連邦生徒会で行われていた緊急会議が終わり、各学園の代表者たちがそれぞれの自治区へ戻るため動き始めた頃。
「はぁ……疲れたぁ……」
先生は会議室を出たところで大きく肩を落とした。
リンへプレナパテスについて説明するだけのつもりだったはずが、気づけば各学園の代表を相手に世界滅亡スイッチを押した人物の弁護をする羽目になり、そのまま虚妄のサンクトゥム攻略の共同作戦まで決まってしまった。
「とりあえず一回シャーレに戻ろうか。元理事とカヤにも状況を――」
『先生! 待ってください!』
シッテムの箱から聞こえてきたアロナの慌てた声に、先生は足を止めた。
『今、虚妄のサンクトゥムの反応をもう一度確認していたんですけど……三ヶ所だけ変なんです!』
「三ヶ所だけ変ってどういう事?」
『アビドス、ミレニアム、トリニティに出現した三つの塔だけ、他と比べても桁違いのエネルギー反応があります。それに内部から、生徒さんにすごくよく似た反応まで出てるんです!』
「……生徒が中にいるの?」
『それが分からないんです。普通の生体反応とも、周囲に出現しているミメシスとも少し違っていて……でも放っておくのは危ないと思います!』
「う~ん……」
各学園には既に共同作戦への協力を依頼しているため、通常の虚妄のサンクトゥムについては現地の生徒たちが対応を始めるはずだった。
しかし、そこまで異常な反応を示しているのなら確認しないわけにもいかない。
「先生」
少し後ろで待っていたシロコテラーが声を掛ける。
「行くなら私のワープ使う?」
「うーん……ごめん、お願いできる?」
「ん。任せて」
「三ヶ所全部回ることになるかもしれないけど大丈夫?」
「先生と一緒なら問題ない」
「シロコは頼もしいなぁ」
シロコテラーが片手を伸ばすと、二人の足元に見慣れ始めた黒い穴が広がっていく。
『最初はアビドスから行きましょう!』
「了解。それじゃアビドスから行こうか、シロコ」
「ん」
二人が穴の中へ足を踏み入れると、連邦生徒会の廊下からその姿が消えた。
次に先生が足を着けた時、目の前には見慣れたアビドス高等学校の校舎があった。
「おぉ……本当に一瞬だ」
「ん」
「シロコのワープに慣れたら普通の移動に戻れなくなりそう」
「先生なら好きなだけ使っていいよ」
「絶対便利すぎて駄目になるやつだ」
「ん。人をダメにするワープ」
二人がそんなことを言っていると、校舎の正面から何人もの生徒が姿を現した。
「先生?」
「本当に来た」
先頭にいた二人を見て、今度は先生の方が少し驚いた。
「あれ? ホシノが二人とも同じ格好になってる」
そこには臨戦ホシノだけではなく、現地ホシノまで本気の装備を身につけ、髪をポニーテールに纏めた姿で立っていた。
並んでしまえば細かな違いこそあるものの、遠目からではどちらがどちらか分からないほどよく似ている。
「色々あってね」
現地ホシノは普段の眠たげな口調ではなく、真剣な表情で先生を見る。
「それより先生もあの塔に用事?」
「うん。アロナが、ここのだけ変な反応が出てるって」
臨戦ホシノも遠方にそびえる虚妄のサンクトゥムへ視線を向けた。
「私たちも今からあそこへ行くところだったんだ」
「じゃあちょうどいいから一緒に行こうか」
現地ホシノが頷き、後ろにいたシロコ、ノノミ、セリカ、アヤネもそれぞれ装備を確認する。
先生と二人のホシノを含む対策委員会は、アビドス自治区にそびえる虚妄のサンクトゥムへ向かうことになった。
現地ホシノと臨戦ホシノが同時に前衛へ立ち、シロコとシロコテラーが援護するという光景は、敵側から見れば災害に近いものだった。
「左から来るよ!」
「分かってる、もう一人の私!」
