50歳のおじさんがJKにTS転生したのでネットアイドルしてみる話 作:アラフィフ大活躍
星野ひまりは変な奴だ。
私はベッドの上で寝転がりながら、スマホに映る配信アーカイブを見ていた。
『みんな、今日も配信に来てくれてありがとねー!』
画面の向こうで笑うひまりん。いつもクラスで見る顔が、何故だか少し遠く感じる。
コメント欄は相変わらず賑やかだ。
『卒業か?』
『課長辞めるな』
『定年退職には早いぞ』
『嘱託で残ろう』
リスナーはみんな好き勝手言っている。
『辞めないから!?早期退職したら、退職金減るでしょっ!!』
それに対して、ひまりんも好き勝手返している。
「いや、そこかよ」
私は一人、画面の中の友人にツッコむ。コメントとかして変な気を遣わせるのは嫌だから。あくまでも見守るだけ。
いつもの通り。
本当にいつも通りだ。
「……なのになぁ」
スマホを胸の上に置く。
あれから高橋っちは少し変わった。
前までなら、昼休みも放課後もスマホで黒崎レイの配信アーカイブを見ていた。私と雑談する時も、かなりの頻度でその話を振ってきてたのに。
配信がどうとか。
コメントがどうとか。
コラボ相手がどうとか。
正直ちょっと重かった。
……いや、かなり重かった。私はそこまで黒崎レイが好きなわけでも無いし、同じ話をされても返答に困るし。
けど最近の高橋っちは違う。
色々なクラスメイトとも話してるし、笑う回数も増えた。彼女の中で全部が全部解決したわけじゃないんだろうけど。
少なくとも前よりは前を向いているかな。
「まー、ひまりんのおかげか」
あいつは本当に不思議だ。
高橋っちから相談を受けた後、黒崎レイからも相談されてたらしいし。
別に特別頭が良いわけじゃない。運動神経も普通。歌も最初は酷かった。ダンスなんて見てられなかった。
なのに、気がつけば周りの人間が勝手に元気になっている。
高橋っちもそう。ひまりんリスナー達もそう。そして多分、りあらちゃん達も。
……ひまりん本人は気づいてないだろうけど。
『みんながいてくれるから頑張れるよー!』
小さなスマホの画面内で、リスナーにいつもどおり感謝してるひまりん。
「……ったくさぁ。お人よしなんだよね」
思わず笑ってしまう。
普通はさ。
クラスメイトの恋愛相談とか、配信者の悩み相談とか。そんな面倒ごと、わざわざ首突っ込まないでしょ。
でも、あいつは放っておけない。困ってる人を見ると動いてしまう。それこそ、呼吸をするみたいに。
なんなの?聖人君子なの??
そんなわけない。ただ、お人好しなんだ。
「ほんと変な奴だよ、あんたは」
だけど……最近になって思う。星野ひまりは人の話ばっかり聞いている。
高橋っちの話、レイちゃんの話、リスナーの話。
人生相談、悩み相談、愚痴、不安。
様々な人間の多種多様な悩みを全部受け止めようとしている。
や、それを受け止めてしまえる女子高生もすごい気がするけど。
……なのに。
「そういえば、ひまりん自身の話ってあんまり聞いたことないな」
そう呟いて気づく。私はひまりんが本気で悩んでいる姿を知らない。落ち込んでいる姿も、弱音を吐いている姿も見たことがない。
ひまりんはいつだって
『大丈夫だよー!』
って笑う。
でも、本当に大丈夫な人間なんているんだろうか?……少なくとも私は知らない。
高橋っちだって悩んでた。
レイちゃんだって悩んでた。
そして、私だって
「……あー」
そこで思考を止める。
天井を見上げる。
スマホの画面はいつの間にか暗くなっていた。配信が終わったらしい。
別に、大したことじゃない。……本当に大したことじゃないんだ。
毎日普通に学校へ行って、友達とも話して。笑って、遊んで。それなりに楽しい。
だから、問題なんて無い。
……無いはずなのに。
「はぁ」
小さくため息が漏れた。誰にも聞かれない部屋。誰もいない夜。
こういう時、少しだけ苦しくなる。
「私もさぁ」
ぽつりと呟く。
「ひまりんに相談したら、なんか変わるのかな」
返事をする人はいない。……けれど。
昼休みに言われた言葉だけは覚えていた。
『もちろん』
もし相談したら聞くよ。あの子はたぶん、本当にそう言う。……だから困るんだ。
そんな簡単に信用させるような顔で笑うから。
「……バカ」
誰に向けた言葉かも分からないまま。私はスマホの電源を落とした。
明日も学校だし、もう寝なきゃ。
◇
-翌日 昼休み-
「高橋っち、最近元気じゃん」
白石さんがパンを齧りながら言った。
またこのギャルっ子はパンだけ食べてるよ。今度お弁当でも作ってきてあげようかな?いや、中身おじさんの俺が差し入れるのは少しアウトかも。
調理するのは星野ひまりだからセーフか??
