頑固鍛冶屋と迷子の君と   作:宮塚慶

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第2話 ベルスターモン

「いらっしゃいませー!」

 

 アイラの快活な声がヴァルカンの店内に響き渡る。

 木製カウンターの内側に置いた椅子にちょこんと腰かけていた彼女だが、やってきた客の姿を見るや入口までパタパタと駆けだしていった。

 俺は店の奥から客の姿をチラりと確認し、応対はアイラに任せてしばらく鍛冶作業に集中する。

 

 その日の客は、漆黒のレザースーツに身を包んだ艶麗な魔人型デジモン――ベルスターモンだった。

 うちのお得意さんで、彼女が操る二丁拳銃”リゾマデロート“は俺が打った傑作の一つ。

 彼女が活躍することで武器の名声も轟くため、良い広告塔と言える。

 誰とでも気兼ねなく打ち解けられる気の良いデジモンだが、残念ながら俺はそういう距離の近いヤツが苦手だ。

 ならどんなヤツが得意なのかと言われると……そんなものはいないのだが。

 ともかく、危なかったり悪かったりする相手ではないのでアイラに接客してもらおう。彼女が住み着いてから、他人の相手は基本任せきりだ。

 するとすぐに、アイラの声が木霊した。

 

「キャー! ベル子ちゃんやめてよー!」

 

 あー、訂正。

 少なくともアイラにとっては危険な相手だったのを忘れていた。

 ベル子ちゃん、というのはベルスターモンの愛称である。

 これはウルちゃんと違いアイラが名付けたのではなく、元々ベルスターモンが仲間内から呼ばれているもの。

 アイラも真似して使っている。

 

「あーん! アイラ、かーわーいーいー!」

 

 続いて、ベルスターモンの猫撫で声が響き渡る。

 恐らくアイラがベルスターモンに抱擁され、髪をぐしゃぐしゃに掻き乱されて、体の各所を執拗に嗅がれている頃だろう。

 人吸いというリラクゼーションらしい。

 ベルスターモンが来店した際、俺が出掛けていた場合はこうしてアイラを可愛がりながら帰宅を待つことが多いらしい。

 普段それを目にすることはないが、あいにく今日は店の奥で作業していただけで俺は此処にいる。

 しばらくアイラの力無き叫びとベルスターモンの甘えた声を聞いていたが、そろそろ止めに入るかと席を立った。

 

「おい、ベルスターモン」

 

 声をかけると、破顔していたベルスターモンの顔がたちまち真顔になる。俺がいるとは思わなかったのだろう。

 胸元に抱え込まれたアイラは予想どおり栗色の髪があちこちに跳ねまわった状態で、へなへなと力を失っていた。

 ようやく出てきた俺に「助けに来るのが遅い」と目で訴えているのが分かる。知るか。

 ベルスターモンはコホンと咳払いをすると、何事もなかったかのように話し始めた。

 

「ああウルカヌスモン、いたのか。修理を頼みたいのだが」

「……まずはアイラを返してくれ」

「え? やだ」

 

 ギュッとアイラを力強く抱きしめるベルスターモン。

 苦しそうにじたばたするアイラを横目に見つつ、とりあえず用件を聞くことにした。

 

「で? 修理ってのは?」

 

 ベルスターモンが上着の内ポケットに収納していた銃を取り出すため手を回し、抱擁の体勢からアイラを解放する。

 その隙に脱出し、急いで俺の後ろに隠れるアイラ。

 自分から離れていくアイラの姿をベルスターモンが恨めしそうな目で見つめていた。

 彼女が愛銃のリゾマデロートを取り出す。

 見てみると、砲身から内側が焼け焦げているのが分かった。

 

「俺の可愛いリゾマデロートに随分無茶させやがったな」

「先日のバトルで、私が弾丸を放つ直前に銃口を蓋された。弾が逆流して、こう……ボカンと。事故だ、許せ」

 

