連邦生徒会から戻ってきた先生がシャーレの扉を開けると、いつもと変わらない賑やかな声が耳へ飛び込んできた。
「ただいま~」
「先生、おかえりなさい」
最初に反応したのはケイだった。
どうやら先生が朝からリンに連れられて連邦生徒会へ向かったことは既に知られていたらしく、休憩スペースで過ごしていた募集生徒たちも次々と先生へ視線を向ける。
「随分長かったねぇ。何かあったの?」
ソファに座っていた臨戦ホシノが、シロコテラーの膝から頭を起こしながら尋ねる。
「何て言えばいいかな。非常に面倒なことが起きたみたいでね」
「面倒なことですか?」
ナギサもその言葉に紅茶のカップを置く。
ミカやセイア、アツコも話を中断してまで先生を見た。
「何があったんです?」
「えっとね」
先生は特に警戒する様子もなく。
連邦生徒会で聞いてきたことを、そのまま口にした。
「なんかプレナパテスとかいう人が、この世界に来たらしくて――」
その瞬間空気が張り詰める。
「……?」
先生も突然の緊張感に瞬きをする。
ガタッ!!という音が聞こえたと思ったら。
まるで示し合わせた様に募集生徒たちが一斉に窓際へ移動した。
臨戦ホシノが窓を開け、空を見上げる。
「異常ないよね……?」
「ないね」
セイアも目を細めながら上空を確認する。
「普通の青空ですね」
ナギサが周囲を見渡す。
「でもプレナパテスって……」
ケイの表情が引きつる。
「ん。私のメイン章が来た」
シロコテラーだけが少しだけ胸を張った。
「あー、みんな急に外を眺めてどうしたの?」
先生が首を傾げる。
シロコテラーは何事もなかったように視線を逸らした。
「少し気になることがあっただけ」
だが先生の疑問など気にする余裕はないのか、募集組は先生から少し離れたところで小声の会話を続けていた。
「どういうことだろうねぇ……」
「時期的にはおかしくありませんが、何も変化が無いというのが妙ですね」
「それも気になりますが、先生は何故あんなに普通なんでしょうか?」
「さあ……?」
「……みんな?」
少し離れた場所から先生が声を掛ける。
全員が一斉に振り返った。
「なんでそんな秘密会議みたいになってるの?」
「何でもないよ~」
臨戦ホシノがいつもの笑顔で誤魔化した。
「なら続きを話すね」
先生は特に追及せず、連邦生徒会で見た映像の内容を思い出しながら説明を続けた。
「それで、なんかそのプレナパテスって人が、すごい上空でエネルギーを使い果たしちゃったっぽくてね。このままだと墜落するかもしれないから、その前に助けてくれって連絡が連邦生徒会に送られてきてたんだ」
先ほどとは別の意味で今度こそ全員が固まった。
「それでなんやかんやあって、私たちシャーレで彼女たちを救助することになったから、みんな協力してくれる?」
「どゆこと?」
「どうしてこうなったかは助けてから話を聞いてみるしかないね~」
話を聞かされた全員がまるで知らない言語でも聞かされたような顔で先生を見ていた。
しばらくして、臨戦ホシノが代表するように口を開いた。
「先生、プレナパテスを助けるって……何言ってるの?」
「え?」
「言っちゃ悪いけど、向こうはキヴォトスを滅ぼしに来てる敵なんだよ? 普通は助ける相手じゃないと思うけどなぁ?」
「確かに最初はそんなこと言ってたけど、なんか向こうも想定外みたいな感じで大変そうだったよ?」
「だったらむしろ今がチャンスじゃない? 動けないなら、このタイミングで倒しちゃおうよぉ~。そっちの方が確実で安全だよ?」
「う~ん……」
先生は連邦生徒会で見た最後のビデオメッセージを思い出す。
「でも涙目で懇願してたんだよなぁ~」
臨戦ホシノが止まった。
「えっ?涙目……?」
「確か最後は涙目だったよ?」
「プレナパテスって、なんか変なお面みたいなの着けてなかった?」
「普通に素顔だったよ?」
「え?」
「ほら。一応向こうが送ってきた動画のスクリーンショットがあるから、見てみる?」
先生は端末を取り出して、保存しておいた写真を選択する。
カメラの前で申し訳なさそうに苦笑いしている女性。
そしてその後方の画面の端で、長い淡い緑色の髪を揺らしながら涙目で自転車を漕いでいる少女が映っている場面の画面を臨戦ホシノの目の前に差し出した。
「こんな感じの人だったよ」
