カヤの絶叫がシャーレ中へ響き渡った後も、当然ながら事件が終わったわけではなかった。むしろ、戦闘そのものよりも後始末の方が面倒だった。
「武器は全部こっちにまとめてください! 動ける人は…負傷者?の確認をお願い!」
夜明け前、先生はシャーレ正面と屋上を何度も往復しながら、捕らえたカイザー兵たちの処理に追われていた。屋上で降伏した精鋭部隊は武装を解除され、両手を拘束された状態で一ヶ所へ集められている。地上部隊も戦闘不能になっていただけで大破していないのは一人ずつ確認され、後ほどヴァルキューレへ引き渡せるように集められていた。
「まさか一晩でこんなに捕虜が増えるとはな……」
ユキノが拘束したカイザー兵を見ながら呟くと、隣で現地ニコが苦笑する。
「地上の方は特に凄いですね……」
「凄いっていうか、何なのよあれ……」
現地クルミがシャーレ正面へ視線を向けた。
履帯を破壊された戦車。側面を大きく凹ませた装甲車。道路脇へ吹き飛ばされた車両。そして、その惨状の中心で何事もなかったように話している臨戦ホシノとシロコテラーがいた。
「ホシノ~!」
「ん~?」
「その道路を塞いでる戦車何とかできる!?」
「これ?」
臨戦ホシノが壊れた戦車を見る。
「ん~、押せばいいんじゃない?」
「戦車を!?」
「そうそう」
臨戦ホシノは盾を横へ置くと、戦車の側面へ両手を当てた。
「よいしょっと」
ズズズズズ……。
目の前で数トンはありそうな車体が横へ動いていく光景を、先生は無言で見つめる。その隣ではシロコテラーも別の装甲車を押していた。
「ん。こっちも動かしておくね」
「……あ~、じゃあこのままお願いしてもいいかな?」
「いいよ~こっちは任せて~」
先生はこの場は二人に任せて大人しく別の仕事へ戻った。
カイザー兵を拘束し、散らばった武器を回収し、動かせる車両を道路脇へ退かし、戦闘によって散乱した破片まで片付けていく。
途中から起きてきた便利屋68やアリウススクワッドも手伝い始め、空が白み始める頃にはヴァルキューレへ引き渡す準備もどうにか整っていた。
「……疲れたぁ」
ようやく一息つけた先生は休憩スペースの椅子へ座り込み、テーブルへ突っ伏す。
周囲も似たようなものだった。RABBIT小隊もFOX小隊も募集生徒たちも。
ただそんな中ある一人だけは納得してない顔をしていた。
「先生今いいですか?」
昨夜からずっと何か言いたそうな顔をしていたカヤが、先生の向かいへ座ると、両手をテーブルへ置いた。
「はい、どうぞ…?」
「それでは改めて聞きたいんですけど、いつから知っていたんですか!?」
「やっぱりまだ気になってたんだ……」
「当たり前でしょう!?」
カヤはFOX小隊へ視線を向ける。
「彼女たちが消えたせいで、私はまともに眠れなかったんですよ!?それに、私が来た時には皆さんは普通にシャーレで生活していたと!?」
「……そうです」
「昼食も食べたと?」
「先生と一緒に頂きました♪」
「訓練までしたと?」
「したわよ……」
「先生に指揮してもらって模擬戦もしたとか!?」
「しましたね」
「パトロールも!?」
「それも行きました」
カヤのこめかみが震える。
「私が震えてる間、皆さん随分楽しそうに過ごしてたんですね!?」
「楽しむっていうか…なんていうかこう、流れよ流れ!」
現地クルミが反論するが、カヤの勢いは止まらない。
「しかも先生まで皆さんが無事だと知っていたんですよね!?」
「それは~、秘密にしてって頼まれてたから言い出せなくて~…」
「それは昨日聞きました!」
「じゃあもう許して!」
「まだです!」
カヤは懐から何かを取り出した。
「まだあるの……?」
「これですよ!」
テーブルの上へ置かれたものを見て、その場にいた全員が首を傾げる。一枚のワッペン。
「……では、このFOXHOUNDというのは?」
「それかー……」
「FOX小隊の拠点に落ちていたんですよ!?」
「なにそれ?私たちも知らないわよ」
現地クルミがワッペンを観察しているとユキノも首を傾げながら答える。
「少なくとも私たちの装備じゃないです」
「じゃあ一体――」
「あっ!」
偶然通りかかったセイアが声を上げた。
セイアはワッペンへ歩み寄ると、少し嬉しそうな顔でそれを手に取った。
