「第一班、六人降下完了しました。これよりシャーレ内部へ侵入します」
「まずはシャーレ内部の戦力を確認しろ。抵抗された場合は応戦して構わん」
「了解!」
報告を受けた指揮官は屋上中央に立ち、シャーレの建物を見渡していた。
「それにしても嫌に静かだな」
「こちらの接近に気づいていない可能性は?」
「シャーレを甘く見るな。ここには各学園の生徒が頻繁に出入りしているという報告もある。伏兵を警戒しながら進め」
「了解です。第一班、作戦開始します!」
六人の精鋭が階段へ向かい、静かに屋上から姿を消していく。
だが、彼らが向かう先では――既に十人以上の生徒たちが待ち構えていた。
◆
「……六人降りてきますね」
屋上直下の廊下は照明はすべて消され見通しが悪くなっているが、ドローンから送られてくる映像を確認していたニコが小声で伝えてくれる。
先生を中心にRABBIT小隊、FOX小隊、そしてニコとクルミが、それぞれ遮蔽物の陰へ身を潜めていた。
「先生、もうすぐ階段へ入ります」
ミヤコの報告を聞きながら、先生はシッテムの箱へ視線を落とす。
「うん。最初から全部倒そうとしなくていいよ。ミヤコとユキノは奥、サキとクルミは入口側。モエは他のルートを潰してもらって。ミユとオトギは後ろから狙える?」
「はい」
「問題ありません」
「ニコたちは反対側から回って。募集のクルミもフォローお願い」
「任せてください」
先生から次々に指示を受けた生徒たちが静かに散っていく。その様子を、FOX小隊の四人は改めて見つめていた。先日の模擬戦とは違う、これは実戦だ。それでも先生の指揮はほとんど変わらない。一方的に命令するのではなく、各々ができることを把握した上で、動きやすいように道筋だけを示している。
「……来ます」
ユキノの一言で全員の意識が切り替わった。階段の先から機械人の足音が近づいてくる。
一人。
二人。
ユキノは用心深く相手を観察して、なかなかクリアリングの手際がいいと感心していると、六人全員がフロアへ入った。
「モエやっちゃって!」
先生の合図で動き出す。
「はいは~い!」
廊下の一角で小さな爆発が起こり、積まれていた訓練用の遮蔽物が崩れて退路を塞ぐ。
「敵襲!」
「待ち伏せだ! 散れ!」
即座に対応しようとしたカイザー兵たちだったが、先頭にいた二人へサキと現地クルミが同時に射撃を浴びせた。
「くっ!」
「正面からも来ます!」
「分かってる!」
カイザー兵がサキへ銃口を向けるより早く、現地クルミが横から撃ち込んで体勢を崩す。
「サキ!」
「了解!」
今度はサキが遮蔽から追撃し、一人目が床へ倒れ込んだ。残る五人が反対方向へ逃れようとする。
「っ!」
「ぐっ!」
しかし後退していく二人の背中に弾丸が命中し、装甲を破壊して床へ転がす。
「やった……!」
「いい射撃だっだよ、RABBIT4」
隣にいたオトギから突然褒められ、ミユが一瞬だけ目を丸くする。
「あ、ありがとうございます……FOX4も……すごかったです」
「アハハハ、ありがとね!」
「二人とも、まだ終わってないよ!」
先生の声に二人はすぐ意識を戻した。残り三人。
「後退! 一度階段へ――」
「させませんよ」
背後からミヤコの声。振り返ればミヤコとユキノが既に退路へ回り込んでいた。
「挟まれた!?」
最後の三人が一斉に走り出すが、そこへ今度は現地ニコが姿を見せる。
「そちらも通行止めですよ♪」
「右へ!」
「そっちも通れないわよ!」
クルミが牽制射撃を浴びせ、逃げ道を潰す。気づけば残りのカイザー兵は完全に包囲されていた。
「武器を捨てて!」
先生の声が響く。
「これ以上やるなら撃たなきゃいけなくなる。もう十分でしょ?」
「……」
残っていた三人が周囲を見る。逃げ場はなく、既に三人は戦闘不能だった。
「……分かった」
一人が武器を床へ置くと、残る二人もそれに続いた。
「ふぅー……」
先生が安堵したように息を吐く。
「まず六人確保だね」
「ですが相手もすぐ異変に気づくと思います」