「!!!?」
「あれ?ホシノ?」
「………???」
臨戦ホシノはピクリとも動かずに画面に視点が固定されたまま完全に停止していた。
「……まあいいか」
先生は、ただプレナパテスの姿に驚いているのだろうと思い端末を引っ込める。
すぐに引っ込めたから先生は臨戦ホシノの視線がプレナパテス本人ではなく、その後ろに偶然映り込んでいた少女だけへ釘付けになっていることには気づかなかった。
「ちなみに、みんなもプレナパテスの救出には反対な感じ?」
先生が改めて周囲を見る。
「ん。私というメインヒロインは一人だけいればいい」
シロコテラーが真顔で答えた。
「まあ一応ラスボス……? ですし、危険性だけを考えれば今のうちに無力化した方がいいと思いますが……」
ケイも少し迷いながら倒す側へ。
「私は先生の意向に従います」
臨戦トキはいつも通り。
「素性も目的も不明な以上、私は倒すべきだと思います」
ナギサは警戒を優先。
「じゃあ私が隕石でサクッと倒しちゃおうか?」
ミカは何でもないことのように物騒な案を出す。
「まあ、それが一番早いかもしれないね」
セイアまで普通に同意した。
「私はまだ何とも言えん。本人を見てから判断したい」
水着サオリは保留。
「私は先生が助けたいなら協力するよ」
アツコは先生に賛成した。
「難しいですねぇ……」
ニコは困ったように頬へ手を当てる。
「面倒くさいし倒しちゃえば?」
クルミはあっさりしていた。
全員の意見を聞いた先生は腕を組んだ。
圧倒的に倒す派が多い。リンからも相手の正体が分からない以上、十分警戒するよう念を押されている。
それでも、最後に助けを求めていたプレナパテスと、後ろで泣きながら自転車を漕いでいた少女を思い出すと、見捨てるのも気が進まなかった。
「う~ん……」
先生が悩んでいるどうやってみんなを説得するか悩んでいると。
固まったままだった臨戦ホシノが唐突に再起動した。
「……よし!」
突然勢いよく立ち上がった。
「今すぐ助けよう!!」
「ええ!?」
先生だけでなく。
募集組全員が臨戦ホシノを見る。
「ホシノ、さっき率先して倒そうって言ってなかった? 言ってることが百八十度変わってるけど……」
「知らない!」
「知らない!!?」
「いやだ! 絶対助けるもん!」
「ホシノ!?」
「みんなも助けるって言って!!」
「……あれ?」
先生は本気で心配になってきた。
「もしかしてスタンド攻撃受けてる……?」
「みんな私より弱いんだから私の言うこと聞いて~~!!!!」
「横暴だなぁ!!」
先生が思わず叫ぶ。しかし臨戦ホシノは止まらなかった。
「助けるの! 絶対助けるの~!!」
床へ寝転がりそのまま両足をジタバタさせ始める。
「ホシノさん……?」
ケイが若干引く。
「ん。ホシノ先輩が壊れた」
シロコテラーが冷静に観察する。
「ナチュラルな暴君気質が出てるよホシノちゃん☆」
ミカが楽しそうに笑う。
「ミカちゃんも助けるって言って!」
「え~?」
「言って!!」
「はいはい、助けようね~☆」
「子供をあやしてるみたいになってる……」
先生は床で駄々をこねる臨戦ホシノと、それを面白そうに眺める募集組を交互に見る。
「……じゃあ、ホシノがああ言ってるから、助ける方針でいいかな?」
先ほどまで倒す派だった生徒たちも互いに顔を見合わせる。
ここまで臨戦ホシノが必死になる理由は分からないが、彼女が本気で助けたがっていることだけは十分過ぎるほど伝わっていた。
「仕方ありませんね……」
ナギサがため息を吐く。
「救出後も十分警戒するという条件なら、私は構いません」
「ん。ホシノ先輩がそこまで言うなら仕方ない」
「まあ先生も助けたそうですしね」
「私は最初から先生に従います」
「私も賛成だよ」
次々と同意が集まる。
「じゃあ決まりだね」
先生がそう言って笑う。
「よし!」
先ほどまで床でジタバタしていた臨戦ホシノが、一瞬で立ち上がった。
そして彼女は嬉しそうに目をキラキラと輝いていた。
「じゃあ私、アビドスのみんな呼んでくるね!」
「え?ちょっと待って!」
「行ってきまーす!!」
「ちょっとホシノ!?」
先生が止める暇もなく。
臨戦ホシノはとんでもない速度で休憩スペースから飛び出していった。
先生は呆然とすることしか出来なかった。
