FOX小隊がシャーレでの生活に慣れ始めてから数日の時が経った。
表向きは先生をより詳しく調査するための潜入だったが気が付けば居心地も良く、面倒な雇い主も居ないこの環境から抜け出したくないと思い始めてしまった頃。
ユキノたちは、シャーレの中を調査という名目で探索していた。
「ここは…射撃レーンか」
ユキノを先頭にニコ、クルミ、オトギが室内へ入る。
いくつもの射撃区画がズラリと広がり、奥では動く標的が不規則な軌道を描いていた。
「結構ちゃんとした設備なのね」
「流石は連邦捜査部ってとこですかね?」
興味深そうに観察していたオトギが奥を指差した。
「……誰か使ってますよ」
射撃レーンの一角で臨戦ホシノが一人、ハンドガンを構えていた。
動く標的が左右へ高速で移動するそんな状態の的に的確に射撃を当てていた。
標的が急停止して反対方向へ動いても、照準はほとんど乱れない。
放たれた弾丸が次々と中心付近を撃ち抜いていく。
「……」
FOX小隊四人の視線が集まる。
臨戦ホシノは前を向いたまま最後の弾を撃ち終えると。
「おじさんの事なんか見てても面白くないでしょ~?」
臨戦ホシノはこちらを振り返りもせずに声を掛けてきた。
「……気づいていたのか」
「そんな熱心に見られてたらねぇ」
臨戦ホシノがマガジンを交換する。
「集中してると人の気配には敏感になっちゃってさ~」
「それに君たち、隠れる気もなかったみたいだし」
「確かに今回はないわね」
「一応潜入調査なんじゃなかったっけ?」
そう言ってケラケラ笑う臨戦ホシノを半ば無視して、痛い所を突かれたユキノは話題を変えるべく臨戦ホシノの撃ち抜いた標的を見る。
「見事な射撃ですね」
「どうもありがと~」
「襲撃された際にも感じていましたが――」
ユキノは臨戦ホシノへ視線を戻す。
「あの時、私たちの拠点へ来た生徒は誰もが私たちから見ても怪物揃いでした」
「怪物って…」
臨戦ホシノが苦笑する。
「その中でも、あなたと黒いドレスを身に纏っていた二人は別格だった」
臨戦ホシノの動きが僅かに止まる。
ユキノはあえて気にせずに続ける。
「正直言うなら、既に遥か高みに至っているように見えます」
「それでも尚、これ以上強くなろうと訓練を続ける理由は何ですか?」
そう問われた臨戦ホシノは心底不思議そうな表情をしてユキノを見る。
「強くないと何も守れないからだけど?」
あまりにも当然のことを聞かれたような答えだった。
その返答を聞いてユキノはつい黙ってしまう。
強くなるのは何かを守るため、ものすごくシンプルな話だ。
だというのに自分はいつからSRTを取り戻すこと自体を、何より優先するようになったのだろう。
「……そうでしたね、あなたの言う通りです」
「え?」
「いや、気にしないでください」
ユキノは小さく頭を下げた。
「自分が少し驕っていたことを確認できました」
「感謝します」
臨戦ホシノは急に恥ずかしそうに頬を掻く。
「いやぁ~なんか偉そうなこと言っちゃった?」
「いえ、今の私には必要な言葉でした」
「……そんな重い話だった?」
「ユキノは真面目なのよ」
現地クルミが横から言う。
「ユキノちゃんはそういうところありますよね~」
「ニコ」
「どこもリーダーは大変だねぇ~」
臨戦ホシノは苦笑しながらハンドガンを置いた。
「ところで早速で悪いのですが、一つ聞きたい事があります」
「おじさんに答えられることならどうぞ~」
「私たちの拠点を襲撃した際、あの狭い室内で使っていた近接戦闘術」
「あれは何ですか?」
「あれね…」
臨戦ホシノが納得したように手を叩いた。
「教えてもらうことは可能ですか?」
「おじさんでも教えられなくはないけど……」
「もっと適任がいるよ」
「適任?」
「ちょうど訓練場にいるかもしれないし、一緒に行こっか」
臨戦ホシノは射撃レーンを後にする。
「ついてきて~」
「分かった」
FOX小隊もその後を追った。
そうして訓練場へ到着すると。
「今日こそサッちゃんに勝っちゃうよ~♪」
聞き覚えのある明るい声が響いていた。
「こっちのサッちゃんはバニバニだったしね~♪」
訓練場の中央で誰かが向かい合っていた。
片方は水着サオリ、その向かいにはアツコとセイア。
アツコは楽しそうに拳銃を構えている。