「そうかな、そう見える?」
「うんうん。前よりスマホ見てる時間減ったし」
「えへへー」
高橋さんが少し照れ臭そうに笑う。確かにそうかも。以前なら昼休みの大半をレイちゃんの切り抜きやアーカイブで埋めていたそうだし。
今は俺達との雑談も増えている。
「良いことだねぇ」
俺が頷くと。
「ひまりん先生のおかげです」
高橋さんが頭を下げた。
「……先生じゃないってば」
「じゃあ課長?」
キョトンと首を傾げられた。
「あのね、リアルで配信の設定持ち込まないで!?」
『課長』
が完全に定着している。なんなんだろうね、この文化。……今の俺は女子高生なんだけどなぁ。
配信中にリスナーからそう言われるのはまだしも、現実で友達に呼ばれるのは遠慮したいよっ。
「でもさぁー」
高橋さんが言う。
「白石さんは相談とか無いの?」
「は?」
突然話を振られた白石さんが顔を上げた。
「無いけど」
即答。あまりにも即答。
晩御飯のメニューだってもう少し悩むだろうに。
「早っ」
俺は思わず笑う。
「普通もうちょっと考えない?」
「だって、無いんだもん」
「えーっ。逆に怪しくない?」
高橋さんが言う。
「……なんで?」
「だって、人間なんだから悩みの一つくらいあるでしょ」
「それは高橋っちが重すぎるだけ」
「うっ」
刺さったらしく、高橋さんが黙った。
白石さんはジュースを飲む。
そして、手をひらひらと振って
「私は元気だから、気にしないでよ」
「ほんと?」
「ほんと」
即答。
……なんだけど。何故だろうか。
ここ最近、立て続けに高橋さんの相談とレイちゃんの相談。色々な人の話を聞いた後だからか。
俺には少しだけその即答が不自然に見えた。
勘違いなら良いんだけども。
◇
放課後、ホームルーム終了。
しばらく玄関付近のベンチで高橋さんと雑談して過ごした。
白石さんは何やら職員室に呼ばれたとかで不在。
レイちゃんの話は避けつつ、普通に明日の時間割とか適当な話をして、お互いバスや電車の時間がやってくるのを待っていた。
「じゃあねー!」
高橋さんが先に帰る。
「また明日ね、高橋さん!」
俺も手を振る。
「うん。ばいばーい」
……さてと、俺も帰ろう。
そう思った時。
「あ」
机の横フックに体育ジャージのカバンを忘れていた。面倒だけど取りに戻らなくては。
前世なら一日着た服は臭くなっていて、洗濯が必須だった。ワイシャツの襟や袖に洗剤つけこんで。
それが、星野ひまりになってからは数日着た服でも何故か香りはフローラルではあるんだけど。
女子高生的にはそれでも毎日洗濯しないとね。
あーあ。前世の会社で忙しい時にこの特技(?)があれば。
……ま、肉体に依存してそうだから無理だけど。どんだけおじさんって汚いんだか。とほほー
廊下まで出ていた俺は再び教室へ引き返した。
ガラッ。
教室の扉を開ける。この時間は誰もいないと思っていた。
だけど。
「……」
一人だけ残っていた。
白石さんが。
窓際の席、夕日が差し込む教室で、彼女は一枚の紙を見つめていた。
珍しいなぁ。
スマホじゃなく、雑誌でもない。ただ紙を見ている。それも凄く真剣な顔で。
「白石さん?」
邪魔しちゃ悪いかと思いつつ、しかし声をかけないのも不自然だし。
びくっと、白石さんの肩が跳ねた。
「うわっ!?」
慌てて紙を裏返す。その反応に俺も驚いたよ。そんなに人に見られたくなかったかな。
「ご、ごめん」
「……なんだー、ひまりんか」
露骨に安心する白石さん。
いやいや!そんな反応されると気になるじゃんか。
「こんな時間に一人で何してるの?」
「や、別に」
目を逸らし、誤魔化してくる。露骨すぎる!
