翌日、先生はさっそく例の人物と会う約束を果たした。
連邦生徒会の応接室で先生は一人、これから会う人物について考えていた。
連邦生徒会防衛室長、不知火カヤ。
昨日の夜、元理事からカイザーと繋がっている可能性が高いと聞かされた生徒だ。
元理事からは当分の間は放っておいても問題ないだろうと言われたのだが。
――本当に大丈夫かなぁ。
――その内カイザーに切られるかもって言ってたし……。
――心配過ぎてすぐに会う約束取り付けちゃったよ…。
先生としてはどうしても気になってしまい放っておけなかった。
そしてもう一つ先生はずっと気になっている事があった。
『連邦生徒会長の空席を狙っている、ピンク髪でヤギ目のちんちくりんがいるかもしれませんよ?』
それは以前ニコから聞いた妙に具体的な言葉。
先生はこれまでの経験上、募集で来てくれた子が言った意味の分からない言葉は後々重要な要素だったりしたのだ。
バニタスしかり、横領都市エリドゥしかり…。
今回もそういう事なのかもしれないと思ってしまい忘れられなかったのだった。
――ピンク髪……ヤギ目……ちんちくりん……
――最初はホシノの事かと思ったけど、ホシノはオッドアイだしな~。
「先生?」
「うわっ!?」
一人でニコの言っていた人物を考えていたら、突然声を掛けられ、先生は身体を跳ねさせた。
慌てて声の方を見ると、いつの間にか応接室の入口には、一人の少女が立っている。
桃色の髪。
小柄な体躯。
そして閉じられた細い目。
「初めまして、先生」
少女は穏やかな笑みを浮かべた。
「お待たせしてしまって申し訳ありません。連邦生徒会防衛室長、不知火カヤです」
「あっ、ごめん少し考え事をしてて…初めまして!」
先生も慌てて立ち上がる。
「シャーレの先生です。今日はわざわざ来てくれてありがとう」
「こちらこそ、お時間を取っていただきありがとうございます」
そうして互いに挨拶を終えたカヤは先生の向かいへ座る。
先生も姿勢を正して座りなおすのだが…。
――ピンク髪。
――小柄。
先生はカヤをちらりと見る。
――でも糸目だなぁ。
――ヤギ目じゃないし、流石に違うかな?
「先生?」
「ん?」
「先ほどから随分と私をご覧になっていますが、なにか気になる事でもありますか?」
「あっ、ごめん!」
「初対面だから、どんな子なのか気になっちゃって…あはは…」
「ふふ、そうですか」
カヤは特に気にした様子もなく微笑んだ。
「では改めまして、先日のRABBIT小隊の件については聞いております」
「先生が彼女たちをシャーレで預かることにしたとか」
「そうだね」
「色々あったけど、とりあえず今はシャーレで預かってるよ」
「随分と大胆なことをされるんですね」
「そうかな?」
「公共施設を武装占拠した生徒を、その場で自分の所属にする大人はそう多くないと思いますよ」
「そうかな?」
「ご自覚がなかったんですか?」
「あの時はそれが一番いいかなって思って必死だったからさ」
「……なるほど」
カヤは先生と会話をしながらゆっくりと先生の人となりを把握していく。
元理事から聞いていた通り、かなりのお人好しなようだ。
「もう一つ」
「公園で先生と行動を共にしていたFOX小隊についてなのですが――」
「彼女たちは、一体どこから…いえ、いつから知り合いだったのですか?」
「……」
先生の動きが止まった。
「先生?」
「え~っと……」
先生は正直に募集について話していいものか悩む。
「色々あって?」
「色々、ですか?」
「うん、色々」
あからさまに誤魔化している。
ただカヤはそれ以上追及せず、笑顔を浮かべた。
「そうですか、先生にも言いたくない事もありますよね」
「いや、そういう訳じゃないんだけど…」
「そんなに気にしないでください」
「ごめんね、話せる様になったら正直に話すから許して?」
「……期待して待っていますね」
話してみて分かったことは、やはり妙な大人だった。
だが、FOX小隊の事を話さずに誤魔化したという事は、そこにこの力のカラクリがあるはず。
そして、もし先生をこちら側へ引き込めたなら――
RABBIT小隊・FOX小隊・そしてシャーレへ集まる数多くの生徒達も同時に手に入れる事と同義。
