新人先生はネタバレ生徒しか引けない   作:KuRoNia

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新人先生と覆面水着団

 ブラックマーケット近くの歩道橋。

 そこで先生たちと合流してから、状況はさらに混沌としていた。

 

 まず、アビドスの面々が銀行から戻ってきた。

 その手には、借金の返済記録に関する資料と大きなカバンいっぱいの現金。

 そして、なぜかヒフミが抱えているペロロジラのぬいぐるみ。

 

 さらに先生が待機中に募集を行った結果、トリニティ総合学園ティーパーティー所属、桐藤ナギサが現れた。

 

「ナ、ナギサ様……これは本当に、違うんです……」

 

「ヒフミさん。違うかどうかは、後でゆっくりお聞きします」

 

「うぅ…」

 

 ヒフミの声が震えていた。

 先生はその様子を見て、少し心配そうに口を開く。

 

「ナギサ、あまり怖がらせないであげてね」

 

「もちろんです、先生」

 

 ナギサは優雅に微笑んだ。

 その笑顔を見たヒフミは、さらに肩を震わせた。

 

「優しい笑顔が逆に怖いです……」

 

「何か言いましたか、ヒフミさん?」

 

「何でもありません!」

 

 そんなやり取りをしていると、シロコがぴくりと耳を動かした。

 

「ん。誰か来る」

 

「え?」

 

 セリカが顔を上げる。

 

 その視線の先。ブラックマーケットの通りから、見覚えのある四人組が近づいてきていた。

 

 便利屋68。

 

 陸八魔アル、浅黄ムツキ、伊草ハルカ、鬼方カヨコ。

 先頭を歩いていたアルは、覆面を被ったシロコたちを見つけるなり、ぱっと目を輝かせた。

 

「……あれが」

 

 アルは感動したように呟いた。

 

「あれが、銀行を襲撃した謎の覆面集団……!」

 

「アルちゃん、すっごく目がキラキラしてるね〜」

 

 ムツキが後ろでニヤニヤ笑いながら、先生に向かってひらひらと手を振る。

 

「やっほー、先生」

 

「やあ、奇遇だね」

 

 先生が普通に返事をする。

 その横で、ハルカはおろおろと周囲を見回していた。

 

「あ、あの、社長……本当に近づいて大丈夫なんでしょうか……? さっき私たち、あの人たちに、その……かなり一方的に……」

 

「ハルカ、こういう時こそ堂々とするのよ!」

 

「は、はいぃ……!」

 

 一方で、カヨコは少し離れた位置に立っていた。

 いや、正確には、臨戦ホシノとシロコテラーから距離を取っていた。

 前回、圧倒的な速度で傭兵たちを蹴散らし、その直後に自分を勧誘してきた二人である。

 カヨコからすれば、近づきたい相手ではなかった。

 

「……あの二人、またこっち見てない?」

 

 カヨコが小さく呟く。

 臨戦ホシノとシロコテラーは、確かに少しカヨコの方を見ていた。

 

「うへ〜、カヨコちゃん距離取ってるね〜」

 

「ん。警戒されている」

 

「やっぱり前回の勧誘、急すぎたかな〜」

 

「ん。次は段階を踏む」

 

「踏まなくていいから」

 

 カヨコはさらに半歩下がった。

 

 その時だった。そんなやり取りを見ていたナギサが、驚いた顔で便利屋68を見た。

 次に、ヒフミを見る。ヒフミはまだ紙袋の残骸を持ち、ペロロジラのぬいぐるみを抱えている。

 しかも周囲には、銀行強盗直後のような空気。

 ナギサは一瞬で判断した。ナギサの手が、すっとヒフミの襟首を掴んだ。

 

「ひゃっ!?」

 

「先生」

 

 ナギサは先生の近くに寄ると、アルたちに聞こえないように小声で囁いた。

 

「私は先にシャーレへ戻り、ヒフミさんと先にお話してきます」

 

「え? 今から?」

 

「ここにいては、トリニティの品位が危険ですので」

 

「わ、わかった」

 

「ふふ、先生は本当に物分かりがいいですね、どこかのトリニティ生とは違って…」

 

 ナギサはにこりと微笑む。

 ヒフミはその横で小さく震えていた。

 

