赤く染まった空を見上げながら先生が盛大にホシノの帰還を願ってから、一時間ほどが経った。
残念ながら臨戦ホシノが突然帰ってくるような奇跡は起こらず、代わりに届いたのは連邦生徒会からの緊急連絡だった。
各地に出現した謎の塔、それに伴って現れた大量の敵性存在、深刻化している通信障害、現在判明している情報を整理するため、先生にも可能な限り早く連邦生徒会まで来てほしいとのことだった。
「……行くしかないよなぁ」
先生はシャーレの玄関前に立ち、今まで見慣れていた街並みとは思えない光景を眺めながら肩を落とした。
遠くから断続的に銃声が聞こえ、道路の先ではヴァルキューレの車両が慌ただしく走り回っている。空は相変わらず不気味なほど赤く、普段なら青空が広がっているはずの場所には異質な塔がそびえていた。
「ん。道中は私に任せて」
隣にいたシロコテラーが、当然のように武器を持って先生の横へ並んだ。
「よろしく頼むよ」
「ん。任された」
言われるまでもなく、現在のキヴォトスを一人で歩くのは危険だった。
昨日までなら途中で不良生徒に絡まれる程度を心配すればよかったのだが、今は角を曲がった先から敵が現れてもおかしくない。
「でもシロコも無茶はしないでね?」
「先生よりはしない」
「私そんなに無茶してるかな?」
「…」
「そんな絶句するほどなんだ……」
シロコテラーはそれ以上説明する気もないらしく、先生の少し前を歩き始めた。
連邦生徒会までの道中では何度か敵性存在と遭遇したものの、先生が何かするより先にシロコテラーが片付けてしまった。
路地から現れた自律型ロボットや交差点を塞いでいた敵を素早く排除し、それでも数が多すぎる場合は無理に正面突破せず迂回する。ヴァルキューレが既に交戦している場所にも必要以上に首を突っ込まず、先生を安全に連邦生徒会へ送り届けることを最優先にしていた。
「シロコ、こういう時すごい頼りになるね」
「ん。もっと褒めていい」
「よしよし、偉い偉い」
「……」
シロコテラーが少しだけ不満そうに先生を見る。
「何?」
「違う。もっと濃密に――」
「褒め方に注文つけるようになった!?」
そんなやり取りをしながら進み、二人はどうにか連邦生徒会の建物まで辿り着いた。
◆
「ふぅ……」
連邦生徒会の建物へ入った先生は、ようやく少しだけ肩の力を抜いた。
外とは違って建物内部は比較的落ち着いているものの、普段以上に多くの生徒が廊下を走り回っている。至るところで通信が飛び交い、資料を抱えた生徒たちが慌ただしく行き来していた。
「リンちゃん、どこにいるんだろ」
「探す?」
「その辺の子に聞いてみようか」
先生はちょうど近くを通りかかった連邦生徒会所属の生徒へ声を掛けた。
「ごめん、ちょっといい?」
「はい?」
「リンがどこにいるか分かる? ちょっと話したいことがあって――」
先生が最後まで言い終えるより先に、生徒の表情がぱっと明るくなった。
「あっ先生! お待ちしてました!」
「え? 私を?」
「すぐに来てください! こちらです!」
「あ、いや、場所だけ教えてもらえれば――」
「どうぞこちらへ!」
「……?」
妙に話が早いな。
先生は首を傾げながらも案内を始めた生徒について歩き出し、シロコテラーも何も言わずその後ろをついていく。
「リンちゃんが話を通してくれてたのかな?」
「多分そうだと思う」
廊下をいくつか曲がり、階段を上った先で案内役の生徒は一際大きな扉の前に足を止めた。
「こちらです!」
「ありがと~」
「それでは失礼します!」
生徒は一礼すると、再び忙しそうに来た道を戻っていった。
「……会議室?」
「ん」
「リンちゃんに事情を説明するだけなんだけどなぁ」
先生は特に疑うこともなく扉を開いた。
「リンちゃん、ちょっとプレナパテスのことで話が――」
しかし部屋の中を見た瞬間、先生の言葉は途中で止まった。
最奥にはリンがおり、その周囲には各学園の代表と思われる生徒たちが座っていた。
ゲヘナ学園、万魔殿議長の羽沼マコト。
