握る。
「みんな、無理だけはしないで!」
「駄目だと思ったら下がっていい!」
「逃げたって、君たちが自分で決めたことはなくならないから!」
アリウス生たちは返事の代わりに、武器を持ち直した。
ベアトリーチェは、その光景を不快そうに睨む。
「貴方がいる限り、この者たちは立ち上がるようですね」
「だったら?」
「簡単なことです」
ベアトリーチェの視線が、先生へ向けられる。
「貴方から消せばいい!」
「全員、先生を守れ!」
現地サオリが叫ぶ。
アリウス生たちは先生の前へ集まり、壁を作った。
ベアトリーチェは笑う。
「フフフフ……」
「貴方を狙えば、生徒たちは自ら盾になる――」
「自分の生徒を守るつもりが、貴方のせいでかえって苦しめているのですよ!」
「私が彼女たちを使うのと、貴方が彼女たちを盾にする。それに一体どれほどの違いがあるのでしょうかね?」
「……っ」
先生は何も言い返せなかった。
現地サオリは先生の前に立ったまま、ベアトリーチェを睨む。
「奴の言葉に耳を貸すな」
「でもベアトリーチェの言ってることも――」
「私たちは、自分の意志でここに立っている」
現地サオリは銃を構える。
「お前を守るのも、私たちがバーベキューを食べる為だ!」
ベアトリーチェの攻撃は、さらに激しさを増していた。
赤黒い光が広間を縦横無尽に飛び交う。
現地サオリたちは、先生を守るために防御へ回らざるを得ない。
現地サオリが射撃で光弾の軌道を逸らす。
ミサキも別方向から先生を狙った攻撃を撃ち落とした。
ヒヨリは負傷した一般生徒を庇い、現地アツコは倒れた者を治療している。
誰もが手一杯だった。
ベアトリーチェは、その瞬間を見逃さなかった。
先生の周囲から、生徒が離れている。
ミサキは遠い、ヒヨリは負傷者の側、現地アツコも治療中。
ベアトリーチェの口元が、ゆっくりと吊り上がった。
「サオリ」
「……!」
現地サオリがベアトリーチェを見る。
その手元へ、これまでよりも大きな赤黒い光が集まっていた。
狙いは、自分ではない。
「さあ、どうします?」
ベアトリーチェは勝ち誇った笑みを浮かべる。
「先生を守るのでしょう?」
「やめろ!」
現地サオリが叫ぶ。
ベアトリーチェの手から、攻撃が放たれた。
ミサキが振り返る。
「先生!」
遠すぎる。
ヒヨリも駆け出そうとするが、間に合わない。
現地アツコも治療を止め、手を伸ばす。
だが、先生を庇える位置に居るのは、現地サオリだけだった。
――間に合う。
――私なら。
その代わり、自分がどうなるかも分かっていた。
現地サオリは一瞬だけ先生を見る。
先生は、自分の命を捨ててまで別世界のアツコを守ろうとした。
ならば今度は、自分が先生を守る。
「先生を死なせるくらいなら――!」
現地サオリは覚悟を決め、先生の前へ飛び込んだ。
その瞬間。
「おータンクでもないのに良い覚悟だね」
聞き覚えのない、気の抜けた声。
現地サオリの前へ、一人の少女が割り込んだ。
臨戦ホシノ、ほぼ同時に現地ホシノも大きな盾を構えて飛び込んでくる。
「先生に手を出すなんてねぇ」
さらに、ハルカが二人の横へ身体を滑り込ませた。
アツコも、現地サオリの前へ立つ。
「サッちゃんには、当てさせない」
四人が、現地サオリと先生を守る壁になる。
赤黒いエネルギー弾が直撃すると凄まじい爆発が、広間を揺らす。
「うわっ!?」
爆風に押され、先生と現地サオリが後方へ倒れ込んだ。
煙が広間を覆い尽くす。
「ホシノ先輩!」
「アツコ!」
「ハルカ!」
複数の声が、広間の入口から響いた。
やがて煙が薄れていく。
四人は、倒れていなかった。
現地ホシノは盾を構えたまま、鋭い目つきのまま鼻血を流していた。
「うへぇ……」
「今のは、ちょっと効いたねぇ……」
臨戦ホシノは無言だった。
