頑固鍛冶屋と迷子の君と   作:宮塚慶

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第6話 アイラとウルカヌスモン

 街から家へと往復し、今度は山登り。

 流石に移動の連続に疲労感を感じざるを得ないが文句も言ってられない。

 一応戻った際に家をチェックしたが、アイラが帰ってきた様子はなかった。

 入れ違いにならないようベルスターモンに鍛冶屋ヴァルカンで待機してもらい、俺は山道に入っていく。

 青い花を探しに行ったとしても、アイラの帰りが遅いのはトラブルの可能性が高い。

 山の事故か、そうでなくても道に迷ったか。

 お腹は空かせているかもしれないが、まだ半日ぐらいだ、今のうちに見つけてやらないと。

 

「まったく、世話のかかるヤツだ……!」

 

 ヴァルカンの裏手に広がる山はかなり広大だ。

 元々都市部から離れた辺境の地に家を構えたかった俺が、わざわざ選んで此処に住み着いた。

 自然豊かで普段の生活は満足しているが、一方で人探しとなれば問題だらけである。

 ただ、ヒントはある。

 スパロウモン曰くアクアオーブに似た花は山の頂上付近に咲くらしい。アイラも同じ情報を持っているはず。

 となればまずは頂上まで登る他ないだろう。

 

「おーい! アイラ!」

 

 行きがてらに叫ぶ。返事はない。

 名前を呼んだことで、むしろ焦る気持ちが増幅された気がする。

 いつもなら名前を呼ぶとすぐに顔を見せるアイラが、今は答えてくれない。

 畜生。気分が悪い。

 

「アイラ! いたら返事をしろ!」

 

 再び叫んで辺りを見回す。

 木。木。木。どこまで言っても鬱蒼と茂る森しか見えず、俺は足取りを速めた。

 そうしてしばらく歩き続けると、ようやく視界が開ける。

 山の頂き。

 木々が少なくなり、先ほどまでいた都市を遠くに見渡せる。既に辺りは暗くなりつつあり、街の灯りがやけに眩しく見えた。

 アイラの姿は見えない。俺はさらに叫ぶ。

 

「アイラ、いないのか! アイラ!」

 

 必死に叫んで、それから耳を澄ませる。

 いつもあまり声を出さないので急に叫ぶと喉が痛い。こんなことならアイラとの会話で普段から話をしていればよかった。

 

 アイラと、もっと話せばよかった。

 

「今更、何考えてんだろうな。俺は」

 

 他人と接するのは得意じゃない。

 いつか来る別れが頭をよぎって、素直に相対することができないから。

 人間の少女を家のすぐ先で見つけて保護しても、彼女はいつか人間世界に帰らなくてはならない。そして俺も彼女を帰してやりたい。

 やがて別れが来るなら、なるべく情は湧かないようにしておきたかった。

 だがそれは無駄な努力だったらしい。

 

 だって俺はこんなにも――アイラに会いたかった。

 

「アイラァ! 頼む、返事をしてくれ!」

 

 俺が何度目かの名前を叫ぶ。

 すると微かに、彼女の声が聞こえた気がした。

 

「ウル、ちゃん……」

「! いるのか、アイラ!」

 

 音を聞き分けて方向を探る。

 声のする方へと進んでいくと、頂上から少し下った場所にぬかるんだ泥道があった。

 一瞬足を取られそうになり、そのさらに下を見る。

 

「アイラ!」

 

 見つけた。

 擦り傷と泥に汚れたアイラが、崖下でぐったりと倒れている。

 

「待っていろ、すぐ行く!」

 

 俺は岩肌を伝って、急いで彼女の元へと滑り降りた。

 幸い意識はハッキリしているようで、俺の顔を見ると少しだけ微笑んだ。

 俺は彼女の体を抱き上げる。

 

「おい、大丈夫か!」

「ウルちゃん。来てくれた……良かった」

 

 アイラの弱々しい笑顔を見て、俺はその華奢な体を抱きしめた。

 