それなら自分が一人ずつ手を伸ばすより遥かに効率がいい。
「ところで先生」
「ん?」
「連邦生徒会の現状について、先生はどの程度ご存じです?」
「特には…ただ忙しそうだよね」
「……随分と大雑把ですね」
「リンちゃんがいつも大変そうだから」
「……そうですね」
カヤは小さく息を吐く。
「連邦生徒会長が不在となった今、各部署への負担は日々増えています」
「防衛室も例外ではありません」
「やっぱり大変なんだ」
「まあ、私なら問題ありませんが」
「無理はダメだよ、ちゃんと休めてる?」
「……はい?」
カヤが瞬きをする。
「仕事多いんでしょ?」
「ちゃんと寝れてる?」
「食事は食べれてる?」
「……」
カヤは一瞬言葉に詰まった。
先生は純粋に心配そうな顔でこちらを見ている。
「どうして突然、私の生活習慣の話に?」
「いや、防衛室長って大変そうだなって思ってさ~」
「一人で無理してないかなぁって心配になってね」
「……」
カヤは少しだけ眉を動かした。
――何でしょう。
――この人、妙に私個人を気遣いますね。
「ご心配には及びません」
「私は連邦生徒会防衛室長です」
「この程度で音を上げるほど柔ではありませんよ」
「すごいね!」
「ふふふ、そうでしょう!」
「でもやっぱりカヤみたいな子は背負い過ぎちゃうから、無理はしないでね」
「困ったことがあったら相談できる人とかいるの?」
「…………」
カヤは思わず先生を見つめる。
――先ほどから。
――どうしてこんなに私を?
「先生」
「うん?」
「何故そこまで私を心配するのですか?」
「え?」
そう聞かれたと同時に先生がある事に気が付き固まる。
それは、カヤは僅かに焦ったことで、それまで閉じていた瞳が開いていた。
そして先生はカヤのその目を見てしまう。
「……!!!」
横長の瞳孔、特徴的な瞳。
先生の思考が完全に停止した。
――ヤギ目だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
――もしかしてニコが言ってたのってこの子のことだったの!!?
――完全に全部の特徴に当てはまってるよ!!
――帰ったら絶対ニコに詳しく聞こう!!
「先生?」
「…………はっ!?」
「……先生?」
カヤが怪訝そうに顔を近づける。
――マズイ完全に見つめてしまった。
――このままでは何か怪しまれるかもしれない。
――何かないか!?
――何か自然な言い訳が!
「あ~……」
先生は必死に頭を回す。
「カヤのかわいい瞳に見惚れちゃったよ……?」
「…………」
「…………」
その言葉を皮切りに部屋には気まずい沈黙が広がった。
先生は笑顔を保ちながら内心で頭を抱えた。
――何言ってるの私ぃぃぃ!!
――もっとマシな誤魔化し方あったでしょ!?
一方、カヤの頭の中でも別の意味で混乱が起きていた。
――いきなり何を言い出したのだろう?
――私の瞳がかわいい?
――私の瞳に見惚れていた?
――???
「そ、そうですか」
カヤはゆっくりと目を閉じた。
「ありがとう…ございます…?」
「う、うん…どういたしまして…?」
先生は何とか誤魔化せたと思い、小さく息を吐いた。
だがカヤの中では別の疑問が急速に膨らみ始めていた。
――待ってください。
初対面から何度も自分を見つめていた。
仕事の忙しさを気遣ったり。
睡眠や食事に事まで心配していた。
一人で抱え込み過ぎて無理をしていないか。
そして最後に。
『カヤのかわいい瞳に見惚れちゃったよ……?』
――まさか、まさかまさかまさか…!!?
カヤは先生を見る。
先生は何事もなかったように話を戻そうとしていた。
「それで、連邦生徒会の話なんだけど」
「……はい」
「カヤも色々大変なんだよね?」
「まあ……そうですね」
「もし何か困ってるなら、シャーレで手伝えることもあると思うよ」
「私をですか?」
「うん」
「防衛室長って立場だと、人に言えない悩みとかもありそうだしね」
「…………」
――やはり!
――いえ、落ち着きなさい、そんな事は現実では起こりえない…。
――先生と私は今日が初対面ですよ?