「……絶対別にじゃないよね?」
「別にだってばぁ」
……怪しい。これは物凄く怪しい。だってこんな白石さん、見たことがないよ?
俺は机に近づく。
「なになに?」
「ちょっ、ひまりん見るなし!」
「えー?」
「見んなってば」
必死で隠そうとする。
こりゃー、冗談抜きで見ちゃダメなやつだ。
本当に嫌がられたら、スッパリやめる。これが何より大切だよね。パワハラになってしまうし!
「めんごめんご!悪ノリしちゃった。そんなに嫌がるとは思わなくてさっ」
「めんごって、死語すぎっしょ」
すると。
「あっ!?」
ひらり。
白石さんの指から離れ、用紙が舞う。
一部だけ見えた……進路希望調査票だ。
「あ」
俺は声を漏らした。おじさん時代なら見逃していたが、星野ひまりの動体視力は捉えてしまった。
白石さんが観念したように天井を見上げる。
「……もー、最悪」
「ひょっとして。進路?」
「ねえー、見たん?」
「ちょっとだけ」
「最悪ぅー!」
二回目だった。
しばらく、気まずい沈黙。
「白石さん、まだ出してないんだ?」
俺が言う。
「うん」
「珍しいね」
「そう?まだ私以外にも出してない人いるでしょ」
「や、そうだけど。白石さんなら決まってそうなのに」
だって君は明るくて、友達も多くて、コミュ力も高い。やりたいことなんて山ほどありそうなのに。
俺にダンスも教えてくれたし、面倒見だって良い。なんにだってなれる。
白石さんは苦笑した。
「逆だよ」
「逆?」
「……何も無いの」
ぽつりと、とても小さな声だった。
「やりたいこととか、なりたいものとか」
視線を落とす。
「全然わかんないんだよね」
俺は黙る。
「みんなさぁ」
白石さんが笑う。……でも。
それはいつもの笑い方じゃなかった。
「保育士になりたいとか」
「うん」
「看護師になりたいとか、大学行きたいとか」
調査票を見る。
「ちゃんとあるじゃん?」
俺は言葉を探した。
……だけど、何も出てこない。
高橋さんの時みたいに。
レイちゃんの時みたいに。
簡単な答えが見つからない。
無い人もいるよ?なんて事実は、彼女も求めていないだろう。
「……ひまりん」
「ん?」
「相談してもいい?」
その言葉に、俺は少しだけ笑った。
友達に頼られて嬉しく無いわけがない。
「……もちろん」
すると、白石さんが本当に小さく。気をつけないと聞き逃しそうな声で言った。
「私さぁー」
進路希望調査票を見つめながら。
「卒業した後、自分が何してるか全然想像できないんだよね」
その表情は、高橋さんともレイちゃんとも違う。
……未来が見えない人間の顔だった。
かつて、毎日家と会社を往復するだけの生活をしていた俺と同じ。
「白石……さん……」
未来に何の展望も無く。
いつまでこの生活が続くのかと、自分の人生に絶望していた俺と。
ただ、死んでないから生きていただけ。
星野ひまりになる前の俺が抱えていたものに、少しだけ似た不安を、彼女は持っていたのだ。
もちろん、白石さんはまだ高校一年生だ。昔の俺みたいに人生に疲れ切っていたわけじゃない。
……だけど。
自分の先に何があるのか見えない不安だけは、たぶん同じだった。