ミヤコが周囲を警戒しながら敵の装備を解除していく。
「そうだね。次は同じ方法じゃ来ないと思う」
ユキノも階段を見ながら頷いた。
「恐らくこの部隊は先行部隊です。それがまとめて通信を絶てば、指揮官も警戒するはずです」
「じゃあ、向こうがどう出るか見てみようか」
先生はそう答えながら、ケイとの通信を開く。
「ケイ、そっちはどう?」
『内部は問題ありません。ただ――』
「ただ?」
『地上が少々……いえ、かなり凄いことになっていますよ』
「……え?」
◆
シャーレ正面。
「敵性戦力、二名だけです!」
大量に展開したカイザーPMCの機械人部隊。その後ろには装甲車が並び、さらに複数の戦車が砲塔をシャーレへ向けている。
対するシャーレ側は、臨戦ホシノとシロコテラーのたった二人だった。
「たったの二人か!?」
先頭のカイザー兵が思わず笑った。
「ハハハハ! シャーレは随分と人手不足らしいな! よければカイザーPMCと契約したらどうかな? そうすれば我々が守ってやるぞ?」
「う~ん」
臨戦ホシノは盾を構えたまま少し考える。
「遠慮しとくよ~」
「即答か!」
「だって君たち今から私たちに蹂躙されちゃうからねぇ~」
「ん。数だけの雑魚」
「……ならせめて苦しませずに終わらせてやる!」
カイザー兵が腕を上げる。
「戦車隊! まず盾を持っている方を吹き飛ばせ!」
戦車の砲塔がゆっくり動き、臨戦ホシノへ照準を合わせる。
シロコテラーが流石に心配そうな顔で臨戦ホシノを見ると、そんな彼女に気が付いた臨戦ホシノはへらへらした表情で手を振っていた。
「平気平気~」
「ん。わかった」
シロコテラーはそれだけ確認すると、何事もなかったように離れた。
「撃て!」
戦車砲が火を噴く。深夜の街へ凄まじい爆発音が響き、臨戦ホシノが立っていた場所が爆煙に包まれた。
「直撃!」
「よくやった! 次は残りの一人を――」
カイザー兵たちが次の標的へ意識を向けようとした時、煙の向こうから声が聞こえた。
「もう~」
「……は?」
「寝ている子も居るんだからさ~」
盾を構えた臨戦ホシノが、何事もなかったように煙の中から歩いてくる。傷らしい傷すらない。
「夜は静かにね?」
「なっ――」
次の瞬間、臨戦ホシノが一気に前へ出た。盾を前方に構えたまま戦車の側面へ突っ込み、
「よいしょっ!」
凄まじい衝撃と共に戦車の装甲が大きく凹み、そのまま車体が横へ弾き飛ばされる。地面を滑った戦車が装甲車へ衝突し、
ドォォォン!!
先ほどの戦車砲以上の轟音が深夜の街へ響き渡った。
シロコテラーが臨戦ホシノをジト目で見る。
「ホシノ先輩の方が大きな音出してる」
「……そうかな?」
「夜は静かにするんじゃなかったの?」
「いやぁ~……そのつもりだったんだけどねぇ」
「……」
「大きいシロコちゃん、その目やめてね?」
そんな会話をしている二人の前で、カイザー兵たちは完全に固まっていた。
「せ、戦車が……」
「何なんだこいつら!?」
「化け物か!?」
「ん。化け物扱いに傷ついた」
シロコテラーが銃を構える。
「次は私がやる」
「お願いね~」
「全員撃てぇぇぇ!!」
大量の銃撃が二人へ降り注ぐ。だがその夜、カイザー地上部隊は初めて知ることになった。敵が二人しかいないことと、敵が弱いことは、まったく同じ意味ではないということを。
◆
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」
居住区ではようやく眠っていたカヤが、外から響く爆発音によって飛び起きて廊下に駆け出していた。
「何ですか!? 何の音ですか!?」
「落ち着け」
「元理事!?」
部屋を飛び出したカヤを元理事が止める。
「カイザーだ」
「…………」
カヤが固まる。
「え?」
「今、カイザーがシャーレを襲ってる」
数秒の沈黙の後。
「殺されるぅぅぅぅ!!!?」
「うるさいぞ!!」
「だって絶対私を殺しに来たんじゃないですかぁぁぁ!!」
