あれから、アイラと少しだけぎくしゃくしている。
今までも仕事中は鍛冶に集中していて会話することもなかったし、食事の際も俺は普段から生返事しかしない。
それでも二人で会えばアイラは明るく笑っていたし、それは心地良いものだった。
だが今の彼女は最低限の言葉しか交わさない。
変わらず食事を作り、掃除をし、頑張って普段通り接していこうと努力している雰囲気は感じられるが、拭いきれない違和感に心の奥がざわつく。
……何を考えているんだか。別にアイラとの関係が悪化しようと問題ないじゃないか。
俺たちは他人だ、もしも俺に嫌気が差して彼女が出ていったとしても、それは自由な選択の一つだろう。
なんだか寝覚めが悪い。睡眠が不足しているのかもしれない。
「ウルちゃん。ちょっと出掛けてくるねー」
俺が二度寝を決めようとしていると、玄関口からアイラの声が聞こえた。
「出掛けるって、どこにだよ」
「んんー? ナイショ!」
前にも聞いたような返事をして、アイラは駆け出していった。
普段店番を担当しているアイラは自分から出掛けたりしない。街への買い物も一人では行かないようにしている。
危険だと俺が言い聞かせたからだが、アイラはこれまで従順に守っていた。
だから、今の行動は意外だ。
アイラが一人で出掛ける場所など想像もつかない。
「……なんだってんだ」
今日はずっとモヤモヤしっぱなしだ。
俺は布団に潜り込み、何も考えないように必死に目を閉じる。
一時間、二時間……。
俺は頭の中を無心にしようと粘りに粘って、その度に処理できない感情を思い出して苛立った。
布団の上に体を投げ出して唸っていたものの、結局眠ることなく体を起こす。
「駄目だ。起きるか」
仕方なく立ちあがり店先まで足を運ぶと、ちょうどこちらに向かってくる影が一つ見えた。
ベルスターモンだ。
「なんだ、またリゾマデロートの不調か?」
俺が藪から棒に告げると、ベルスターモンは問いかけを無視しながら素知らぬ顔で聞き返してきた。
「アイラはいるか?」
名前を聞くだけで何故か舌の奥が渇くような感覚がする。
なるべく平静を装って俺は答えた。
「出掛けるっつって出てったよ」
「む? そうか」
「アイラに会いに来たのか」
ベルスターモンは首を縦に振った。
いよいよ仕事の依頼ではなくアイラの顔を見るのが目的になっている彼女に少しおかしくなったが、どうにも困った表情をしているのでさらに問いかける。
「どうする、帰りを待つか?」
「そうだな……そうするべきなのか……」
何を悩んでいるんだ?
と聞こうとしたところでベルスターモンは自ら説明し始めた。
「用事があるのでついてきて欲しいと連絡してきたんだ。一人で出掛けているとは思わなかった」
なるほど、それでどうすべきか考えていたのか。
どうやらアイラは朝からベルスターモンに電話をしたらしい。
作戦行動が終わり予定の空いていたベルスターモンは、話を聞くや否やこうして馳せ参じたわけだ。
ところがアイラは一人で出掛けている。
「分からんな。すぐ戻ってくるかもしれんが」
「アイラが出掛けてからどれぐらい経つ?」
「……二時間ほどだ」
ベルスターモンは顎に手を当てて再び熟考している。
確かに何かおかしい。アイラはベルスターモンに連絡してすぐに出掛けたのか?
わざわざ会う約束をした上で、それをすぐ反故にしたのだろうか。
とりあえず、すぐに戻ってくるかもしれない。
俺はベルスターモンと共にアイラを店で待つことにした。
〇
おかしい。
ベルスターモンが訪れてからさらに二時間。つまりアイラが「ちょっと出掛けてくる」と言ってから四時間以上が経っている。
街に出て図書館で調べ物をしているのだろうか。
既に昼を過ぎ始めているが、金を持って行った様子はない。
食事もせずに何を?
ベルスターモンも痺れを切らしたように言う。
「何か心当たりはないのか?」
「そう言われてもな……」
俺はそのまま先日の出来事を回想するように話した。
「先日、アイラが何かを調べたいと言って図書館まで出掛けた。そこでグロットモンに出会って、アイツは人間を売り捌けば金になると――」
言いながら、少し肝が冷える。
ベルスターモンも同じことを思っただろう。いつもはクールな彼女だが、少しだけ表情が曇った。
「まずは図書館に聞いてみるべきだ」
そう提案する声に、俺はすぐに同意しなかった。
「出ていったのはアイラの意思だ。一人で行動している面倒を俺が見る理由はない」
そう。
たとえ彼女の行方が分からなかったとしても、それは俺に関係のないこと。
あくまでアイラは自由意思で鍛冶屋ヴァルカンに住み着いており、それ以上何の繋がりもない。
自分に言い聞かせるようにそう言った。
その言葉に、ベルスターモンの表情が変わる。
「お前、本気で言ってるのか」
「当たり前だ。あいつと俺は、何の関係もない他人でしか――」
言い返す言葉を遮るように、ベルスターモンが動く。
「なっ……!」
バシッと、顔面を平手打ちされた。
俺の顔は透明の保護メットで覆われているが、それでもベルスターモンの一撃は脳に響いた。
彼女が激怒している。
「前にも言ったはずだ! その強がりはお前を殺す!」
確かにそんなことを言っていたかもしれない。
今も意味はよく分かっていなかった。
「自覚しろ、お前はどうしたいんだ。アイラを見捨てて満足なのか!」
アイラを、見捨てる?