二人のショットガンがほぼ同時に火を噴き、正面から迫っていた敵をまとめて吹き飛ばす。
「ん。右」
「こっちも任せて」
シロコとシロコテラーも息を合わせるように射撃を続け、その後方ではノノミとセリカが残った敵を排除していた。
「……なんかこの組み合わせも久しぶりに見た気がするよ」
先生が呟く。
「先生! 今は感想を言っている場合ではありません!」
「ごめんアヤネ!」
大きな苦戦もなく砂漠を進んでいくと、やがて一行は巨大なタワーの麓へ辿り着いた。
そこにはこれまでの敵とは明らかに違う反応が一つだけ存在している。
『先生! 例の異常反応は…』
「分かってる」
「…………」
「…………」
二人のホシノが揃って固まった。そこに立っていたのは、小鳥遊ホシノだった。
ただし臨戦装備ではない、先生が普段よく見るいつもの制服姿のホシノだった。
「ホシノ先輩……?」
シロコも不思議そうに目を細めた。
「またホシノが増えた……!?」
「先生、そこなんですか!?」
アヤネのツッコミを聞き流しながら、先生は目の前のホシノを観察する。
『解析します!』
アロナの声と共にシッテムの箱へ情報が流れ込んでくる。
『やっぱり普通の生徒さんじゃありません。ホシノさんの情報を元に、虚妄のサンクトゥムが作り出した擬似的な存在みたいです! それと名前のような情報も……えっと……』
「何て書いてあるの?」
『……卑しかホルス』
「卑しかホルス!?」
「「はぁ!?」」
二人のホシノから同時に声が上がった。
「誰が卑しいの!?」
「私そんな名前じゃないんだけど!?」
「私に言われても困るよ!」
ところが当の卑しかホルスは二人の抗議など一切気にせず、先生を見つけると表情をぱっと明るくした。
「あっ先生ぇ~♪」
「え?」
凄い勢いで先生に駆け寄ってくる卑しかホルス。
「ちょっ――」
そのまま先生の腕へ抱きついた。
「先生、私、疲れちゃった~からさ一緒にお昼寝しよぉ~。いっぱい頑張ったから、今日はいっぱい甘やかしてほしいなぁ」
「えっ、戦わないの?」
「今はただ先生に甘えてたいなぁ」
「それでいいの!?」
先生の腕へ頬を擦り寄せながら、卑しかホルスは当然のように答えた。
「だって普段は後輩たちがいるし、私は先輩だから遠慮してるんだよ? シロコちゃんたちが先生に甘えてるの見てても、私まで行ったら先生が困っちゃうかな~って我慢してるし」
「…………やめてぇ!」
現地ホシノの顔が見る見る赤くなっていく。
「それに私が一番強いんだから、私が一番頑張って皆を守らないといけないでしょ? だからたまには先生に『よく頑張ったね』って言ってほしいんだ~」
「やめてって言ってるでしょ!?」
現地ホシノが遂に叫んだ。
「この世界の私、落ち着いて!」
「そっちも顔真っ赤だからね!?」
「…………ハァ!?」
指摘された臨戦ホシノまで顔を背ける。
卑しかホルスはそんな二人を不思議そうに見た後、先生の服を軽く引っ張った。
「先生、座って」
「え?」
「膝枕してほしい」
「それ今やることかな!?」
「早く~」
「……まあ、これでどうにかなるなら。分かったおいで、ホシノ」
先生が諦めて近くの段差へ腰掛けると、卑しかホルスは嬉しそうに先生の膝へ頭を乗せた。
「えへへ~」
先生がその頭を軽く撫でる。
「ホシノはいつも頑張ってるよ。後輩たちのこともよく見てるし、私もかなり頼りにしてる」
「本当?」
「本当だよ」
「えへへ~もっと褒めて、もっと甘やかしてぇ~」
「まだ欲しいの?」
「今日は遠慮しないって決めたからね~」
「欲望に忠実だなぁ……」
先生が困りながらも頭を撫で続ける中、少し離れた場所では二人のホシノが顔を覆っていた。