「それは私の物だ。君が拾っていてくれたのか、どうもありがとう」
「え?」
その言葉にカヤが固まった。
「せ、セイア…!」
先生も少し焦りながらセイアを見つめる。
「以前つけていたんだが、いつの間にか無くしてしまってね。多分シャーレのどこかに落としたのだろうと思っていたんだ」
セイアはワッペンの表面を確認し、大事そうに両手で持つ。
「まさか襲撃した時に落としていたとは。いやはや見つかって良かったよ」
「襲撃した…?」
「それでは私は少し休ませてもらうよ。流石に一晩中起きていたから眠くてね」
「…………」
「先生も無理をしないように」
「……う、うん」
セイアは満足そうにワッペンを手に持ったまま、その場から立ち去っていった。
カヤはセイアを見送ってから、ゆっくりと先生へ視線を戻した。
「先生――」
「な、何かな?」
「FOX小隊を襲ったのは先生だったんですかぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
「誠に申し訳ありませんでしたぁぁぁ!!」
朝のシャーレへ再び絶叫が響いた。
「ただ言い訳させてほしい!私も気づいたらこうなってたんだよ!」
「あーもう!私がずっと怯えていた原因のほとんどはシャーレのせいじゃないですか!」
「うちの子達がすいませんでした!!」
頭を下げる先生の横で、ニコは口元を押さえて笑いを堪え、クルミは何とも言えない顔で天井を見上げていた。
その後も後始末は続き、キヴォトスが完全に活動を始めた頃には、シャーレ正面に何台ものヴァルキューレ車両が停まり、捕縛されたカイザー兵たちが順番に引き渡されていった。
そんな中、大量の資料を抱えたカンナはシャーレ正面で足を止めた。昨夜自分が離れた時には存在しなかった光景に少し面食らっていた。
壊れた戦車に破損した装甲車、大量のカイザー兵。さらに屋上からは精鋭部隊と思われる兵士たちまで連行されてくる。
カンナはしばらく絶句でその光景を眺めていたら、
「カンナ、おかえり~」
何事もなかったように声を掛けてきた先生を見る。
「私がヴァルキューレへ戻ってから、まだ一日しか経っていませんよね?何があったんです?」
「……色々かな?」
「最近その言葉で全部済ませるのが流行ってるんですか?」
「便利だよね、この言葉…」
そう言って虚空を見つめている先生にカンナは深くため息を吐いた。
会議室に移動したのち、カンナは調査してきた資料をテーブルへ広げていた。カヤは少し居心地悪そうに先生の隣へ座っている。
「昨夜からヴァルキューレ内部に残っていた資料や通信記録を洗い直しました。結論から言えば、防衛室長とカイザーが協力関係にあったことは間違いありません」
「……そうですね」
今更否定できる話でもない。
「ただ記録を見る限り、向こうは防衛室長を対等な協力者として扱っていたとは言い難いですね。利用価値のある間だけ利用する。その程度の扱いです」
「…………」
カヤが黙る。元理事も壁際で腕を組みながら話を聞いていたが、その内容に驚いた様子はなかった。
「何も変わらんな…」
「貴方は予想していたんですか?」
「カイザーは昔からそんなもんだ」
「そうですか。それと今回の襲撃についてですが、捕らえた指揮官からも少し話を聞きました」
カンナが別の資料を取り出す。
「まずFOX小隊との消息が突然途絶えた。その直後、防衛室長との連絡まで取れなくなった。さらに防衛室長がシャーレへ入ったことを確認したことで、カイザー側は『自分たちとの関係を暴露するために離反した』と判断したようです」
「では……」
カヤの顔が引きつる。
「全部私の早とちり…?」
「そうなります」
先生が指を折りながら整理する。
「最初にFOX小隊がいなくなったのは、シャーレのみんなが捕まえたからで、それをカヤがカイザーにやられたと思って――」
「うぅ……」
「怖くなってシャーレに逃げてきて、そのせいでカイザーから本当に裏切ったと思われて。結果として本当に攻撃されたって事?」
カンナと先生と元理事がカヤを見つめる。
「カヤが自分で現実にしちゃったんだね!」
「今それを私に言います!?」