普段の気の抜けた笑みは消え、冷たい目でベアトリーチェを睨みつけている。
ハルカは頭から血を流しながら、ゆっくりと顔を上げた。
先生が無事であることを確認するとベアトリーチェへ銃口を向けた。
「先生を……殺そうとしましたね……」
ハルカの表情が大きく歪む。
「ぶっ殺してやる!!」
「殺しちゃ駄目だよ!」
先生が慌てて叫ぶ。
アツコはすぐに回復ドローンを展開した。
「二人とも動かないで」
「ハルカさんも、すぐに治療するから」
「私は平気です……あの女を殺してから……」
「駄目だよ」
アツコはハルカを真っ直ぐに見る。
「だってあれは私の獲物だもん♪」
「……っ!」
ハルカは僅かに目を見開いてから、僅かに武器を下げた。
現地サオリは床へ手をついたまま、四人を見つめていた。
「なぜ、私まで守った?」
現地ホシノは鼻血を手の甲で拭う。
「先生を守ろうとした子を、見捨てるわけにもいかないでしょ?」
臨戦ホシノも、ベアトリーチェから目を逸らさずに答えた。
「今のサオリちゃんは、先生の敵じゃないみたいだからね」
アツコが振り返り、現地サオリへ笑いかける。
「サッちゃんが先生を守ってくれたから」
「今度は、私たちがサッちゃんを守る番だよ」
「……っ」
現地サオリは何も答えられなかった。
アツコをマダムへ差し出そうとした自分。
そんな自分を、アツコは迷わず守った。
その時。
広間の入口から、大勢の足音が響いてくる。
「先生!」
煙の向こうから、アルが姿を現した。
その後ろから先生を助けるために集まった生徒たちが、次々と広間へ入ってくる。
アルは先生を見つけると、大きく胸を張った。
「便利屋68が、助けに来たわ!」
先生は、自分を取り囲むほどの生徒たちを見渡した。
呆然と目を瞬かせる。
「……え?」
「どうして、みんながここにいるの?」
先生の疑問に、生徒たちは一斉に口を開いた。
「先生が助けを求めたからだけど」
「ん。先生のメッセージを確認したから」
「あなた様が私を呼んでくださったので参りました♡」
「トリニティで先生を攫われた以上、私たちが救出するのは当然です!」
「先生が攫われたら助けに来るのは当然でしょ!」
あまりにも多くの声が重なり、何を言っているのか分からない。
先生は困惑したまま、両手を上げた。
「ちょ、ちょっと待って!」
「私、途中でスマホを落としたんだよ?」
「メッセージも送れてなかったと思うんだけど……」
ハナコが人混みの中から前へ出る。
「先生。ご自分で救援を求めたことを、忘れちゃったのですか?」
「送れてたの!?」
「はい」
ハナコは楽しそうに微笑んだ。
「キヴォトス中へ、しっかりと公開されていましたよ」
「キヴォトス中?」
先生の表情が固まる。
「モモトークでトークグループに送ったはずなんだけど……」
「残念ながら、モモトークではありません」
「モモッターです」
「……えっ!?」
先生は集まった生徒たちを見渡した。
自分と関わった生徒たちが、学園の垣根を越えて集まっている。
「もしかして……」
「ここにいるみんなが、あの投稿を見たの?」
「恐らく、ここにいない方々もご覧になっています」
ハナコの答えに、先生の顔から血の気が引いた。
「嘘ぉ……」
「お願いを何でも聞くって、全世界に公開しちゃったの……?」
「正確には、先生にできることなら、ですね」
ケイが訂正する。
「どちらにせよ、軽率すぎます!」
「明るい方がいいかなって思っちゃったんだよ。許して!」
「ところで、先生との一日デートは可能でしょうか?」
「こっちの私は黙っていてください」
先生が頭を抱えかけたその時。
「先生」
ハナコの声が、少しだけ真剣なものへ変わる。
「こちらをお返しします」
先生は差し出されたシッテムの箱を見る。
攫われた際に置き去りにしてしまった、自分の大切なもの。
両手で受け取った瞬間、画面に青い光が灯った。