 状況説明と言い訳を同時にこなすベルスターモン。

 俺は誰にでも武器を売るわけではなく、戦闘センスや実力を見越して持ち手が操れる適切なものを作るオーダーメイドをモットーとしている。

 彼女の実力は認めているし、だからこそこれまで作ってきた中でも特に出来の良い銃を渡したのだが、それを黒焦げにしやがるとは。

 それでもリゾマデロートの表面はほとんど傷ついておらず、中身の状況を見ない分には綺麗なものだ。

 高い強度を誇る芸術品に我ながら惚れ惚れする。

 

「悪ぃが、今日一日は掛かりっきりになるぞ」

 

 俺が仕事を請け負う意図を端的に伝えると、ベルスターモンは驚いたような顔をした。

 

「一日で直るのか?」

「特別だ。お前さん、こんな無茶な戦いをするってことは何かの作戦中だろ? 急ぎの用じゃねぇのか」

 

 俺の言葉に感心したようにベルスターモンは首肯する。

 ベルスターモンは”三銃士“と呼ばれる銃使いの一人である。

 三銃士はデジタルワールドの反乱などに介入する雇われ遊撃隊で、その実力から「彼らが味方した勢力がその戦争の勝者になる」と言われている。

 激しい攻撃でリゾマデロートが傷ついたところを見ても、今は三銃士として戦いの渦中にいるのではないか、というのが俺の見立てだった。そしてそれは正解だったらしい。

 

「ちょっと厄介な敵でな、私もできるなら早く戦線に戻りたいと思っていた。気遣い感謝する」

「つっても時間と集中が必要だ。出来るまでお前さんはアイラの相手でもしといてくれ」

 

 言うと、後ろでアイラがビクッと反応した。

 別にアイラもベルスターモンを嫌いなわけではない。ベル子ちゃんと呼んで慕う程度には仲も良い。

 ただ先ほどのように揉みくちゃにされるのだけは勘弁願いたいのだろう。

 俺の一言で明らかに表情がニヤけているベルスターモンをチラリと確認しながら、意味はないだろうが一応忠告した。

 

「……お手柔らかにな」

 

 

 

 

 

 

 気づけば日が落ち、外はすっかり暗くなっている。作業は後少しだ。

 俺がふうと息を吐くと、隣の部屋からアイラとベルスターモンの声が聞こえてきた。

 

「でね、ウルちゃんってばパパみたいなこと言うの。手洗いうがいしろーとか、一人で遠くまで行くなーとか。普段はウルちゃんの方がズボラなのにね」

「そうか。ウルカヌスモンはアイラを大事にしているんだな」

「そうなのかなー?」

 

 とんでもない思い違いだ、俺に人間の子どもを愛でる趣味はない。

 風邪を引かれたら俺が世話しなきゃいけなくなって面倒だし、遠方に出ていって他人に迷惑をかけるのも後から俺が困るので忠告しただけだ。

 ベルスターモンが意外そうに話す。

 

「ウルカヌスモンが他人と生活を共にするのも、その相手を気にかけるのも、正直想像できないものだったが……案外うまくやってるんだな」

「うん! ウルちゃんは頑固だけどとっても優しいよ!」

 

 今でもアイラとの共同生活は慣れない。

 可能ならば一人で過ごせるに越したことはないし、その考えは今でも変わらないつもりだ。

 だが、今更アイラを捨てようとは思えなかった。好きにしろと言った手前、発言に責任をとる意味では当たり前なのだが。

 自分でも意外な感覚だった。

 

「本当にパパみたい。うーん、どっちかというと言う事はママみたいかな?」

 

 ケラケラと笑うアイラ。

 彼女は普段からお喋りで、人間世界の出来事を俺に話してくる。

 とはいえ俺はロクな返事もしないので、聞き役がいる時はより一層饒舌になるようだ。

 俺にできない役割をこなしてくれるベルスターモンには感謝しないといけないな。

 そろそろ作業に戻ろうかと思ったところで、そこまで楽しそうだったアイラの声色が変わる。

 

