駅から学校までの道はまだ少し肌寒い。
この駅から一高まではかなり近く、故に一高生が多くいる。だからこそ顔見知りと会うことも珍しくなかった。
今日も菫子と学校へと向かっていると達也と深雪に出会った。後からレオ、エリカ、深雪も合流した。
昨日と同じか、それ以上に自然と一団になった。
「達也くーん」
背後からその声が聞こえたとき、達也は内心だけでため息をつき、俺はそれを察して内心だけで笑みを浮かべた
振り返れば、やっぱり七草だった。軽い足取りで追いついてくる。
「おはよ。七草」
「おはようございます、会長」
「おはようございます、七草先輩」
俺と深雪と達也がそれぞれ挨拶を返し、続いてエリカたちも会釈する。菫子の会釈は他より半拍遅れていた。
七草の視線が一瞬、菫子の方に向かうが、何か言うこともなくすぐに戻る。
「深雪さん、ちょっとお話ししたいことがあるんだけど、お昼はどうする予定かしら?」
「食堂でいただくことになると思います」
「じゃあ、生徒会室で一緒にどう?」
案の定、誘いだった。
話の内容を確認するまでもない。深雪を生徒会へ勧誘するつもりなのだろう。
達也が黙っている間に、深雪が一瞬だけこちらを見た。
「お兄様もご一緒でしたら、ぜひ」
その答えに、真由美の笑みが少し深くなる。達也にもなんかあるのか?ただ、生徒会は一科生しかなれないため、入るとしたら風紀委員とかになるだろう。
「もちろん。達也くんも一緒で構わないわよ?」
断れば断ったで角が立つ。しかも相手は生徒会長だ。入学早々、余計な波風は立てたくない。
「分かりました。深雪と二人で伺います」
「ええ、待っているわ」
再び軽い足取りで去っていく。かと思ったが、5mぐらい進んだところで引き返してくる。
「あ、千草も来てね。彼女連れてきてもいいから」
それだけ言って再度去っていく。彼....女?
「朝から濃いな」
レオが率直な感想を漏らす。
「生徒会ってもっと近寄りがたい存在かと思ってました」
「近寄りがたいっていうか距離の詰め方が独特なんだよ。七草は」
美月が肩をすくめ、俺が苦笑する。前もそうだったからなあいつは
「なんか嫌な予感しかしないんですけど」
菫子がつぶやく。正直同感である。
「でもこういうのは行かない方がめんどい事になるって相場が決まってる」
結局、生徒会室に向かうことにした。心なしか達也の足取りは重い。
一方、深雪の足取りは軽かった。あんな新入生答辞を行えるくらいだから心臓に毛でも生えてるんだろう。きっと
四階の生徒会室の前、ノックすると歓迎の声が聞こえたので遠慮なく入らせてもらう。
「どうぞ掛けて。お話は、お食事をしながらにしましょう」
すすめられた席に座る。隣から深雪、達也といった感じの順番だ。
壁際の機械へ向かった小柄な女子生徒が、手慣れた様子で操作を始める。備えられたダイニングサーバーに多分、達也は驚いている。俺も最初は普通に驚いた。
「あ、俺は弁当作ってきたからいらないよ」
そう言って風呂敷から弁当を取り出す
「入学式で紹介はしましたけど、改めてね」
料理が揃ったところで、七草が明るい口調で言った。
「こちらが会計の市原鈴音。私の中ではリンちゃん」
「……その呼び方をなさるのは会長だけです」
低めで落ち着いた声だった。だが突き放した響きはない。久しぶりである。
彼女は無媒体で行使する魔法ならば七草と克人を、精度においては摩利をも凌ぐ結構な実力者である。まぁ、俺の方がはやいがな。
ただ、俺の速度はそういう風に鍛えられたからなので当然なのだが
「こっちが書記の中条あずさ」
「よろしくお願いします……」
そう言う気質なのかただ挨拶しただけでもどこかおどおどして見える。先ほどサーバーを操作していたのも彼女だ。俺が知らないってことは多分2年だな
「それから、知ってるとは思うけど」
真由美が視線を横へ流す。
「風紀委員長の渡辺摩利」
「私は生徒会役員ではないがな」
そう言った摩利は、短い返答のわりに圧があった。前からそうだったがそれに増して近寄りが雰囲気を醸し出している。
「あと一人、副会長の服部君がいるんだけど、お昼は別行動が多いの。だから今日はこの四人でお相手します」
服部?彼も知らない生徒だ。きっと彼も二年なのだろう
「司波深雪と申します。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
深雪が改めて丁寧に頭を下げる。
「司波達也です」
達也も簡潔に名乗る。
「俺も一応やっとくか。雨夜千草だ」
一応とは言うが、この場だけで既に一名知らないやつがいるため、普通に当然ではある。
「ーーその炊き込みご飯。一口もらってもいいか」
「いいよ」
キノコの炊き込みご飯。外に帰ってきてから一か月おきくらいのタイミングで届く
一応、毒見しておいたから多分安全ではある。菫子も普通に食ってたし