「なんでアビドスのみんな?」
「さあ?」
水着サオリも首を傾げた。
ただ一人シロコテラーだけが、先ほど先生が臨戦ホシノへ見せていた端末を思い出すように、僅かに目を細めていた。
「まぁ一旦ホシノの事は後で考えるとして。救出することになったのはいいんだけど――」
先生は気を取り直し、リンから渡されたデータを端末へ表示した。
「問題はどうやって助けるかなんだよね」
「現在の状況をもう少し詳しく教えてください」
ケイに言われ、先生は頷く。
「向こうが言うには、この世界に来るためにエネルギーのほとんどを使い果たしちゃったんだって。それで今は自転車で発電しながら、なんとか空中に浮いてるみたい」
ケイは数秒天井を見る。
「私の知っているものと随分違う気がしますが、もしかしたらなんとかなるかもしれません……」
ケイは小さくため息を吐くと、気持ちを切り替えるように端末へ視線を戻した。
「プレナパテスが乗っている船は【アトラ・ハシースの箱舟】というものです」
「知ってるの?」
「詳しいことは省きます。説明すると長くなりますから」
「う~ん分かったよ」
「これで納得するんですね……まあいいですが」
ケイは続ける。
「私と、こちらのアリス――それとアリスの中にいるもう一人の私を何とか箱舟まで連れていければ、どうにかできる可能性があります」
「可能性?」
「はい。私も実際に内部を確認しないことには断言できません。ですが、何もできないよりは遥かにマシでしょう」
「じゃあ問題はどうやってそこまで――」
シロコテラーが手を上げた。
「私のワープ使う?」
先生が驚いた顔でシロコテラーを見る。
「シロコ」
「ん?」
「ワープなんて使えたの!?」
シロコテラーは少しだけ胸を張って親指を立てた。
「ん。最終章に入ったから解禁された」
「何が!?」
「ワープ」
「そうじゃなくて最終章って何の!?」
「ん。秘密」
「また君たちだけ分かるやつ!?」
シロコテラーは少しドヤ顔のまま、何も教えてくれなかった。
「どこにでも行けるの?」
「ん。どこでもは無理。でもアトラ・ハシースの箱舟なら知ってるから多分繋げられる」
「便利だなぁ……」
「ん。メインヒロインだから」
「問題はそれだけではありません」
ケイが二人の会話を止める。
「仮に移動手段が確保できても、私たちだけで必ず箱舟を復旧できるとは限りません。それにアリスをミレニアムから連れ出す以上、リオの許可を取る必要があります」
「……リオかぁ」
先生も少し難しい顔になる。
「すぐ許してくれるかな?」
「少なくとも説得に数日は掛かるでしょう」
「そんなに!?」
「私がリオなら即答で拒否します」
「自分で言うんだ」
「その数日間、現在の発電方法だけで箱舟が高度を維持できる保証はありません」
「う~ん……」
救助方法は見えてきた。
だが肝心の時間が足りない可能性がある事に気が付いた。
先生たちが頭を悩ませていると。
「そういうことでしたら」
ナギサが自信満々の表情で紅茶のカップを置いた。
「トリニティが誇る小型発電機の出番ですね♪」
先生が顔を上げる。
「トリニティにそんなのあったっけ?」
「私も知らないけど?」
ミカも不思議そうな顔をする。
するとセイアが呆れたように首を振った。
「ミカ、何を言っているんだ? 非常に優秀な発電機があるだろう?」
「ん~?」
ミカは本気で分かっていない様だった。
ナギサとセイアが笑顔で顔を見合わせてからシロコテラーの方を向いた。
「ではシロコさん、早速で悪いのですが、ティーパーティーが誇る人型発電機を箱舟へ送ってください♪」
「ん。分かった」
「人型……?」
ミカの表情が凍り付き咄嗟にナギサとセイアを見た。
二人の表情は清々しいくらいの笑顔だった。
「まさかそれって――」
そう言いかけたミカの足元に黒い穴のようなものが音もなく開いた。
「えっ?ちょっ――」
「ミカ!?」
先生が慌てて穴を覗き込もうとする横で、ナギサとセイアは何とも爽やかな表情で穴へ向かって手を振っていた。
「後でロールケーキと紅茶を送りますので頑張ってくださいね~!」
「自信を持つんだ、ミカ。君なら何日だって持ちこたえられるさ!」
セイアも笑顔で呼びかける。
「離れていても私たちはティーパーティー。心で繋がっているから寂しがらなくていいぞ。では頑張りたまえ」
