新人先生はネタバレ生徒しか引けない   作:KuRoNia

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募集組、突然の異変に対応する

 先生が連邦生徒会で各学園の代表者たちを相手に、非常に擁護しづらいプレナパテスの弁護を終えた頃。

 ミレニアムサイエンススクールでは、ケイと臨戦トキが会議室とは別の小部屋で待たされていた。

 

「……遅いですね」

 

「リオ様は連邦生徒会との緊急会議に参加しているようですね。もう暫く掛かると思いますよ」

 

「それは分かっていますが……」

 

 ケイは腕を組みながら、部屋の壁に掛けられている時計へ視線を向ける。

 二人がミレニアムへ到着したのは昨日のことだった。

 先生から頼まれた通りアリスを連れてアトラ・ハシースの箱舟へ向かうため、リオへ事情を説明しに来たのだが、話の途中でキヴォトス全域が現在の異常事態へ突入してしまった。

 その結果、リオは各方面との情報整理に追われ、そのまま連邦生徒会の緊急会議へリモート参加。

 ケイと臨戦トキは、一度この部屋で待機するよう言われていた。

 

「まさか私たちがミレニアムに到着したと同時に虚妄のサンクトゥムが出てくるとは思いませんでした」

 

「予想通りではありませんか?」

 

「予想通りだから困ってるんですよ!」

 

 臨戦トキの返答にケイは思わず声を上げる。

 

「この世界ではここまでの出来事がかなり変わっていたはずです。プレナパテスすら私たちの知っている存在とは違いましたし、虚妄のサンクトゥムも出現しない可能性があると思っていたのに!」

 

「ですが出て来てしまったものはしょうがないでしょう」

 

「どうしてこうなったんですか!?」

 

「誰かがドジ踏んだんじゃないですか?」

 

「それで納得していい原因じゃないでしょう!?」

 

 ケイが頭を抱えていると、部屋の扉が静かに開いた。

 

「ごめんなさい、待たせたわね」

 

 入ってきたのはリオだった。

 普段と変わらない落ち着いた表情をしているものの、朝から各方面との連絡や会議を続けていたためか、僅かに疲労の色が見える。

 

「先ほどの緊急会議で先生から少し事情は聞いたわ。あなたたちがアリスを連れて、箱舟へ向かいたいという話も含めてね」

 

「それで、許可は?」

 

「いいでしょう」

 

「……随分あっさりですね」

 

 もっと長い説得が必要になると思っていたケイは、少し意外そうに目を瞬かせる。

 

「状況が状況よ。それに先生がプレナパテスの救出を継続すると決め、連邦生徒会を含む各学園もそれを認めた以上、私個人の感情だけで止める理由はないわ」

 

「リオも随分丸くなりましたね」

 

「誰のせいだと思っているの?」

 

「先生でしょうか」

 

「あなたたちも含まれているわ」

 

 リオは小さくため息を吐いた後、手に持っていた端末をテーブルへ置いた。

 

「ただし、すぐにアリスを連れて出発するのは無理よ」

 

「やはりそうなりますか」

 

 表示された画面にはミレニアム自治区の地図が映っており、その一角に大きな赤い印が付けられている。

 さらに別の画面へ切り替わると、紅い空へ向かって異様な存在感を放つ巨大な塔が表示された。

 

「ミレニアム自治区にも虚妄のサンクトゥムが出現しているわ。周辺からは大量の敵が発生していて、既にC&Cが防衛へ回っている」

 

「……でしょうね」

 

「現在は自治区内部の安全確保が最優先。アリスを外へ送り出したところで、ミレニアムが崩壊すれば箱舟を解析するための支援体制も維持できなくなる」

 

 臨戦トキが画面を見ながら淡々と口を開く。

 

「つまり先にあの塔を排除すれば問題ありませんね」

 

「簡単に言わないでくれる?」

 

「ですが、結論としてはそうなります」

 

「否定できないのが嫌ね……」

 

 リオは眉間を軽く押さえる。

 

「虚妄のサンクトゥムについて、あなたたちは何か知っているかしら?」

 