「先生、助けてください……」

 

「ヒフミ、ちゃんと話せば大丈夫だよ」

 

「その、ちゃんと話すのが一番怖いんですよ……!」

 

「では、失礼します」

 

 ナギサは優雅な所作で一礼すると、ヒフミの襟首を掴んだまま、するりと人混みに紛れていった。

 

「ナギサ様、待ってください! せめてペロロジラだけは落とさないように……!」

 

「そこの心配より自分の心配をした方がいいですよ」

 

 二人の声は、すぐに遠ざかっていった。

 その間にも、アルは覆面姿のシロコたちを憧れの眼差しで見つめていた。

 

「あなたたちね……! このブラックマーケットを騒がせた謎の強盗団は!」

 

 アヤネの肩が跳ねた。

 

「強盗団ではありません!」

 

「いや、今それを言うのはちょっと無理があるかも〜」

 

 現地ホシノが困ったように笑う。

 

「否定してください!」

 

「うへ〜。だって、覆面して銀行から出てきちゃったし〜」

 

「正論が痛いです……」

 

 アヤネは頭を抱えた。

 シロコは胸を張る。

 

「ん。必要な調査だった」

 

「調査で覆面は被りません!」

 

「でも身元保護は必要」

 

「その言い訳、さっきも聞きました!」

 

 アルはその会話を都合よく解釈したらしく、さらに目を輝かせた。

 

「なるほど……身元を明かさず、目的のために迅速に動く……それがあなたたちの流儀なのね!」

 

「違います!」

 

 アヤネの叫びは、アルには届かなかった。

 ムツキは相変わらずニヤニヤしながら先生に近づく。

 

「先生、またすごいことに巻き込まれてるね〜」

 

「うん。私もまだ整理できてないかな…。あれ? 私のこと知ってるの?」

 

「くふふ、せ・ん・せ・い、なんでしょ? あの後すぐに調べたから知ってるよ~」

 

「抜け目ないね」

 

 先生が感心している横でカヨコはそのやり取りを見ながら、やはり臨戦ホシノとシロコテラーから距離を保っていた。

 

「先生ならさ、あの二人から私の事守ってくれない?」

 

「一応あの後、強引な勧誘はダメって注意はしたんだけどね。まだ諦めてないみたいなんだ、ごめんね」

 

「そうなんだ…、でも注意してくれただけでもありがとうね先生」

 

 そんな中、アルがびしっと覆面姿の面々を指差した。

 

「ねえ、あなたたち! その活動名は何というの?」

 

「活動名?」

 

 セリカが嫌そうな顔をする。

 

「そんなものあるわけ……」

 

「覆面水着団」

 

 シロコテラーが即答した。

 

「ダッサ!!」

 

 セリカが叫ぶ。

 シロコも静かに頷いた。

 

「ん。覆面水着団…名前は大事」

 

 臨戦ホシノもゆるく笑った。

 

「うへ〜、いい名前だよね〜」

 

「臨戦おじさんも乗らないでよ!」

 

 現地ホシノが半目で突っ込む。

 アルはその名を聞いて、胸に手を当てた。

 

「覆面水着団……!」

 

 何か深く感銘を受けたようだった。

 

「なんて堂々としていて、なんてミステリアスな名前なの……!」

 

「堂々としているのかミステリアスなのかどっちなのよ」

 

 セリカがぼそっと呟く。

 

 その時、臨戦ホシノとシロコテラーが小さく頷き合った。

 

「そうだ、アルちゃん」

 

 二人は、銀行から持ち出した資料とは別に、ついでに手に入れていた現金の入った袋をアルの前に置いた。

 アルの目が丸くなる。

 

「え? 何これ?」

 

「うへ〜。必要な物以外に、ちょっと余った分っていうか〜」

 

「ん。困っている人がいたら、その人に渡してあげて」

 

「困っている人に……?」

 

 アルは袋を見た。

 次に、臨戦ホシノとシロコテラーを見た。

 二人はそれ以上何も言わない。

 ただ、いつものようにゆるく、あるいは無表情で立っている。

 

「……そう」

 

 アルは震える声で呟いた。

 

「これが……これがあなたたちの流儀なのね!」

 

