人質立てこもり事件の監視任務を終えたFOX小隊は、そのまま拠点へ帰還していた。
装備を外し、ようやく一息つこうとした時、ユキノの端末へ一件の連絡が届く。
「……防衛室長からだ」
「……またですか?」
「帰ってきたばっかりなんだけど」
「どうやら至急来てほしいそうだ」
「新しい任務でしょうかね」
現地ニコはそう言いながら装備を置いた。
「さっきの監視任務の報告もまだまとめてませんよ?」
「無視はできない…行くぞ」
ユキノは立ち上がる。
「…了解」
オトギもユキノに続く。
現地クルミも深いため息を吐きながら席を立った。
「少しくらい休ませてほしいんだけど……」
「まあまあ、クルミちゃん、もしかしたら簡単な任務かもしれませんよ?」
「ふん、どうせまたカイザーへのごますりでしょ」
「……」
現地ニコは悲しそうな表情のまま黙った。
「そこで黙らないでよ!」
◆
しばらくしてFOX小隊四人は、連邦生徒会にある防衛室でカヤと向かい合っていた。
「よく来てくださいました」
カヤはいつもの人当たりのいい笑顔を浮かべている。
「早速ですが、皆さんへ新しい極秘任務があります」
「任務の内容はなんですか?」
ユキノが尋ねるとカヤはニヤリと笑いながら答えた。
「シャーレの先生について調査してください」
その言葉に四人の表情が少しだけ変わった。
先ほどまでまさに先生とRABBIT小隊を監視していたばかりだ。
「それでしたら、先ほど監視任務を終えたばかりですが…」
「その報告とは別に調査してほしい“モノ”が出来たのです」
「それは、先生の周囲に現れた私とクルミちゃんに似た生徒についてでしょうか?」
「いいえ、そんな些末な事じゃありません」
カヤは首を横に振った。
「今回はその二人は無関係です、あくまで先生個人の情報です」
「先生の何を知りたいんですか?」
「先生の――」
カヤは一度言葉を切った。
「……す、好きな食べ物を調べてください」
「「「「…………」」」」
防衛室が静まり返った。
FOX小隊の四人とも、しばらく言葉が出なかった。
「……申し訳ありません」
ユキノが珍しく聞き返す。
「確認のために……もう一度お願いします」
「先生の好きな食べ物です」
「……え?」
「FOX小隊には、先生やその周りに居る生徒たちに気づかれないよう嗜好を調査していただきます」
「ちょっと待って!」
現地クルミが我慢できず口を挟んだ。
「それ、わざわざ私たちがやる任務なの!?」
「クルミ!」
「でもユキノ!」
「……私も少し気になりますね」
オトギも首を傾げる。
「普通に先生本人に直接聞けば済む話では?」
「それではこちらが先生について調査していると知られてしまうでしょう?」
カヤは当然のように答えた。
「交渉において、相手の嗜好を把握することは重要です」
「先生をこちら側へ懐柔する可能性を考えるなら、好物の一つくらい把握しておいて損はありません」
「……懐柔工作の一環ということですか」
ユキノが確認する。
「その通りです」
カヤは尊大に頷いた、その時の表情は真剣そのものに見えた。
だが内心で考えていることは少し違っていた。
――先生は私に一目惚れしているようですし。
――好意を向けてくれている相手へ、好物くらい作ってあげてもいいでしょう。
――もちろんあくまで先生をこちらへ引き込むための懐柔工作です。
カヤはそう自分へ言い聞かせる。
――別に先生のために料理を作ってあげたいわけではありません。
――あくまで私が先生を利用する為にすることです。
――これは先生に好かれている私にしか出来ない重要な懐柔工作です。
カヤは料理が得意というほどではないが、人並み程度には作れる。
先生の好物さえ分かれば用意することはできるだろう。
「いいですね、先生に決して悟られないように気を付けて調査してください」
「…了解」
ユキノが答える。
「FOX小隊、これより任務を遂行します」
「よろしくお願いします」
四人が防衛室を出て扉が閉じた直後。
「……」
現地クルミが立ち止まった。
「先生の好きな食べ物……?」
現地ニコも困ったように笑う。
「あはは…なんか予想と全然違う任務でしたね」
「これ任務って言っていいの?」
「一応、任務じゃないですか?」
オトギはあっさりしている。
「私はこういう任務なら歓迎だけどね~」
「隊長はどう?」
三人の視線が集まる。
「任務に変わりはない」
ユキノは歩き出す。
「明日から先生を監視する。そして好きな食べ物を特定するぞ」
「了解」
「は~い」