そうして騒いでいると、今度は便利屋68とアリウススクワッドまで起きてきて廊下に飛び出してきた。
「な、何よこの騒ぎ!?」
眠そうなアルが廊下へ飛び出す。
「襲撃?」
ミサキも銃を持って出てくる。
「ひぃぃ!? 夜襲ですかぁ!? 寝不足ですねぇ、眠いですねぇ……ぐぅ」
ヒヨリが寝ぼけながらフラフラと廊下に出て来た。
「全員ここから出るな」
現地サオリが周囲を確認しながら即座に判断した。
「どうやら上と下で戦闘しているみたいだ」
アルの表情が変わる。
「なら私たちも――」
「その必要はない」
水着サオリが廊下の向こうから現れる。
「先生から、この区画を守るよう頼まれている。私たちが守ってるからお前達は安心して眠ってていいぞ」
「……だけど!」
「勘違いするな。下はどうせすぐ終わる、上も自分たちの運命にケリをつけに行ってるんだ。部外者が邪魔してやるな」
そう言われたアルは少し迷った後、
「…分かったわ」
だがカヤだけは納得できていない。
「先生は!? 先生はどこですか!?」
「上だ」
「上!?」
話を聞いたカヤが逃げ出しそうになった所を元理事が肩を掴む。
「お前は馬鹿か? 狙われてる本人が出てどうする気だ?」
「でも今のうちに逃げないと!」
「あのな、先生はお前を守るために動いてるんだぞ?」
「……へ!?」
カヤの動きが止まった。自分を守るため。
「……先生が?」
「まあお前がどうしても逃げたいならこれ以上引き留めないが、人の心があるなら少しは先生の想いを汲んでやれ」
そう元理事に言われ。胸の奥に今までとは少し違う感情が生まれる。
自分が起こそうとしていたクーデターも、カイザーとの関係も、全部知った上で、先生は自分を見捨てなかった。
「……ここで先生を待ちます」
カヤはそれ以上何も言わず、ただ戦闘が終わるまで先生が戻ってくるのを信じて待つことにした。
◆
「先行部隊からの連絡が途絶えました!」
屋上。報告を受けた指揮官は僅かに顔を上げた。
「通信機器の故障ではないのか?」
「六人全員です! 個別回線にも応答がありません!」
「……全員か」
「それと地上部隊からも通信です!」
「状況は?」
「それが……第一戦車隊が壊滅! 装甲部隊も既に半数以上が戦闘不能とのことです!」
「何だと!?」
指揮官の周囲にいたカイザー兵たちがざわめく。
「地上には二人しかいなかったはずでは?」
「その二人にやられてるらしいです!」
「馬鹿な!」
「静かにしろ!」
指揮官が一喝すると、部隊がすぐ静まった。
「先行部隊を失い、地上まで押されている。敵の戦力評価を誤ったようだな」
「増援を内部へ送りますか?」
「いや。このまま小分けに投入すれば各個撃破されるだけだ。残存部隊を全員ここへ集めろ」
「では目標の確保は?」
「まずシャーレ側の戦力を潰す。突破口を作ってから内部へ入るぞ」
「了解!」
精鋭部隊が屋上へ集結していく。その頃、先生たちも動いていた。
「ニコ、ドローンどう?」
「屋上に固まっています。もうこちらへ少人数では来ないみたいです」
「まぁそうだよねぇ」
先生は少し考えてから全員を見る。
「ならこっちから行こう」
「屋上へ?」
ミヤコが確認する。
「そうだね。向こうが完全に準備が終わる前にこちらから打って出よう」
「了解しました」
ユキノが武器を確認する。
「向こうが戦力を集めたなら、こちらも正面から叩くべきだ」
「じゃあ行こうか」
先生を中心に、二つのSRT小隊が階段を上っていった。
「来たぞ!」
屋上の扉が開き、カイザー精鋭部隊が一斉に銃口を向ける。先頭を歩くのは先生、その左右にはミヤコとユキノ、さらに後ろからRABBIT小隊とFOX小隊が続いた。指揮官は先生の姿を確認すると、一歩前へ出た。
「シャーレの先生だな?」
「そうだけど」
「こちらの目的は不知火カヤ一人だ。彼女を引き渡せば、我々も無為に戦闘を続ける意思はない」
先生は困ったように頬を掻く。
「う~ん……無理かな」
「理由を聞いても…?」
「カヤが何をしようとしたのかは聞いたよ。カイザーと組んでた理由もね」
