ユカリに案内されて辿り着いた先で、先生たちはようやく現地のキキョウと顔を合わせることができた。
「キキョウ先輩! 百花繚乱のお話がありますの!」
「……そう」
勢いよく切り出すユカリとは対照的に、キキョウの反応はどこか冷めていた。
先生と、その後ろに控えている白と黒の狐面へ一度ずつ視線を向けた後、キキョウは小さく息を吐く。
「大体予想はつくけど、一応聞くわ。言ってみなさい?」
「身共はナグサ先輩との継承戦を行いますわ!」
「…………」
「百花繚乱をこのまま終わらせるつもりはありませんの! ですからキキョウ先輩にも――」
「断る」
「まだ最後まで言っておりませんわ!?」
「最後まで聞く必要ないから」
あまりにも早い拒絶に、ユカリが言葉を詰まらせる。
一方、その後ろでは。
「…………」
黒い狐面を被ったキキョウが、既に若干俯いていた。
先生が小声で尋ねる。
「大丈夫?」
「……まだ大丈夫」
「まだ?」
「この先もっと酷くなるから」
「そんな予告聞きたくなかったなぁ……」
「私も言いたくなかった…」
狐面の隣では、ナグサが何とも言えない顔で現地キキョウを見つめていた。
「ナグサ先輩」
「何?」
「他人事みたいな顔しないで」
「………」
「忘れてないと思うけど百花繚乱がこうなった原因の一端はナグサ先輩にもあるんだからね」
「……忘れるわけないよ」
ナグサは素直に姿勢を正した。
その間にも、ユカリと現地キキョウの話は続いている。
「どうしてですの!? レンゲ先輩にも先ほど断られてしまいましたが、キキョウ先輩まで――」
「レンゲにも会ったんだ」
「はいですの!」
「……そう」
キキョウは少しだけ視線を伏せる。
「ならレンゲからも少しくらい聞いたんじゃない?」
「今の百花繚乱が、以前のような状態ではないことはお聞きしましたの……」
「だったら分かるでしょ」
キキョウの声が少しだけ低くなった。
「百花繚乱はもう終わったの」
「終わってなんか――!」
「終わったの!」
ユカリの言葉を遮る。
「ナグサ先輩が、一度だけ戻ってきたことがある」
「……ナグサ先輩が?」
ユカリの表情が変わる。
先生も黙って話を聞いた。
「何かを説明するためじゃない。何かを相談するためでもない」
キキョウは淡々と続ける。
「百花繚乱の証を置いて、そのまま消えた」
「…………」
白い狐面の奥で、ナグサが僅かに俯いた。
「だから私は解散令を出した。それだけ」
「ですが……!」
「何?」
「だからこそ、身共が継承戦を行えば――」
「夢物語でしょ」
その一言に、ユカリの勢いが止まった。
「……え?」
「ユカリ。あんた、本気で自分がナグサ先輩に勝てると思ってるの?」
「それは……」
「家を継ぐまでのお遊びで百花繚乱に入ってるあんたが?」
「…………」
ユカリの顔から笑みが消える。
「いつか家へ戻るまで、少し格好良いことをしてみたい。そんな気持ちで入ったあんたが、ナグサ先輩の全部を背負えるの?」
「…………」
「所詮、あんたが言ってることなんて――」
「アンタだって心にもないこと言ってんじゃないわよ!」
突然。黒い狐面から鋭い声が飛んだ。
全員の視線が一斉にそちらへ向く。
「そういう素直じゃないところが見ていて本当に反吐が出る!」
そこまで言ってから。キキョウは現状を理解して固まった。
「…………」
やってしまった。
狐面の奥で、それがありありと伝わってくる。
先生も「あっ」という顔になった。
ユカリは目を丸くし、現地キキョウは完全に警戒した視線を向けている。
「……あなた」
「…………ニャ」
「…………は?」