「二人とも酷くない!?」
先生が思わず突っ込むが二人はまったく気にしていなかった。
だが、二人は致命的なミスを犯したのだった。
それは不用意にミカが消えた穴へ近づきすぎていた。
穴の中から突然腕が伸びてきてナギサの足首を掴んだ。
「ちょっ!? 待ってくださいミカさん! 私は応援を――きゃあっ!?」
そのまま思い切り引っ張られるとナギサがバランスを崩してしまい、咄嗟に隣にいたセイアの腕を掴む。
「待てナギサ! 私は関係な――」
ズルッ。
「「あっ」」
そのまま二人まとめて穴へ落ちていった。
先生が突然の事態にどうしていいか戸惑っていると。
『道連れじゃんね~~~~~~!!』
微かにミカの叫び声が聞こえてきたと思ったら穴が閉じた。
休憩スペースが急に静かになる。
「ふっ……」
水着サオリが口元を押さえ、僅かに笑った。
「アハハハハハハハ!」
その隣でアツコはお腹を抱えて大爆笑していた。
「アハハハハ!相変わらずあの三人は仲がいいね!」
「アツコ、笑いすぎだ」
「だって……フフフ!」
「……助けなくていいの?」
先生が恐る恐るシロコテラーを見る。
シロコテラーは何かを確認するように数秒黙り。
「もう箱舟に着いちゃったし、あの三人なら大丈夫…多分」
「不安だなぁ…」
「ん。でもこれで人型発電機三人送ったから時間的余裕は出来た」
「三人とも発電することになってる!?」
こうしてトリニティの誇る小型発電機を三台送ったことで幾分か時間を稼ぐことには成功したのだった。
「……と、とりあえず」
先生は色々考えることを諦め、作戦を整理する。
「向こうが落ちるまでの時間は、ミカたちが何とか延ばしてくれる……と思う!」
「ミカさんなら一か月くらいは大丈夫でしょう」
ケイもそこには妙な信頼を置いていた。
「私はトキとミレニアムへ向かいます。アリスを連れてくると同時に、リオを説得して必要な準備を整えます」
「あまり先生の傍を離れたくはないですが、仕方ありません。同行しましょう」
臨戦トキが頷く。
「リオが最後まで拒否した場合は?」
先生が尋ねる。
「説得します」
「具体的には?」
「“アレ”を使います」
「あぁ……」
アレだけで何を使うかある程度察した先生はそれ以上聞かなかった。
ケイと臨戦トキはすぐに準備を始める。
「では私たちは、向こうへ送る物資を集めましょうか」
ニコが手を上げた。
「食べ物も飲み物も足りてなさそうだしね」
クルミも立ち上がる。
「医療用品も用意した方がいい」
水着サオリが加わる。
「餓死なんかされたら気分悪いしね」
アツコも頷いた。
「では食料、飲料、医療品を優先する。その他必要そうなものがあれば現地で判断しよう」
「分かりました」
「じゃあ私たちも行こっか」
水着サオリ、アツコ、ニコ、クルミの四人も休憩スペースを出ていった。
こうしてこの場に残ったのは先生とシロコテラーの二人だけとなった。
「……」
先生は急に静かになった休憩スペースを見渡す。
ほんの少し前までプレナパテスを倒すかどうか話していただけだった。
それが今では臨戦ホシノはアビドスへ行き。
ティーパーティーの三人は既に箱舟の内部に発電する為に送られ。
ケイと臨戦トキはアリスを連れてくるためにミレニアムへ行き。
水着サオリたちは物資調達に出て行った。
「……なんか凄いことになってきたね」
「そうだね」
隣に立つシロコテラーが頷く。
「大丈夫かな?」
「みんな強いから大丈夫だと思う」
シロコテラーは先生を見る。
ほんの僅かにその表情が真面目になる。
「それに今回は私が先生を何があっても守るから安心してて」
「……ありがとうね」
そう言って先生がシロコテラーの頭を撫でるとシロコテラーは目を閉じて身を任せた。
「ん。もっと撫でていい」
先生は頭を撫でながら一度だけ窓の外へ目を向けた。そこから見える空はいつもと何も変わらない。
たがその遥か上空に世界を滅ぼすためにやって来たはずなのに燃料を使い果たし現在は自転車でどうにか浮かびながら、先生たちの救助を待っているプレナパテスがいる。
「よし」
先生は気持ちを切り替える。
「じゃあ私たちも準備しようか」
「ん。そうだね」
世界の終焉を齎すはずだった存在を助けるための。
何とも締まらない救出作戦が本格的に動き始めたのだった。