セイアはサバイバルナイフを模した木剣とハンドガンを両手に持っていた。
「2対1を提案したことを後悔させてあげるよ」
セイアが静かに笑う。
「相変わらず大した自信だな」
水着サオリは涼しい顔のままライフルを構える。
「アツコ。一つ言っておくが、こっちの私に勝ったからといって、この私に勝ったことにはならないぞ」
「そういうこと言ってると負けた時恥ずかしいよ?」
「そういうセリフは勝ってから言うんだな」
「む~」
アツコが頬を膨らませる。
「ほら、ちょうどやってるよ」
臨戦ホシノが小声でFOX小隊へ話しかけた。
「何を?」
「君たちが知りたい事だよ」
そう言われてしまえばユキノたちも真剣に見学する。
「じゃあそろそろいいかな?」
セイアが身体を僅かに沈める。
「いつでもいいぞ」
水着サオリの一言が発せられた瞬間セイアとアツコが同時に動いた。
先に距離を詰めたセイアの木剣が水着サオリへ振り下ろされる。
しかし水着サオリはライフルの銃身を使ってセイアの腕を取ると、そのまま力の向きを逸らした。
「っ!」
木剣が上へ弾かれる。
間髪入れずセイアの手首を掴む。
「くっ――」
そのまま捻られると腕を守るために前に飛ぶ事しかできない。
「っ!」
その勢いのまま水着サオリの背後へ投げ飛ばされた。
「自認レオン!QTEミスった?」
「うるさいな!煽ってる暇があったら君も攻撃したまえ!!」
互いに軽口を言いながらもアツコが拳銃の照準を合わせる。
だが水着サオリはセイアを投げた勢いを利用して一気にアツコへ肉薄していた。
「あっやば――」
銃を持つ手を掴む、銃口を外へ逸らし。
体勢を崩したアツコの重心へ自分の身体を差し込む。
「わっ!?」
次の瞬間にはアツコも床へ投げられていた。
「あっ!」
さらにダメ押しとばかりにアツコの手から拳銃を奪う。
水着サオリは片手に自分のライフル、もう片方に奪った拳銃を持ち。
起き上がろうとしていたセイアとアツコへ、それぞれ銃口を向けた。
「……終わりだな」
アツコが頬を膨らませる。
「ブーー、また負けた~」
「やっぱりまだ勝てないか」
セイアは床へ座ったまま、自分の手を見る。
「もう少しいけると思ったんだがね」
水着サオリの口角が僅かに上がる。
「フッ、こっちの私に近接戦で勝ったのかもしれないが――」
「同じ条件なら私の方が上だ」
「サッちゃん今ちょっとドヤった?」
「ドヤってない」
「絶対ドヤってたよ」
アツコがニヤニヤする。
「なるほど」
ユキノが呟く。
今の動き、ライフルを射撃武器としてだけで扱っていない。
相手の攻撃を逸らす、関節を極める。
そして重心を崩して武器を奪う。
その一連の動作が淀みなく流れ、途切れていなかった。
「見たでしょ?」
臨戦ホシノが水着サオリを指差す。
「うちの中で一番CQCが上手いのがサオリちゃんだからね」
「おい」
水着サオリが嫌な予感を覚えたように臨戦ホシノを見る。
「君たちも覚えたいなら、サオリちゃんに教えてもらうといいよ」
「無視するな」
「じゃ、おじさん射撃の続きしてくるから~」
「待て小鳥遊ホシノ!!」
臨戦ホシノはそのまま逃げるように訓練場から出ていった。
「……」
結局FOX小隊を押し付けられた水着サオリは微妙な顔をしていた。
「すまないが……教えてもらえるか?」
ユキノが尋ねる。
「……ハァ」
水着サオリは深く息を吐いた。
「分かった」
ライフルを置く。
「ただし覚えるなら徹底的にやるぞ」
「望むところです」
「ユキノ」
現地クルミが小声で言う。
「今の見た後によく即答できるわね」
「強くなる機会を逃す理由はない」
「まあそうですけど、ストイックですね」
ニコも苦笑する。
「よろしくお願いしま~す!」
オトギはすでにやる気満々で挨拶していた。
「まずは基礎からだ、お前たちも特殊部隊の出ならCQBは知ってると思うが、CQCはよりクロスレンジでの戦闘に重きを置いている戦闘術だ――」
こうして水着サオリのCQC講座が始まった。
「オトギ、立ち方が甘い」
「了解」
「クルミはもっと重心を落とさないとすぐに投げられるぞ」
「えっ、もう!?」
「ニコは笑っている余裕があるのか、お前から投げるぞ!」
「笑顔は癖なんですけど…!」