「いやだってさ~。これってカヤも20%くらい悪くない?」
「私だってこんなことになるなんて思いませんよ!」
カンナは頭を抱えるカヤを見ながら、呆れたようにため息を吐いた。
「とはいえ――」
カンナの声が真面目なものへ変わり、カヤも姿勢を正す。
「防衛室長がカイザーに利用されていた件と、あなた自身がクーデターを企てていた件は別問題です」
「それは…重々分かっているつもりです」
「既に詳細を聞きましたが、SRT特殊学園の生徒を自分の直属に取り込み、カイザーの戦力まで利用して連邦生徒会長の座を奪うつもりだったんですよね?」
「そうです…」
珍しくカヤは言い訳しなかった。
「ですが今回の件はカイザーとの繋がりやヴァルキューレ内部の問題、SRT閉鎖後の処遇まで含めて調べる必要があります。今すぐ何らかの処分を決められる状況でもありません」
先生が口を挟む。
「じゃあさその間はこのままカヤを預かっててもいい?」
「先生!?それ本気で言ってますか!?」
「もうカイザーがカヤの事を諦めたとも限らないし、今放り出すのも危ないでしょ?」
「……うーん」
カンナは少し考える。
「先生が責任を持って監督するのであれば、一時的なシャーレ預かりについて私は反対しませんが!クーデターの件については有耶無耶にはしませんからね!時期を見て連邦生徒会にも報告してください!」
「もちろん」
先生が頷く横で、カヤも大人しく頭を下げた。
「……分かりました」
「ああ、そうだカヤ」
「何でしょうか?」
「自分で増やした書類はカヤも手伝ってね」
「え?」
「今回のカイザー襲撃にクーデター未遂、FOX小隊のこととか色々あるから……多分すごい量になるよ?」
「…………」
「一緒に頑張ろうね!」
「まあ……仕方ありませんね。それにせ、先生が一緒なら…頑張ります……」
カヤの頬がほんの少し赤くなる。
「いや~助かるよ~!」
心の底から嬉しそうな先生。そんな二人を募集組が非常に良い笑顔で見ていた。
「……?」
カヤの背筋を再び悪寒が走る。
――まだカイザーの残党が……?
彼女がこの悪寒の正体に気づく日は、まだ遠かった。
◆
それから少しして、自室で元理事が一人で端末の画面を眺めていた。
『……クーデターです』
それは昨夜、カヤ本人が先生へ白状した時の音声だった。
「……」
元理事は数秒聞いた後、音声の再生を止めた。
「私が用意した保険も無駄に終わったな」
既にカヤは先生だけでなくカンナの前でもクーデターについて認めている。今更この録音を握っていたところで、大した意味はない。
「まあいい。人員は確保できたから概ね計画通りか」
シャーレに足りないものを補うには悪くない人材だ。少なくとも先生と元理事だけで仕事を抱え込むよりは遥かにマシだろう。
「それにしても……」
元理事は口元を僅かに緩める。
「ククク、あの生意気な防衛室長をここまで手懐けるとは、先生も見かけによらず悪い大人だな」
そう独り言を呟いていたら突然ポンっと肩へ手が置かれた。
「……!?」
元理事は動きを止め、恐る恐る振り返る。
「……聞いたよ」
そこには、ニコニコと笑っている募集生徒たちがいた。
元理事は凄く嫌な予感を感じつつも平静を装い返事をした。
「……何をだ?」
臨戦ホシノが笑顔のまま首を傾げる。
「……元理事があの色ボケピンクを先生と引き合わせたんだってね?」
元理事の顔が僅かに引きつる。アツコもニコニコしている。
「あの子、先生に惚れてるよね?」
「いや、それは――」
ミカが反対側から元理事の肩へ手を置く。
「なんで私たちのライバル増やしちゃうのかなぁ~?もう折るしか無くなっちゃったよ☆」
「お前は何を折るつもりだ!?」
「ん。これは許されない……!」
シロコテラーが同意するように静かに頷く。
「待て!私の話を聞け!!」
「元理事――」
今度はナギサがにこやかに一歩前へ出る。
「少々お時間をいただきますね」
「……嘘だろ!?」
「諦めてください」
ケイが鋭い目で元理事を睨んでいた。
終始口を開かなかった臨戦トキも養豚場の豚を見る様な目で元理事の事を見つめていた。
元理事は周囲を見る。逃げ道はない。
「待て!!」
「…………」
「話せば分かる!!」
「…………」
「おい!!」