「当たり前だろうが。俺はお前の保護者だぞ」

 

 伝えながら、保護者なんて初めて口にしたなと思った。

 言われたアイラも少し驚いた表情をして俺を見ている。

 そして、彼女の手元に青く輝く花が握られていることに気がついた。

 

「それを摘みにきたのか」

 

 アイラはコクリと頷いた。

 青い花は確かに存在したらしい。

 くだらない伝承のために命をも危険にさらしたアイラを叱りたくなったが、それは後でじっくりこってりやってやろう。

 今は、ようやく彼女を見つけられたことを心から感謝しなくちゃいけない。

 

「アイラ。俺の傍にいてくれ」

 

 

 

 

 

 

 ベッドの上で傷の手当てをした後、アイラが事の経緯を説明し始めた。

 スパロウモンからアクアオーブの伝承と花の話を聞き、アイラは図書館で植物図鑑を調べた。

 あの時はグロットモンに邪魔されたが、それでも花の植生や情報は手に入れており、鍛冶屋ヴァルカンの裏山にも花が生えていることを確信した。

 今日はさらに詳細を調べるため街に行きたくてベルスターモンに電話したらしい。

 どうして俺に言わないのかと思ったが、アイラは

 

「あの日以来、ウルちゃん怒ってると思ったから。あんまり話してくれなくなったし」

 

 と、この数日不安がっていたことを教えてくれた。

 俺はアイラがこちらを避けているのだと思っていたが、アイラからすると俺が距離を置いているように感じられたらしい。

 これも俺のコミュニケーション不足が招いた齟齬だ。

 

 電話の後、ベルスターモンがヴァルカンにやって来るまでは二時間以上の暇があった。

 アイラは少しだけ自分で花を探してみようと、軽い気持ちで山に入った。

 幸運にも山頂付近で噂の青い花を見つけることが出来たが、同時に不幸にも地面のぬかるみに足を滑らせて崖下に転落。

 転落して体をぶつけたショックでその場は気絶してしまったらしい。

 体は擦り傷まみれになったが、命に別状はないようで幸いだった。

 俺は話を聞きながら、改めて吐露する。

 

「心配したんだぞ、この馬鹿が」

「ごめんなさい……。でも、ウルちゃんが来てくれてよかった。嫌われたんじゃないかってずっと怖かった」

 

 図書館でグロットモンとやりあった時、確かに俺は気が動転していた。

 アイラを傷つけられそうで怒りに我を忘れ、今考えても情けない限りだ。

 そんな俺を止めに入ったアイラは、俺の怒りを逆撫でしたのではないかと、嫌われたのではないかとずっと考えていたのだろう。

 

「嫌いになるわけないだろ」

 

 他人への気持ちを伝えることなんて滅多にない俺は、どうにも捻くれた言い方をしてしまう。

 それでもアイラはきちんと受け止めてくれた。

 そして、手にした花を見せてくる。

 

「きっと、お願いが届いたんだね」

 

 青い花が願い事を叶えてくれるという伝承。

 アイラはきっと人間界に帰れるように願ったはずだ。

 なら、願いが届いたとは一体?

 

「願いってなんだよ。お前さんはまだ人間界に帰れていねぇぞ」

 

 そう言うと、アイラはフフッと笑った。

 何が可笑しいんだ。

 

「もー。そんなお願いじゃないよ」

「? じゃあなんだ?」

 

 見当もつかず俺が言うと、アイラは照れくさそうに俺を見つめた。

 

「ウルちゃんと、もっと仲良くなれますようにって」

 

 なんだそれは。

 俺は何故か体温が上がるのを感じてアイラから視線を逸らす。

 その反応をアイラは悪戯っぽく見ていた。

 

「人間界に帰りたいんだろ。なんでそんな願いを」

「帰り方は、ウルちゃんやベル子ちゃん達が調べてくれてるんでしょ?」

 