『先生!』
聞き慣れた声が、頭の中へ響く。
『先生、無事だったんですね!』
『ずっと呼びかけていたのに、全然返事がなくて……!』
「ごめん、アロナ」
「置いてきちゃって、本当にごめんね」
『もう! 今度からは絶対に離さないでください!』
「うん。気をつけるよ」
シッテムの箱を抱えた先生の表情が変わった。
先ほどまでの迷いが消える。
「みんな助けに来てくれてありがとう」
先生の声に、生徒たちの視線が集まった。
「詳しい話や、お願いのことは全部終わってから聞くよ」
先生は周囲のアリウス生たちへ目を向ける。
「ただ今は、この子たちを守るために力を貸してほしい」
「もちろんです。先生が守ろうとしている生徒であれば、呼ばれた私たちにとっても守るべき方々です」
ナギサが即座に頷く。
ヒナも武器を構え直した。
「分かった。先生の指示に従う」
「「ん。異論はない」」
現地シロコとシロコテラーも、同時にベアトリーチェへ銃口を向ける。
ワカモは嬉しそうに頬へ手を添えた。
「先生のお望みとあらば、あの女を跡形もなく――」
「ワカモはみんなと一緒に戦ってね」
「はい、先生♡」
「素直……」
現地ミカが目を丸くする。
「七囚人が、一言で従いました……」
現地ナギサも信じられないものを見る目でワカモを見た。
先生は戦場を見渡し、素早く指示を出す。
「ホシノたちとネル、ツルギは前へ!」
「ベアトリーチェの注意を引きつけて!」
「任せて」
「今度こそ誰が一番強いか決めてやる!」
「ヒャハハハハハハァ!!」
「敵はベアトリーチェだからね!?」
ネルとツルギが、ほぼ同時に飛び出す。
現地ホシノと臨戦ホシノも左右から続いた。
「トキたちは中距離から牽制して!」
「承知しました」
「先生に褒めていただくため、協力します」
二機のアビ・エシュフが左右へ展開する。
「ケイは後方からサポートして!シロコたちはケイを守ってあげて!」
「ん。戦闘中は忘れる」
「終わったら思い出す」
「忘れたままでいてください!」
「ヒナ、ミカ、ワカモは攻撃の隙を作って!」
「全員、単独で突っ込まないこと!」
「分かった」
「はーい☆」
「先生がお望みとあらば」
三人は互いに牽制するような視線を交わしたが、今度は武器を向け合わなかった。
「チナツ、ヒフミ、アズサ、アツコは負傷者をお願い!」
「はい!」
「分かりました!」
アツコは回復ドローンを展開しながら頷く。
「ナギサたちとハナコは全体を見て、私が呼んだ方のミカとサオリはナギサたちを守ってあげて!」
「了解☆」
「まかせろ」
「アリウス生の指揮はサオリに任せる!」
「……私が?」
「ここで一番、この子たちのことを分かってるのはサオリだから」
現地サオリは一瞬だけ言葉を失った。
それから、強く頷く。
「分かった」
先生は最後に便利屋68を見る。
「アルたちは、手が足りない場所を助けて!」
「いいわ。私たちの実力見せてあげるわ!」
「ムツキ、カヨコ、ハルカ! 行くわよ!」
「おー♪」
「了解」
「分かりました」
先生の指揮が広間全体へ行き渡る。
ベアトリーチェは、その光景を信じられないものを見るように眺めていた。
「なぜ……」
「貴女たちは、外で互いに潰し合っていたはずでしょう!?」
アルが得意げに胸を張る。
「私が全員に、本来の目的を思い出させたのよ!」
「珍しくアルちゃんが正論を言ったんだよ」
ムツキが笑う。
「珍しくは余計よ!」
ベアトリーチェの周囲で赤黒い力が膨れ上がる。
「だが何人集まろうと結局は同じこと!」
「私に逆らったことを、まとめて後悔させて差し上げましょう!」
「来るよ!」
先生の声と同時に、最後の総力戦が始まった。
ベアトリーチェの放った赤黒い奔流を、現地ホシノと臨戦ホシノが左右から受け止める。
「うへぇ……」
