ベルスターモンの来訪から半月ほど。
今日もヴァルカンは適度に暇をしている。
元々常連を相手するために開いている店だ、新規の顧客はほとんどやってこない。
店番と称してカウンターに座っているアイラも、普段はボーッと軒先を眺めたり店内を掃除したりと、客を相手にする機会は少なかった。
それでもデジタルワールドにおいて鍛冶職人はとても希少な職業で、武器を扱うデジモンたちは多少高額な依頼料でも俺を頼ってくる。
相場より安価で勝負するライバルもいるが、違いの分かるヤツらは俺から離れなかった。
実際今も、ベルスターモンから受け取った報酬だけで家計はやりくりできているのだ。
俺は店の奥で横になって惰眠を謳歌していたが、しばらくしてアイラの声に叩き起こされる。
「いらっしゃいませー!」
暇が故に、こうして客が来た時のアイラはとても嬉しそうに出迎える。
店の繁盛を喜んでいるというよりは、単に話し相手が欲しいのだろう。
「ようアイラ。さっき電話した通りだが……ウルカヌスモンは?」
「まだ奥で寝てるー」
「まったく。こんな時間から昼寝とはな」
客が呆れているのが聞こえる。失礼な、起きているぞ。
というか電話なんて掛かってきていたのか。
店に置いている固定電話はアイラが必要だと薦めたもので、俺は使い方をさっぱり知らない。他人に電話をすることも受けることも、すべてアイラ任せだ。
さてと、俺はゆっくり立ち上がり店先へと顔を出す。
声で分かっていたが、今日の来客は魔王型デジモン――ベルゼブモンだった。
ベルスターモンと似たような種族だが、より上位の存在と言える”七大魔王“の一体。
彼の扱う二丁のショットガン”ベレンヘーナ“もまた俺が打ちこんだ名銃だ。
俺の顔を見るや、ベルゼブモンはぶっきらぼうに告げる。
「おう。居眠り野郎」
「うるせぇよ」
ベルゼブモンとは長い付き合いになる。
俺がまだ成熟期で他人のお宝を狙う悪童だった頃、成長期だったコイツと組んで暴れまわったものだ。腐れ縁とも言えるだろう。
俺がウルカヌスモンになった際、鍛冶屋ヴァルカンの顧客第一号としてベレンヘーナを作ってやったりもした。
ベルゼブモンの活躍はたちまち話題となり、俺の打った銃もそこで名が知られた。
「で? 今日はどうした、ベレンヘーナの調子が悪ぃのか?」
店主として用件を伺うと、ベルゼブモンはかぶりを振った。
「今日は新しい銃を打ってもらいたくてな」
「新しい銃? ベレンヘーナは二丁あるだろ、足でも撃つのか?」
「どこのバカ女のこと言ってるんだ。そんなことじゃない」
バカ女、とはベルスターモンのことだろう。
彼女はリゾマデロート以外に踵にも隠し銃を仕込んでおり、それを皮肉っているのが分かった。どこで知り合ったのか知らないが何故か二人は仲が悪い。
ベルゼブモンが横手を見ながら言う。
「こいつの銃を打ってほしい」
入り口から奥に入ってこないので気づかなかったが、視線の方を見ると扉の陰に隠れている連れがいた。
黄色い機械の鳥型デジモン――スパロウモンと呼ばれるデジモンだ。
「誰だこいつは」
「俺の弟子だ」
……は? ベルゼブモンに弟子?
俺が目を見開く。衝撃で声も出なかった。
ベルゼブモンは多くの悪魔デジモンを従えるほどの実力を持ちながら、敢えて孤高を生きるデジモン。
魔王型デジモンは自分の軍を率いて戦乱を巻き起こす者も多いが、それをせずとも名を馳せる実力者。
それこそがベルゼブモンその人だ。
そんな孤独の魔王が、弟子? しかも悪魔や魔人のデジモンですらない一般的な鳥型成長期デジモンを?