「わかったわよ……」
そうして三人が任務の準備のためにユキノを追い越して先に歩いていく。
ユキノは誰にも見えないところで僅かに息を吐いた。
先生の好物を調べるという、あまりにくだらない任務だが、少なくとも今回の任務なら誰かを傷つけることも。
自分たちの正義へ反することもない。
そう思うとほんの少し肩の重みが取れた気がした。
◆
翌日。
シャーレから少し離れた建物の屋上。
「FOX4、対象を確認」
スコープを覗くオトギが報告する。
『FOX1、了解』
ユキノの声が通信へ返る。
『FOX2、FOX3、配置は?』
『FOX2、FOX4とは別角度から対象を監視中』
『FOX3、正面側を見てるけど何も問題ないわよ』
「FOX4、了解」
任務開始と同時に。
FOX小隊は完全に特殊作戦用の動きへ切り替わっていた。
調べているものが、先生の好物であることを除けば。
「FOX4、対象が移動」
『FOX1、行き先は?』
「共用キッチンですね」
オトギはスコープの倍率を上げる。
そこでは先生が一皿の食事を受け取っていた。
「FOX4から各員、稲荷寿司を確認」
『稲荷寿司……』
ユキノが記録する。
「食べたね」
『反応は?』
「かなり良好に見えるね」
『好物候補へ追加する』
少し離れた場所で現地ニコも双眼鏡で同じ光景を見ていた。
先生へ稲荷寿司を渡している人物。
「……」
自分だった。
正確には自分と全く同じ姿をした、謎の生徒。
『FOX2?』
「……失礼しました」
「FOX2、確認しています」
『何かあった?』
現地クルミの声に現地ニコは何とも言えない笑顔を浮かべる。
「いえ、自分のそっくりさんがお稲荷さんを先生へ食べさせている光景を見るのって、随分不思議な気分ですね」
『それ今言うこと!?』
『FOX3、通信を空けろ』
『……了解』
再び先生へ視線を戻す。
先生は稲荷寿司を食べながら、嬉しそうにニコへ何かを話していた。
「FOX2、先生はかなり喜んでいるようです」
『FOX1、了解』
「ですが」
『何だ?』
「作った人に対して喜んでいるようにも見えますね」
『どういう意味だ?』
現地ニコは少し考える。
「いえ、思い込みかもしれないので、引き続き対象を監視します」
『……分かった』
お昼時になりまた先生が動きだす。
「FOX4、対象移動」
『行き先は?』
「シャーレ近くの飲食店です」
『追跡する』
先生の後ろにはRABBIT小隊の四人がいた。
「今日のお昼どうする?」
先生が後ろにいるミヤコたちに尋ねるとミヤコは涼しい顔で答えた。
「私たちに気を遣う必要はありません」
以前ならここで会話は終わっていただろう。
だが今回は違った。
「……今日は、先生に任せます」
「おっ」
先生が少し嬉しそうな顔をする。
「ただし、無駄に高いものは必要ありません」
「それに食事を任せただけです。先生を完全に信用したという意味ではありませんからね!」
「ふふ、わかってるよ」
「返事が軽いですね…」
そんなやり取りをしているとサキが横から口を挟む。
「先生、私はカレーがいい」
「サキ!」
「リクエストするぐらい良いだろう?」
「まあ……そうですが」
「サキはカレーがいいのか~」
「ミユとモエは?」
「わ、私は何でも……」
「私もカレーでいいよ~」
「じゃあ決まりだね!」
五人はそのままカレー専門店へ入っていった。
「FOX3」
現地クルミが双眼鏡を構える。
「対象、カレー店に入りました」
『FOX1、カレーを候補へ追加』
「ねぇ、ちょっと待って」
『何だ?』
「今の会話の流れを少し聞いてたけど、先生が食べたくて選んだんじゃなくない?」
『……』
「RABBIT小隊のサキが食べたいって言ったから選んだだけでしょ」
『……確かに』
「ユキノ、ちゃんと見てる?」
『…見ている』
「ならいいけど」
『FOX3』
「何?」
『任務中はコールサインで呼べ』
「……了解、FOX1」
しばらくして。
店の中の先生がカレーを一口食べる。
オトギが報告した。
「FOX4、対象がカレーを食べました」
『反応は?』
「満面の笑みだね」
『……』
「かなり美味しそうです」
『候補入りさせとこう』
『FOX1!』
現地クルミの声が飛ぶ。
『カレーはまだ早いって!』
『しかし喜んでいる』
『何食べても喜ぶタイプなんじゃないの!?』
その予想は数日後に正しかったことが証明された。
◆
「FOX4、対象がサンドイッチを食べています」
『反応は?』
「相変わらずいい笑顔で食べてますよ~」
