シャーレから少し離れた場所。
人通りの少ない静かな店の奥で、元カイザーPMC理事はテーブルを指でトントンと叩きながら椅子へ深く腰掛けて対面に座っている、連邦生徒会防衛室長、不知火カヤに視線を合わせた。
表情こそ穏やかだが、わざわざ自分を呼び出して世間話だけで終わる相手ではない。
「それで、私を呼び出して一体何が知りたいんだ?」
「おやおや、随分と警戒されていますね」
カヤは人のよさそうな表情を浮かべながら続きを話し始めた。
「そんなに警戒しないでください。決してあなたにとっても悪い話ではありませんから」
「ふん、どうだかな…」
カヤは元理事の反応を楽しみながらティーカップへ口をつける。
元理事はその様子を眺めながら、相手が本題へ入るのを待った。
「では単刀直入に聞きましょう」
「どうやら最近の先生の身の回りは随分と興味深い事態になってるようですね?」
「興味深い事態?」
「SRT特殊学園、RABBIT小隊…と言えば伝わりますか?」
元理事の表情は変わらない。
「公園を占拠していた彼女たちを、先生はシャーレ預かりにしたとか」
「随分と耳が早いな」
「随分とあっさり認めるんですね」
「どうせヴァルキューレから報告が上がってるんだろう、なら隠す意味もないだろう」
「まぁ、それは確かに」
カヤは僅かに目を細めた。
「では、もう一つ公園で先生と行動を共にしていた二名の生徒――」
「FOX小隊のニコとクルミ」
「……」
「彼女たちは、一体どこから現れたのですか?」
「さあな」
「あなたもご存じない?」
「先生のやることを全部知ってるわけじゃない」
「ですが、貴方はシャーレの内部にいるじゃないですか」
「だからって先生の事を逐一聞いて回ってるわけじゃない!」
「本当に、何も知らないんですね?」
「知らんな」
元理事は面倒そうに手を振った。
「なるほど……」
カヤは考えるように指先でカップの縁をなぞった。
RABBIT小隊、本来なら、SRT閉鎖後にヴァルキューレへ統合できるはずだった戦力。
その一部が、先生の周囲へ集まり始めている。
しかもFOX小隊の二人については、現場にいたカンナですら光に包まれたら突然現れたとしか説明できなかった。
もし先生が、生徒を自由に呼び出せるのだとしたらRABBIT小隊を取り込むより。
先生本人をこちらへ引き込んだ方が早いと考えるのが自然だった。
「ところで先生は、どういう人物です?」
カヤが尋ねる。
「急だな」
「元理事から見た先生の評価を聞いてみたいのです」
「変な奴だよ」
「……」
予想外の答えだったのか、カヤが僅かに黙った。
「困ってる生徒を見ると放っておけない」
「自分に何の得もなくても首を突っ込む」
「そして無限に仕事を増やす」
「そのくせ人手が足りないと困っているような奴だ」
「……随分な評価ですね」
「事実だからな」
「では、私が先生へ何かを頼めば断られにくいですかね?」
「さあな、内容による」
「先生の力を必要としている、と伝えれば?」
「気になるなら試してみればいいさ」
元理事は口元だけで笑った。
「それに、私から先生の攻略法でも聞き出すつもりか?」
「まさか、ただ噂の先生が気になっただけですよ」
「どうだかな」
カヤは終始その笑顔を崩さなかった。
だが、元理事には分かる。
最初から先生について知りたがっている。
先生が何を持っているのか。
どんな生徒を集めているのか。
そして、どうすれば先生を取り込めるのか。
単なる好奇心ではない。
「元理事長」
「何だ?」
「貴方は今の立場に満足していますか?」
「……」
元理事は怪訝そうな顔でカヤを見つめる。
「どういう意味だ?」
「そのままの意味ですよ」
「カイザーPMCの頂点にいたあなたが、今はシャーレで事務作業や雑務」
「惜しいとは思いませんか?」
「ほぉ」
「私は、非常に惜しいと思っています」
カヤは元理事を真っ直ぐ見る。
「貴方ほどの経験を持つ人材なら、もっと相応しい場所がある」
「例えば?」
「……もし」
カヤは少しだけ声を落とした。
「私に協力していただけるならカイザーPMCで、以前の立場へ戻る道を用意することもできるかもしれません」
「……」
元理事が黙る。
カヤは、その沈黙を見逃さなかった。
「興味がありますか?」
「……まあ」
元理事はゆっくり背もたれへ身体を預けた。
「ないと言えば嘘になるな」
カヤの笑みが僅かに深くなる。
しかし、元理事が考えていたことは、まったく別だった。
――おいおい。
――そこまで言えるのか?
