50歳のおじさんがJKにTS転生したのでネットアイドルしてみる話   作:アラフィフ大活躍

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十話 世界の見え方

 

 

 レイちゃんに相談されたって言ったら高橋さんはどんな顔をするだろうか。

 

 俺は通話を終えて、今度は電気ケトルでお湯を沸かす。

 

 本当はコーヒーでも淹れようかと思ったけど、寝る前にカフェインはよくないし、ここは白湯で我慢しておく。

 

 ピロンっ!と、ベッドに投げ置いたスマホがまた通知を知らせてくる。

 

 レイちゃんかな?

 

 熱い湯呑みを慎重にテーブルへ運んでからスマホを確認すると。

 

【高橋さん:今日はありがとう、ひまりん。話を聞いてくれて心が軽くなったよ。いつかクロくんと会っても迷惑をかけないよう、これから頑張っていくねっ】

 

 メッセージの主は高橋さんだった。

 

 高橋さんとレイちゃん、どちらからも相談を受ける妙な展開になってしまったけれど、これについてはどちらが悪いとかでも無い。

 

 ほんの少し歯車が狂っただけのこと。

 

「……いつか会う日、ねぇ」

 

 果たしてそんな日は来るのだろうか。

 

 いや、来てくれると信じよう。

 

 俺が星野ひまりとして存在し続けられる間に、この二人がお互いに笑顔で会える日が。

 

 ……翌日。

 

 学校から帰った俺は、配信の準備を整えていた。

 

 同じ配信者であるレイちゃんの悩み。そして、そのリスナーである高橋さんからの相談。

 

 二人の生の感情を受けた事で、俺自身も配信という行為そのものとの付き合い方を今よりは考えた方が良い気がしてくる。

 

 特に今日の配信テーマは決めていない。

 いわゆる雑談枠ってやつだね。

 

 ゲーム配信でもいいんだけど、【配信者ひまりん】として現時点で俺がやりたいのは、リスナーさん達との交流だった。

 

 なぜなのか。

 

 それは、高橋さんやレイちゃんの悩みを完璧には受け止められなかったからだ。

 

 俺が子供の頃にはインターネットは存在しなかった。

 

 音楽はカセットテープ。

 

 テレビの録画はビデオテープ。

 

 カラオケは本から曲番号を探して入力。

 

 待ち合わせで連絡するなら公衆電話。

 

 高校生の頃にポケベルが流行って。

 

 社会人になった頃にはようやく携帯電話が普及した。

 

 インターネットもあったけど、今みたいに誰もが当たり前に使う時代じゃなかった。

 

 だから俺は。

 

 配信者に依存する人の気持ちも、配信者が何万人もの人間と繋がる感覚も。

 

 正直、根っこの部分では理解しきれていなかった。

 

 レイちゃんの悩みもそう。

 

 俺のリスナーさんには、高橋さんくらいの熱量を持った人は居ないはずだ。

 

 ……きっと。

 

 時々人生相談でやる気を出してくれる人はいるけど、白石さんが言ってた【ガチ恋】?って人はいないんじゃないかな。

 

 それはいても困るけども。

 

 つまりね。

 

 リスナーさんの気持ちも、人気配信者の気持ちも理解出来たのなら、もっともっと高橋さんやレイちゃんに役立つアドバイスが可能だと思うんだよ。

 

「とりあえず始めるか」

 

 配信開始。

 

「お疲れ様です!ひまりん、本日も出勤しましたっ」

 

『お疲れ様です!』

『お疲れ様です』

『お疲れ様ですっ!』

 

 いつも通りの定型挨拶。

 

 でも。

 

 二人の女の子から相談を受けた後だと、同じ文章を送ってくれているリスナーさん達も一人一人違う人間なんだと実感する。

 

「今日は、雑談枠って事で気軽にやっていきます!ゲームや歌なんかはまた今度ね」

 

『承知いたしました』

『ひまりん課長、そういえばコラボお疲れ様でした』

 

 りあらちゃん達とのコラボの労いコメント。

 そういえば振り返り配信とかしていなかったね。

 

「ありがとう。疲れたけど凄く楽しかったよ!みんな素直な良い子達で、パワーも貰えたしっ」

 

『インターンシップに来た学生へのコメントかな?』

『同年代を【子】っていう??』

『か、課長ぉぉぉ!』

 

 また、つい俺はおじさん目線でりあらちゃん達を評してしまった。だってさぁ……自分の精神年齢より四十歳くらい下なんだよ?