「……違う」
現地ホシノが小さく呟く。
「私はあそこまでじゃない……!」
「そうだよ!みんな騙されないで!」
臨戦ホシノも必死に同意する。
その時シロコが無慈悲に口を開いた。
「ホシノ先輩はたまに寝言でよく褒めて、甘えたいって言ってたから多分あんな感じになる」
「シロコちゃん!?」
続いてシロコテラーも頷く。
「こっちのホシノ先輩も大して変わらない。先生と二人きりになるとよく甘えてる」
「大きいシロコちゃんまでぇぇぇ何言ってるの!?」
「二人とも同じじゃん……」
セリカが呆れたように呟く。
「ホ、ホシノ先輩にもそういうところがあるんですね……」
「可愛いですね~♪」
アヤネとノノミからまで温かい視線を向けられ、二人のホシノは揃ってその場へ崩れ落ちた。
「もうやだ……」
「ユメ先輩に会う前に帰りたい……」
「二人とも大丈夫?」
「「先生はこっち見ないで!!」」
「なんで!?」
そんな大惨事が起きている間も、卑しかホルスは先生の膝の上で存分に頭を撫でられていた。
暫くすると満足したのか、ゆっくり身体を起こす。
「……満足した?」
「うん♪」
その返事と同時に、卑しかホルスの身体が淡い光へ変わり始めた。
「おっ」
『先生! エネルギー反応が急速に低下しています!』
「本当にこれが正規攻略法だったの!?」
先生が驚く一方で、卑しかホルスは満足そうに二人のホシノを見る。
「二人とももっと素直に甘えればいいんじゃない?」
「「余計なお世話だよ!!」」
「じゃあね、先生~」
最後まで機嫌よく手を振りながら、満足した卑しかホルスは光の粒となって消えていった。
それと同時に塔全体へ亀裂が走り、内部を満たしていた異様なエネルギーが急速に霧散していく。
「……これで攻略?」
『はい! 反応消失しました!』
先生は未だ地面へ座り込んでいる二人のホシノを見る。
「……次からはもっと構ってあげるからね!」
「「もう忘れて!!」」
二人の悲鳴と同時に、アビドスの虚妄のサンクトゥムは完全に消滅した。
◆
『先生! ミレニアム側の異常反応が強くなっています!』
「分かった!じゃあごめん行ってくるね!」
アビドス側の安全を確認した先生は、精神的に大きな傷を負った二人のホシノを対策委員会へ任せると、シロコテラーと共に次の目的地へ移動した。
「シロコ、お願い」
「ん」
再び開いた黒い穴を抜けると、今度はミレニアム自治区へ景色が切り替わる。
そこでは既にゲーム開発部、リオ、ケイ、臨戦トキが虚妄のサンクトゥム攻略のため集まっていた。
「先生!」
真っ先に駆け寄ってきたのはアリスだった。
「ちょうど良いところに来ました! 今なら外で経験値無限稼ぎができますよ!!」
目を輝かせているアリスを一旦落ち着かせ、ケイが先生へ事情を説明する。
「箱舟へ向かう許可自体は出ました。ただ、この塔をどうにかしなければミレニアムを離れるわけにもいきませんので、まずはこちらを攻略します」
「ちょうど良かった。アロナもこのサンクトゥムタワーから変な反応が出てるって言ってるんだ」
「変な反応?」
「アビドスではホシノの幻影というか心の内というか…とにかくそんなのが出てきたんだよ」
「……何ですって?」
「詳しくは本人の名誉のため秘密にしておくよ」
「わかりました、なら先生も一緒に確認しましょう」
ミレニアムのでも大量のミメシスが出現したものの、ゲーム開発部とケイ、臨戦トキ、シロコテラーまで揃っている以上、道中で足止めされることはなかった。
そしてタワーの麓まで辿り着くと、アビドスの時と同じように空間の中央へ大量のエネルギーが集まり始める。
『来ますよ!』
アロナの警告と同時に、人影が姿を現した。