「では!」
「でもさ――」
先生の表情が少しだけ真面目になる。
「それと、助けを求めてきた生徒を殺されるかもしれない相手へ渡すことは別でしょ?」
「……決して傷付けないと約束してもか?」
「信じられると思う? そっちもアビドスの件を忘れた訳じゃないでしょ?」
「……くっ!」
「それにカヤがやったことは、後でちゃんと本人と話す。だから今は渡せないよ」
「そうか」
指揮官が腰の拳銃を抜く。
「なら交渉決裂だな…」
「残念だけどそうみたいだね」
先生がシッテムの箱を手に取った。
「みんな、お願い」
ミヤコとユキノが同時に武器を構える。
「撃て!」
指揮官の号令と共に、深夜の屋上で二つの部隊が激突した。
「サキ、右側!」
「了解!」
「クルミ! サキのフォローして!」
「分かったわ!」
サキが前へ飛び出すと、現地クルミも一歩遅れてその横へ並ぶ。
「右から三人!」
「見えてる!」
一人目の攻撃をクルミが受け止め、横からサキが射撃する。だがカイザー側も精鋭だった。
「前衛二人、後退しろ!」
指揮官の指示と同時に前列が下がり、後方から別の三人が一斉に射撃を浴びせる。
「下がって!」
先生の声。二人は無理に追わず、すぐ遮蔽物へ飛び込んだ。
「なるほど……」
ユキノが相手の動きを観察する。
「通常のカイザー兵とは違うな」
「うん。ちゃんと全員で動いてる」
先生も頷く。
「だから一人で倒そうとしないで。こっちもみんなで崩そう」
「了解」
「ニコはモエの方お願い!」
「任せてください♪」
「モエ、正面の三人をあっちに誘導できる?」
「できるよ~。どこまで?」
「そのコンテナの横」
「分かった~」
「何をする気です?」
現地ニコがモエを見る。
「来れば分かるよ~」
「少し怖いですねぇ」
モエがわざと姿を見せた。
「見つけた! 左だ!」
「追え!」
三人の精鋭がモエを追って走り出す。
「もうちょっと~」
銃撃を避けながら、モエはコンテナ横まで下がっていく。
「RABBIT3、離れてください」
「了解」
ニコの声で、モエが飛び退く。
「今です♪」
「どっかーん!」
爆発。カイザー兵三人がまとめて吹き飛ばされた。
「モエ! 大丈夫!?」
「平気だよ~!」
「先生!」
ミヤコの声に先生がすぐ戦場へ意識を戻す。
「ごめん! ミヤコとユキノ、中央お願い! 無理に前へ出なくていいよ!」
「はい!」
「了解!」
二人の隊長が並んで中央へ走る。
「FOX1、左を任せます!」
「了解。RABBIT1は右を頼む!」
互いに何度も模擬戦で戦った経験があるからこそ、相手が何をしようとしているのか以前よりずっと分かるようになっていた。
ミヤコが退くと、入れ替わるようにユキノが前へ出た。
「っ!」
カイザー兵の照準が遅れる。
「FOX1、前へ出過ぎです!」
「分かっている!」
「なら言わせないでください!」
「……随分言うようになったな」
「今は戦闘中です!」
ユキノが少しだけ笑う。
「まぁ確かにな」
その光景を少し離れた場所から見ていたニコも笑みを浮かべた。
「楽しそうですねぇ、ユキノちゃん」
「もう一人のニコ! 戦闘に集中しろ!」
「はいはい♪」
「ミユ、オトギ、今撃たなくていいから、右奥の二人を見てて!」
「は、はい!」
「分かりました」
二人の狙撃手は別々の場所から同じ一帯を監視する。カイザー側も狙撃手の存在には気づいており、遮蔽物を利用して簡単には姿を晒さない。
「出てきませんね……」
「先生が『撃たなくていい』と言ったのなら、私たちが撃つための状況を作るつもりだと思う。今はそれが来るのを待とうか」
「……はい」
その直後。
「サキ、クルミ!」
先生の指示で二人が一気に中央へ出る。
「前進する!」
「行くわよ!」
カイザー兵が迎撃するため遮蔽物から半身を出した。
「ミユ、オトギ!」
二人が同時に引き金を引く。二発、それぞれ別の目標へ命中した。
「やりました!」
「二人ともナイス!」
先生の声が飛ぶ。ミユは思わず小さく笑った。