「たぶん違うと思う」

 

 カヨコが遠くからぼそっと言った。

 しかしアルには聞こえていない。

 

「奪うだけではなく、弱き者に手を差し伸べる……! 闇に生きながら義を貫く影の集団……! 覆面水着団……!」

 

「アルちゃん、すごい興奮してるね〜」

 

 ムツキが楽しそうに笑う。

 アヤネはもう訂正する気力を失っていた。

 

「あとさ〜」

 

 臨戦ホシノが思い出したように手を上げる。

 

「アビドスに柴関ラーメンっていうお店があるんだけど、あそこ美味しいから絶対食べた方がいいよ〜」

 

「ん。おすすめ」

 

 シロコテラーも頷く。

 

「柴関ラーメン……」

 

 アルは真剣にその名を刻み込むように呟いた。

 

「分かったわ。覆面水着団が認める店……必ず行ってみせる!」

 

「いや、食べに行くだけだからそんな覚悟はいらないと思うけど」

 

 セリカが疲れた声で言った。

 それでもアルは、完全に何かを勘違いしていた。

 

「あなたたちの背中、しかと見届けたわ! 便利屋68も、いつかあなたたちのような存在に……!」

 

「社長、そろそろ帰ろう」

 

 カヨコが静かに言った。

 

「ええ、そうねカヨコ! 私たちも、私たちの流儀を見つけるのよ!」

 

「流儀より先に、さっきもらったお金の扱いを考えよう」

 

「そ、そうね!」

 

 便利屋68は去っていった。

 

 アルは最後まで覆面水着団に憧れの眼差しを向けていた。

 ムツキは先生に手を振り、ハルカは何度も頭を下げ、カヨコは最後まで臨戦ホシノとシロコテラーから一定の距離を保っていた。

 

 先生たちも、その日は一旦解散することになった。

 

 アビドスの面々は、銀行から持ち帰った資料を学校で確認するために戻ることになった。

 先生は、臨戦ホシノとシロコテラーと一緒にシャーレへ帰る事にする。

 

「先生、今日は本当にお疲れ様でした……」

 

 アヤネが疲れ切った顔で頭を下げる。

 

「アヤネもお疲れ様」

 

「次からは、調査と強盗の区別をもう少し明確にしたいです」

 

「そうだね」

 

「ん。検討する」

 

「検討ではなく確定です、シロコ先輩」

 

 アヤネは最後まで真面目だった。

 セリカはまだ不満そうに腕を組んでいる。

 

「本当に、今日は何が何だか分からなかったわ……」

 

「うん。私も」

 

「先生も分かってないんじゃない!」

 

 そんなやり取りをしながら、アビドスの面々とは別れる。

 先生は臨戦ホシノとシロコテラーと共に、シャーレへ戻った。

 

 

 シャーレに戻ってきて執務室の扉を開けた瞬間、先生は足を止めた。

 

「……え?」

 

 執務室の椅子に、ヒフミが座っていた。

 ただし、普通に座っているわけではない。

 椅子にぐるぐるとロープで固定され、口元にはロールケーキが押し込まれ、虚ろな目で天井を見ている。

 その横のソファーでは、ナギサが優雅に紅茶を楽しんでいた。

 あまりにも異様な光景だった。

 

「お帰りなさいませ、先生」

 

 ナギサは何事もなかったかのように微笑む。

 先生は心配そうにヒフミを見ると、ヒフミは虚ろな目のまま、もごもごと何かを言おうとしていた。

 

「これは……ちょっとヒフミがかわいそうだよ?」

 

「ご安心ください。あくまで軽いお説教です」

 

「軽いかな?」

 

 先生が困った顔をする。

 臨戦ホシノは部屋を覗き込むなり、感心したような声を漏らした。

 

「うわ〜。ずいぶん派手にお仕置きしたね」

 

 シロコテラーもヒフミを見る。

 

「あまり私たちのリーダーをいじめないでほしい」

 

 その瞬間、ヒフミが再起動した。

 

「私はリーダーじゃありません!」

 

 ロールケーキをなんとか飲み込みながら、ヒフミが叫ぶ。

 

「銀行強盗のリーダーじゃありません! そもそも私は巻き込まれただけです!」

 