「あれは……アリス?」
モモイが目を丸くする。
そこに立っていたのは、普段と変わらない衣装を着たもう一人のアリスだった。
『解析結果が出ました! このアリスさんも虚妄のサンクトゥムが作り出した擬似的な存在です。それと……名前は……毒舌アリス?』
「毒舌アリス!?」
現地アリスが驚く。
「アリスはそんなに悪口を言いません!」
「う~んそうかな…?」
「モモイ!?」
毒舌アリスは騒ぐ本人を気にすることなく、唐突に口を開いた。
「ガチャはクソです!」
「……え?」
「そもそも、ピックアップ率が低すぎませんか? すり抜けた時の虚しさに勝るものはないですよね? こっちはお金を払って引いているのですよ? どうして欲しいキャラクターではなく、もう持っているキャラクターが出るのですか?」
「わぁぁぁぁぁ!!」
現地アリスが頭を抱える。
「アリスはゲームをプレイしていてそんなこと思ってません!!」
「思っています」
「思ってません!」
「前にすり抜けた時、アリスは光の剣を構えて無言で画面を見ていました」
「あぁぁぁぁ!! 秘密にしてたのに!!」
毒舌アリスはさらに容赦なく続ける。
「そして、ここまで来たら天井まで引こうと思った直後、天井付近でピックアップが出た時の気持ちは何なのでしょう? 嬉しいはずなのに、もう少し早く来てくださいと思ってしまいます」
「……まあ、分かる」
モモイが小さく呟く。
「お姉ちゃん?」
「いや、その……分かるでしょ?」
「わ、私も少しだけ……」
ユズまで控えめに手を上げる。
「ユズちゃんまで!?」
ミドリは否定したそうにしていたが、視線が泳いでいるあたり思い当たる節があるらしい。
「先生はどう思いますか?」
突然話を振られ、先生も少し考える。
「まあ……すり抜けは心に来るよね」
「先生まで!?」
『いや、そんなことはありませんよ!?』
今度はアロナが猛然と反論を始めた。
『無料石もイベントで配ってますし! システムもどんどん改善させてますし! ちゃんと遊んでいれば色々貰えますから!』
「アロナ、なんでそんなに必死なの?」
『お、大人の事情です!』
「アロナがそれ言うの!?」
毒舌アリスはアロナの弁明を聞いても表情を変えなかった。
「ガチャに本当に良いところがあるというのなら、証明してください」
「どうやって?」
「今から単発で当ててみてください」
「……ガチャを?」
「そうです」
何故か虚妄のサンクトゥムの前で世界の危機を救うためのガチャの単発引きが始まった。
「よし、まず私から!」
モモイが自分たちの遊んでいるソーシャルゲームを起動し、単発ガチャを回す。
「来い!」
演出。
低レア。
「やっぱりダメだー!」
「次は私が」
ミドリも挑戦するがもちろん低レア。
「……まあ、単発だしね」
「わ、私も……」
ユズも引いてみるが低レア。
「うぅ…無理でした」
「アリスも挑戦します!」
現地アリスも低レアしか引けなかった。
「…………」
毒舌アリスが冷静な顔で全員を見る。
「これが現実です」
「ぐぅ……!」
誰も反論できない。
「やはりガチャに希望など――」
「待って」
先生が止める。
「最後、私が押してみてもいい?」
「先生が?」
「うんでも私はそのゲームをやってないから。毒舌アリスの分でもいいかな?」
「まぁ……構いませんが」
毒舌アリスが端末を差し出す。
先生は何も考えずガチャボタンを押した。
「……え!?」
モモイが画面へ顔を近づける。
「ちょっと待って、これ……」
「最高レア演出です!」
そして表示されたのは現在ピックアップされているキャラクター。
「「「「ええええええ!?」」」」
ゲーム開発部から絶叫が上がる。