「一応は」

 

 ケイが頷く。

 

「詳しい説明を始めると長くなるので省きますが、放置して良いものではありません。それにアトラ・ハシースの箱舟まで行くのであれば、どのみちこちらの問題を先に片付けておいた方が良いでしょうね」

 

 そこへ廊下から慌ただしい足音が聞こえ、勢いよく扉が開く。

 

「リオ! 大変だよ!」

 

「モモイ、ノックくらい――」

 

 飛び込んできたモモイの後ろからミドリとアリスも姿を現した。

 

「外に変な敵がいっぱい出てきてるんだけど!」

 

「それについて今話していたところよ」

 

「リオ!」

 

 説明を始めようとしたリオを遮り、アリスが目を輝かせながらずいっと前へ出る。

 

「今なら外で経験値無限稼ぎができますよ!! リオ凄く弱いんですからすぐに支度してください! 一緒にレベリングしますよ!」

 

「…………え?」

 

 リオの表情が固まった。

 

「ア、アリス……?」

 

「はい!」

 

「私はそんなに言うほど弱くないわよね…?」

 

「いいえ!すっごく弱いです!雑魚です!」

 

「…………」

 

 悪意など欠片もない満面の笑顔で即答され、リオの目元が僅かに潤んだ。

 

「ここはトリニティだったかしら……?」

 

「お姉ちゃん、アリスちゃんに変な事教えてないよね!?」

 

 ミドリが少し気まずそうにモモイを見る。

 

「わ、私じゃないよ!?」

 

 ケイが呆れたようにアリスを見ると、当の本人はリオが傷ついていることに気づかず、現在の状況を完全にゲームのイベントとして認識しているようだった。

 

「こんなに敵がたくさん出てくるなんて滅多にありません! 今のうちにレベルを上げて、装備を整えて、ボスを倒しましょう!」

 

「アリス」

 

「なんですか?」

 

「せめて雑魚はやめてくれないかしら……」

 

「分かりました!」

 

「……ありがとう」

 

 リオが少しだけ安心した直後、アリスは元気よく拳を握った。

 

「ではリオ! 一緒に経験値稼ぎへ行きましょう! 今ならまだまだよわよわなリオもすぐに強くなれます!」

 

「結局弱い認定は残るのね……」

 

 リオはとうとう目元を押さえた。

 

「……私、そんなに弱く見えるのかしら」

 

「リオは戦闘要員ではありませんからね」

 

 ケイが冷静に追撃する。

 

「あなたまでその認識なの!?」

 

「こればかりは事実ですので…」

 

「会議から戻ってきたら急に四方八方から傷つけられるのだけれど……何故…?」

 

「どうしたのですか!? リオ、泣かないでください…!」

 

 アリスが心配そうに近づく。

 

「誰のせいだと思っているの……?」

 

「?」

 

「もういいわ……」

 

 リオは深く息を吐いて気持ちを切り替えると、改めてテーブルの上に表示されている虚妄のサンクトゥムへ視線を向けた。

 

「アリスの認識には後で話し合いをしたい所だけれど、今はこの状況を放置することはできないわ。あなた達を箱舟へ送り出すためにも、まずミレニアム自治区の安全を確保する必要があります」

 

「つまりボス攻略ですね!」

 

「……まあ、概ねそうね」

 

「分かりました!」

 

 アリスは嬉しそうに頷くと、モモイとミドリへ振り返った。

 

「モモイ、ミドリ! ユズを呼んできてください! パーティーを組みましょう!」

 

「よーし! こういうのならゲーム開発部の出番だよ!」

 

「アリスちゃんも本当に経験値が入ると思っていないよね?」

 

「え!?……入らないんですか?」

 

 アリスが少しだけ残念そうな顔をするとすかさずケイが声を上げる。

 

「入ります!」

 

 全肯定ケイの一言に、アリスは嬉しそうな表情になる。

 

「やっぱり経験値稼ぎイベントですね!」

 

「ケイはアリスを甘やかしすぎでは?」

 

