50歳のおじさんがJKにTS転生したのでネットアイドルしてみる話 作:アラフィフ大活躍
自分が前世で高校生一年生だった時。
将来何になりたいだとか、これがやりたいといった事は全く考えていなかった。
毎日学校へ行き授業を受けて、友達と駄弁る。平凡でどこにでもある日常に身を置き、なんならそんな学生生活は永遠に続くとさえ思っていた。
この世に変わらないものなど無いと本当に理解出来たのは、それからずっと後になってからだった。
モラトリアムが終われば、まわりと同じように就職して死ぬまで社会の歯車。
子供の頃の夢を思い出すことも無ければ、何故その夢を叶えられなかったのかなんて後悔すらしなかった。
学生時代、ずっとつるもうと約束した友人とは徐々に疎遠になっていった。
大人になるにつれて、自分はこの世界の主人公では無いのだとゆっくり自覚させられていき、少年時代憧れたヒーローはまさしく主人公なのだ。平々凡々な自分がそうはなれないのは至極当たり前。ある種の諦めや悟りに近い感情だったかな。
「ひまりん、内心バカにしてない?高一のくせに大袈裟なってさ」
白石さんは机の上に置いた調査用紙とにらめっこする。
「してないよっ!むしろ現時点で将来についてそこまで悩めるのは凄いと思う。大多数の高校一年生は受験からやっと解放されて、今は息抜きタイムだと思うし」
「あはは、確かに。学校側だって今時期の調査なんて大した重要視しないだろうしね。……この紙なんて、適当に書いて出せば終わりなんよねぇ」
どちらかといえば、もうそろそろあるであろう文理選択の方がよほど大事で、今回の調査はどちらかと言うと担任が生徒の考え……内面を知るための道具にしていそうだ。
「ひまりんはこれに何て書いた?良ければ、参考に聞かせてくれないかな」
白石さんが身を乗り出す。近い。
二度目の人生を歩んでいる俺が書いたのは。
「未定です。これからの学生生活で様々なものに触れながら見つけていきたいです。……そう書いたよ」
白紙回答とほぼ変わらない。
「そんなんアリ!?」
いい加減な答えに目を丸くされた。
うん、これが会社の上期目標とかだったら呼び出し確定なんだけども。
「偉そうに相談に乗っておきながら、白石さんとお揃いだよ。……将来の目標が未定というのは悪い事じゃ無いと思うんだ。だってさ」
俺は本心を語る。
「十六歳と十七歳ってとりまく環境も考えも別物でしょ?得意科目さえ違ってるかもしれないし」
「別物でしょ?って言われてもねぇ」
経験則で物を言ったけど、確かにひまりんの口からでは説得力は無いか。
「逆にさ。仮に今目標をしっかり決めてる人も、一年後には違う夢が見つかってるかもしれないよね。成績も上がったり落ちたり、部活で成長したり」
未来は誰にもわからない。
「あー、そうだねぇ確かに。今一生懸命考えても、来年の今頃には全然違う思考してるかもだし」
ペン回しをしつつ悩む白石さん。そして、俺の顔をジッと見つめてから
「ひまりんは配信者としてずっとやってく?」
ふと、そういえばどうするのか気になる……くらいの温度感で質問してきた。
今の俺にとって生活の半分は占めている配信活動の今後。
確かに、この回答によっては星野ひまりがどのように人生を歩んでいくか、かなり違ってくる。
でも……
「わからないっていうのが、正直なところかな」
「わからないの?……だって、登録者も増えてりあらちゃん達とコラボもしてさ。順風満帆な配信者生活になりそうなのに、辞めちゃうかもってこと?」
勿体無い。
そんな感想が白石さんから出た。
「うん。でもさぁ、まだ配信始めたばっかだし……そりゃ面白い面もあるんだけど、学生の本分は勉強でしょ?学校生活がどうなるかわからない以上、絶対に続けるとは言えないよ」
確かにレイちゃん達とこれからも一緒に配信したりして、リスナーさんがそれで喜んでくれるなら嬉しいよ。だけど、例えば勉強時間が確保出来ず成績が落ちちゃったりすれば、辞めざるを得ないし。
「いやいやいや!配信でお金稼げるなら、高校なんて卒業しなくても良いまであるっしょ?だって、普通に就職するよりもお金貰えてる人もいるよ?」
手をブンブンと横に振る白石さん。
えっと。配信者って、そういうものなの!?
それって、人気が落ちちゃったりしたらどうするのさ。会社みたいに退職金とかあるのだろうか。
言われてみると、俺って他の配信者がどういう背景なのかとか、あまり理解して無いなぁ。
「今やゲームがオリンピック競技になるかもって時代だよ?ひまりん、その辺疎い系??」
「うっ」
疎くしかない。
ゲームってオリンピック競技になるんですか?
「ジョーシキなんだけど。てかさ、今や配信者になる為の学校や、ゲームのプロになる為の学校もあるんよ?」
あ、それはなんか聞いた事あるかも。
なるほど……
ならば、配信者学校の生徒さんや先生から見たら俺の配信なんて素人丸出しって感じなのかな。ちょっと恥ずかしいぞ?
「俺も配信者学校行くべきかな……」
自分が恥だと認識していない行為でまた炎上とかしちゃうのは避けたいんだけど。
「や、ひまりんはもうファンもいるし通わなくていんじゃない?」
「そうなの??」
「んー。私もそんな詳しくは無いけど……」
なんだかイマイチよくわからない。今度時間がある時に、ゆっくり調べてみても良いかも!