その言葉に俺の心が酷くざわつく。
別にそれで構わないはずだった。人間の世話など面倒事でしかない、そんなものはごめんだとずっと思っていた。
なのに何だ。何が俺を苛立たせる。
ベルスターモンは力強く言った。
「アイラに会って確認しろ。お前が彼女を助けるのも見捨てるのも、判断はそれからだ」
ベルスターモンの言葉を俺は渋々受け入れる。
何故だか、彼女の言うように会って確かめなければいけない気がした。
ざわつく気持ちを抑えながら急いで家を出ようとする。
それをベルスターモンが引き止め、部屋の端に置かれた電話を指差した。
「図書館なら、電話して聞いた方が早いだろう」
「……使い方、知らねぇんだ」
「ハァ!?」
困惑した様子でベルスターモンが大声を出す。
電話はアイラに任せきりで、俺は一度も触ったことがない。
これにはかなり呆れられたようで、ベルスターモンは心配そうな目で俺を見ていた。
「お前、現代社会で生きていけてるのか」
「め、面目ない」
「いや、それはいい。図書館には私が連絡するから少し待て」
言うや否や、ベルスターモンは自身の上着から小型の電話端末を取り出して通話し始めた。
持っているなら最初からそっちを使ってくれ。
「もしもし、ベルスターモンだ。この四時間ほどで、人間の少女が来たか分かるか? ……ああ、少し確認したいことがあってな。……いやいい。それと、グロットモンの姿を見たかも知りたい。……分かった、ありがとう」
短い電話を終え、ベルスターモンがこちらを向く。
と同時に首を横に振った。
「図書館じゃねぇのか。じゃあ何処へ……」
「先日の件が本当なら、図書館に辿り着く前に襲われている可能性もある。グロットモンの店に行こう」
その言葉を聞いて、今度こそ俺は真っ先に店を飛び出した。
先日あそこまで懲らしめたのにグロットモンがまだアイラを狙っていたとしたら、灸を据えたりなかったということか。
やはりあの場でデリートすべきだった!
俺はデジコアが早く脈打つのを感じながら、最悪の想定が頭をよぎって苦しくなる。
畜生。なんで俺が人間の子ども相手に、こんな……!
〇
グロットモンの店は街の中心地に存在している。
こんな一等地に構えているのだから、図書館へ向かう途中のアイラを見つけいる可能性は充分すぎるほどあった。
焦っていてまったく気づかなかった点だ。
俺とベルスターモンが店に辿り着き、先にベルスターモンが扉を開ける。
「いらっしゃい。グロットブランドへようこそ……って、ウルカヌスモン!?」
店主のグロットモンに出迎えられ、俺は前を往くベルスターモンを押しのけるように迫った。
「アイラは何処にいる!?」
「ま、待てウルカヌスモン!」
鬼気迫る俺の態度にベルスターモンが慌て、俺とグロットモンの間に割って入った。
グロットモンはかなり嫌な顔をしている。
前回のこともあるので当たり前ではあるが。
「なんだなんだ! どうなってんだ!?」
「しらばっくれるんじゃねぇぞ! アイラは何処かって聞いてるんだ」
俺が怒号を浴びせると、グロットモンは縮み上がって震えた。
それをベルスターモンが引き止める。
「落ち着けウルカヌスモン。まだグロットモンが犯人だと決まったわけじゃない」
言われてハッとした。
先日の一件からグロットモンはアイラを狙っているはずという決めつけがあるだけで、何の証拠も持ち合わせていない。
俺はまた自分で冷静でなかったことに気づかされ、気張っていた力を抜く。
「す、すまん……」
「もういい、後は私が話す」
ベルスターモンがグロットモンに向き合う。
「先日、図書館でお前が手に掛けようとした人間がいただろう。今日その子を見ていないか」
問いかけると、グロットモンはポカンとした様子で答える。
「み、見てないぞ。第一、この前あれだけやられたんだ。もうあのガキは懲り懲りだっつーの!」
グロットモンは肩をすくめてやれやれと首を振った。嘘をついている様子はない。
それでも「本当のことを言え」と脅しつけてやりたかったが、隣のベルスターモンが視線で俺を静止しているのが分かった。
では一体どこへ?