「まだ鼻が痛いんだけどねぇ」
「奇遇だね。こっちのおじさんも、腰が痛いんだよねぇ~。歳かな?」
二人の背後からネルが飛び出す。
「二人とも、いつまで押し合ってんだ!」
「先に行くぞ!」
ネルの攻撃が、ベアトリーチェの障壁へ叩き込まれた。
ほぼ同時に、ツルギが反対側から襲いかかる。
「ヒャハハハハハハァ!!ぶっ壊れろぉぉ!!!」
「不愉快な……!」
ベアトリーチェが二人を吹き飛ばそうと腕を振る。
「今です」
二人のトキが上空から同時に砲撃を放った。
障壁が僅かに揺らぐ。
「障壁の出力が低下しています!」
ケイが叫ぶ。
「シロコ!」
「ん」
「了解」
二人のシロコが、同じ箇所へ狙撃を集中させる。
障壁へ小さな亀裂が走った。
「ヒナ!」
先生の声に、ヒナが一気に距離を詰める。
現地ミカも隣から飛び出した。
「ゲヘナと一緒に戦うのは嫌だけど――」
「今だけだからね!」
「今はそれでいい」
二人の攻撃が亀裂へ直撃する。
障壁が砕けた。
「馬鹿な……!」
「まだですわ♡」
ワカモの狙撃が、障壁を失ったベアトリーチェへ命中する。
ベアトリーチェの身体が後方へ弾き飛ばされた。
「やった!」
ヒヨリが喜びの声を上げる。
しかし煙の中から、赤黒い光が溢れ出した。
「まだ終わっていない!」
現地サオリが叫ぶ。
ベアトリーチェは傷を負いながらも立ち上がる。
その顔には、以前までの余裕は残っていなかった。
「よくも、私の物を!」
「違う。私たちは、もうお前の物ではない!」
現地サオリが銃口を向ける。
「黙りなさい!」
ベアトリーチェの怒号と共に、次々と放たれる光弾を、生徒たちは先生の指示に従って避け、防ぎ、撃ち落としていく。
先ほどまで圧倒されていたアリウス生たちも、外から来た生徒と共に戦っていた。
負傷した者を互いに運び。
隙ができれば銃撃を加え。
先生を狙う攻撃には、全員で壁を作る。
「どうして……!」
ベアトリーチェの声に焦りが滲む。
「どうして私の攻撃が通じないのです!」
ベアトリーチェは苛立ちのまま、攻撃するが段々とその攻撃が乱雑になっていく。
「流石に焦ってるね」
セイアが呟く。
「先生、右側の力が弱まっている」
「ありがとう、セイア!」
「右から攻めよう!」
生徒たちが一斉に動く。
ベアトリーチェの攻撃を回避し、右側へ集中砲火を浴びせた。
「ぐっ……!」
ベアトリーチェが膝をつく。
その様子を見て、アツコがゆっくりと前へ出た。
「アツコ、危ないよ!」
先生が呼び止める。
「大丈夫」
アツコは、笑顔のままベアトリーチェへ近づいていく。
その隣へ、水着サオリも並んだ。
「おい、アツコ。何をするつもりだ?」
「ちょっとお礼参りするだけ」
アツコは、膝をつくベアトリーチェを見下ろした。
そして、少し首を傾げる。
「おばさんさ~」
そのアツコの言葉に広間が静まり返った。
「いい加減、自分が私たちを使うの下手って自覚しなよ」
ベアトリーチェの顔が引きつる。
「……何ですって?」
アツコは水着サオリを見る。
「ねぇ、サッちゃんもそう思うでしょ?」
水着サオリは少し考えたあと、あっさりと頷いた。
「まあ、そうだな」
「お前たち道具如きが……!!」
ベアトリーチェの身体から、再び赤黒い力が噴き出す。
「私を愚弄するなぁぁぁ!!」
完全に理性を失ったベアトリーチェが、アツコと水着サオリへ襲いかかった。
「来るぞ!」
水着サオリが武器を構える。
アツコも、楽しそうに笑いながら前へ出た。
「先生、最後の指揮お願いね」
「分かった!」
先生はシッテムの箱を開く。
「サオリは正面から引きつけて!」
「アツコは無理に受けず、動きを見て避けて!」
「了解!」
「はーい」
水着サオリが正面から銃撃を浴びせる。
ベアトリーチェは障壁で防ぎながら、そのまま突進した。
アツコは軽い足取りで横へ避ける。