もしかしたら、りあらちゃんとかはそうした学校を卒業して配信してるかもだね。聞いてみよう。
「けどさぁ」
白石さんが続ける。
「例えばそういった学校に通いたいって思うのも、配信者になりたいって夢がまずあっての事よね。てなると、目標があるだけ凄いなって感じる」
なるほど。
「んで、そう考えた場合ひまりんは既にその人達が目指すゴールにいるようなもんじゃん」
「あー……そうなのかな?結構リスナーさんからは好き勝手言われてるけど」
言われてもピンとこない。リスナーにおじさんっぽいとコメントされてしまう配信者を目指す人は存在するんだろうか。
「配信したらリスナーさんがみてくれて、人気配信者ともコラボ出来る。歌や踊りまで披露してさ。そのレベルまで到達出来ない人が山ほどいるんだって」
そうか。
俺には前世の経験がある。社会人として失敗したことも、後悔したことも、山ほど知っている。
それに今は星野ひまりという身体まである。
少なくとも、普通の高校一年生よりは選択肢が多いのかもしれない。
「さっきの質問は、そんな恵まれた環境を簡単に捨てちゃうの?って意味でもあったんだよねぇ」
つまり。
白石さん目線と俺目線では、星野ひまり……ひまりんが立ってる場所がまるで違ったのだ。
それは確かに、軽々しく【学生の本分は勉強】などと言ってしまったのは失敗だったかも。
俺の今の生活は、誰かが心から望むものなのだ。
前世の、ありふれた会社員とは違う。
白石さんの悩み相談にのっておきながら、俺は星野ひまりが今後どうすべきなのか。
提出したアンケート用紙を先生から引き戻したい気分になってしまった。
「……白石さんはもしかして俺が羨ましい?」
俺が聞く。
「そりゃ羨ましいっしょ」
白石さんは即答した。
それなりに人気を集め始めた配信者が、かと思ったら。
「だって、ひまりんはもう見つけてるじゃん」
そうでは無いらしく。
「何を?」
「夢じゃなくてもいいけど」
少し考えて。
「頑張りたいって思えることを、さ」
配信者として注目を集めている事では無く。熱中出来るものがある事が、白石さんにとっては羨ましいらしい。
俺は少しだけ笑った。
白石さんが抱えている悩みは、高橋さんともレイちゃんとも違う。
誰かを好きになりすぎたわけでもないし、数字に追われているわけでもない。
もっと曖昧で、もっと答えが無くて。
……だからこそ難しい。
そっか。
俺、自分が恵まれてるなんて考えたことなかったかも。一回死んでるし。
窓の外を見る。
夕焼けに染まったグラウンドでは、まだ部活をしている生徒達の姿が見えた。
あの子達の中にも、将来の夢が決まっている人もいれば、決まっていない人もいるんだろう。
そして多分……決まっているように見える人だって、本当は悩んでいる。
「ひまりん?」
「ううん」
俺は首を振った。
「なんかねー、白石さんの相談に乗るつもりだったのに」
「うん」
「気づいたら、俺も一緒に悩んでた」
白石さんがキョトンとして。
それから。
「なにそれ」
と、少しだけ笑った。
その笑顔を見て、答えはまだ見つからなくてもいいのかもしれないと俺は思った。
未来なんてそもそも見えないものだから。
だから今は白紙のままでもいいんじゃないかな。
少なくとも、この進路希望調査票を前に悩んでいる白石さんは、ちゃんと自分の未来と向き合っているのだから。
「白石さん。一緒に探さない?自分の心ってやつをさ。それが出来るのが若人の特権なんだし」
「いきなりジジイみたいになった!?」
失礼なっ!
「少なくとも、その白紙に書けることは狭い教室にいても浮かばないよ。時間も必要だと思う。……それとさっき、俺が配信者として成功の部類にいるって話してくれたよね?」
「……うん」
「贅沢な話だけど、それは俺が心底望んだものでも無いんだ。ちょっとやってみたら、思いの他応援してくれる人が多かっただけって認識でさ」
ひまりんとして活動を始めてから、俺はそう思っている。ここがゴールなのだと言われても、自分では実感できない。
「それ、レイちゃんとかには言っちゃダメだよ?」
白石さんが忠告してくれる。
「わかってるよ。そんなの、ただの嫌味な人になるじゃん」
「わかってたん?……じゃあひまりんも、実はやりたい事無いってわけね」
「そうだよ」
俺は白石さんの正面に座り、ちょっと恥ずかしいけど目を見つめる。
「だからさ、この高校生活で焦らず一緒に探していこうよ」
しばらく呆然と俺を見つめ返す白石さん。
えっと、何か返事してくれないと気まずいよ。
自分でも今のセリフはちょっと……学園青春ドラマみたいであれかな?って感じてるから。
「しゃーない。ひまりん……じゃなくて、【ひまり】もやりたい事見つかってないんなら、同じ悩みを持つ者として付き合ってあげるよ」
白い歯を見せて、微笑む白石さん。
本名で呼んでくれたのは、なにかしらの決意の現れだろうか。
「ありがとう、白石さん」
「……
わずかに顔を赤くする白石さん。
そういえばずっと、さん付けしてしまっていた。
歳下の女の子を名前呼びしたらセクハラ認定されてしまうかもって怯えてた前世の名残が。
でも今は、同い年の女子同士なのだ。
「うん。……ありがとう、美璃!」
何十年かぶりに、面と向かって女性を名前で呼んだぞ!?
不自然じゃなかったよねっ??
「ちょっ、なんでひまりも顔真っ赤なの!?」
夕陽に照らされてるからだよ。
……なんて、昭和全開な言い訳はなんとか飲み込んだ。