数日後。
俺が街まで買い物に出ようとしていると、突然アイラがついていくと言い出した。
この世界で人間の子どもはとても珍しい。
大勢の前に出ていくと混乱が起きると考え、普段は俺一人で街に出ている。
街では妙な噂も流れており、安心できない状況だった。
曰く、人間はデジモンに力を与える存在で、彼らから発せられるエネルギーがデジモンに進化をもたらすのだそうだ。
俺は既に究極体で進化を必要としないし、アイラと生活していてもそうした特別な力を感じたことはないので噂を真に受けたりしなかったが。
だがデジモンの中には自らの限界を感じている者も少なくない。
噂話を頼みの綱として彼女が狙われる可能性を考えると、やはり街に連れ出すのは気が進まない。
だが今日のアイラは妙にしつこく街に出たがった。
「図書館に行きたいの! スーちゃんから聞いた話を調べたい!」
街のデータベースで調べ物をしたいらしい。
スーちゃんというのは先日やってきたベルゼブモンの弟子、スパロウモンのことだ。
ちなみにアイラはベルゼブモンもベルちゃんと呼んでいる。
「話って、何を聞いたんだ?」
「んんー? ナイショ!」
アイラが少し含みのある笑顔で返す。
俺はかなり悩んだが、アイラは引き下がりそうもないので街へ連れていくことになった。
普段は素直な癖にこういうところは妙に頑固だ。誰に似たんだか。
彼女の要望を拒んだ一番の理由は身の危険だったが、俺としてはもう一つ問題がある。街に到着してそれを強く感じた。
「ウルカヌスモンが、一人じゃない!?」
「よう、ウルカヌスモン! 今日は子連れかい?」
「人間の子ども? 可愛い娘連れてるわねー」
俺が行く先々で、アイラを連れていることを奇異の目で見られた。
これだ、これが嫌なんだ。
俺はベルゼブモンほどじゃないが不愛想で通っている。他者との関係はあまり持ちたくないし、世間一般も俺をそういうデジモンだと認識しているはずだ。
そんな一匹狼が人間の子どもを連れて買い出しに来ていれば嫌でも目立つ。
「ぐ……! これは、キツい」
「ウルちゃんどうしたの?」
アイラが純粋な目で俺を見てくる。
「なんでもねぇ。気にすんな……ッ!」
返事をするも、俺の反応にアイラは怪訝そうだ。
お前のせいだぞ、と言いたくなる気持ちをグッと抑えて、いつも以上に声をかけられながら俺たちは買い物を済ませた。
鍛冶に必要な資材やこれから先の食材などをたんまりと買いこみ、それからアイラの目的である図書館へ向かうところで「買い物を後にした方がよかったな」と手荷物に後悔した。
「ふふーん。お店の人たち、みんな優しいねー」
アイラが雪解けシェイクなる飲み物をすすりながらニコニコしている。
アイスクリーム屋台の店主であるユキダルモンから声をかけられ、可愛いお客さんにサービスだとして渡されたのだ。
その前にはティラノモンからジュラシックバーガーというジャンクフードも無料でプレゼントされてしまった。
彼女の愛想が良いのもあり、あちこちで好意的な接客を受けている。
俺が一人で出掛けている時は大抵言いがかりをつけられてトラブルになるので、あまりにも優しい街の対応に困惑する。俺の今までは一体……。
心配していたほど危険ではないのかもしれない。
もちろん一人で出歩かせるわけにはいかないが、彼女が受けた各種サービスによって経費も浮いて万々歳だ。
今後もアイラは連れてきた方がいいとさえ思った。
そのことを軽く呟いたらアイラに
「ウルちゃん、もう少しお店の人と仲良くした方がいいよ?」
と、たしなめられてしまった。
そうして図書館へと到着。
アイラの調べ物は内緒だと言うので、俺は館内のテーブル席に腰かけ大量の荷物を置くと、彼女を遠目から見守ることにした。
スパロウモンから聞いた話とはなんだろうか。あの時はアクアオーブの伝承がどうとか言っていた気がする。
たしかアクアオーブは、どこか遠い地方で伝わるお伽話だ。
願いを叶える宝玉で、世界の危機に伝説の竜を呼び出すとかなんとか。
実際にそんなものがあるのかは知らないし、たとえあったとしてもこの近辺にはまったく関係のない話だが。
とはいえ調べるというからには、アイラに叶えたい願いがあるということだろう。
願い、か。
アイラは俺に直接泣き言を言わないようにしているが、前にベルスターモンへ話していた内容を思うと彼女の望みは想像に難くない。
人間界に帰還して、ママやパパという生き物に会いたいといったところだろう。
だが今も手掛かりはない。