唯一考えていた可能性が否定されて俺は頭の中が真っ白になる。
いや、そもそも何故アイラは街に出たがっていたのか。あの時の状況を思い出せ。確か彼女は何かの調べ物をしていて、それは……。
「アクアオーブの伝承、か……?」
「なんだ?」
俺が呟いたのを聞いて、ベルスターモンがこちらへ疑念を向ける。
「詳しくは分からん。ベルゼブモンに連絡できれば確実なんだが」
「そうか。あのクソ野郎に連絡するなら早くしてくれ」
ベルゼブモンといいコイツといい、何か一言言わないと気が済まないのだろうか。
互いの雑言を聞き流しつつ、俺はベルスターモンの電話端末を指差した。
露骨に嫌そうな顔をするベルスターモン。
「私があいつに連絡するのか!?」
持ち運べる通信機器はお前しか持ってないんだから当たり前だろう。よく分からない痴話喧嘩に付き合っている場合ではない。
アイラの行動について少しでもヒントが欲しい状況だ、すぐにでも連絡しろ。
俺が頷くと、ベルスターモンは苦々しい顔で電話を操作する。そのまますぐに通話ボタンを押した。
仲が悪い割に連絡先はちゃんと知っているんだな、とは言わなかった。
「べ、ベルゼブモンか? ……いや、私だって連絡したかったわけではない! しかしその、のっぴきならない事情があったというか……うるさい、怒るぞ!」
向こうはすぐに電話に出たらしいが、どうにも聞こえてくる会話の雲行きが怪しい。
口論になる予感がしたので俺はすぐさま機器を奪い取った。
「おいベルゼブモン! 俺だ」
『ウルカヌスモン? おいおい、なんだってんだよ』
ベルスターモンの電話から俺が出てきたのでベルゼブモンも困惑した様子だったが、細かな事情を説明している場合ではない。
俺は用件だけを素早く話す。
「お前の弟子はそこにいるか? 代わってくれ」
『スパロウモンに? ますます意味が分からんが……ちょっと待ってろ』
電話の向こうで少しだけ話し声が聞こえて、相手が交代する。
『はい、スパロウモンですけど……』
「俺の店に来た時、アイラと話したことを覚えているか?」
『え?』
彼らはすぐに打ち解け、俺が鍛冶をしている時から一緒に遊んでいた。時間はあったので色々なことを話したに違いない。
どの話題について聞かれているのか分からないといけないので、俺は続けて伝える。
「アクアオーブの話をしていなかったか」
『あ、はい。しました』
よし、内容も含めてきちんと覚えていそうだ。
「どんな話だったか聞かせてくれ」
『えーっと。遠い国に、どんな願いでも叶えられるアクアオーブという宝玉があって、見てみたいよねって話をしました』
「……それだけか?」
伝承の話をしただけではないはずだ。
もしもそうなら、アイラはその遠い国までアクアオーブを探す旅に出たという、荒唐無稽な話になりかねない。
スパロウモンは続ける。
『それで、実はこの近辺にもアクアオーブに似た、願いを叶える青い花が咲くって噂があるんです』
「……花?」
これは俺もまったく知らない話だった。
アクアオーブ自体は遠い地方の伝承として小耳に挟んだことがあったが、類似例が存在しているとは。
そして、花という言葉が出てきたことでアイラの目的も一つ分かった気がする。
「その花ってのは、近所に生えてるのか?」
『あ、あくまで噂ですよ。でも、鍛冶屋ヴァルカンの裏手にある山でも、頂上まで行けば咲いているって聞いたことがあって……』
新しい手掛かり。
街に来たなんて検討違いもいいところだ。その話が本当なら、アイラは家の裏手にある山を探し回っているに違いない。
俺は急いた気持ちを抑えて、矢継ぎ早にお礼を伝える。
「いきなり悪かったな。今度店に来たら値段はサービスしてやる」
『え? それってどういう』
スパロウモンの話を遮って、俺は電話をベルスターモンに返した。
切り方が分からなかったからだ。
そして急いで告げる。
「アイラは家の裏山で、願いを叶えるとかっていう青い花を探しているらしい」
「確かなのか?」
「分からんが他にヒントがねぇ。探しに行ってくる」
俺は店から飛び出そうとしたが、そこでふと立ち止まった。
アイラの「もう少しお店の人と仲良くした方がいいよ?」というありがたい言葉が頭の中に蘇ったからだ。
店の中で困惑したままのグロットモンに向き直る。
「その、なんだ……勘違いで迷惑かけた。すまなかったな」
俺が慣れない謝罪を述べると、困惑していたグロットモンはさらに目を丸くした。