「……ママ、パパ。会いたい……あいたいよぉ……」

 

 人間世界で共に暮らしていた存在についても度々聞かされていた。

 デジモンの俺にとって共同生活者がどのような役割を持っているのかは分からなかったが、ママやパパといった生き物がアイラにとって大事な相手であることは話し振りから明らかだ。

 ベルスターモンと話すうちに思い出してしまったのだろう。

 

「う、うわああああああああん!」

 

 気づけばアイラは大声で泣きだしていた。ベルスターモンの慌てる声が聞こえる。

 料理も掃除も器用にこなすし、明るく呑気な性格だったのですっかり忘れていたが、彼女はまだ子どもだ。デジモンで言えば幼年期といったところだろうか。

 戦闘能力も持たない小さな命は、保護され一人前まで育てられるのが普通だろう。

 それがたった一人で見知らぬ世界に放り出され、帰り方も分からないまま。

 既にアイラを拾ってから半年近く経過している。気丈に振る舞っている彼女に助けられていたが、故郷を思わない日は無かっただろう。

 その上、俺はそうした機微に鈍感で気の利いた言葉をかけることもしない相手だ。

 心細かったに違いない。

 ベルスターモンが言葉を尽くしてアイラをあやそうとしているのが分かり、俺は再びリゾマデロートの部品を調整し始める。

 泣き止む頃には完成するはずだ、申し訳ないが任せることにする。

 アイラの声を聞かないようにして、熱された鉄を打ち付ける。

 

 没頭して修理を完了させると、予想どおり泣き声は聞こえなくなっていた。

 俺は元通りになったリゾマデロートを持って二人のいる部屋へ戻る。

 アイラはテーブルに突っ伏して眠っていた。

 

「迷惑かけたな」

 

 ベルスターモンに声をかけると、彼女はムッとした顔で言い返してきた。

 

「聞こえていたのなら助け船ぐらい出せ」

「俺がそういうヤツじゃねぇのは知ってんだろ」

「それはまあ、確かに」

 

 彼女は表情を変えることもなく納得する。

 俺はアイラの隣に置かれた椅子に座り、ベルスターモンと斜め向かいに向き合った。

 

「修理は終わりだが……そっちはどうだ?」

 

 リゾマデロートを渡しながら問いかける。

 ベルスターモンは常連で、アイラがここで暮らすようになった半年の間にも何度か来店している。

 ある時、俺は人間世界へ渡る方法について情報収集を依頼していた。

 三銃士は遊撃隊として各地を巡っているので、遠征先で少しずつでも聞き込みをしてもらおうという算段だった。

 彼女もアイラを可愛がってくれているので、依頼については一も二もなく引き受けてくれた。

 しかし。

 

「まだ何ともだな。遠方で他の人間に出会うこともあったが、帰り方は分からないと言っていた。もっとも、知っているならその人間はとっくに帰っていただろうが」

「違ぇねぇな」

 

 未だ収穫は無し。

 アイラは俺に直接帰りたいと言わないので、今後も少しずつ情報を集めていけばそれでいいと考えていた。

 しかし先ほどの悲痛な泣き声を聞くと、のんびりしてもいられない。

 少し本腰を入れなきゃいけない気がしたし、それはベルスターモンも同じだろう。

 

「ウルカヌスモン。お前はいいのか?」

 

 不意に、ベルスターモンが聞いてくる。

 

「何がだ?」

「アイラが人間世界に帰ると言う事は、お前はまた一人になるということだぞ」

 

 何を言っているのか分からない。

 元よりそのつもりで、厄介事の人間をさっさと帰してやろうという相談だったはずだ。

 

「清々するぜ」

 

 俺の返事を聞いて、ベルスターモンは深く溜息をついた。

 

「……その強がりは、いずれお前を殺すぞ」

 

 なんだそれは。

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