トリニティ総合学園、ティーパーティーの桐藤ナギサ。
アリウス分校、アリウススクワッドの秤アツコ。
ヴァルキューレ警察学校から尾刃カンナ。
百鬼夜行連合学院の陰陽部部長、天地ニヤ。
さらに壁際の大型モニターには二つの映像が表示されており、一方にはミレニアムサイエンススクールのセミナー会長の調月リオ、もう一方には山海経高級中学校の玄龍門、門主の竜華キサキが映っている。
どう見ても、リンへ軽く事情を説明して帰るための部屋ではない。
「あ~……えっと……」
先生は何も見なかったことにするように、そっと扉を閉めようとした。
「先生」
「……なにかな?」
当然のようにリンに見つかった。
「来てくださったんですね!」
リンの声には、普段より僅かに安堵した色が混ざっていた。
朝からキヴォトス全域の異常事態への対応に追われ、各学園との調整まで行わなければならない中、プレナパテスについて最も情報を持っている先生とは通信障害のせいでまともに連絡が取れなかったからだろうか。
その表情を見た瞬間、先生は自分がこのまま帰れる可能性が完全に消えたことを悟った。
すると何故か先生の脳裏に、一人の少女の姿が浮かび上がる。
『辛いですよね? 苦しいんですよね? ですが、それが人生のようですし……仕方ないですよね……』
――ヒヨリ……。
――今だけは君の言葉が胸に染みるよ……。
先生が遠い目をしている間に、後ろから入室したシロコテラーが静かに扉を閉めた。
ガチャリと響いた音が、何故か先生には逃げ道が完全に塞がれた音のように聞こえた。
「先生、こちらへ。ちょうど今回の異変について情報を整理していたところです」
「……私はリンちゃんに事情説明しに来ただけなんだけど」
「それなら皆さんへも同時に説明していただければ効率的ですね」
「うん、そうだね。リンちゃんは頭がいいなぁ……」
先生は諦めてリンの近くに用意された席へ向かい、シロコテラーは護衛としてその少し後ろへ立った。
「……ほほぉ」
そんな先生を、ニヤは興味深そうに眺めていた。
百鬼夜行でもシャーレの先生という存在について噂程度には耳にしていたが、実際に会うのは今日が初めてである。
もっと堂々とした大人を想像していたのだが、実際には扉を開けて学園の代表者たちを見た途端、何事もなかったように帰ろうとしていた。
今も明らかに巻き込まれたという顔で席についている。
――随分と聞いていた印象とは違いますねぇ。
ニヤは口元に小さな笑みを浮かべながら、ひとまず何も言わず先生という人物を観察することにした。
一方、画面越しのキサキも初めて見る先生から静かに視線を外さなかった。
様々な学園の事件へ介入し、多くの生徒に信頼されているシャーレの先生。名前や噂は知っていても、実際にどういう人物なのかまでは知らない。
ならばまずは、その言動を見て判断すればいい。
キサキもすぐには口を挟まず、先生という人間を知るため静かに様子を窺っていた。
「レッドウィンター連邦学園が機材トラブルで参加できていないですが、先生も到着しましたので、改めて現在の状況を整理します」
リンの一言で会議室の空気が引き締まり、大型モニターへ現在のキヴォトス各地の映像が映し出された。
「本日早朝、キヴォトス全域の空が現在の状態へ変化し、それとほぼ同時に各地へ正体不明の巨大構造物が出現しました」
画面が切り替わり、真紅の空へ伸びる巨大な塔が表示される。
「それぞれの周辺では敵性存在が大量に確認され、既に複数の地域で戦闘が発生しています」
「ヴァルキューレも各地へ部隊を展開しているが、数が多すぎる。撃破しても別の場所から現れる上、通信障害の影響で現場の指揮も滞っている。この状態が長引けば市民への被害も拡大するだろう」
カンナが現場で確認されている状況を補足すると、今度はリオが画面越しに資料を表示した。
「ミレニアムでも解析を続けているけれど、従来の技術体系から大きく逸脱していて、現時点では構造の全容すら把握できていないわ」