「ユキノ、技を掛ける時に力み過ぎるな。CQCは力比べじゃない」
「分かった」
「返事だけはいいな」
こうしてFOX小隊のシャーレ潜入調査は水着サオリによるCQC訓練へと変わっていった。
「ふぅ」
少し離れた場所でセイアはベンチへ腰掛けながら水を飲んでいた。
隣ではアツコがFOX小隊の訓練を眺めている。
「サッちゃん楽しそう」
「そう見えるかい?」
「うん」
水着サオリを見る。
「もう三回も投げ飛ばしてる」
「それは楽しんでいるのかな……?」
「違うの?」
「私にはわからないね」
セイアは少し笑う。
「あっ、そういえば少し探している物があってね」
「探し物?」
「ああ」
そう言ってセイアは自分の制服の肩辺りへ触れる。
「FOXHOUNDのワッペンを一つ無くしてしまったらしい」
「なんだっけそれ?」
「少し前から洒落で着けていただろう?」
「あ~、あの『狐なのに猟犬部隊』って言ってシロコさんとミカさんで馬鹿笑いしてたやつ?」
「そうそれだよ」
セイアは困ったように肩をすくめる。
「気づいた時には無くなっていてね、多分シャーレのどこかで落としたんじゃないかと思っているんだが……」
「結構広いよ、ここ」
「だから困っているんじゃないか」
セイアがため息を吐く。
「もしシャーレの中で見かけたら教えてくれ」
「分かった」
「すまないが、頼むよ。あれがないと狐ネタができないんだ」
「困る所そこなんだ…」
二人はそれ以上深く考えなかった。
もちろんそのワッペンが今どこにあるのか。
二人とも知る由もなかった。
◆
「……」
カヤは一つの建物の入り口の前で立ち尽くしていた。
何度連絡してもFOX小隊から返事がない。
最初は忙しいのだと思っていたのだが流石に長すぎる。
「全く……!」
とうとう我慢の限界を迎えたカヤは、直接FOX小隊の拠点へ足を運んでいた。
ただ一人で来るには少し不安だったため隣にはカンナもいる。
「ここですか?」
「はい」
「私のビジネスパートナーが使用している拠点です」
「ビジネスパートナー……」
カンナの表情が少し変わる。
「ビジネスパートナーとは誰ですか?」
「会えば嫌でもわかりますよ」
「……そうですか」
「今はそれより!」
カヤは建物の中に入り廊下を進んで行く。
「皆さん!!いるのでしょう!?」
返事はない。
「もう何日連絡を無視するつもり――」
そうして一つの部屋の扉が視界に入る。
「…………!?」
カヤの言葉が止まった。
「…………」
カンナも目を見開く。
その部屋の中は壮絶だった。
壊れた家具。荒れた床。壁一面に残る弾痕。
至るところへ散らばった空薬莢。
明らかにここで激しい戦闘があった。
「……何ですか、これは」
カヤの顔から血の気が引いていく。
「ユキノ小隊長……?」
返事はない。
「ニコさん?」
誰もいない。
「クルミさん!」
「オトギさん!」
カヤの呼び声に返事が返ってくることもなく、静寂が返ってきた。
カンナはしゃがみ込み、床へ落ちている空薬莢を拾い上げる。
「複数の銃器が使われています」
次に壁を見る。
「かなり激しい戦闘だったようですね」
「……」
「防衛室長」
「……何ですか?」
「もう一度聞きます。ここを使っていたのは誰ですか?」
カヤは青ざめた顔で答える。
「……FOX小隊です」
「…………叫んでいた名前から薄々感づいていましたが、本当に彼女たちですか」
カンナの表情がさらに険しくなった。
「FOX小隊が……こんな一方的に…?」
SRT特殊学園の中でも特に高い実力を持つ小隊。
その四人がこれほどの戦闘を行い。
誰一人として残っていない。
「襲われてなんとか逃げ切り拠点を移した可能性も考えられますが――」
「そ、そうですよね!」
カンナの見解にカヤが少しだけ希望を持つがそれはすぐに打ち砕かれた。
「ですがこの戦闘痕を見る限り無事に抜け出せた可能性は低いかと……」
「……」
カンナは部屋の奥を見る。
FOX小隊の装備品の一部まで残されている。
「そしてこれだけの戦闘が起きた後、四人全員が揃って連絡不能」
カンナは慎重に言葉を選んだ。
「もしFOX小隊が交戦した末に、何者かによって連れ去られたのだとすれば」
「相手は相当な手練れです」
「……」