『候補へ追加』
「FOX3、異議あり」
『何だ?』
「そのサンドイッチ、ヒフミって子から貰ったからじゃないの!?」
『だが喜んでいるじゃないか?』
「もう!」
「FOX4、対象、ケーキ」
『反応は?』
「おいしそうに食べてます」
『追加』
「待って!!」
さらに。
「FOX4、対象、ラーメン」
『反応』
「変わらず」
『追加』
「もう候補増やすのやめない!?」
さらに。
「FOX4、対象、煎餅」
『反』
「笑」
『追』
「多すぎるわよ!!」
現地クルミの叫びが通信へ響く。
『FOX3、声が大きいです』
ニコが注意する。
『だって!』
『稲荷寿司! カレー! サンドイッチ! ケーキ! ラーメン! 煎餅!』
『全部好きな食べ物ってどういうことよ!?』
ユキノは手元の記録を見る。
既に候補がかなりの数に増えていた。
「……」
『FOX1?』
「調査を続行する」
『まだやるの!?』
「特定するまでやる」
『永遠に終わらない気がするんだけど!』
「任務だ」
『だからって――』
『FOX3』
「……はいはい、了解しましたよ!!」
オトギはスコープ越しに先生を見る。
「でも本当に、何を食べても同じくらい嬉しそうですね」
『味覚がバカなんじゃない?』
『クルミちゃん、それは先生に失礼ですよ』
『だって他に説明できないじゃない!』
その時先生の隣へニコが座った。
「……」
現地ニコの表情が少し変わる。
『FOX2?』
「静かに」
ニコが先生へ何かを話している。
現地ニコは集音機の感度を上げた。
『先生♪』
『夕食は何か食べたいものがありますか?』
『今日はニコが作ってくれるの?』
『はいそうですよ~♪』
『ニコが作ってくれるんだったら何でも嬉しいよ』
「……」
FOX小隊全員が黙った。
『先生の食べたいものを作りますよ?』
『じゃあ、ニコが食べたいものにしようよ』
『私ですか?』
『私は生徒と一緒なら何食べても美味しいからね!』
『ふふふ、先生は相変わらずですね』
「……」
通信へ沈黙が流れる。
現地クルミが最初に口を開いた。
『……これ、何の参考にもならないわね』
「そうですね」
現地ニコが苦笑する。
『むしろニコの事が好きなんじゃない?』
オトギが何気なく言った一言に現地ニコがすぐに反応する。
「オトギちゃん!!?」
『冗談だよ~。でも向こうのニコは満更でも無さそうだよね~』
『そんなことないですよ!!』
ユキノは黙ったまま、今の会話を記録していた。
そしてある結論にたどり着いた。
「……一つ分かった事があります」
三人が反応する。
『何が?』
「先生は、食事そのものに強い拘りがないのかもしれない」
ユキノはシャーレを見る。
「誰かと食べることを好んでいる可能性がある」
『私もそう思います』
「稲荷寿司も、カレーも、サンドイッチも。先生一人で食べていたものは、ほとんどありませんでしたから」
『じゃあ先生の好物って……』
「特定不能」
ユキノは淡々と答えた。
『このくだらない任務に数日も使ったのに!?』
「こればかりは仕方ない」
『食事内容を問わず、親しい相手との食事を好む傾向あり、これを報告するしかない』
『なんか特殊部隊の報告書じゃないみたい……』
現地クルミは頭を抱えた。
◆
その日の夕方、FOX小隊は防衛室へ戻っていた。
カヤが期待するように尋ねる。
「それで、先生の好物は分かりましたか?」
「……」
四人が黙る。
「どうしたのです?」
ユキノは一枚の報告書を差し出した。
カヤが受け取りさっそく中を確認する。
『調査結果』
『対象:シャーレの先生』
『好物:特定不能』
「……へ?」
カヤが顔を上げた。
「特定不能?」
「はい」
「数日も調査して?」
「はい」
「七囚人の厄災の狐を捕まえたFOX小隊が調査して特定できなかったんですか?」
「はい」
カヤの表情が僅かに引きつる。
「えぇ~…。ちなみにここ数日は何を食べていたのですか?」
「稲荷寿司」
「カレー」
「サンドイッチ」
「ケーキ」
「ラーメン」
「煎餅」
「その他諸々…」
「反応はどうでした?」
「全部美味しそうにしてましたよ」
オトギが答える。
「……どれが一番喜んでいました?」
「全部同じくらいです」
現地クルミが疲れた声で答える。
「一時は味覚がバカなんじゃないかと思ったくらいです」
「クルミちゃん…!」
「分かってるわよ、言い方悪かったって!」
現地ニコが一歩前へ出る。
「ただ、一つだけ分かったことがあります!」
「それは何ですか!?」