「そして現在確認されている限り、異変の発生時刻と最も近いタイミングで発生した大規模な現象がもう一つあります」
リンはそこで一度だけ先生へ視線を向けた。
「昨日、キヴォトス高高度へ突如現れた正体不明の高エネルギー反応。そして――プレナパテスと名乗る人物についてです」
「ふん!」
その名前が出た瞬間、マコトが腕を組んだまま鼻を鳴らした。
「話は簡単ではないか! そいつが現れた翌日にこの有様だ! どう考えても犯人はそいつだろう!」
先生は思わず目を逸らしたが、その反応を現地ナギサは見逃さなかった。
「先生、何故目を逸らすのですか?」
「い、いやぁ……なんとなく…?」
「先生、正直に話してください」
「わかりました…」
どうやら逃げることは許されないらしい。
先生は小さく息を吐くと、昨日から今朝までに判明した事情を順番に説明することにした。
「まず、プレナパテスが来たのは本当だよ。昨日リンと一緒にビデオメッセージも見た」
「どのような内容でしたか?」
カンナに尋ねられ、先生は非常に言いづらそうに頬を掻いた。
「最初は……この世界に終焉を齎すとか言ってた」
「ほら見ろ、宣告しているではないか! 一体何を迷う必要があるんだ?」
勢いよく机を叩いたマコトへ、先生も負けじと声を上げる。
「最後まで聞いて! 送られてきたのはまだあるんだ。二本目の動画には、その……この世界に来るのにエネルギーを使い果たして、高高度で遭難してることが分かったんだよ」
「はぁ?」
そこまで聞いたところで、勢いよく身を乗り出していたマコトの動きが止まった。
「何だって?」
「遭難…いや漂流?」
「そんな事はどうでもいい。世界を滅ぼすと言っておいてエネルギーを使い果たした?」
「そう言ってたよ」
マコトは何とも言えない顔で隣の現地ナギサを見る。
「先生、それは事実なのですか?」
「リンも一緒に見てたから嘘じゃない事は証明できるよ」
会議室中の視線がリンへ集中し、彼女も少し困ったような表情で頷いた。
「……事実です。映像には自転車型の発電機を漕いでいる生徒も確認できました」
「自転車?」
リオの眉が僅かに動く。
「巨大な高エネルギー構造体を、自転車による発電で維持しているという意味?」
「私にはそう見えました」
「……理解できないわ」
「それに関しては私も同意だよ」
先生も呆れたように大きく頷く。
そんな中でもニヤは何も言わず、先生の様子を観察し続けていた。
話している内容だけを聞けば途方もないものだが、目の前の先生は怪しい存在を庇うために都合のいい嘘を並べているようには見えない。
むしろ話を聞いていると、本人も訳が分からないまま巻き込まれて困っているようにしか見えなかった。
――なるほどなるほど~。
ニヤは扇子の陰で僅かに笑みを深める。
苦労人ではあるが、少なくとも退屈で浅慮な人物ではなさそうだった。
「そして昨日、先生はそのプレナパテスを救助するという判断をされて、それに私も同意しました」
リンが補足した瞬間、マコトが再び身を乗り出した。
「待て! 世界を滅ぼすと宣言した正体不明の相手を助けたのか!?」
「だって本当に遭難してたし……」
「そこで何故助ける!」
「助けてって言われたから!」
「理由が軽い!」
「困ってる相手を助けるのに理由がいる!?」
二人の言い争いが始まりそうになったところで、現地ナギサが静かに間へ入った。
「私は先生を疑っているわけではありません。ただ、トリニティの代表として一つ確認させてください。先生は、そのプレナパテスという人物を信用しているのですか?」
「いや、全然?」
「…………」
今度は別の意味で会議室が静まり返った。
「信用していないのですか?」
「昨日初めて動画で見た人だよ? まだ何者かもよく分からないし」
「なら何故助けた!」
再び叫ぶマコトに、先生もいい加減同じ説明を繰り返すことへ疲れてきた。
「だから遭難してたからだって!」
「それで助けるのが理解できないと言っているんだ!」
「マコトが言ってることも分かるけど!」