「お前、腕上げたな」
「2年前と比較されても微妙にうれしくないな」
その後は七草にも炊き込みご飯を分けたりした。こんなこともあろうかと多めに作ってある
「そろそろ本題に入りましょうか」
「当校は生徒の自治をかなり重視していて、生徒会には学内で大きな権限が与えられています。その中でも第一高校の生徒会は、伝統的に会長へ権限が集中する形を取っているの。会長が副会長、書記、会計を選んで、必要なら交代させることもできるし、各委員会の委員長にも一部を除いて任命権がある」
「私が務める風紀委員長はその例外だ」
摩利が口を挟む。
「風紀委員長は、生徒会、部活連、教職員会の三者がそれぞれ選んだ風紀委員たちの互選で決まる」
「という訳で、摩利はある意味で私と同格の権限を持ってるのよね」
七草はそう言ってから、少しだけ居住まいを正した。
「その上で、新入生総代を務めた一年生には、毎年、生徒会へ入ってもらっているの。趣旨としては後継者育成ね」
「会長も主席入学だったんですね」
「そうだよ。総合は1位だったからね」
ちなみに実技1位は俺である。
「深雪さん。私は、貴女に生徒会へ入っていただきたいと思っています。引き受けていただけますか?」
そのとき、深雪と達也の微妙な顔を俺は見逃さなかった。昨日わずかに見てしまった心の声から多分、そういうことだろうと思ってあらかじめ釘を刺しておく。
「ーー言っておくが生徒会は一科生しかなれないからな」
僅かだが見えた心の声的に深雪は重度のブラコンである。さっきの微妙な間は多分そういうことなのだろう。
「……分かりました。私でよければお引き受けいたします」
「ありがとう。じゃあ深雪さんには、今期の生徒会で書記をお願いしたいと思います」
七草は満面の笑みで頷く
「もし差し支えなければ、今日の放課後から来てもらってもいいかしら?」
深雪が答えるより先に、達也は短く声を掛けた。
「深雪」
強くはないが、勧める響きを含んだ一言だった。深雪は兄の意図を汲み取り、真由美へ向き直る。
「分かりました。放課後、こちらへ参りましたらよろしいでしょうか」
「ええ、お待ちしています」
これでひとまず話は終わった。だが、摩利がそこで手を挙げた。
「昼休みが終わるまで、まだ少しあるな。ちょっといいか」
七草が、いかにも嫌な予感がするという顔になる。
「風紀委員会の生徒会選任枠のうち、一枠がまだ空いている」
「それは今、人選中だと言っているでしょう」
「ちょっと待て、それ俺じゃないのか?」
「お前は部活連推薦枠だ」
入学式の日に勧誘されたはずだが?と思っていると摩利からそう説明される。あいつも結構な自由人だな
「確認したいだけだ。生徒会役員の選任規定は、副会長、書記、会計を第一科生徒から任命しなければならない、で合っていたな?」
「そうですけど」
「つまり、風紀委員の生徒会枠に第二科生徒を選んでも規定違反にはならない訳だ」
「まぁ、俺が部活連枠で入るんだし行けるんじゃね?」
鈴音とあずさが揃って言葉を失う。どうやら、これは予定された筋書きではないらしい。
ところが七草は、一拍置いた後でぱっと顔を輝かせた。
「それ、いいですね。摩利、生徒会は達也くんを風紀委員に指名します」
「……はあ?」
達也の素で、間の抜けた声が漏れた。
ーー俺は別にいいとは思うが達也って強いのか?
「ちょっと待って下さい。俺の意思はどうなるんですか。第一、風紀委員が何をする委員なのかも、まだ説明を受けていません」
「妹さんにも詳しい説明はしていませんでしたが?」
鈴音のもっともな一言に、達也は一瞬言葉を詰まらせる。
「あ、あの……当校の風紀委員会は、校則違反者を取り締まる組織です」
あずさが、ようやく説明に入る。
「服装違反や遅刻などの取り締まりは自治委員会の週番が担当します。風紀委員の主な任務は、魔法使用に関する校則違反者の摘発と、魔法を使用した争乱行為の取り締まりです」
「すごいじゃないですか、お兄様!」
「いや、深雪……そこでそういう目を向けるのは少し待ってくれ……念のため確認させてもらいますが」
達也は摩利へ向き直った。
「今の説明だと、風紀委員は喧嘩が起こればそれを力ずくで止めなければならない、ということですね?」
「そうだね」
「まあ、そうだな。魔法が使われていなくても、それは我々の任務だ」
「そして、魔法が使用された場合、それを止めさせなければならない、と」
「出来れば使用前に止める方が望ましい」
「あのですね! 俺は、実技の成績が悪かったから第二科なんですが!」
達也はとうとう大声を出してしまった。
「安心しろ。俺は実技よかったけど二科だ」
だが、難詰された摩利はあっさりと言った。
「構わんよ」
「何がです!?」
「力比べなら、私がいる」
「俺もいるからな。年貢の納め時ってやつだ」