「……反吐が出るニャ」
微妙な沈黙が流れた。
先生が耐えきれず、小声で聞く。
「それって何かの作戦だったりする?」
「今は何も言わないで」
「了解。でも私は凄く大事な事を伝えた気がするよ」
先生にフォローされても、キキョウは今すぐ地面へ埋まりたそうだった。
「…………」
現地キキョウは、すぐに口を開かなった。
むしろ、先ほどの言葉を自分の中で反芻するように目を瞑り黙り込んで何かを考えているようだった。
そして答えが出たのか、ユカリへ視線を戻した。
「……ごめんなさい」
「キキョウ先輩……?」
「確かに、今のは心にもないことを言ったわ。家を継ぐまでのお遊びだなんて……本気でそう思ってるわけじゃないのに八つ当たりしてしまったわ」
「…………」
キキョウは少しだけ目を細めた。
「ただ継承戦が無謀だと思っているのは本当。今のままナグサ先輩へ挑んでも、勝てないと思っているのは本心」
「……はい」
ユカリは小さく頷いた。
「じゃあ次は、勝てるかどうかを考える前に、まず本人を見つける所からかな?」
先生が口を開く。
「…………」
「…………」
現地キキョウとユカリが揃って黙る。
「ちなみに聞くんだけどナグサって今どこにいるの?」
「……分からない」
「連絡は?」
「つかない」
「ユカリは?」
「身共も探してはいるのですが……」
「じゃあ結局、捜索からかぁ」
先生が腕を組んで考え始めたその時後方から声が上がる。
「……方法はある」
白い狐面が静かに手を上げた。
「本当ですの!?」
「どうやって探すの?」
先生が尋ねるとナグサは迷いなく答えた。
「焼き鳥を焼く」
あまりに突拍子もない提案に四人全員が黙った。
「人を探してるんだよ?」
「知ってるよ?」
「じゃあ何で焼き鳥?」
「それでわ…ナグサが来るから」
「マジ?」
キキョウがゆっくりナグサへ視線を向けてから。
「……私でさえそんな習性知らないんだけど」
「私が一番ナグサを知ってる」
「それはそうだけど、その理屈で納得したくない」
「ナグサ先輩は焼き鳥でおびき寄せられる生き物なんですの!?」
「そんな珍獣扱いしないで」
提案した本人が不満そうに言う。
先生は暫く考えた末。
「……まあ、来なかったらみんなで焼き鳥食べればいいか」
「採用するんですの!?」
「一回だけ試しでやってみよう」
それから暫くして。百鬼夜行の人通りから少し外れた場所では、何故か先生たちによる焼き鳥大会が始まっていた。
「先生、もう少し焼いて」
「はいはい」
「タレは?」
「私は塩」
「好みまで指定するんだね」
「ここが大事だから」
ナグサは至って真剣だった。先生が網の上でねぎまをひっくり返す。
脂が炭へ落ち、香ばしい匂いが辺りへ広がった。
「……これ、身共たちは本当にナグサ先輩を探しているんですわよね?」
「そう…だよね?」
「先生までそんな不安な声にならないでくださいませ!」
ユカリと先生はまだ半信半疑だった。
現地キキョウに至っては完全に呆れた表情である。
「こんなので本当にナグサ先輩が来たら、私ちょっと見る目変わるんだけど」
「来るよ」
「その自信どこから来るの?」
「それは言えない」
現地キキョウが溜息を吐く。
「まぁ、無駄だと思うけどね」
先生が焼き上がった一本をナグサへ渡す。
「食べる?」
「まだ要らない」
「珍しいね」
「今食べたら目的が変わる」
「あっそこは自覚あるんだ……」
そんなやり取りを続けていると。
カサッ。
少し離れた茂みから音がした。
全員がそちらを見ると。そこにはみんなが探していた一人の少女が立っていた。
現地のナグサその人が腹を鳴らしながら立っていた。