「ならば何故庇うんだ!」
「庇ってないよ! ただ事情も分からないうちから撃ち落とすのは違うって言ってるだけなんだ」
二人のやり取りを聞いていた現地アツコは少し考えると、静かに先生へ声を掛けた。
「先生。その人、本当に世界を滅ぼそうとしてるの?」
「少なくとも、動画を見た限りではそういう感じには見えなかったよ」
「では、この状況は何か別の要因という事ですか?」
カンナから真剣な表情で問われ、先生は僅かに言葉を詰まらせた。
今回の会議で一番説明したくなかった部分が来てしまった。
「……事故なんだ」
「事故?」
「先生、もう少し具体的に説明してちょうだい」
リオから逃げ道を塞がれ、先生は覚悟を決めて真実を口にした。
「プレナパテスが昨日の夜……世界滅亡スイッチを間違えて押しちゃったみたいなんだ」
「…………」
今まで様々な反応を見せていた会議室が完全に静まり返り、全員が先生を見たまま固まった。
暫くしてようやく現地ナギサが口を開く。
「先生、今何と?」
「世界滅亡スイッチを間違えて押した」
「そんな馬鹿がいるかぁぁぁぁぁ!!」
マコトの絶叫が会議室中へ響き渡る。
「いるんだよ! 今空の上で絶賛遭難してる大馬鹿野郎がね!!」
「何故そんなものを間違えて押す!」
「操作盤に手をついたら押しちゃったらしいよ!」
「誤操作防止機構は!?」
今度はリオが食いついた。
「無いらしい!」
「カバーは?」
「それも無いみたいだった!」
「認証機構は!?」
「そんな高等な物あるわけないでしょ!?」
「世界を滅ぼす機能に安全装置が存在しない……設計思想が理解できない……」
リオが頭を抱え始め、先生も困ったように両手を広げた。
「私に言われても困るよ!」
カンナも眉間を押さえながら、どうにか状況を整理しようとしている。
「つまり、今回キヴォトス全域で発生している事態は、そのボタンを押した事故が原因だと?」
「そうとしか言えない」
「……プレナパテスは?」
「泣いて土下座してた」
「…………」
現地アツコはその光景を想像したのか、思わず口元を押さえた。
「……ちょっと面白い人なのかな」
「アツコさん!?」
「だって、世界を滅ぼすって宣言した人が泣いて謝ってるんでしょ?」
「笑い事ではありませんよ!」
「うん。でもちょっとだけ想像すると面白くない?」
「……否定できないのが腹立たしいですね」
現地ナギサまで頭を抱える中、会議室の片隅では遂にニヤの肩まで小刻みに震え始めた。
「……ふふ」
「ニヤさん?」
「いえいえ、失礼しました~」
ニヤは扇子で口元を隠しながら、改めて先生を見る。
初めて会った先生は、キヴォトスを救う英雄然とした大人でも、何もかも見通している策士でもなかった。
妙な事件へ巻き込まれ、意味不明な相手まで助けようとした結果、世界滅亡スイッチを押され、今は各学園の代表を相手に必死で事情を説明している。
それでも不思議なことに、先生は一度もプレナパテスを見捨てればよかったとは言わなかった。
その一点だけが妙に印象に残り、ニヤは少しだけ先生を見る目を変えた。
暫くして会議室の混乱がようやく落ち着くと、カンナが先生へ改めて問いかけた。
「先生は今も、プレナパテスの救出を継続するつもりですか?」
「もちろん」
「この状況でも?」
「危険なのは分かってるよ。私だってプレナパテスが何者で目的もなんなのかも知らない、それに本当に完全に無害なのかもわからない」
先生の声から、それまでの慌ただしい雰囲気が少しだけ消える。
「なら――」
「でも、助けてって言われたのは本当なんだよ。だから助ける。その後で危ない相手だって分かったら、その時はちゃんと話すし、必要なら私が止めるよ」
「甘すぎる!」
マコトが厳しい表情で言い放つ。
「もし貴様の判断が間違っていたらどうする!?」
「その時は私が責任取るよ」
「先生、簡単に責任という言葉を使わないでください」
現地ナギサの表情も少し険しくなるが、先生は困ったように笑った。