カヤの顔がさらに青くなる。
「それって……FOX小隊ほどの生徒を四人まとめて……?」
「可能性の話です」
「それに最悪の場合は――」
そこでカンナは言葉を切った、これ以上口で言うのを憚られたからだ。
「……嘘でしょ?」
カヤは口元へ手を当てる。
「そんな……」
「どうして……」
「何故FOX小隊が……」
軽いパニックへ陥り始める。
「……?」
その時、カンナが部屋の隅に何かを見つけた。
家具の影に小さな布のようなものが落ちている。
拾い上げるとそれは部隊章の様な物だった。
「これは……?」
「何かありましたか?」
カヤも近づいてくる。
カンナの手にあったのは。
一枚のワッペン、そこには見慣れない部隊章と共に。
『FOXHOUND』
そう書かれていた。
「……FOX……HOUND?」
当然FOX小隊の装備ではない。
カンナも見覚えがない。
戦闘現場に所属不明の部隊章。
そしてFOX小隊は消えている。
「狐狩りの猟犬……」
カンナの顔が引きつる。
「防衛室長」
「な、何です?」
カンナがワッペンを握る。
「あなたは一体……何を敵に回したんですか!?」
カヤの声が裏返った。
「わ、私だって知りませんよ!」
「FOXHOUNDなんて聞いたこともありません!」
「私もです!」
「ですが!」
カンナは周囲の戦闘跡を見る。
「この部隊名は明らかにFOX小隊を狙い撃ちにしています……」
「……!」
「そしてFOX小隊を正面から制圧できる戦力を持っていると誇示しているんですよ!」
「…………」
カヤの呼吸が僅かに速くなる。
――なんで?
――どうして?
FOX小隊は自分の重要な戦力。
――それを一体誰が?
「……まさか」
「防衛室長?」
カヤの頭へ一つの可能性が浮かぶ。
カイザーコーポレーション。
自分と協力関係にある巨大企業。
だが巷には黒い噂の絶えない悪徳企業、その中にこんな噂を聞いたことがある。
『カイザーは利用価値がなくなればすぐに役立たずを切り捨てる』
「……」
――もしかして、カイザーが私を裏切った?
――私にもう利用価値を見出せなくなったから?
――だから先にFOX小隊を……?
「そんな……」
「防衛室長?」
カヤの顔が完全に青ざめる。
FOX小隊は自分の持つ最も強力な手札だった。
それを最初に潰された。
なら次は?
「……私?」
「え?」
「次は私じゃないですか!?」
「落ち着いてください!」
「落ち着けるわけないでしょう!?」
カヤがカンナの肩を掴む。
「FOX小隊がやられたんですよ!?」
「次に狙われるのは私かもしれないんですよ!?」
「防衛室長!」
「カンナ局長!」
「な、何です!?」
「どうすればいいでしょうか!?」
「私に聞くんですか!?」
「だって公安局長でしょう!?」
「そうですが!」
そんな事を聞かれてもカンナも答えようがない。
正体不明。
規模不明。
目的不明。
だが確実にFOX小隊を制圧できるほどの力がある謎の部隊。
「……正直に言います」
「はい……」
「もしFOX小隊四名を正面から制圧できる戦力を持つ部隊が敵にいるのなら」
「今のヴァルキューレが正面からぶつかったところで相手になりません」
「それに敵の規模も目的も分からない以上、迂闊に人を動かす方が危険です」
「そんな……!」
カヤの肩が震える。
「じゃあ私はどうすれば……」
その時、頭の中に一人の大人の顔が浮かんだ。
『困ったことがあったら相談してね』
「……」
『一人でなんとかしようとしないでさ』
「…………」
『私を頼ってくれていいからね』
「……先生」
カヤが呟く。
「先生?」
カンナが聞き返す。
カヤは顔を上げた。
今、頼れる相手。
自分を好いている。
どこからともなく強力な生徒を呼び出す、謎の力まで持っている先生。
「先生に会わないと……」
「え?」
「シャーレへ行きます!」
「今からですか!?」
「今すぐです!」
カヤは勢いよく部屋を飛び出した。
「ちょっ、防衛室長!待ってください!」
カンナも慌てて追いかける。
この時カヤもカンナも知らなかった。
恐るべき謎の部隊FOXHOUNDなど存在せず。
そして消息不明となったFOX小隊本人たちは今頃、シャーレの訓練場で水着サオリから元気にCQCを叩き込まれていた。