抵抗も虚しく両腕を掴まれる。
「待て待て待て!!!」
ズルズルと元理事の身体が廊下へ引きずられていく。
「私は、ただ事務員が欲しかっただけだ!!」
誰も止まらない。
「それにあの小娘を惚れさせたのは先生のせいだろう!?私は何もやってないぞ!!」
「…………」
「聞いてくれ!!」
地下へ続く階段の扉が開かれた。
「私は本当に何も――」
バタンと扉が閉まる。
「私は何もしてない!信じてくれぇぇぇぇ!!!」
元理事の叫び声が、シャーレの地下へ虚しく響き渡った。
◆
「先生、どこに行ったんでしょうか?」
「さっきまで仕事してたのに……」
ニコとクルミは、いつの間にか姿を消した先生を探してシャーレ内を歩いていた。カイザー襲撃、捕虜の引き渡し、車両の撤去、カンナとの話、FOX小隊を巡る勘違い。夜通し動き続けていたにもかかわらず、先生は少し前までまだ仕事を続けようとしていた。
「執務室にはいませんでしたね」
「あの先生、放っておいたらそのまま仕事続けそうだから心配なのよね」
「否定できませんねぇ」
そんな会話をしながら休憩室の前まで来たところで、ニコが突然足を止めた。
「……クルミちゃん」
「何?」
「静かに」
「?」
ニコがゆっくり扉を開ける。クルミもその隙間から中を覗き込み、
「……あ」
小さな声を漏らした。
休憩室の中央にある大きなソファ。そこに先生が眠っていた。恐らく少し休むつもりで座りそのまま力尽きたのだろう。背もたれへ身体を預け、完全に眠り込んでいる。
そして、その右肩には、
「……ミヤコちゃん」
ミヤコが先生へ頭を預けたまま眠っていた。さらに反対側には、
「ユキノまで」
ユキノも先生の左肩へ頭を預け、静かな寝息を立てている。
クルミが周囲を見れば、サキは近くの椅子へ座ったまま腕を組んで眠り、モエはテーブルへ突っ伏している。ミユはソファ近くで小さく身体を丸めていた。オトギも別のソファで眠り、現地クルミはその隣。現地ニコも壁際の椅子へ深く腰掛け、目を閉じている。
昨夜からほとんど休まずに戦い、その後の片付けまで手伝ったのだ。みんなも限界だったのだろう。
「……ふふ、随分と仲良くなったものですね」
ニコが小さく笑った。
「……そうね」
そのニコの言葉をクルミも否定しなかった。
公園を占拠して、先生を一番嫌いな大人だと言っていたRABBIT小隊。
SRTを取り戻すためにカヤへ従い、先生を調べるためだと言いながらシャーレへ潜り込んできたFOX小隊。
そんな彼女たちが、今では先生のすぐ傍で、ここまで無防備に眠っている。
「このままじゃ風邪を引いちゃいますね」
ニコは部屋の隅に置かれていた毛布を何枚か手に取ると、一人ずつ起こさないよう静かに掛けていった。
そして最後、先生とその両肩へ寄りかかるミヤコ、ユキノの三人まとめて大きめの毛布を掛ける。
その光景を見ていたクルミは、ふと自分の端末を取り出した。
「クルミちゃん?」
先生、右肩のミヤコ、左肩のユキノ、その周囲で眠るRABBIT小隊とFOX小隊、全員を画面へ収める。
パシャッ。部屋に小さなシャッター音が鳴る。
「撮りましたね?」
「ほら、ニコも見なさいよ」
クルミは撮影した写真を開いた。
二人でしばらく画面を眺め、少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
「いい写真ね」
「後で皆さんにも送ってあげましょうか♪」
「え~?これは私の思い出にする予定なんだけど」
クルミは端末を大事そうにしまい、再び先生を中心に眠っている皆を見た。
「……私たちもひと眠りする?」
「そうしましょうか。流石に私も眠くなってきました」
二人は空いている場所を探し、先生たちの近くへ腰を下ろした。
「おやすみなさい、先生」
「……おやすみ」
眠っている先生から返事はない。それでも、二人は気にすることなく目を閉じた。
SRTがどうなるのか。これからどうするのか。考えなければならないことはまだ沢山ある。
けれど、今だけは先生の傍で、何も警戒することなく眠っていられた。
静かな休憩室で、いくつもの穏やかな寝息が重なっていく。長かった一夜と、その後に続いた騒がしい日常は、こうしてようやく終わりを迎えた。