「この調子でがんばりますか!」
「オ、オトギ先輩も凄いですね……」
「ありがと!」
◆
「残存部隊、十二人!」
指揮官の周囲へ精鋭部隊が集まる。
「敵は?」
「ほぼ損害なしです!」
「……どういう指揮をしている!?」
指揮官は先生を見る。個々の能力だけではない。RABBIT小隊、FOX小隊。元々別々に活動していたはずの二部隊が、先生を中心に異様なほど噛み合っている。
「中央を固めろ! これ以上減らされるな!」
「了解!」
十二人が密集し、互いの死角を補う陣形を取る。先生もそれを見た。
「固まったね」
「厄介ですね」
ミヤコが答える。
「正面から崩すのは時間がかかります」
「なら正面から崩さなければいい」
ユキノが言う。
「先生」
「うん」
「左右から圧力を掛ける。どちらかへ戦力が偏った瞬間に反対側から入るのは?」
「うん、それで行こうか」
先生は全員を見る。
「ミヤコはRABBITのみんなを連れて右。ユキノはFOXのみんなと左。ニコとクルミは私と中央からフォローするよ」
「了解しました」
「分かった」
「ふふふ、随分と二人の扱いに慣れましたね」
ニコが笑う。
「模擬戦で散々指揮したからね! そんな事はいいから行くよ!」
先生の掛け声で両小隊が左右へ分かれた。
「右からRABBIT!」
「右へ三人回せ!」
「左からFOXも来ています!」
「左へも出せ!」
指揮官が次々に指示を飛ばし、戦力が右へ左へと分散していく。その瞬間を先生は待っていた。
「今だよ! 畳みかけて!」
「了解!」「任せなさい!」
中央から二人が同時に前へ出る。
「中央にも来た!」
「クソ!」
精鋭部隊が中央へ戻ろうとする。
「ミヤコ!」
「はい!」
「ユキノ!」
「ああ!」
今度は左右から二小隊が一気に距離を詰めた。
「しまった!」
崩れる。一人、二人、三人。互いに守り合っていた陣形が、一度崩れたことで連鎖的に形を失っていく。
「立て直せ! 右の四人は――」
「もう終わりです!」
「なっ!」
目の前にミヤコが銃口を向けていた。反対側ではユキノも照準を合わせている。周囲を見れば、残っているカイザー兵も既に各メンバーに武器を向けられていた。
「……」
指揮官は先生を見る。先生も少し離れた場所からこちらを見ていた。
「終わりにしない?」
「……」
「これ以上やっても怪我する人が増えるだけだよ」
しばらく指揮官は黙っていた。そして、
「……全員」
拳銃をゆっくり下ろす。
「各自、武装を解除しろ…」
「ここで諦めるのですか!?」
「状況を見てから発言しろ!我々は……負けたんだ!」
その一言で、残っていたカイザー兵も一人また一人と武器を床へ置いていった。
「無事に終わってよかった……」
先生がようやく肩の力を抜く。
「先生、まだ地上があります」
ミヤコが小さく笑う。
「あっそうだった!」
先生が通信機を取る。
「ホシノ、シロコ! そっちどう!?」
『ん? どうしたの~そんなに慌てて』
すぐに臨戦ホシノの声が返ってきた。
『こっちはとっくに終わってるよ~』
「早っ!」
『ん。全滅させたけど歯応えが無かった』
シロコテラーも答える。
「全滅って……」
先生が屋上の縁から下を見ると。
大量のカイザー兵が地面へ倒れている。装甲車は破壊され、戦車も砲塔や履帯を破壊されて停止していた。臨戦ホシノとシロコテラーだけが、その惨状の中を何事もなかったように歩いていた。
「……やりすぎてない?」
『まぁ大丈夫じゃない?』
「……そっか」
先生はそれ以上聞くのをやめた。
こうして、カヤを確保するため深夜のシャーレへ送り込まれたカイザー部隊は、地上部隊壊滅、精鋭部隊全員捕獲と、シャーレ側に大きな損害を出すことすらできないまま、文字通りの惨敗を喫したのだった。
◆
しばらくして、居住区へ続く廊下から複数の足音が聞こえてきた。
「……!」
カヤが勢いよく顔を上げると先頭には先生が見えた。
「先生!」
「あれ? カヤ起きちゃった?」