 

 孫でもおかしくない。

 

 ……思ってて、自分でもなんか傷ついた。

 

「とにかくっ!みんなとはまたコラボしていけると思うから、楽しみにしててね。今度はお話するだけでなく、例えばレイちゃんの得意なゲーム配信とかも面白いと思うしっ」

 

『勝ち目ゼロで草』

『やるゲームはスーファミにして貰う?』

『クロくん、な?』

 

 いつも通り、と感じていたコメントの中に。

 

 レイちゃんの呼び方に反応するリスナーさんが。

 

 高橋さんが、【レイちゃん古参ファン】はクロくんって呼んでいたと教えてくれた。

 

 昨日までの俺ならスルーしていた……というか意味もわからなかったコメント。

 

 見聞を広げることで、リスナーさんへの理解が深まったのはとても良い事だよね。

 

 とはいえここでコメントを拾うと変な方向に話がいきかねないので、申し訳ないけどスルーさせて貰う。

 

 これは俺が配信者としてランクアップしたと言えるのだろうか。はたまた、少し嫌な擦れかたをしてきているのか。

 

 まさか高橋さん??

 

 なんて考えつつ、彼女が変わろうとしているならこんなコメントはしないよね。

 

「あははー。スーファミならマルチタップ必要だよね。通販で買えるかなぁ?」

 

 ゲーム機にはコントローラーの差し込み口が二つしかないから、ハブを設けてあげなきゃ四人プレイ出来ない。

 

『まさかガチのスーファミでやろうとしてる?』

『マルチタップってなんですか課長!』

『オンライン会員になれば最新ゲーム機でできる』

『当然のようにスーファミを知る女子高生とは』

 

 ん?スーファミ本体無くても出来るの??

 

「まあ、その辺はレイちゃんが詳しいかな」

 

『教えて貰う気満々ですね』

『人に聞く前に自分で調べてみましょう』

 

「……はい。調べてみます」

 

 確かに。

 

 わからないことを聞きにいく前に自分なりに調べるのは社会人として当然だよね。「自分でも調べてみた?」なんてレイちゃんに言わせてしまうとこだった。危ない危ない。

 

 今のリスナーさんはきっと、バイトや会社で働いた経験があるのかな。

 

 ……コメントを拾う時、相手がどんな人なのかを想像するだけで、以前よりもやり取りが楽しくなってきたように感じる。

 

 【リスナーさん】という大きな括りの中でも、相手は一人の人間なんだって当たり前の事実。この認識が配信初心者の俺には欠けていた。

 

「みんな、今日も配信に来てくれてありがとね」

 

 気がつけば。

 俺は感謝を述べていた。

 

 あらゆる人が混じり合った【ひまりんリスナー】さん達。

 

 俺と同じく学校から帰ってきた人。

 これからバイトや塾の人。

 夜勤の人。早上がりの人。

 老後の自由な時間で見てくれている人。

 昔の高橋さんみたいに、人生に疲れた人。

 

 環境は十人十色だとは思うけど、俺の配信をわざわざ見にきてくれてるって点で、この人たちは一つになっている。

 

 大切な時間を俺なんかに使ってくれている。

 ありがとうを伝えず、なんとする。

 

『どした?ひまりん』

『配信してくれてこっちこそ感謝。圧倒的感謝』

『べ、別にソシャゲ周回のながら見なんだからねっ』

『まさか卒業??』

 

 変なタイミングでお礼言っちゃったから、俺が配信者を辞めると勘違いさせてしまった。

 

「やめないよっ!?……やめないけど、ふと皆んなにありがとうって言いたくなったの」

 

『辞めないなら良かった』

『辞めるなら三ヶ月前には総務部に連絡するんだぞ』

『感謝の正拳突きする?』

 

 せっかくリスナーさんとの付き合い方を学んで来たんだし、これから配信がもっと楽しくなりそう。

 

 りあらちゃん、みあちゃん、レイちゃんとだってまだまだ遊びたいんだから。

 

「リスナーのみんなと配信するの、凄く楽しいんだから。まだまだ辞めないからね、私!!」

 

『最高!』

『どこまでもお供します、課長』

『かーっ、やっぱ俺らがいないとダメか』

『ひまりん!ひまりん!』

 

 みんなに支えられながら、みんなも支える。リアルで交わる事のない人間同士が配信を通じて助け合うこの文化。

 