 臨戦トキが淡々と会話を締める。

 

「そうでしょうか?」

 

 ケイが即答する横で、リオは一度だけ目元を拭ってから立ち上がった。

 

「……ともかく、作戦を立てます。アリスを箱舟へ向かわせる許可は出しますが、それはミレニアム自治区の虚妄のサンクトゥムを攻略してからよ」

 

「はい!」

 

「ケイとトキも協力してもらえるわよね?」

 

「もちろんです。先生から頼まれた仕事を進めるためにも、邪魔なものは早々に片付けてしまいましょう」

 

「私も問題ありません」

 

 臨戦トキも武器を確認しながら頷いた。

 

「よし! それではよわ――」

 

「アリス?」

 

 リオが若干涙目のままアリスを見つめる。

 

「……リオ! 早く行きましょう!」

 

「それでいいのよ……」

 

 どうにか呼び方だけは矯正することに成功したリオだったが、アリスの中で自分が戦闘力の弱い者として認識されている事実までは変えられなかった。

 

「思ったより遠回りになってしまいましたが、まずは目の前の問題から片付けましょうか」

 

 臨戦トキも武器を確認しながらケイの隣へ並ぶ。

 プレナパテスを救助するためにミレニアムへ来た二人は、結局その前にミレニアム自治区を救うための戦いへ参加することになった。

 

◆

 

 トリニティ自治区では、シャーレから物資調達を任された四人が大量の買い物袋を抱えて歩いていた。

 

「こっちは保存期間が長いですね」

 

「それ二つ追加しようか」

 

「水ももう少し必要だな。あの紅茶軍団がどれほど水を使うのか正確には分からない以上、多めに確保しておいた方がいいだろうな」

 

「サオリ、これも買っていい?」

 

「それは完全にアツコが食べたいだけだろう」

 

 水着サオリが呆れたようにアツコの手元を見る。

 そこに握られていたのは、どう考えても救援物資には必要なさそうな菓子だった。

 

「向こうでみんなで食べれば救援物資だよ」

 

「そういうものか?」

 

「違うと思うわよ」

 

 クルミが即座に否定する横で、ニコは楽しそうに笑っている。

 

「まあまあ、一つくらい良いんじゃないですか。ずっと自転車を漕いでいたらしい生徒さんにも、甘いものは喜ばれるでしょうし」

 

「ニコがそう言うなら……」

 

 紅く染まった空の下。

 周囲のトリニティ生たちは不安そうに空を見上げながら足早に移動している。

 しかし最終編相当の出来事を経験している四人にとって、紅い空そのものは全くの未知というわけではない。

 そのため周囲とは対照的に、多少警戒しながらも予定していた買い物を続けていた。

 

「次は飲料を追加して、それから医療品ですねぇ」

 

「あの子、脚に絆創膏とかガーゼいっぱい貼ってたもんね」

 

「外傷がどの程度なのか分からないから、一般的な医療用品は一通り用意する」

 

「先生のお金だからって買いすぎると怒られるわよ」

 

「必要な物を買って怒るような人じゃないのは知ってるでしょう」

 

「クルミちゃん、そういうところだけ真面目だよね~」

 

 アツコが笑いながら買い物袋を持ち直す。

 世界の危機という状況にしては、かなり平和な買い物だった。

 しかし、その時間も長くは続かなかった。

 

「申し訳ありません! 本日はこれで閉店します!」

 

「避難指示が出ています! 皆さんも早く安全な場所へ!」

 

 突然周囲の店舗が次々とシャッターを下ろし始めた。

 遠方から銃声が聞こえ始め、通りを走るトリニティ生の数も急激に増えていく。

 

「どうやら本格的に出始めたようだな」

 

 水着サオリが空いている手でライフルを握る。

 

「これ以上の買い物は難しそうですね」

 

「必要最低限は揃ったし、もう戻る?」

 

 クルミの提案にニコが答えようとした時、少し離れた場所から大勢の生徒たちの声が聞こえてきた。

 

「押さないでください!」

 

「皆さん、一度落ち着いて!」

 