ベルスターモンやベルゼブモンなどの常連客に協力してもらい人間界のゲートについて調べていたが、現状進展はなかった。
せっかくの図書館だし、俺も少し調べてみるか。
席を立ち、司書がいるカウンターへと向かう。
テーブルの荷物が少し不安だったが、持ち歩く気にはなれなかったのでその場に置いておくことにした。盗られませんように。
「すまんが、調べ物をしたい」
「はい。どのような書籍をお探しですか?」
司書のワイズモンが事務的に応対する。
さて、どういうキーワードを当たるべきか。ゲートについての記述があるものが一番有力だろうが、何しろ偶発的な現象なので資料がたくさんあるとは思えない。
もっと広く調べられる単語があればいいのだが。
そもそも俺は人間について何も知らない。人間界やゲートを含めて、広くワードを指定しよう。
「人間、に関するものはあるか?」
「人間ですね。少々お待ちください」
ワイズモンは空中にホログラフィの映像を開くと、検索アプリを起動した。
画面がいくつか推移していくのを眺めていたが、あいにく俺は機械や電子技術に弱い。鍛冶仕事は得意だが、内部に電子工学が必要なものは一切触ってこなかった。
そのためワイズモンがどういう操作で何をしているのか見ていてもさっぱり分からない。
が、検索は任せておけばいい。
ほどなくしてワイズモンはいくつかの本を探り当て、念力でその場に引き寄せた。便利な能力だな。
「人間や人間界に関する資料で有力なものは十冊ありました。追加でワードを絞りますか?」
「いや、暇だから適当にチェックする。十冊とも貸してくれ」
「かしこまりました。返却はこちらのカウンターにお持ちください」
ワイズモンに言われ、十冊の本を受け取る。
八本の腕でそれぞれ手に持つと、先ほどのテーブル席に戻ってきた。
置いていた荷物が無事でひと安心する。
パラパラと書籍をめくってみる。
エテモンでも分かる人間の歴史、たのしい人間の学び方、初心者向け人間社会講座……どれもいまいちピンと来ない。
ゲートの記述なども知っている知識の反復ばかりだ。
というか初心者向けってなんだ、この世界に人間の上級者なんていないだろう。なんなら一緒に住んでいる俺が一番上級者まである。
しばらくの間、俺は各書籍の概要をなんとなく眺めていた。
すると突然、静かだった館内に叫び声が響き渡る。
「いや! 離して!」
アイラの声だった。
「マズい、目を離した隙に……!」
急いで声の方を探すと、そこにはアイラと、彼女の腕を掴んでいる鼻の大きな人型デジモン――グロットモンがいた。
「人間がこんなところにいるとはなあ! 捕まえたら高く売れそうだぜ」
グロットモンは俺と同じ鍛冶職人のデジモンだ。
自身が身に着けている鎧などの防具も手製のグロットブランドで、うちとは違い安価で手広く商売をしている。
ただ俺が言えたことではないが性格に難があり、金にがめつく、相手をなめてかかりがちな嫌われ者だ。
面倒くさい相手に見つかってしまった。
人間を欲している相手にアイラを売り捌けば高値になるだろうし、獲物として目をつけられたのだろう。
俺はグロットモンの傍まで走った。
「おい、悪ぃがそいつは俺の連れだ。離してくれねぇか」
なるべく穏便に声をかけたつもりだが、グロットモンは俺を睨みつけてくる。
「なんだあ? 俺様の商売を邪魔しようってのか」
グロットモンは同業者である俺を快く思っていない。……それは俺も同じだが。
ともかく、こうして素直に応じないことは想定内だった。
しかし困った。グロットモンも戦闘を得意とするデジモンではないが、この場でやりあうのは得策とは思えない。
アイラがグロットモンに捕まって人質となっている今、下手に助けようとすれば傷つける可能性もある。
分が悪い。
「ウルカヌスモンが人間を捕まえているとは思わなかったが。残念ながらお前のモノだって証拠は無いよなあ?」
痛いところを突いてくる。
こんなことならアイラに俺の名前でも書いておけばよかったと馬鹿なことを考えつつ、相手の出方を伺う。
「俺様が今拾った。当然、俺様が頂いていくぜえ?」
グロットモンがアイラを引き寄せた。彼女の表情が恐怖で引きつる。
他の言い方が思い浮かばず、俺は再度グロットモンに問いかけた。
「もう一度言う。俺の連れを離してくれ」
「お前こそ、何度も言わせんな! 俺様が捕まえたんだから俺様の商売だ、邪魔すんじゃねえ!」
繰り返した言葉を煽りとみたか、激昂するグロットモン。
その手に力が入り、掴まれているアイラに苦悶の表情が滲む。
冷静になれ。どうすれば穏便にアイラを助け出せる?