 最近はネットを介して行われる悪事や不祥事がニュースになりがちで、転生前は俺も懐疑的だった。

 

 だとしても。

 

 今こうして配信を見てくれる人たちは、顔も本名もわからない。どこに住んでいるのかもわからない。だから、家族とは違う。友達とも違う。

 

 けれど、ただの数字では絶対にない。

 

 それだけは確かに言える。

 

 

 配信終了。

 

「お疲れ様でしたー!」

 

 いつもの締めの挨拶。

 

 コメント欄に流れる

 

『お疲れ様!』

『おつかれー』

『明日も出勤頼むぞ課長』

 

 を見届けてから配信ソフトを閉じる。

 

「ふーっ」

 

 今日はいつも以上に疲れた気がする。

 

 リスナーさんについて考えて、配信について考えて、高橋さんとレイちゃんについて考えて。

 

 ちょっと頭を使いすぎた。

 そんな事を思っていると。

 

 ピロンっ!

 

 スマホが震えた。

 

【黒崎レイ:配信見てたよ】

 

「早っ!?」

 

 まだ終了から三十秒も経ってないんだけど!?

 

【ひまりん:お疲れ様。配信見てくれてありがとう】

 

【黒崎レイ:こちらこそ、楽しかった】

 

【ひまりん:でも、しばらくは数字見ないんじゃなかったの?】

 

 嬉しいんだけど、デジタルデトックスという意味では出来てなさそうなレイちゃん。

 

 既読がつき、数秒してから。

 

【黒崎レイ:それはそれ】

 

「ダメだよ!?」

 

 思わず声が出る。……すると。

 

【黒崎レイ:でも今日は登録者数見てない。ひまりんを見てた】

 

 なんなの、その小学生みたいな言い訳。

 あんなクールな顔で子供っぽいことを言うレイちゃんに、危うく白湯を吹きそうになった。

 

【ひまりん:屁理屈だよっ!?】

 

【黒崎レイ:でも、理屈ということで】

 

 それでも善だ!みたいに言われる。

 

【黒崎レイ:ひまりんスーファミにも詳しいし、やっぱり変なとこあるよね】

 

 すぐ返ってくる。

 どうやら完全に元気になったらしい。

 

【黒崎レイ:今日もなんか変だったし】

 

【ひまりん:何回変っていうの!?】

 

【黒崎レイ:良い意味で使ってる。なんかさ、前よりもリスナーを見てた気がする】

 

【ひまりん:そうかな?】

 

【黒崎レイ:うん。前はコメントそのものを読んでた。でも、今日はコメントしてる人を見てた】

 

 俺は少しだけ驚いた。

 画面の向こうにも人がいるって認識は前よりも強く持っていたけど。配信を見てただけでそれに気がつくなんて。

 

【黒崎レイ:なんかあった?】

 

 高橋さんの顔が浮かぶ。

 

 だけど、勝手に相談内容を話すわけにはいかない。

 

【ひまりん:色々勉強になっただけだよ!日常生活の中でっ】

 

【黒崎レイ:ふーん?……まあいいや。でもさ、今日の配信はちょっと羨ましかった】

 

【ひまりん:羨ましい?】

 

【黒崎レイ:うん。ひまりんってまだ数字より人を見てるじゃん】

 

 レイちゃんが俺に自分で相談していた内容。それを思い出しているのだろう。

 

【黒崎レイ:私も最初はそうだったんだけどなー】

 

 少しだけ寂しそうな文章。

 

【ひまりん:それは違うよ!】

 

【黒崎レイ:なにが?】

 

【ひまりん:レイちゃんは今でも人を見てるじゃん】

 

【黒崎レイ:え?】

 

【ひまりん:人を見なくなった人は、重いリスナーのことで悩んだりしないと思う。それにレイちゃんが昨日、俺に相談してくれたからだよ】

 

 既読が付く。けど、返事はしばらく来なくなった。なので、俺は続けて送る。

 

【ひまりん:俺一人だったら気づいてなかった。……だから半分くらいレイちゃんのおかげ】

 

【黒崎レイ:……ありがと】

 

【ひまりん:こちらこそだよー】

 

【黒崎レイ:じゃあ今度、一緒にゲームやろ】

 

【ひまりん:おー!】

 

【黒崎レイ:ただし、スーファミは禁止】

 

【ひまりん:なんでさ!?】

 

【黒崎レイ:ジェネレーション違反だから】

 

 そんなレギュレーション違反みたいにっ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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