連邦生徒会防衛室長。
それが、奴の立場。
カイザーPMCの元理事長を、元の立場へ戻す。
普通なら簡単に口へ出せる話ではない。
外部の人間が、カイザーPMC内部の人事へそこまで影響を与えられるはずもない。
つまり。
――こいつ、カイザーと繋がってるのか。
元理事は表情を変えない。
「随分と大きな話ができるんだな、防衛室長”殿”」
「私にも、それなりの繋がりがありますからね」
「なるほどな…」
「それで、協力していただけますか?」
「今すぐ返事する話でもないだろ」
元理事は肩をすくめる。
「それに少しやりたいことも出来たのでな」
「そうですか、構いませんよ」
カヤは余裕のある笑みを浮かべる。
「良い返事を期待しています」
「ああ」
元理事も笑った。
その頭の中ではカヤの提案とはまるで関係のない計算が始まっていた。
――連邦生徒会防衛室長。
――書類仕事は当然できる。
――政治関係にも詳しいだろう。
――シャーレは最近、仕事も人も増えてきている。
――しかもカイザーと繋がってるなら。
元理事はちらりとカヤを見る。
――このまま行けば、そのうち痛い目を見るだろうな。
――使えるか?
カヤは先生を取り込むため、元理事を利用しようとしていた。
テーブルを挟んだ反対側では元理事はカヤを新しいシャーレの労働力候補として見始めていた。
◆
カヤと元理事が互いを利用しようとしている頃。
シャーレでは兎たちが動き出していた。
「……」
廊下の角から。
四つの頭が、少しずつ顔を出していた。
一番上からミヤコ、サキ、モエ、ミユの順番で廊下の先を見つめている。
サキが小声で囁く。
「おい、本当にやるのか?」
「もちろんです」
ミヤコも小声で答える。
「周囲の生徒から情報を集めましたが、それだけではやはり不十分です」
「先生本人の行動も確認する必要があります」
「つまり尾行だよね~」
「監視です」
「同じじゃない?」
モエは楽しそうに笑う。
ミユだけは不安そうだった。
「せ、先生に見つかったら……」
「見つからなければ問題ありません」
「そういう問題でしょうか……」
ミヤコは慎重に廊下の先を確認する。
先生の執務室。
扉は少しだけ開いていた。
中から紙を捲る音が聞こえてくる。
「行きますよ」
四人は音を立てないように近づく様は堂に入っていた。
流石は訓練を受けた生徒たち。
先生に気づかれることなく、執務室の扉の隙間から中を確認する。
「……」
先生は机へ向かっていた。
大量の書類が積み上げられている。
その書類の山の中で今まさに書いていたのは。
『RABBIT小隊による公園占拠事件報告書』
「……!」
ミヤコの目が僅かに細くなる。
先生はペンを動かしながら、小さく唸っていた。
「うーん……」
一度書くがすぐ止まり。
消してはまた書き直していく。
「……」
そんな先生の様子をミヤコたちは無言で観察を続ける。
そんな時、先生が書いた文章が僅かに見えた。
『SRT特殊学園の閉鎖決定後、所属先を失った事に怒りを覚えたRABBIT小隊四名が――』
先生の手が止まる。
「ダメだな……」
「これだけだと、この子たちが勝手に暴れたみたいに見えるなぁ」
先生は少し考えてから文章を書き直す。
『SRT特殊学園の閉鎖決定により、所属および今後の進路を突然失ったRABBIT小隊四名が――』
「うん、こっちの方がいいかな」
「……」
ミヤコの眉が僅かに動いた。
先生はさらに続きを書く。
『公共公園を武装占拠した』
ここは変えない。
「占拠したのは事実だしな~…」
サキが小さく拳を握った。
やはり先生も結局は自分たちを犯罪者として報告するのだろうとそう思った直後。
「でも……」
先生は再び頭を悩ませる。
「どうして占拠したかまだ大雑把にしか聞いてないんだよな~」