いや、そもそも助けるべきなのか?
確かに彼女は俺の家で共に暮らしているが、それには何の契りもない。
ライバルであるグロットモンの手に渡るのは癪だが、どうすべきかはアイラが選択することで俺が口出しすべきではないのでは。
俺が少し考えていると、グロットモンが小型ナイフを取り出した。それもグロットブランドのものだろう。
それをアイラの首元に押しつける。
「人間ってのはよ、死んでも価値があるのか?」
その言葉を聞いてアイラが涙を浮かべている。
グロットモンはいやらしい笑みを浮かべた。
「このまま持ち運ぶのは面倒だしなあ。ここでバラバラにしてやっても――」
次の瞬間。
俺は冷静さを失っていた、体が勝手に動き出す。
俺の持つ能力「ピンポイントウェポンワークス」によってその場で半自動的に武器を生成、すばやく二振りの剣を抜刀。グロットモンに斬りかかる。
「お、おいおい! 獲物がどうなってもいいってのか!?」
俺が動いたことに焦り、声を荒げるグロットモン。
たじろいで半歩下がったグロットモンの隙をつき、アイラに触れないよう刃を交えて腕のナイフを弾き飛ばした。
その瞬間に解放されたアイラが走り出し、俺のもとへ飛び込んでくる。
アイラを助けられた。
ここで止まればよかったのだが、この時の俺は本当にどうかしていた。
別の手にモーニングスターを生成し、そのまま棘の鉄球を相手に振り下ろす。
グロットモンは寸でのところで避けたが、図書館の床に叩きつけたそれは轟音と共に大きな打撃痕を残した。
「待て! そ、その人間はもういい! やめてくれえ!」
「黙れ」
さらに別の手で鉄棍棒を構え、グロットモンに向けて振るう。
応戦するグロットモンが大きなハンマーを取り出して、ガキンッと武器同士がぶつかった。火花が散る。
互いに反動で少しよろける。後方へ飛びずさるグロットモン。
まだだ、逃がしてはいけない。
コイツはアイラを傷つけようとした。
再び二刀の剣でグロットモンを追う。グロットモンは腰が引けたようで、よろよろと壁際に追い込まれていた。チャンスだ。
走って距離を詰め、銀の刃を振り上げる。
この間合いなら今度こそ逃げられまい。
一気に剣を振り下ろそうとした、その時。
「やめて! ウルちゃん!」
呼び止められ、俺は振り向いた。
アイラが泣きそうな顔でこちらを見ている。
「何故止める? コイツはお前に刃を向けたんだぞ!」
だが、俺がグロットモンに罵声を浴びせるよりも先にアイラは腰元へ飛び込んできた。
潤んだ瞳を俺に押しつけて隠す。
「駄目だよ、倒しちゃ! 私は平気だから、だから……」
言われて、俺はグロットモンを見る。
振り下ろされた刃は相手の眼前まで迫っており、切っ先を見てグロットモンは青ざめていた。
止められなければ俺はコイツを仕留めていただろう。
アイラの目の前で。
俺はこれまでアイラを他のデジモンから遠ざけてきた。
デジモン同士が関わればこうした争いは日常茶飯事。その血生臭さを彼女に見せる事を俺は快く思っていない。
なのに、自ら手に掛けようとしていたのだ。
何に怒っていたのか、我を忘れて。
頭が一気に冷えていく。
「……すまん、アイラ」
自分でもおかしく思うほどか細い声で伝えると、アイラは顔をあげて弱々しく微笑んだ。
「ううん。守ってくれて、ありがとう」
こんな時にも気遣った言葉を掛けてくるアイラに、俺は何も言えなかった。