「単発!?」
「先生単発で出したの!?」
「す、すごい……」
「先生は豪運勇者です!」
「…………」
毒舌アリスは画面を見つめたまま動かなかった。
やがてその目が少しだけ輝き始める。
「単発で…?」
「ん?」
「これが…ガチャの……いいところなのですね……」
どこか悟りを開いたような穏やかな笑みを浮かべると、その身体が少しずつ光へ変わり始めた。
「おっ、今度もいけた?」
『エネルギー反応が低下しています!』
「先生のおかげで向こうのアリスもガチャの楽しさを理解しました!」
現地アリスが嬉しそうに笑っていたが。毒舌アリスが何かに気付いたように止まる。
「…………待ってください」
毒舌アリスの表情が再び曇った。
「このキャラクター……育成素材が足りません」
「……」
「スキル上げ素材もありません」
「ちょっと待って」
モモイが嫌な予感を覚える。
「それに、このキャラクターと相性の良いキャラクターを持っていません」
「考えちゃ駄目だよ!」
「装備の強化も……」
「アリス!」
「育成にも石を――」
「ああああああああああああああ!!」
毒舌アリスは頭を抱えて絶叫し、そのまま一気に光の粒となって消滅した。
「…………」
静かになった。
現地アリスがゆっくり先生を見る。
「先生」
「何?」
「アリスは何も見ませんでした」
「でもあれがアリスの本音なんだよね?」
「ち、違いますよ!?」
その直後、二つ目の虚妄のサンクトゥムも大きく震えながら崩れ始めた。
「……リオ、これ本当に世界を救うための攻略で合ってる?」
「私に聞かないでくれないかしら?」
リオも完全に困惑していた。
「ただ、ガチャなんかにお金を掛けるなんて合理的じゃないわ。もっと有意義な事にお金を――」
そう言いかけた所で臨戦トキがスケッチブックに【横領都市】とだけ書いてリオに見せるとリオは黙って目を逸らすのだった。
そしてそんな二人を呆れた目で見つめていたケイだった。
◆
『先生! 三ヶ所目、トリニティの反応がさらに強くなっています!』
「はいはい、次行こうか……」
もはや何が出てきても驚かない気がしてきた先生は、シロコテラーと共に三度目のワープへ飛び込んだ。
次に現れたのはトリニティ自治区。そして少し離れた場所から、見覚えのある四人が大量の買い物袋を抱えながら走ってくる。
「先生?」
水着サオリが足を止める。
「何故ここに?」
「この塔から、また変な反応が出てるんだって」
「そうなんですか?」
「またって、他の所で何か出たの?」
クルミに尋ねられ、先生は指を二本立てる。
「ホシノとアリス」
「…………」
四人が同時にタワーを見る。
「なら、ここでも誰か出てくる可能性が高そうだな」
「そういうこと」
「誰が出てくるんでしょうか」
「トリニティだし、予想はつくけど」
クルミの言葉に水着サオリとアツコが何とも言えない表情を浮かべた。
「とりあえず行こうか」
先生とシロコテラーを加えた四人は買い物袋を抱えたまま虚妄のサンクトゥムへ急ぐのだった。
タワーへ到着した時点で、先生には何となく嫌な予感がしていた。
アビドスではホシノ。
ミレニアムではアリス。
ならばトリニティでは誰が出てくるのか。
答えはすぐに現れた、光が集まり。桃色の髪が揺れる。
「やっぱりお前か…」
水着サオリが呟くとそこには普段の制服姿のミカが立っていた。
『解析できました! 今回も虚妄のサンクトゥムが生徒さんの情報を元に作った存在です。それと名称は……』
アロナが少し言いづらそうに続ける。
『独占欲の魔女……です』
「名前から既に嫌な予感しかしないなぁ……」
先生が一応警戒していると。独占欲の魔女は先生の姿を見つけると、一瞬で笑顔になった。