「先生は料理そのものより、誰かと一緒に食べる時間がお好きなのかもしれません」
「誰かと……一緒に……?」
「はい」
「誰かから料理を貰った時も、一緒に食事をしている時も――」
「先生はいつも嬉しそうでしたから」
「……」
カヤは報告書へ視線を戻す。
――料理そのものより。
――誰と一緒に食べるか。
カヤの頭の中で前日の先生との会話が蘇る。
『カヤのかわいい瞳に見惚れちゃったよ……?』
『私を頼ってくれていいからね』
そして今、先生は誰かと一緒に食べることを好む。
「……なるほど」
カヤの口元が僅かに緩む。
「そういうことでしたか」
「?」
FOX小隊四人が首を傾げるがそれらが目に入らないくらい、カヤの中では既に全く別の結論が出来上がっていた。
――つまり私が先生のために料理を作り。
――先生が愛している私と二人で食べればいい。
――先生にとっては、それが一番嬉しいということですね。
完璧ロジックだった……少なくともカヤの中では。
「皆さん、ご苦労様でした」
「この件はこちらで対応します」
「……対応?」
現地クルミが怪訝そうな顔をする。
「何をするつもりなんです?」
「この前も言ったでしょう、先生の懐柔ですよ」
カヤは平然と答えた。
「相手の嗜好が分かった以上、次の段階へ進むだけです」
「……そうですか」
ユキノはそれ以上尋ねなかった。
「下がって構いません」
「了解」
FOX小隊が防衛室を出ていく。
「……」
カヤは一人でもう一度報告書へ目を落とした。
『食事内容を問わず、親しい人物との食事を好む傾向あり』
「ふふ……」
小さく笑う。
「先生も意外と可愛らしいところがありますね」
先生から向けられている熱烈な好意。
それに少しくらい応えてやる。
その程度なら悪くない。
「さて、それはそうと何を作りましょうか」
カヤは端末を取り出す。
難しいものでなければ問題ない。
「先生ほどの方ですからね」
「少し手の込んだものでも――」
そこまで考えてふと我に返る。
「……」
カヤは自分の頬へ手を当てた。
――あれ?私…
――今、何故こんなに真剣に先生へ作る料理を考えているのでしょうか?
「……」
「いや、先生を懐柔するためでしたね!」
誰も聞いていないのに言い訳した。
「そう、これは懐柔するためです」
もう一度言うそして再び端末で料理を調べ始める。
「……お弁当にした方が渡しやすいでしょうか?」
既にかなり先生を意識していることには。
本人だけが、まだ気づいていなかった。
◆
防衛室から離れた廊下。
「……」
現地クルミが立ち止まった。
「どうしました、クルミちゃん?」
「いや……」
現地クルミは後ろを振り返る。
「何か引っかからない?」
「何が~?」
「先生の好物を調べて」
「最後は『こちらで対応する』ってさ」
「……何を対応するの?」
「懐柔工作と言っていましたよ」
「それは聞いたけどさ!」
現地クルミは腕を組む。
「なんか……こう……妙に楽しそうじゃなかった?」
「気のせいじゃない?」
オトギは首を傾げる。
「ニコはどう思う?」
「う~んそうですね~……」
そう言ってニコも少し考えこむ。
「確かに先生のお話をしている時だけ、防衛室長さんの機嫌が良かったような……」
「やっぱそうよね!?」
「クルミ…!」
ユキノが歩きながら言う。
「もう任務は終了した」
「我々が余計な詮索をする必要はない」
「……分かったわよ」
ユキノに注意され現地クルミも渋々歩き出す。
「……」
だがニコだけは何か自分たちの知らないところで妙なことが始まっている気がした。
「ニコ」
「今行きます、ユキノちゃん」
ニコも仲間たちの後を追った。
こうしてカヤから与えられた任務によって、FOX小隊は数日間にわたり先生の行動を監視していた任務は無事に終わった。
精鋭である彼女たちは決して先生や他の生徒たちに気づかれることなく、任務を遂行した。
少なくともFOX小隊の四人は、そう思っていた。
しかし彼女たちは気づいていなかった。
先生を監視するという行為がどれほど危険なことなのかを。
カヤへ調査結果を報告してから、数日後。
FOX小隊が拠点として使用していた建物にはいつもの活気など無かった。
破壊された扉。
床へ転がった空薬莢。
激しい戦闘の跡。
室内は戦闘の影響で完全に荒れ果てている。
そして、FOX小隊四人の姿はどこにもなかった。
残されていたのは、彼女たちが使っていた装備の一部だけ。
そして、この日を境に。
FOX小隊の消息は――完全に分からなくなった。