デジモンを題材にしていますが、アニメやゲーム等の他タイトルとは異なる世界観を描いた内容になっています。
他人と接するのは得意じゃない。
我々デジタルモンスター――デジモンにとって他者は敵だ。弱肉強食の掟から逆らうことはできない。
一時的な協力関係を結ぶことはあっても、それは仲間ではなく別の獲物を狙うため利害の一致した共犯者に過ぎない。
だが皮肉にも俺は、他人と関わることを半ば強制される生業についていた。
鍛冶職人。
このデジタルワールドにおいてそれほど数も多くない武具生成のプロ。それが俺の仕事だ。
なりたかったわけではないが適性があった。
自分が”ウルカヌスモン“という種族へと進化した瞬間から運命は決まっていたのかもしれない。
溶接用の火炎「ボンバーアート」を胸部の砲から放射し、その場で武器を生成するという特技。
戦闘に心得のなかった俺はこの技能を活かした職で生きることにした。自身の持つスキルを最大限に活用する道を選んだのだ。
それでも、他人と接するのは得意じゃない。
だから、大きな街から少し離れた小高い丘に職人小屋を建てた。
俺の腕を信頼してくれる、付き合いの長い顧客とだけ商売をすればそれでいい。
俺ももう究極体だ、他者をなるべく遠ざけて残りの生を全うできれば充分だった。
……だったのだが。
「ウルちゃーん! お掃除終わったよー」
「だあああああ! そのウルちゃんっての、やめろって言ってんだろうが!」
家の外から、異世界の生き物――アイラが声をかけてきた。
俺をウルちゃんなどと珍妙な愛称で呼ぶ彼女は、俺の家であり職場でもある「鍛冶屋ヴァルカン」で共同生活を送っている人間の子どもだ。
肩までで切り揃えた栗色の髪が特徴だが、他には薄い布の装備だけで羽も角も牙もない。人間とはずいぶん地味な種族だなと俺は思った。
「もー、お客さん商売なんだから。怒ってないでスマイルだよー、スマイル!」
玄関からバケツと雑巾を持ったアイラが店に入ってくる。
言いながら顔をニカッと緩ませるが、俺は笑顔で返したりはしない。
孤高の職人が他人に媚びを売るような真似はゴメンだ。
アイラはそんな俺の態度にぷくっと頬を膨らませて抗議の色を見せたが、こちらが動じないことを悟るとしゅんとして、手にしたバケツを家の裏まで片づけに戻った。
次から次へよく表情の変わるヤツだ。
「まったく。なんで俺があんなチビの面倒を……」
デジタルワールドに迷いこむ人間は多くないものの、まったく事例がないということでもない。
ごく稀に”時空摩擦“と呼ばれる偶発的な事故が発生し、二つの世界を繋ぐゲートが開いて遭難者が迷い込むのだ。
現段階で人間の世界と意図的に接続する術はなく、アイラも元の世界へ帰ることができないでいた。
はじめて出会った夜、軒先で激しい明滅が起こったのを不審に思い様子を見に行くと、すぐそこで彼女は倒れていた。
俺には何の関係もないので放っておいてもよかったが、下手に見つけてしまった以上他の野生デジモンに食われでもしたら寝覚めが悪い。
厄介事は背負い込みたくなかったが、悩んだ末に俺は彼女を家へと連れ帰った。
とても小さな人間だ。
人間がどのように進化するのか、彼女の成長レベルがいくつなのかは不明だが、おそらくまだ子どもだろう。一人で生きていく技を持っているかも分からない。
そもそも人間は戦うのだろうか。
デジタルワールドにおいて弱さは罪。強き者が覇権を握り、力を持たぬ者は虐げられるのがルール。それは迷子の人間であろうと変わらない。
だが俺は、目の前の少女がそうして命を奪われる可能性を呑み込めなかった。
何故だか分からないが、彼女が自立できるまで面倒を見てやるべきだと考えたのだ。
今となっては、余計なことをしたと後悔している。
やがて目覚めたアイラは俺の姿に酷く怯えていた。無理もない。
人間は基本的にどれも同じような見た目をしているようだが、デジモンは姿形も千差万別だ。俺にしたって彼女に比べれば六本ほど腕も多いし、身長もかなり大きい。向こうから見れば俺は巨人の怪物に見えることだろう。
泣きじゃくる彼女をなんとかなだめすかし、名前や生い立ちを聞く。
人間の生態がよく分からないため彼女の話も半分ほどしか理解できなかったが、このアイラという少女は友人と遊んで自宅へ帰る途中で時空摩擦に巻き込まれた、ごく一般的な八歳の女の子ということだった。八歳? 女の子?
途方に暮れた様子の彼女に「元の世界に帰れるまでは此処で好きに暮らせばいい」と伝えると、不安そうな顔が少しだけ晴れやかになる。
そうして、俺とアイラの奇妙な共同生活が始まったのだ。
はじめは恐怖と困惑ばかりだったアイラだが、一度心を許すと彼女はとても明るく素直な性格だ。
要領も良いし、何よりよく笑うので不快な感じがしない。
「ウルちゃん、ごはんできたよ!」
いつしかアイラは、俺のことをウルちゃんと呼び始めた。
「そのウルちゃんっての、やめてくれねぇか」
「えー? いいじゃん、可愛いし」
だから嫌なんだよ。可愛くなくて結構。
しかし俺が他人の手料理を口にするとは。腹に入れば何でも同じだという考え方だった俺は、手間暇かけて支度するアイラを訝しげに見ていた。
だが、口に入れてみると……これは。
「……旨いな」
「ホント! やったー!」
アイラはチビの癖にやたらと料理が上手い。人間の世界では「ママ」という生き物にその腕を磨いてもらったらしい。誰だそれは、料理のプロなのか?
さらにアイラは、ヴァルカンの店内や外壁を自主的に掃除し始めた。
別に家が汚かろうと俺はまったく気にしなかったが、アイラはそうもいかないらしい。
「お客さんが来るんだから、綺麗にしないと!」
「なんでだ? 別にいいだろ」
「なんでじゃないでしょ。ウルちゃんの不潔ー」
「なんだそりゃ」
アイラの持つ価値観は理解できないことも多かったが、俺はどうやらデジモンの中でも特に生活力がないらしい。以前客にもそう言われた。
頑固一徹の職人肌だと世間で囁かれているのも知っている。
だからどうしたと気に留めていなかったが、今はアイラのおかげで多少マシな体裁になっているのかもしれない。
こうしてアイラは俺の生活水準を上げてくれ、代わりに俺は彼女に住処と資金などを提供する。
共生関係を結び、なんとなく上手くやっていけるようになったのだった。