何がどうしてそうなるのか想像できなかった。
このスパロウモンにはベルゼブモンが惚れ込むだけの何かがあるのだろうか。
「あ。こ、こんにちは。スパロウモンです」
緊張しているのか、たどたどしい挨拶をするスパロウモン。
「お、おう……」
俺は返事にもならない声を少しあげて、再びベルゼブモンの方へ視線を送る。
何も言わず頷くベルゼブモンを一瞥して、ひとまずスパロウモンの戦闘力を見ることにした。
〇
スパロウモンの射撃練習などを一通り確認。
確かにセンスはあるようだったが、どうにも気ままな性格で精度もかなり不安定だ。ベルゼブモンの弟子として相応しいのか甚だ疑わしい。
普段なら俺の武器を持たせるレベルに達していないと断るところなのだが、悪友たっての願いなので思案する。
そこで、やや子どもっぽいが光線銃のようにレーザーを発射する小さな拳銃を二丁用意した。
反動の強い実弾を打つタイプはまだまだ使いこなせないだろうという俺の判断で、ベルゼブモンもそれに同意した。
今は銃の型を冷やして固めながら、夕暮れ時の空をベルゼブモンと並んで見つめている。
遠くでスパロウモンに乗ったアイラが空を飛んでいた。もう仲良くなったのか。
「ねえねえアイラ。アクアオーブの伝承って知ってる?」
「知らなーい! なにそれー?」
「願いを叶えてくれる幻の宝石らしいよ? それでね――」
二人の会話が聞こえてくる。アクアオーブ……とは何だったか。
しばらくボーッと話を聞き流していたが、別に二人を眺めるのが目的ではない。
俺は隣に問いかけた。
「弟子ってのは、どういう風の吹きまわしだ?」
質問にベルゼブモンがフッと笑う。
「それは俺の方が聞きたいが。お前が人間の子どもと暮らしているなんて、今でも信じられん」
「たまたま拾っただけだ」
嘘ではない。
家の近くに流れ着いた遭難者を救助しただけで、別に彼女を保護して長く一緒に暮らすつもりはなかった。
偶然の出会いと、なんとなく今まで別れなかっただけに過ぎない。
ベルゼブモンが俺の言葉に納得したのかは分からないが、一度飲み込んでそのままコチラの質問に答える。
「俺はな、そろそろ後進の育成に力を入れようと思っている」
「ますます信じられねぇ。魔王様の癖に殊勝すぎるんじゃねぇか?」
「いいかウルカヌスモン。俺たちももう究極体だ。いずれ寿命を迎えればこれまで得た技術は転生後に引き継がれない」
それはその通りだ。
デジモンは輪廻転生を生きる存在。寿命を全うして生を終えると、その場でデジタマとして再構築され生まれ変わる。
だが新たに誕生した際に前世の記憶は失うのが基本だ。例外もなくはないが、期待できる確率ではない。
そして俺たち究極体は進化の袋小路に立っている。別の姿に進化することはないし、残りの命を無為に過ごす段階に入っていた。
それでも、ベルゼブモンが弟子をとるというのは随分な心変わりだ。
「お前と同じように言うなら、俺はスパロウモンをたまたま拾っただけだ。あいつは実力こそ足りないがセンスはある。鍛えれば腕利きのガンマンになれるだろう」
思った以上に彼の実力を買っていて、本気で後継者の育成を目指しているらしい。
冷酷にして無慈悲な孤高の魔王がそこまで考えていることに俺は困惑する。
ベルゼブモンは夕焼け空に舞うスパロウモンとアイラを指差した。
「お前があの人間を手放さないのだって、小さき者を保護しようという心の変化じゃないのか?」
「だから違ぇって」
俺は何度目かの否定をする。
アイラを人間界に送り届ければ、俺と彼女の関係はそれで終わりだ。鍛冶屋はいつでも一人で営業する不愛想な店に戻せる。
あいつに仕事を教えたことはないし、いなくなって困ることは何一つない。
ベルスターモンといいコイツといい、俺が寂しがるとでも思っているのだろうか。
……アイラが人間界に帰った後、俺はどう思うのだろう。
少しだけ未来を想像して、うまく思い浮かばず俺は考えるのを止めた。
「ま、いいか。お前さんの後釜が俺の客になるなら文句はねぇよ。とりあえずスパロウモンとやらに俺様の打った”サナオリア“を渡してやろう」
言いながら、既に冷えて完成したであろう銃を取りに店へ戻る。
隣にいたベルゼブモンが俺の顔を見て少し笑った気がした。
何がおかしいんだコイツは。