ペンを動かす。
『本件は単なる治安攪乱を目的とした行動ではなく、SRT特殊学園閉鎖に対して意見を伝える手段を失った生徒らが、抗議手段を求めた末に行ったものと考えられる』
「……」
四人が黙る。
「うーん」
先生がまた止まる。
「『考えられる』だと私の希望みたいに見えちゃうな…」
「ここは本人たちからちゃんと聞いてから書き直した方がいいかな」
忘れない様に一旦、その部分へ印をつける。
『ヴァルキューレ警察学校との武力衝突について』
「これは……」
先生は考える。
『多少の被害が出たものの、その後は現場における話し合いの結果、双方とも被害を出さずに事態は終息した』
「よし」
さらに。
『今回の事件について、RABBIT小隊の処遇をシャーレへ一時移管』
先生はまた止まる。
「……処遇って言い方、なんか物扱いしてるみたいで嫌だなぁ」
『RABBIT小隊四名を、本人たちの今後について話し合うためシャーレで一時的に保護』
「……これかな」
サキが小さな声で呟く。
「何をしているんだ、あの大人は……」
「しっ」
ミヤコが止める。
だが、ミヤコ自身も同じことを思っていた。
先生がしていることが分からない。
事実を隠しているわけではない。
自分たちの公園占拠も、武装していたこともきちんと記録している。
それでも文章一つ一つをできるだけ自分たちが不利にならないように。
なぜそうしたのかまで伝わるように何度も、何度も書き直している。
「……」
ミヤコは先生の横顔を見る。
先生は自分たちが見ていることなど、少しも気づいていない。
「これで少しでも情状酌量してもらえたらいいけど……」
先生が呟く。
「公園を占拠したのは駄目だけど」
「その前に、だれか一人でもちゃんとこの子たちの話を聞かなかったのが問題の根本のような気がするんだよねぇ」
「……」
ミヤコの目が僅かに揺れる。
サキも黙っている。
モエからも、いつもの軽い笑みが消えていた。
ミユだけはどこか安心した様に、ほんの少しだけ微笑んでいる。
「よし、この調子で頑張るぞい!」
「さて、次は……」
『今後の再発防止策』
「これは本人たちと話してからだな」
ミヤコたちは音を立てない様にゆっくりと扉から離れた。
廊下をある程度進んだところでサキが口を開く。
「……ミヤコ」
「……何ですか?」
「あの先生……」
言葉を探す。
「本当に、私たちを利用するつもりなのか?」
「……分かりません」
「先生が私たちを利用するつもりがないと、まだ決まったわけではありません」
「報告書だって、私たちの警戒を解くために――」
「先生、私たちが見てるの気づいてなかったよ~?」
モエが横から言う。
「……」
「一人で頭抱えながら何度も書き直してたし」
「……」
ミヤコは答えない。
ミユがおそるおそる言う。
「やっぱり……先生はそんな人じゃないんじゃ……」
今度は誰もミユの言葉を止めなかった。
「……戻りましょう」
ミヤコはそれだけ言った。
「これ以上の監視は必要ありません」
「了解」
「は~い」
「はい……」
四人は自分たちのフロアへ戻っていく。
その途中ミヤコは一度だけ。
先生の執務室がある方向を振り返った。
――なぜ。
自分たちからあれだけ嫌われ地獄に落ちろとまで言われ。
信用するつもりもないと明言されたのに。
――どうして、あの大人は。
自分たちのためにあんなに頭を悩ませているのだろう。
◆
その日の夜、先生はようやく報告書から顔を上げた。
「疲れたぁ……」
机へ突っ伏す。
「でも大体できたかな」
「ならちょうどいい」
「え?」
突然の第三者の声に顔を上げる。
元理事が執務室の入口へ立っていた。
「あっ、おかえり~」
「どうやらそっちは大変だったみたいだな」