「分かってる。だから怖いんだけどね。でも怖いからって、まだ何も分かってない相手を見捨てるのは私にはできないよ」
先生の言葉を聞いた会議室は、先ほどまでとは違う意味で静かになった。
ニヤはもう笑っておらず、画面の向こうのキサキも黙って先生を見つめている。
大層な理想を語るわけでもなく、自分の判断が絶対に正しいと言い切るわけでもない。危険性も、間違える可能性も認めている。
その上で助けると決めているらしい。
キサキはそこまで見届けて、ようやく噂でしか知らなかったシャーレの先生という人物の輪郭をある程度掴んだ。
「一つ、よいか?」
初めて聞く声に先生が大型モニターへ顔を向ける。
「えっと……」
「山海経高級中学校、玄龍門の竜華キサキじゃ」
「あっ、初めまして。シャーレの先生です」
「うむ。話は聞いておる」
キサキは簡単に挨拶を済ませると、すぐに本題へ入った。
「先生に一つ確認したい。そのプレナパテスとやらを、仮に今すぐ排除したとする。そうすればこの空も、各地へ現れた塔も、全て元へ戻るのか?」
「……戻らないだろうね」
先生の返答を聞いて、リンが僅かに嫌な表情を浮かべる。
「プレナパテスから聞いた話だと、一度起動しちゃったから向こうからは解除できないらしい」
「では、どうすれば止まる?」
「虚妄のサンクトゥムを……全部制圧してきてね、とは言っていたよ」
先生が言いづらそうに答えると、会議室には再び何とも言えない沈黙が流れた。
キサキはそれでも表情を変えず、淡々と確認を続ける。
「つまりプレナパテスを今ここで討とうが、この事態そのものは終わらぬということじゃな?」
「そういうことになると思う」
「では現時点で、プレナパテスを討つことを最優先とする理由は薄いのではないか?」
「竜華キサキ! 奴が元凶なのだぞ!」
マコトが画面へ向かって声を上げるが、キサキは落ち着いた様子を崩さなかった。
「元凶であることと、今すぐ討つことが最善であるかは別じゃ」
「ぐっ……」
マコトが言葉を詰まらせたところで、今度はニヤが扇子を軽く揺らしながら口を開いた。
「でしたら~、ひとまず空の上で土下座している方については先生に任せて、私たちは今、目の前で暴れている皆さんのお相手をする方がよろしいんじゃないですかねぇ?」
「ニヤさんもですか?」
「別に元凶さんを信用したわけではありませんよ~。先生のことも今日初めてお会いしましたし」
「……そうだね」
「ただまあ、先生のお話を聞いている限り、何も考えず怪しい相手を庇っているわけではなさそうです。それにキサキさんのおっしゃる通り、元凶さんを倒しても何も解決しないのでしょう? なら、そちらは後回しでいいんじゃないでしょうかね~?」
ニヤとキサキの発言をきっかけに、プレナパテスを助けるか倒すかだけに集中していた議論の流れが少しずつ変わり始める。
今この瞬間にも、キヴォトス各地では生徒たちが敵性存在と戦い続けている。
「私は先生の事を信じるよ」
現地アツコが静かに口を開いた。
「先生がその人を助けたいって言うなら、私は止めない。でもナギサさんの言ってることも分かるよ。危ない人かもしれないから、助けた後もちゃんと見てないといけないとは思うけど」
「それなら私も異論はありません。先生の判断を尊重しますが、プレナパテスおよび箱舟については救出後も警戒を継続することを条件としてください」
「約束するよ」
現地ナギサの提案に先生が頷くと、カンナも腕を組みながら自分の立場を伝える。
「ヴァルキューレとしては現在の治安維持を最優先に行動します。プレナパテスを追及するために戦力を割く余裕は正直ありません」
「ミレニアムとしても、今は各地へ出現した構造物の解析と対応を優先するべきでしょうね。ただし箱舟についてはこちらでも継続して調べることになるでしょうけど」
リオが頷いた後、少しだけ眉間へ皺を寄せる。
「それと、あなたの所のケイとトキが先ほど突然アリスを連れていきたいと言ってきたのだけれどこの件と関係あるのかしら?」