「先生来てくれたんだ♡」
「うわっ」
そのまま先生の腕へ抱きつく。
「ねえ先生、今日は私の騎士になってくれるよね?」
「……何それ」
「いっぱい可愛いって言って、頭も撫でて、疲れたら抱っこしてほしいな。それからずっと私と一緒にいてね♡」
「要求が多い!」
先生が驚く一方で後ろの四人は誰一人驚いていなかった。
「え!? みんな、もっと反応ないの? ミカがこんなことを秘めていたんて!?みたいなの無いの!?」
「いつものミカだな」
水着サオリが淡々と答える。
「うん。いつものミカさん」
アツコも頷く。
「付き合いはそこまで長くありませんけど、先生絡みの時のミカさんを見ていれば、まあ……」
ニコが苦笑する。
「このくらいの願望くらいあるだろうなとは思ってたわ」
クルミまで普通に受け入れている。
「これがいつものミカなの!?」
「多少誇張されているが、まぁ方向性は同じだろ」
「怖いこと言わないでサオリ!」
そんなやり取りをしている間にも、独占欲の魔女は先生の腕を離そうとしない。
「先生、頭撫でて?」
「うん、よしよし」
先生が頭を撫でる。
「可愛いって言って」
「……ミカは可愛いよ」
「えへへ♡ もっと言って」
「可愛い可愛い」
「心がこもってない!」
「注文が多いなぁ!」
「だって私はお姫様なんだから!」
そこから暫くの間、先生は頭を撫でたり、手を握ったり、独占欲の魔女が満足するまで可能な範囲でお姫様扱いを続けることになった。
「先生♡」
「今度は何?」
「これからもずっと私だけ見ててね。他の女の子にはあんまり優しくしなくていいから、先生の一番はずっと私で――」
「う~ん……」
先生が少し困ったような顔をする。
「それはちょっと重いかな……」
「…………は?」
独占欲の魔女が停止した。
「……重い?」
「ちょっとだけね」
「…………」
その身体が突然光り始める。
「あっ」
『反応低下してます!』
「待って待って待って!?」
独占欲の魔女自身が一番慌てた。
「改善するから!」
「え?」
「他の子見てもいいし、優しくしてもいいから! 少しくらいなら我慢するからぁ!」
「えぇ!?どうしたのミカ、ちょっと落ち着いて――」
「だから見捨てないでぇぇぇぇぇぇ!!」
「見捨てるなんて言ってないよ!?」
最後まで先生へ手を伸ばしながら、独占欲の魔女は光の粒となって消えていった。
「えぇ……?」
先生は暫く消えた場所を見つめる。
「最後までミカさんだったね」
アツコがしみじみと呟く。
「ああ、先生が絡むと情緒が不安定になるところがそっくりだったな」
「非常に分かりやすかったですねぇ」
「むしろ先生は普段からの態度でなんでわからないの?」
「ん。先生はクソボケだから」
「みんなミカと私への評価厳しくない!?」
先生がみんなに突っ込みを入れた直後、三つ目の虚妄のサンクトゥムにも大きな亀裂が走った。
完全に消滅した後、先生たちは一度トリニティの市街地へ戻ることにした。
先ほどまで混乱していた生徒たちも、周辺に出現していた敵の数が減ったことで少しずつ落ち着きを取り戻している。
「先生!」
「あっ」
向こうから現地ミカが現れた、隣には現地セイアもいる。
「みんな無事だったんだね☆ 急にあのタワーが消えたけど、先生たちが何かしたの?」
「あ、うん。そうだよ」
全員の視線が自然とミカへ集中する。
現地ミカはすぐその異変に気付く。
「……何?」
「いや」
水着サオリが生暖かい目を向ける。
「別に何でもないよ~♪」
アツコも優しく笑う。
「何でもありませんよ♪」
ニコまで妙に優しい。
「へぇ~……」
クルミは何か納得したように頷いている。