「自分が言った事ですからね、責任は取らないと。それに元理事も珍しく長い外出だったね」
「ちょっとな」
元理事は部屋へ入り、先生の向かいへ座る。
「先生、ちょっといいか?」
「どうぞ~」
「今日、連邦生徒会の防衛室長と会ってきた」
「連邦生徒会の防衛室長と?」
「ああ、向こうから呼び出されてな」
「もしかしてミヤコたちの事?」
「いや、シャーレのことを色々聞かれた」
先生が少し姿勢を正す。
「何か変なこと言ってない?」
「安心しろ」
元理事は軽く手を振る。
「先生はお人好しの甘ちゃんくらいしか言ってない」
「ひどい…」
「ああそういえば、RABBIT小隊を預かった件と公園でFOX小隊が先生の所に現れた件」
「その辺りを向こうの防衛室長殿は随分気にしてたな」
「ニコとクルミの事を…なんで?」
先生は首を傾げる。
「あっ、もしかして募集のこと知りたいのかな?」
元理事は少し溜息を吐きながら目を細める。
「私には、あいつがお前の持つ力そのものを調べてるように見えたがな」
「私の?」
「この世界じゃない生徒を呼ぶ力、その呼ばれた生徒達の戦力に先生自身」
「へぇ」
先生は他人事のように頷く。
「へぇ、じゃない」
「何で?」
「向こうがお前を利用しようとしてる可能性を考えろ!」
「う~ん…まあ、会ってみないとそればかりは分からないね」
「……ハァ」
元理事は先生を見る。
やっぱり想像通りの反応だった。
「それと――」
「まだあるの?」
「あの防衛室長、私を元のカイザーPMC理事長に戻せるかもしれないと提案してきたぞ」
「えっ!?」
先生の目が丸くなる。
「元理事に抜けられたら過労死するんですけど?」
「重要なのはそこじゃない!」
「あっ、違うんだ」
「……先生」
元理事は何度目かわからない溜息を吐いた。
「連邦生徒会の防衛室長が、何でカイザーPMCの人事にそこまで口を出せるんだ?」
「……あっ!」
元理事に言われ先生もようやく気づく。
「もしかして…」
「確証はないが、あの馬鹿はカイザーと繋がってる可能性が高い」
「……」
「それでだ」
元理事は椅子へ深く腰掛ける。
「確証はないが、私がカイザーに居た頃から変わってないなら……あいつはその内切られるだろうな」
「そんな簡単に切るのかな?」
「私を見ろ」
「凄い説得力!」
「利用価値のある間は笑顔で握手してくれるだろう」
「だが失敗した奴まで一緒に助けてくれるほど優しい連中じゃない」
「価値が無くなれば容赦なく切る」
「それだけだ」
「……」
先生は黙って考える。
「じゃあ、その子、結構危ないんじゃない?」
元理事は内心で小さく笑った。
――ほら食いついた。
「そうかもしれんな、このまま行けば痛い目を見る可能性は非常に高いだろう」
「う~ん……会ったことはないけど生徒なんだよね?」
「ああ」
「だったら放っておくのも嫌だなぁ」
元理事は頬杖をついた。
「先生がそう思うなら、今度会ってみればいいんじゃないか?」
「いいの?」
「私に聞くな」
「決めるのはお前だ」
「そっか…じゃあ、時間が出来たら話してみようかな」
「ああ、そうしてみるといい」
元理事は満足そうに頷いた。
ただその頭の中では別の計算をしていた。
――このまま先生にあいつを拾わせれば。
――事務要員が一人増えるな。
「元理事?」
「ん?」
「なんか悪い顔してるよ?」
「元からこんな顔だ」
「そうだっけ?」
「ああ」
元理事は平然と答える。
「それより先生、あいつと会うのはいいがいきなり本人に『カイザーに利用されてない?』なんて馬鹿正直に聞くなよ」
「えっ!?駄目なの?」
「駄目に決まってるだろ!」
「じゃあどう聞けばいい?」
「……」
元理事は額を押さえた。
新しい事務要員を手に入れるまでにはまだ少し時間がかかりそうだった。