みんな本当に焼き鳥で釣れた衝撃でしばらく誰も喋らなかった。
ナグサが静かに胸を張る。
「ほら来た」
「本当に来ましたわーーーー!?」
ユカリの絶叫が響く。
「嘘でしょ……!?」
現地キキョウも完全に引いている。
「ナグサって焼き鳥で釣れるんだ……」
「先生、それは失礼じゃない?」
「提案したの君だよね!?」
そんな騒ぎの中心で現地ナグサは平静を装っていた。
「……偶然、近くを通っただけ」
キキョウが即座に返す。
「お腹なってたわよね?」
「なってない」
「香りも嗅いでいたわよね」
「気のせい」
現地ナグサはなぜか頑なに認めなかったが現実として現れている。
そんな時現地ナグサがふと、白い狐面を被った少女へ視線を止める。
「……何?」
ナグサが首を傾げる。
「…………」
現地ナグサが一歩近づく。
「この呼び出し方……」
「?」
「もしかして」
さらに一歩。
「……アヤメ?」
「………は?」
ナグサが固まった。
「違う」
「でも、この方法を知ってるのは――」
「違う!」
「アヤメなんでしょ?」
「違うってば!」
「じゃあ狐面取って」
「それは嫌」
「やっぱりアヤメなの…?」
「何でそうなるの?」
ナグサの声に、早くも疲労が混ざり始める。
「そもそも髪の色も声も全然違うでしょ?」
現地ナグサが白狐面から覗く髪を見る。
「…………」
そして。
「私とお揃いにしてくれたの?」
「違う!」
「嬉しい!!」
「だから違うって!」
「アヤメ、そういうことするタイプじゃなかったのに!」
「お願い話を聞いて!」
「えっもしかしてサプライズ?」
「ふふふ…話を聞いてくれません……」
どんなに声を掛けても現地ナグサは止まらない。
「その狐面も私を驚かせるため?」
「違う」
「声も少し変えてる?」
「変えてない。地声だよ」
「じゃあやっぱり――」
「…………」
ナグサは諦めたように先生たちの方へ顔を向けた。
「何、この人の話を全然聞かない面倒くさい子……」
「…………」
先生は声を出せなかった。
ここで下手なことを言えば正体がバレる。
ナグサを真っ直ぐ見つめた後に口だけを大きく動かす。
『き・み・だ・よ・き・み!』
「…………?」
ナグサが首を傾げた。
その横ではキキョウが無言で糸を取り出していた。
器用な指先で、あやとりを組み上げていく。
数秒後。文字が完成した。
『お前だバカ』
ナグサが固まる。
ナグサはゆっくりと目の前の自分を見る。
現地ナグサはまだ「アヤメ?」と首を傾げている。
再びキキョウを見る。
「……こんなに面倒くさかった?」
キキョウが力強く頷いて、先生も高速で頷いた。
「…………」
ナグサが僅かに肩を落とす。
「自分を客観的に見るって……大事なんだね」
「良い勉強になったでしょ」
「なったよ……」
一方、ユカリと現地キキョウは、突然あやとりで何かを伝え合い始めた三人を不思議そうに眺めていた。
「先生?」
「何でもないよ」
「何でもないようには見えませんの……」
「気のせい気のせい!」
先生は笑って誤魔化した。
ただ現地ナグサが何度も口にした名前だけは、少しだけ気になっていた。
――アヤメ。
ナグサがここまで取り乱す相手。
一体、誰なのだろう。先生はそう思いながらも、今は口に出さず、再び焼き鳥の網へ視線を戻した。
その隣では、ナグサが無言で焼き上がったねぎまへ手を伸ばしていた。
「結局食べるんだ」
「……今は現実逃避したい」
「そういう時もあるよね。いっぱい食べな」
「……うん」
「一応作戦成功かな?」
かなり奇抜な方法だったが一応目標を確保することが出来たのだった。