 四人がそちらへ視線を向けると、トリニティ総合学園の敷地周辺では、突然現れた敵性存在と紅い空に怯えた生徒たちが混乱していた。

 そして、その中心で。

 

「だから落ち着いてってば! 大丈夫だから!」

 

 現地ミカが必死に生徒たちへ声を掛けている。

 少し離れた場所では現地セイアも周囲へ指示を飛ばし、生徒たちが一ヶ所へ集中しないよう誘導していた。

 

「避難経路を塞いではいけない! 戦える者は無闇に前へ出ず、まず落ち着いて戦えない生徒たちを安全な場所へ誘導するんだ!」

 

「大変そうだね」

 

 アツコが呟く。

 

「そうですねぇ」

 

 ニコが目を細めて冷静に状況を見ている。

 四人は顔を見合わせると誰から言い出すでもなく同じ人物を思い浮かべる。

 

「先生なら助けるよね」

 

 アツコの一言に、水着サオリが即座に頷いた。

 

「ああ。確実にな」

 

「間違いなく助けますね」

 

「でしょうね」

 

 ならば自分たちも手を貸す。そこまでは全員同じ結論だった。

 しかし、ニコは周囲を一度見渡してから少し困ったように笑った。

 

「ただ、ここで私たちが派手に敵を片付けてしまったら、どうなると思います?」

 

「トリニティ側から協力を求められるだろうな」

 

 水着サオリがすぐに意図を察する。

 

「それも一度や二度じゃ済まないでしょうねぇ。最悪、この事態が落ち着くまでトリニティから動けなくなる可能性もあります」

 

 クルミは抱えている袋を見る。

 

「先生から頼まれた物資を届けないといけないし、先生自身もこれから動くんでしょ?」

 

「じゃあどうする?」

 

 アツコの問いに四人は少し考えた後、ほぼ同時に同じ方向へ視線を向けた。

 トリニティ自治区の遥か向こう。

 紅い空の下に巨大な虚妄のサンクトゥムがそびえ立っている。

 

「……そうだな」

 

 水着サオリが僅かに口角を上げる。

 

「原因から潰すか」

 

「結局それが一番早いわね」

 

「買い物のついでに倒す相手じゃないと思いますけどね♪」

 

「じゃあさっさと行こっか」

 

 アツコが楽しそうに笑う。

 四人は一度、必死に混乱を収めようとしている現地ミカと現地セイアへ視線を向けた。

 今ここで自分たちが姿を見せて助ける必要はない。もっと根本的な問題を片付ければいい。

 

「先生だったら、あっちを選びそうだな」

 

 水着サオリが呟くと、他の三人も同意するように笑った。

 次の瞬間には四人揃って走り出し、スーパーや商店で購入した大量の買い物袋を抱えたまま、トリニティ自治区にそびえ立つ虚妄のサンクトゥムへ向かって駆けていった。

 

◆

 

 時間は少しだけ遡り、空がまだ青さを保っていた前日の夜。

 

「みんな!!」

 

「うわっ!?」

 

 静かだったアビドス高等学校の校舎に、臨戦ホシノの大声が響き渡った。

 

「何!? 敵!?」

 

「襲撃ですか!?」

 

 セリカとアヤネが驚いて立ち上がる。

 ノノミとシロコも何事かと顔を上げる中、現地ホシノだけは少し疲れたような顔で臨戦ホシノを見た。

 

「あ~……臨戦おじさん? どうしたの~? もう結構遅い時間なんだけど」

 

「それどころじゃないから! これ見て!」

 

「えぇ……?」

 

 臨戦ホシノは返事を待つことなく、自分の端末を現地ホシノへ押しつけた。

 

「何なのさ~……」

 

 現地ホシノは少し面倒そうに画面を見る。

 そこには白いワイシャツと黒いスーツパンツを身につけた女性が映っている。

 

「……誰?」

 

「その人じゃないよ!」

 

「え?」

 

「後ろ!」

 