「ちょこまかと……!」
ベアトリーチェが続けて攻撃する。
アツコは先生の指示に合わせ、僅かな動きで全てを躱していく。
「今だよ!」
二人が同時に反撃するとベアトリーチェに攻撃が届いた。
「馬鹿な……!」
ベアトリーチェは、素早く動き続けるアツコを見て目を見開く。
「アツコは、戦闘経験など皆無のはず……!?」
「え?」
アツコは一瞬、きょとんとした。
すぐに楽しそうな笑顔へ戻る。
「あっはは!」
「私がアリウススクワッドの中で、一番最前線で戦ってきたことも知らないんだ」
アツコは攻撃を避けながら、ベアトリーチェの懐へ飛び込む。
「本当に何も見てないんだね。おばさん♪」
「貴様ぁぁぁ!!」
ベアトリーチェが激昂し、アツコだけを狙って腕を振り上げる。
「アツコ、しゃがんで!」
先生の指示に従い、アツコが身を沈める。
その頭上を攻撃が通り過ぎた。
その攻撃後の隙を水着サオリが見逃さなかった。
「アツコ、下がれ!」
アツコが後方へ跳ぶ。
入れ替わるように、水着サオリがベアトリーチェへ接近。
至近距離から一斉射撃を浴びせた。
「ぐあぁぁぁっ!?」
ベアトリーチェの身体が吹き飛ばされる。
「なぜ……!」
「なぜ、私の思い通りに動かないのです!」
「最初から、思い通りになんて動いてないよ」
アツコが笑う。
「見てなかったから、気づかなかっただけじゃない?」
「馬鹿な……この私が……」
ベアトリーチェは起き上がろうとする。
だが、身体に力が入らない。
アツコが、その前へ立った。
「最後まで分かってないんだね」
「私たちは最初から生徒だったよ」
「あなたが、道具としてしか見てなかっただけ」
水着サオリも隣へ並ぶ。
「終わりだ、ベアトリーチェ」
ベアトリーチェは二人を睨みながら、完全に力を失った。
少し離れた場所では、現地サオリ、ミサキ、ヒヨリが呆然と未来のアツコを見ていた。
三人はゆっくりと、隣にいる現地アツコへ視線を向ける。
現地アツコは茫然と、未来の自分の姿を見つめていた。
そして首を振りながら。
「私は、あんな感じにはならないよ」
「でも怒った姫ちゃんはあんな感じですよね…」
「ヒヨリ?」
「ひいぃぃ!」
「私にも聞こえてるよ」
アツコが笑顔で振り返る。
「ひぃっ!?」
ヒヨリが現地サオリの後ろへ隠れた。
水着サオリは頭を抱える。
「アツコ、少しは自重しろ」
「サッちゃんも一緒に煽ったでしょ?」
「私は同意しただけだ!」
先生は二人の言い争いを見ながら、ようやく大きく息を吐いた。
アリウス生たちは、誰かの命令ではなく、自分たちの意思でベアトリーチェへ抗った。
「みんな」
先生の声に、生徒たちが振り返る。
「本当に、よく頑張ったね」
一瞬の静寂。
次の瞬間。
アリウス生たちが一斉に銃を掲げた。
「うおおおおおおおお!!」
「勝ったぞぉぉぉ!!」
「バーベキューだぁぁぁ!!」
「肉と海鮮!」
「かき氷とコーラ!」
「先生! 約束を忘れないでください!」
「忘れてないよ!」
先生は微笑みながら答える。
「ちゃんと、みんなが満足するまで用意するから!」
「うおおおおおおおお!!」
再び、広間を揺らす雄叫びが上がった。
その中心で、現地サオリは倒れたベアトリーチェを見つめる。
長い間、逆らうことすら考えられなかった存在。
恐怖の象徴。
自分たちの全てを決めていた大人。
その支配は、今終わった。
「……終わったんだな」
「ああ」
水着サオリが隣へ立つ。
「お前たちが、自分で終わらせた」
現地サオリは周囲を見る。
笑うアリウス生たちに紛れて泣きながらバーベキューの内容を確認しているヒヨリ。
現地サオリは、ゆっくりと握っていた銃を手放した。
これから何が待っているのかは分からない。
外の世界で、自分たちがどう扱われるのかも分からない。
それでも、もう全てが虚しいとは思わなかった。