「もう着いたの!?」
「今は別室で待たせてるけど、どうなの?」
「この件の事なので話だけでも聞いてくれるとうれしいな~。二人とも頑張ってくれぇ…!」
先生は遠くミレニアムにいる二人へエールを送った。
「私はまだ納得しておらんぞ!」
最後まで不満そうなのはマコトだった。
「世界滅亡スイッチをたとえ事故だろうが押すような奴を信用できるか!」
「それに関しては私も信用できないけど!」
「では何故貴様はそいつを助けるのだ!」
「馬鹿なんだよ! あんな馬鹿な奴が世界を滅ぼせるわけないだろう!?」
「どういう方向から説得しようとしてるんだ貴様は!?」
再び始まりそうになった二人の言い争いを、リンが大きなため息と共に遮った。
「マコト議長。現時点ではプレナパテスの処遇について結論を出す必要はありません。まずはキヴォトス各地の安全確保を優先します」
リンは全員へ視線を向けながら、今回の会議で出た意見を整理する。
「プレナパテス救出については先生の責任の下で継続し、救出後は連邦生徒会を含む各学園で改めて状況を確認する。それでいかがでしょうか?」
「……仕方あるまい。ただし、そいつがまた世界滅亡スイッチを押したら今度こそ撃ち落とすぞ!」
「その時は私も止めないよ!」
「先生!?」
現地ナギサが驚いて先生を見る。
「二回目は流石に駄目でしょ?」
「基準がそこなんですか!?」
地獄のような議論を経て、ようやく会議の方向性が一つにまとまった。
◆
「では次の議題へ移ります。各地へ出現した虚妄のサンクトゥム、その制圧についてです」
リンが資料を切り替えると、大型モニターにはキヴォトス全域の地図が表示され、現在確認されている異常地点が次々と示された。
キヴォトス全域で戦闘が続いており、これ以上事態を放置する猶予はない。
「これより各学園で情報を共有し、虚妄のサンクトゥム攻略に向けた共同作戦を開始します。先生、各学園を跨いだ戦力の指揮と調整について、シャーレにも協力していただきたいです」
「分かった」
先生は席から立ち上がり、会議室にいる生徒たちへ視線を向けた。
「正直、私もまだ何が起きてるのか全部分かってない。プレナパテスのことも、あの塔のことも、この空のことも分からないことばっかりだけど、このまま放っておくわけにはいかない。だから、みんなの力を貸して欲しい。お願いします」
先生は少し困ったように笑った後、真剣な表情に戻り各学園の代表へ深く頭を下げた。
ニヤはその姿を見て目を細め、キサキも画面の向こうで静かに先生を見つめた。
初めて会った時には会議室から逃げようとしており、プレナパテスを庇うのにも悪戦苦闘し、世界滅亡スイッチという言葉には本気で頭を抱えていた。
それでも必要な時には、自分の立場を誇示するでもなく、生徒たちへ素直に助けを求めることができる。
なるほど、人が付いていく訳だと二人は同時に納得した。
「ふふ。そこまで言うなら仕方ありませんねぇ。百鬼夜行連合学院は力を貸しましょう」
ニヤが扇子を閉じながら笑うと、キサキも小さく頷いた。
「山海経も微力ながら力を貸そう」
「トリニティも全面的に協力します」
「アリウスも」
「ヴァルキューレもだ」
「ミレニアムも可能な限り支援するわ」
「まだ納得はしていないが! 先生がそこまで言うなら我がゲヘナの力を見せつけるいい機会だ! このマコト様も力を貸してやろう!」
「みんな……ありがとう!」
それぞれの代表が自分たちの学園へ指示を出すため動き始める中、先生はようやく少しだけ肩の力を抜いた。
「……これで何とかなりそうかな?」
「先生」
後ろからシロコテラーに声を掛けられ、先生が振り返る。
「何?」
「まだ始まったばかりだけど頑張ろうね」
「……うん」
せっかく軽くなった肩へ再び重いものが載ったような感覚を覚え、先生は思わず額へ手を当てた。
こうして、プレナパテスを救助するかどうかという地獄の会議をどうにか乗り越え、キヴォトス各学園による虚妄のサンクトゥム攻略作戦が動き始めた。