 臨戦ホシノがわかりやすく画面を拡大してくれる。

 プレナパテスの後方の画面の端で自転車へ跨がり、涙目で必死にペダルを漕いでいる一人の少女。

 

「…………」

 

 現地ホシノから表情が消えた。

 先ほどまで眠そうに半分閉じられていた目がゆっくりと見開かれ、そのまま画面に釘付けになる。

 

「ホシノ先輩?」

 

 シロコが呼び掛けても返事がない。

 

「どうしたの?」

 

 セリカが隣から画面を覗き込む。

 

「この女の人、誰なの?」

 

「先生に少し雰囲気が似ているような……」

 

 アヤネがプレナパテスを見ながら首を傾げる。

 しかし現地ホシノは、その女性など見ていなかった。

 

「……」

 

 緊張と困惑で指先が僅かに震える。

 見間違えるはずがない顔が少し映っているだけでも。

 どれだけ時間が経っていても自分が忘れるはずなどなかった。

 

「ユメ先輩…?」

 

 その名前を聞いて、ノノミが驚いたように目を見開く。

 

「ユメ先輩ってまさか…!?」

 

 名前だけは聞いたことがあった。

 ホシノが昔所属していた対策委員会の先輩。

 もうこの世にはいない人。

 

「……前にホシノ先輩が話してた人?」

 

 シロコもうっすらと聞き覚えのある名前を口にする。

 

「誰なの?」

 

「私も知りません……」

 

 一方、セリカとアヤネには全く心当たりがない。

 

「……」

 

 現地ホシノは何も答えず、端末に映っている少女を見続けていた。

 臨戦ホシノもそんな自分を急かそうとはしなかった。

 暫くしてようやく現地ホシノが口を開く。

 

「……この画像はなに?」

 

「今日、突然この世界に来たプレナパテスって人からビデオメッセージが届いたんだって。その人が空の上で遭難してて、その後ろに……映ってた」

 

「……」

 

「今は先生たちが助けようとしてる」

 

「生きてるの?」

 

 現地ホシノの声から、いつもの間延びした調子は完全に消えていた。

 

「分かんない」

 

 臨戦ホシノも誤魔化さなかった。

 

「私たちが知ってるユメ先輩と同じ人なのかも分からない。でも――」

 

 画面を見る。

 

「会えるかもしれない」

 

「…………」

 

「先生が助けるって決めたから。あの人のところまで行ける」

 

 現地ホシノは暫く何も言わなかった。

 

 やがて臨戦ホシノへ端末を返すと、静かに立ち上がる。

 

「ホシノ先輩?」

 

「……少し待ってて」

 

 それだけ言い残し、現地ホシノは教室を出ていった。

 

 誰も使わなくなってから、どれだけ経っただろうか。

 アビドス校舎の奥。普段は滅多に足を踏み入れない廊下を進んだ現地ホシノは、一つの扉の前で足を止めた。

 

「……」

 

 ゆっくりと扉を開く。

 長い間使われていなかった部屋には薄く埃が積もり、昔の備品や箱が当時のまま残されていた。

 その一角に現地ホシノが長らく触れていなかった装備が保管されている。

 

「……ここに来ることになるなんてね」

 

 誰に言うでもなく小さく呟き、装備へ手を伸ばした。

 普段なら必要以上に本気を出そうとはしない。なるべく疲れることは避ける。

 後輩たちの前ではやさしい話し方をして、自分を『おじさん』と呼ぶ。

 けれど、今だけはそんなものを被っている場合ではない。

 現地ホシノは一つずつ装備を身につけていく。

 武器を確認し。長い間眠っていた装備品を装着する。

 最後に髪へ手を伸ばし、普段とは違う形へ纏める。

 

「……」

 

 ふと鏡を見るそこに映っている姿は。

 

 少し前まで自分とは異なる未来を歩んだ存在だと思っていた。

 臨戦ホシノと驚くほどよく似ていた。

 

「……今、行きます」

 

 現地ホシノは鏡から目を逸らし、部屋を出た。

 

◆

 

「もういいの?」

 

 戻ってきた現地ホシノの姿を見て、臨戦ホシノが声を掛けた。

 