カヤは内心で首を横に振る。
いくら自分が超人的に優秀で容姿にも恵まれていて。
連邦生徒会防衛室長という肩書きまで持っているとはいえ。
一目見ただけで好意を抱くなど。
「それにさ」
カヤが内心で葛藤している間にも先生が続ける。
「カヤって何でも一人でやろうとしそうな感じがするんだよね」
「……よくお分かりで」
「やっぱり?」
「ですが、それが私の役目ですから」
「役目だからって、一人で全部抱え込まなくていいと思うよ」
「……」
カヤはまた黙る。
元理事から聞いたカヤとカイザーの関係。
いつか切られるかもしれない。
その言葉が先生の頭には残っている。
しかし直接聞くなとも言われている。
先生は少し考え。
「例えば……悪い大人に利用されそうになったりとか」
「……!」
カヤの肩が僅かに動く。
「変な話に巻き込まれたりとか、そういう時はちゃんと誰かに相談してね」
「先生……」
「一人でなんとかしようとしないでさ」
「…………」
――この人。
――もしかして、本当に!?
カヤは少しずつ確信へ近づいていく。
だが同時に先生が自分の計画へ気づいている可能性も一瞬考えた。
「先生は……私に何かして欲しい事でもあるのですか?」
「別に何もないけど?」
「……」
「カヤが困った時に頼ってくれれば、それでいいかな」
「…………!!」
まただ。
自分から何かを求めるわけでもなく自分に利益がある話でもない。
ただ私を気遣っている。
――これは…。
「さてと、もうこんな時間だね」
先生が時計を見る。
「今日はこんなところかな」
「そ、そうですね…」
結局カヤが当初考えていた先生への本格的な勧誘は、ほとんど進まなかった。
先生がこちらの話を聞くより。
何故か自分の心配ばかりしていたからだ。
「今日はありがとうね、話せてよかったよ!」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
「また話そうね」
「ええ、その時は是非」
先生は少し考えた後、カヤに笑いながら声を掛ける。
「カヤ!」
「何ですか?」
「本当に困った事が起きたら、私を頼ってくれていいからね」
「…………」
カヤの動きが止まった。
「じゃあ、またね!」
先生はそれだけ告げて部屋を出ていく。
残されたカヤはゆっくりと席に座りなおす。
「……」
しばらく完全に無言だった。
『ちゃんと休んでる?』
『一人で無理してない?』
『カヤのかわいい瞳に見惚れちゃったよ……?』
『困ったことがあったら相談してね』
『私を頼ってくれていいからね』
「……」
静かにカヤの中ですべての点が繋がった。
「……なるほど」
ゆっくりと口元へ手を当てる。
「そういうことでしたか」
最初から妙にこちらを見ていた理由。
自分の体調を気遣った理由。
何の利益もないのに自分を助けようとした理由。
そして、瞳へ見惚れたという言葉。
最後には、もっと自分を頼れとまで言った。
「これは間違いない!!」
カヤは確信した。
「先生は――」
「私に一目惚れしていますね!!!」
誰もいない応接室で、不知火カヤはとんでもない結論へ辿り着いた。
「あぁ……!」
自分の頬へ手を添える。
「なんということでしょう!」
「私は先生をこちらへ取り込もうとしていただけなのに!」
「図らずも先に先生の心を奪ってしまうとは!」
カヤは窓に映った自分を見る。
桃色の髪。
整った顔。
小柄ながら完璧に整えられた体躯。
「自分の魔性が恐ろしい……!」
当然、先生にそんなつもりは一切ない。
だが今のカヤにその事実を知る術はなかった。
「まあ……」
カヤは少し落ち着きを取り戻す。
「先生ほどの方からそこまで想われているのに、無下にするのも少々可哀想ですね」
先生は利用価値が高い。
自分の計画にも必要になる可能性がある。
ならば、少しくらい好意へ応えてやるのも悪くない。
「ふふ……」
カヤは余裕のある笑みを浮かべた。
「次に会う時は、少しくらい私の方から歩み寄ってあげるとしましょう」
そう呟いた後、もう一度窓に映った自分を見る。
「……」
前髪を少し整える。
「この辺りは……もう少し綺麗にしておいた方がいいでしょうか?」
「…………」
数秒後。
自分が何をしているのか気づいた。
「べ、別に先生のためではありませんからね!!?」
誰もいない部屋へ言い訳する。
先生を利用するために始めたはずの接触のはずだった。
しかしいつの間にか先生だけでなくカヤ自身までほんの少しだけ、相手を意識し始めていた。