先生は疲れた様子ながら怪我もなく笑っていた。
「もう大丈夫だよ。カイザーの部隊は全部止めたから」
「……っ」
カヤの表情から緊張が抜ける。
「先生……!」
思わず先生へ駆け寄ろうとしたその時、先生の後ろに居た何人もの生徒が視界に入った。
最初に認識できたのはRABBIT小隊、だがまだ複数人見えた。
「……」
カヤの足が止まる。
ユキノの姿が見えたからだ。
「……え?」
その後ろには、ニコ。クルミ。オトギ。
「…………」
カヤは瞬きをする。もう一度見る。やはりいる。
先生もカヤの視線の先を確認した。
「…………あっ」
ユキノもカヤと目が合った。
「……防衛室長」
「ご無沙汰してました~」
現地ニコがいつも通り笑う。
「……あっ」
現地クルミは少し気まずそうに目を逸らした。
「どうもー」
オトギも軽く頭を下げる。
「…………」
カヤは何も言わない。そんな様子に先生の背中に嫌な汗が流れる。
「カ、カヤ?」
カヤの口が、ゆっくりと開いた。
「……大丈夫?」
「…………」
カヤの口がゆっくりと開いた。
「…………ユキノさん?」
「……」
「ニコさん?」
「……」
「クルミさん……?」
「……」
「オトギさん?」
「……」
カヤは四人を順番に確認すると、今度は自分の頬を抓った。
「痛い……」
夢ではない、もう一度見ると、やはりいる。
つい先ほどまで自分はFOX小隊が謎の武装集団によって制圧され、どこかへ連れ去られたのだと信じていた。
そのせいでカイザーが自分まで始末しに来ると思い込み、恐怖に震えながら先生へ助けを求めた。
カイザーとの関係もクーデターの計画も何もかも白状した。
そして実際にカイザーが襲撃してきたせいで、完全に自分の推測が正しかったと思っていたはずなのに。
FOX小隊は先生の後ろで全員揃って元気に立っていた。
「先生は……FOX小隊がここにいることを……」
「……」
先生の視線が泳ぐ。
その反応だけでカヤには十分だった。
「知ってたんですか?」
「……途中からは」
「途中から?」
「えっと……カヤがFOX小隊がいなくなったって話した時には……もう……」
「知ってたんですね?」
「……そ、そうなるかもね?」
先生が小さくなった。
カヤのこめかみが僅かに震える。
そうしてもう一度FOX小隊の四人を見て肩が震え始める。
「防衛室長?」
ユキノが僅かに身構えた。
先生も嫌な予感を覚える。
「カヤ?」
「すぅーーー」
深く息を吸う、そして。
「生きてるじゃないですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
深夜のシャーレにカイザーの戦車砲にも負けないほどのカヤの絶叫が響き渡った。
「うわぁっ!?」
先生が耳を塞ぐ。
「な、何よ急に!?」
現地クルミも肩を跳ねさせる。
「カヤさん、落ち着いてください!」
「これが落ち着いていられますかぁぁぁ!!」
カヤは涙目のままFOX小隊を指差した。
「皆さんが正体不明の部隊に襲われて消されたと思って! 次は自分の番だと思って! 眠れなくなって! 先生に泣きついて! カイザーのこともクーデターのことも全部話しちゃったんですよ!?」
FOX小隊四人が揃って気まずそうに目を逸らす。
「その間ずっとシャーレにいたんですか!?」
「……そうなりますね」
「何してたんです!?」
ユキノが一瞬考える。
「訓練を……」
「訓練!?」
現地ニコが申し訳なさそうに笑う。
「あと先生と昼食を食べたり……」
「昼食を!?」
「模擬戦もしたわね……」
「模擬戦!?」
「パトロールもしました」
「パトロールぅぅぅ!?」
カヤの声がどんどん大きくなる。
先生は流石に気の毒になり、そっとカヤの肩へ手を置いた。
「その……本当にごめんね?」
「先生まで私を騙したんですか!!?」
「結果だけ見るとそうなっちゃうね」
「ああああぁぁぁぁぁ!!」
深夜。カイザーPMCの大部隊を撃退したばかりのシャーレに、今度はカヤの悲痛な叫び声がいつまでも響き続けるのだった。