 驚いた。

 確かに人間界への渡り方はベルスターモンやベルゼブモンに依頼して調べてもらっている。

 だがそれはアイラに伝えず裏でこっそりやっていたことだった。

 

「知ってたのか」

 

 アイラの勘の良さに困惑と感心を覚える。アイラはニコニコしながら頷いた。

 それでも願いの優先順位は変わらない気がする。

 わざわざ危険な目に遭いながら別の願いをするなんて道理が通らない。

 そう思ったが、アイラは至極当たり前のことを言うように答える。

 

「ウルちゃんたちが絶対に帰り方を見つけてくれるから。それまで、ウルちゃんと喧嘩したくないなって思ったの。追い出されたら困るもん」

 

 ……追い出したりするわけないだろうが。

 しかし、花に願うぐらい不安にさせていたのかもしれない。俺は申し訳なさと気恥ずかしさで何も言いだせなくなった。

 アイラは愛おしそうに花を掲げる。

 

「お花に願い事をして、その日のうちにこうしてウルちゃんとお話できた。アクアオーブの話は本当だったんだよ」

「あのなぁ……」

 

 青い花を摘むため危険を冒したにも関わらず、アイラはとても満足そうにしている。

 その誇らしげな顔に、俺はようやく彼女を取り戻せた安心感を感じてホッと胸を撫で下ろした。

 

 今回の件で、俺は随分と周りに迷惑をかけた。

 一緒にあちこち探し回って苦労を掛けたベルスターモン。

 事情を説明しない電話でおそらく今も困惑しているであろうベルゼブモンとスパロウモン。

 殴り込みに行った上で冤罪だったグロットモン。

 あと、館内をぶっ壊してしまった図書館にも改めて謝罪しないとなあ。

 

「おい、アイラ」

「どしたの、ウルちゃん」

 

 俺はこれから先の苦労やら何やらを思い少しだけ気が重くなったが、のほほんとしたアイラの顔を見て色々と気持ちの整理がついた。

 ベルゼブモンの言葉が思い出される。あいつもスパロウモンの育成を始めた時、同じ気持ちだったのだろうか。

 

「お前、鍛冶の仕事に興味あるか?」

 

 言うと、アイラが目を輝かせる。

 

「えっ、教えてくれるのー!? ウルちゃん、工房には入るなって言うからずっと気になってたんだよ!」

 

 思った以上に食いつかれてしまった。言ってすぐに俺は少しだけ後悔する。

 

「まあ、なんだ。少しずつでいいなら、教えてやる」

 

 アイラが満面の笑みでこちらを見ている。

 とはいえしばらくは怪我の治療に専念すべきだろうし、長い目で見なければならない。

 

「あ、じゃあウルちゃんには電話の使い方を教えてあげるよ」

「いらん。使わん」

「なんでよー! 便利なのにー」

 

 口を尖らせてプクッと膨れるアイラ。

 もしかするとすぐに人間界への帰り方が分かって、彼女と別れるかもしれない。

 アイラが人間界に帰った後、俺はどう思うのだろう。前は答えが出ない疑問だった。

 包み隠さず言うと、多分寂しいのだろう。

 その気持ちに俺は蓋をしていたので素直な答えが出せなかった。

 でも今なら分かる。

 別れがあるなら、それまでを懸命に過ごすべきだった。

 俺はただ臆病になっていただけだ。

 

「う、ウルちゃん?」

 

 俺は改めてアイラをギュッと抱きしめる。

 人間の体は体温が高い、どこか安心する温かさだ。

 

「お前が人間界に帰るまで、絶対に守ってやる」

 

 アイラに伝えながらも、自分に言い聞かせるように呟く。

 その言葉にアイラも答えた。

 

「信じてる。ウルちゃんのこと、大好きだもん」

 

 ……なんか、むず痒いな。

 こういう時「俺もだ」とか恥ずかしいことを言った方がいいのだろうか。

 悩む。

 

 うーん。やっぱり、他人と接するのは得意じゃない。

 

 

 

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