「うん…もう十分休んだからねぇ~」

 

「ホシノ先輩……?」

 

 現地ホシノはそんな後輩たちの反応を気にせず、真っ直ぐ臨戦ホシノの前まで歩いていく。

 二人が並ぶと鏡写しの様だった。髪型も。装備も。雰囲気まで。

 まるで同じ人物が二人いるかのようだった。

 

「……もう一人の私」

 

「……何かな? この世界の私」

 

 臨戦ホシノが少し笑ってから返事をした。 

 

「ユメ先輩のところまで、案内して」

 

「いいよ」

 

 即答だった。

 

「私たちも行きます」

 

 アヤネが立ち上がる。

 

「こんな状況で二人だけ行かせるわけないでしょ!」

 

 セリカも当然のように続く。

 

「私も行きます。そのユメ先輩っていう人のこと、もっと知りたいですし」

 

「ん。私も行く」

 

 ノノミとシロコも加わる。

 

「……みんな」

 

 現地ホシノは後輩たちを見ながら、少しだけ表情を緩めた。

 

「ありがとう」

 

 ただ素直に自分の言葉で礼を言う。

 

「じゃあ今から――」

 

「待って」

 

 アヤネが時計を見る。

 

「もう夜もかなり遅いです。先生たちが今すぐ向かうという話でもないんですよね?」

 

「うん。まだ準備に数日は掛かると思うよ」

 

「でしたら、今日は休んで明日の朝から動きましょう。何があるか分からないのに、睡眠不足の状態で出発する方が危険です」

 

「……それもそうだね」

 

 現地ホシノも無理に反対しなかった。

 

「じゃあ今日は寝よっか。朝になったらシャーレへ行って、それからユメ先輩に会いに行こう」

 

 そんな結論になり長かった一日は終わった。

 

 その日の夜、後輩たちが眠りについた後も、二人のホシノだけは校舎の外へ並んで座っていた。

 昼間とは違ってアビドスの夜は静かで、頭上にはいつも通りの星空が広がっている。明日になればシャーレへ向かい、その先で死んだと思っていた人にもう一度会えるかもしれない。

 二人ともそれを分かっているからこそ、なかなか眠る気にはなれなかった。

 

「……ねぇ」

 

「ん~?」

 

 現地ホシノが星空を見上げたまま声を掛けると、臨戦ホシノも同じように空を眺めながら返事をした。

 

「ユメ先輩に会ったらさ――最初に何を話すか決まってる……?」

 

「……多分、この世界の私と同じだと思うよ」

 

「そっか……」

 

 そう言われた現地ホシノは星空を見上げたまま、改めて自分なら何を言うのか考えてみる。

 会いたかった。それは当然だった。

 

 もう一度話せたら。

 

 もう一度あの声を聞けたら。

 

 そう思ったことは何度もある。けれど、実際にその機会が訪れるかもしれないとなると、最初に口から出てくる言葉は一つしか思い浮かばなかった。

 

「やっぱり……謝りたいかなぁ……」

 

「……やっぱそうだよね」

 

 臨戦ホシノも静かに頷いた。

 

「ずっとさ……考えてたんだ。もっと私がちゃんとしてればよかったとか、もっとユメ先輩の話を聞いてればよかったとか……私がもう少し何かできてたら、違ったのかなって」

 

 普段なら口にしない言葉が、今夜だけは不思議と止まらなかった。

 

「ユメ先輩がいなくなってから、何度考えても答えなんて出なかったし……謝ったところで何かが変わるわけでもないんだけどさ」

 

 現地ホシノは膝の上で組んだ手を僅かに握り締める。

 

「それでも、もし本当に会えるなら……最初にちゃんと『ごめんなさい』って言いたい」

 

「そうだね」

 

「いっぱい迷惑かけたし、いっぱい心配もかけたし……最後まで何も返せなかったから」

 

 臨戦ホシノは何も否定せず、静かにその言葉を聞いていた。

 自分にも覚えがあるからこそ、安易に慰めることも否定することもしなかった。

 