「ちょっと待って! 何その目!?」
「皆、どうしたんだ?」
現地セイアも事情がわからず、不思議そうに首を傾げる。
「先生までそんな何かを訴えるような目で見つめて、どうしたの!?」
「いやぁ……」
「何!? 私が知らないところで何があったの!?」
先生がどう答えようか悩んでいた、その時だった。
『先生!!』
「うわっ!」
突然アロナの大声が響き、先生はミカへの説明を一旦中断する。
『大変です! 今すぐこれを見てください!』
「なに?」
先生が画面に目を向けると。
「……あれ?」
画面上に残っていた別の虚妄のサンクトゥムの反応がどんどん消失していく。
『キヴォトス各地の虚妄のサンクトゥムから、急速にエネルギー反応が消えています!』
アロナが慌てて情報を確認する。
『先生たちが攻略した三つのタワーが他の塔とは比べ物にならないくらい大量のエネルギーを蓄えていて、どうやら三つが中核みたいな役割をしていたみたいです!』
「中核?」
『はい! この三つから他の虚妄のサンクトゥムへエネルギーが供給されていた可能性が高いです。だから三つ全部なくなったことで、残りの塔も維持できなくなってます!』
「ちょっと待って! じゃあ私たちは偶然一番大事な三つだけ潰したって事!?」
『そうなります!』
「………マジか」
先生は今日一日の出来事を振り返る。
ホシノを甘やかした。
アリスの代わりにガチャを引いた。
ミカをお姫様扱いした。
その結果、世界が救われようとしている。
「……そんなことある?」
隣のシロコテラーが親指を立てる。
「ん。最終章RTA」
「シロコ、RTAって言わないで。一応滅亡の危機だからさ」
通信障害も少しずつ改善しているからか。そのタイミングで、先生の端末に着信が入った。
「リン?」
『先生! 各地の虚妄のサンクトゥムが消滅していることを確認しました! 一体何をしたんですか!?』
「えっと……」
先生は少し考えた。
「生徒達の…メンタルケアをしてた…」
『……はい?』
「ごめん私にもよく分からないんだ!」
『先生、真面目に答えてください!』
「こっちは大真面目だよ!?」
『そんな方法で世界規模の異常が収束するわけ――』
「でも実際消えてるじゃん!」
『…………』
リンが黙った。
「……信じてくれた?」
先生たちがそんなやり取りをしている間にも、キヴォトス各地にそびえていた虚妄のサンクトゥムは次々と崩壊していった。
各学園がミメシスの迎撃や避難誘導を続けてくれていたからこそ、先生たちは三つの異常な塔だけに集中することができた。そして結果だけを見れば、アロナが偶然発見した三ヶ所を真っ直ぐ攻略したことで、考え得る中でも最短に近い経路で事態を収束させたことになる。
紅く染まっていた空にも少しずつ本来の色が戻り始め、街中から聞こえていた銃声も徐々に少なくなっていった。
「……終わった?」
『虚妄のサンクトゥムについては、ほぼ全て反応が消えています!』
「何とかなったから、よし!」
先生はようやく今日初めて心の底から安堵し、両腕を大きく伸ばした。
「じゃあ、これでようやく本題に戻れるね」
先生が空を見上げる。
この遥か上空には世界を滅ぼす予定だったはずなのに途中で遭難し、うっかり世界滅亡スイッチを押し、その後始末まで先生たちへ丸投げしたプレナパテス。
今の所声だけしかわからないプラナという謎の存在。そしてずっと自転車を漕いでいた、謎の少女が待っている。
「シロコ」
「ん」
「一回みんなと合流して、準備ができたら箱舟に行こう」
「分かった」
ようやく虚妄のサンクトゥムという巨大な寄り道を終えた先生たちは、本来の目的だったアトラ・ハシースの箱舟救出作戦へ戻ることになった。