「ん! このヒフミはまだまだリーダーの自覚が足りない! 再教育をするべき!」

 

「やめてください!」

 

「うへ〜、元気そうでよかったよ〜」

 

「よくありません!」

 

 ヒフミは涙目だった。

 先生は苦笑しながら、ナギサを見る。

 

「とりあえず、みんなに飲み物でも用意するね」

 

「ありがとうございます、先生」

 

「ヒフミにも何か飲みやすいものを持ってくるからね」

 

「先生……!」

 

 ヒフミが救いを見るような目を向けた。

 先生は一度執務室を離れ、給湯スペースへ向かった。

 その瞬間、部屋の空気が少しだけ変わる。

 ナギサは紅茶のカップを置き、ヒフミを見た。

 

「ヒフミさん」

 

「は、はい」

 

「先ほどは少々驚かせてしまいましたが、真面目なお話をします」

 

「真面目な話……?」

 

 ヒフミは緊張したように背筋を伸ばそうとした。

 ただし椅子に固定されているので、あまり動けなかった。

 

「ここにいる私は、この世界の桐藤ナギサとは少々異なる存在です」

 

「どういうことですか……?」

 

「分かりやすく言えば、未来の私に近い存在、と考えてください」

 

 ヒフミの目が丸くなる。

 

「未来の、ナギサ様……?」

 

「ええ。正確には時間軸や世界の差異がありますが、今はそう理解していただければ結構です」

 

「え、えっと……つまり、目の前にいるナギサ様は未来のことを知っているんですか?」

 

「ある程度は」

 

 ナギサは頷いた。

 

「ですから、ヒフミさん。貴女にはお願いがあります」

 

「お願い……?」

 

「このまま、エデン条約に関わる時期まで、できるだけ大人しくトリニティで過ごしてください」

 

「エデン条約……?」

 

 ヒフミはその言葉の意味を完全には理解していない。

 けれど、ナギサの表情が冗談ではないことだけは分かった。

 

「つまり……私はしばらく、変なことに首を突っ込まない方がいい、ということですか?」

 

「そうです」

 

「今日みたいなことは……」

 

「お代わりをご所望ですか?」

 

「ですよね……!」

 

 ヒフミはしょんぼりした。

 ナギサは小さく息を吐き、少しだけ表情を柔らかくする。

 

「もちろん、今日の件がすべて貴女の責任とは言いません。ですが、貴女は巻き込まれやすい方ですから」

 

「あうぅぅ……すいません」

 

「だからこそ、少しだけ気をつけてください」

 

「はい……分かりました。よく分からないことも多いですけど、ナギサ様に事情があることは分かりました」

 

「ありがとうございます」

 

 ナギサは満足げに微笑んだ。

 そのまま、ふと小さく呟く。

 

「まあ、どうせ補習授業部に入れられてしまうのですが……」

 

「なんですかその部活は!?」

 

 ヒフミが即座に叫んだ。

 

「私、そこに入れられちゃうんですか!?」

 

「気にしないでください」

 

「気になりますよ!」

 

「うへ〜、気にしちゃだめだよ〜」

 

 臨戦ホシノがのんびり言う。

 

「気にしない方が無理です!」

 

「ん。このロールケーキおいしいね」

 

 シロコテラーは、いつの間にか皿の上のロールケーキを一切れ食べていた。

 

「黒いシロコさんも普通に食べてないで助けてください!」

 

「ん。おかわりが欲しいかも」

 

「マイペース過ぎません!?」

 

 ヒフミの叫びが、シャーレの執務室に響き渡る。

 

「先生~! 助けてくださ~い!」

 

 給湯スペースから、先生の困ったような声が返ってきた。

 

「ちょっと待ってて、今お湯が沸くから」

 

「飲み物が欲しいわけじゃありません~!」

 

 こうして、銀行強盗の日は終わった。

 

 アビドスは借金の裏にあるものへ一歩近づき。

 便利屋68は覆面水着団という謎の存在に感銘を受け。

 ヒフミは、未来のナギサから謎の警告を受けることになった。

 

 そして先生は、温かい飲み物を持ちながら思った。

 今日もまた、分からないことが増えた気がする。

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