「もう一人の私も……同じ?」

 

「うん。私も最初は謝るよ」

 

 臨戦ホシノは少しだけ困ったように笑った。

 

「今の君よりほんのちょびっとだけ長く過ごして来たけど、そこだけは全然変わらなかったみたい。会えたらまず謝りたいし、その後で……いっぱい話をしたいかなぁ」

 

「……そっか」

 

「まぁユメ先輩の事だから、こんなバカな私達を許してくれちゃうんだろうけどねぇ~」

 

「それは……ありそう」

 

 二人は顔を見合わせ、少しだけ笑った。

 死んでしまった相手には、どれだけ後悔しても謝ることはできない。

 けれど今回だけは、理由も何も分からないままではあるが、もう一度その機会が与えられようとしている。

 

「……たとえ嫌われても、ちゃんと話し合うよ」

 

 現地ホシノが小さく呟く。

 

「……そうだね」

 

「ちゃんと謝って、ちゃんとしてから……それから色々話したい」

 

 臨戦ホシノも同じように星空を見上げた。

 

「会えるなら、今度はちゃんと話せるからね」

 

「……うん」

 

 明日になればシャーレへ向かい、その先にいるユメへ会いに行く。

 二人はそれ以上多くを話さず、それぞれが胸の内に抱えてきた後悔を思い返しながら、しばらく並んで静かなアビドスの夜空を眺め続けていた。

 

◆

 

 翌朝になり外の様子を見るとずいぶん様変わりしていた。

 

 「なに…これ…?」

 

 現地ホシノは窓の前で固まっていた。

 昨夜まで普通だったはずの空が真紅に染まっている。

 

「……ねぇ、何か知ってる?」

 

「あ~…そうなっちゃうのか~」

 

 隣に居た臨戦ホシノは頭を抱えて唸っていた。

 

 そしてアビドスの校舎からでも見える、遥か向こう昨日まで何もなかった場所に巨大な虚妄のサンクトゥムがそびえ立っていた。

 それだけではない、街の各所には大量の敵が出現し遠方からは既に銃声まで聞こえている。

 

「……ねぇ、臨戦おじさん!?」

 

「……やっぱりそう簡単には行かないか~」

 

 臨戦ホシノが苦笑する。

 

「やっぱり厄介事で確定かぁ~…トホホだねぇ…」

 

 現地ホシノは盾を手に取り、遠くにそびえる塔を真っ直ぐ見据えた。

 

「どうする?」

 

「決まってるでしょ」

 

 現地ホシノは武器を確認すると、いつもの眠たそうな笑顔ではなく真剣な表情を浮かべる。

 

「邪魔なものを片付けて、ユメ先輩に会いに行く」

 

「それでこそ私だね」

 

 その言葉を待っていたかのように、後ろから対策委員会の四人がやって来る。

 

「ホシノ先輩、外の状況を確認しました!」

 

 アヤネが端末を持って走ってくる。

 

「かなりの数の敵が出現しています。それにあの塔の周辺は特に反応が集中しています!」

 

「ん。ならあれから壊す」

 

「簡単に言うわね……でもやるしかないでしょ!」

 

「皆さんで頑張りましょう。早く終わらせて、もう一人の先輩に会いに行かないといけませんから♪」

 

 シロコ、セリカ、ノノミも既に準備を整えていた。

 現地ホシノは後輩たちを見渡した後、隣に立つもう一人の自分へ視線を向ける。

 

「そっちの私、遅れないでねぇ~?」

 

「ハハ、面白い事を言うねぇ~。こっちはレベルマ、スキルマ、固有4だからね。文字通りレベルが違う所を見せてあげるよ!」

 

 二人のホシノが同時に前を向いた。

 昨夜までは、ただユメに会うためにシャーレへ向かうつもりだった。

 しかし、その前にどうしても片付けなければならない邪魔者が現れてしまった。

 こうしてアビドス対策委員会もまた、ユメとの再会を果たすため、目の前にそびえ立つ虚妄のサンクトゥム攻略へ動き出すのだった。

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