50歳のおじさんがJKにTS転生したのでネットアイドルしてみる話   作:アラフィフ大活躍

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十三話 ガード下の居酒屋

 

 ガード下の雑然とした居酒屋。

 

 金曜日の夜。

 

 簡素なテーブルに簡素な椅子で、学生時代の友人とビールを飲んでいた。焼き鳥を焼く煙が店内に広がり、食欲が刺激される。

 

 汗ばむ季節、仕事終わりの火照った身体に流し込む大ジョッキのなんと清涼なことか。

 

「ぷはーっ……まずはこれだよな」

 

 一息で三分の一ほどビールを飲み干し、俺はドンとジョッキをテーブルに置いた。ラミネート加工されたメニューはどれも美味しそうで、何を頼むか迷う。

 

「浩二は相変わらず良い飲みっぷりだなぁ。一年ぶりくらいに会うけど」

 

「うん。なんせ最近は酒しか楽しみ無いからなっ!」

 

「……冗談でも聞いてて悲しいよ、俺は」

 

「太田。そんな目で見るなっ」

 

「いやいや、浩二が自虐したんじゃないか」

 

 対面でお通しの枝豆をつまみつつ、俺を憐れむ男。

 

 太田とは学生時代からの付き合いで、アラフィフになった今でも年に一度はこうして会う仲だ。

 

「とりあえず、ポテトフライにだし巻き玉子と焼き鳥盛り合わせ、あ、あと塩辛も頼んでいい?」

 

 俺は目に入った食べたいメニューを列挙する。

 塩辛は呑みに必須だけど、まだ早いかな?

 

 この後日本酒にシフトしたタイミングでも良い。

 

「あさりの酒蒸しも食べたいなぁ。お、唐揚げは!?……もつ鍋もあるみたいだし、シーザーサラダも健康に配慮しつつアリだよな」

 

 まだまだある。

 

 店入って最初って無限に食べられる気がするよね。もっとも、気がするだけなのがタチ悪い。

 

「食欲旺盛すぎるだろ!サラダで罪悪感紛らわせようとするな、おじさんなのに」

 

 太田につっこまれてしまった。

 

「普段一人暮らしでコンビニ弁当とか麺類ばっかだから、ちょっと反動がね」

 

「なるほどね。でも流石に二人でその量はキツいかもな?焦らず、ゆっくり食いつつ呑もうよ」

 

「わかった。明日土曜で、休日出勤しなくていいしな」

 

「珍しいじゃん。浩二が土日休みとは」

 

 そんなこともないけど……毎週毎週、休日出勤しているわけでは無いからね。

 

「お待たせしましたー、こちら塩辛です」

 

 若い店員さんが塩辛を持ってきてくれた。

 

 まだビールを何杯かいきたいけど、まあ塩辛も合わないわけじゃ無いし良いか。

 

「太田。七味と、ちょっと醤油垂らしていい?」

 

 同じ皿をつまむマナーとして、先にトッピングを断っておく。

 

「お前はほんとその食べ方好きだよな。いいけど。ていうか塩分的にお前だけで食ってもいいぞ」

 

 ありゃ。

 

 太田も塩辛が大好きなはずなのに……

 

「血圧高いの?」

 

「ああ、少しなー。胡麻麦茶飲んでなんとか耐えてるよ」

 

 そうか。

 

 年齢ももう若く無いし、身体にもガタはくるよな。

 

 高校の頃から付き合いがある、唯一の友人。そんな太田から老いを感じると、自分の年齢にも向き合わされる。

 

「昔はラーメンのスープまで完飲してたからな、太田は。それが原因なんじゃないのかー?」

 

「お前もだろー?」

 

 まあね。

 

 ラーメンはスープが一番原価高いし手間もかかってるから。スープを残して、水を飲んで終わりにしようとしても、ついもう一口飲んじゃうんだよね。

 

 血圧の他に糖尿病なんかも怖いし、健康には気をつけないとなぁ……そろそろ。遅いかな?

 

 もっとも、俺が死んだところで誰も悲しまないけど。

 

 太田くらいだろうか。少しは気にしてくれるとしたら。

 

 良い感じに酔いがまわってきて、二人とも日本酒に切り替える。

 

「こちら、ぬる燗と冷やです」

 

 俺がぬる燗で、太田は冷やを頼んだ。

 

「どう最近、他のメンツとは会ってるか?」

 

 太田がチビっと冷酒を味わい、赤い顔で聞いてくる。

 

「いや全然。メールすらしてないよ。なんなら、俺より太田の方が会ってるんじゃないか?俺なんて会社と家の往復だからな、基本的に」

 

 俺もぬる燗を少し含む。

 どうしよう、きゅうりの浅漬けも頼みたくなってきたけど、太田の塩分制限を聞くと頼みづらい。

 

「……そうでもないぞ」

 

 太田は苦笑した。

 

「中村なんて今年子供が受験だし。佐々木は転勤で九州行ったまま帰ってこないし。もうこっちより九州の方が過ごしてる時間も長いかもな」

 

「あー……」

 

 名前を聞いて、懐かしくなる。

 

「いたいた、中村と佐々木」

 

 高校の頃は毎日のように顔を合わせていたのに

 卒業して、就職して、結婚したり転勤したりして。

 

 気づけば、こうして連絡を取る相手は太田くらいになっていた。いつのまにか。

 

「寂しいもんだな」

 

 太田は小さく呟く。

 

「そうか?」

 

「だって高校の頃、お前が言ってたんじゃん」

 

「何を?」

 

 なんか変な発言してたか、俺。

 

「……俺達は爺さんになっても遊ぶってさ」

 

 あぁ。そんなことも言ってたな。

 

「それは、みんな誰しも言ったり思ったりするんじゃないかな……」

 

 若かりし自分の発言がどれだけ的外れだったのか。

 

 ……今ならばわかる。

 

 変わらないものなんて、この世にありはしないのに。

 

「そういや浩二。お前、高校の時何になりたいって言ってたっけ?」

 

 太田が思い出したように聞いてくる。

 ここ数年、会うたびに同じ質問をされてるような気もする。

 

 場を繋ぐための、丁度良い話題提供のつもりか。もしくは会う期間が空きすぎて、この話をしたことを忘れているのか。

 

「なんだっけ……忘れたなぁ」

 

 店を出て。

 

 駅の改札で太田と別れる。

 

「また近いうちに飲み行こうぜ、浩二」

 

「ああ、なにも遠くに住んでるわけじゃないしな。今度は一年後と言わず来月とかもアリだね」

 

 そうして、改札に消えていく友人を見送った。

 

 その飲み会がまさか、生涯最後の親友の記憶になるとは思わなかった。

 

 健康に気を遣っていた太田より、俺の方が先に逝くだなんてな。

 

……唯一の友に先立たれるよりは、良かったけど。

 

 

 ピピピ。ピピピ。

 

「呑みすぎた……!?」

 

 俺はガバッと起きてアラームを止める。

 

 頭がガンガンと痛い気がする。昨日、太田と居酒屋で飲みまくったからか。

 

 味噌汁の買い置きあったっけ……

 

 ベッドから抜け出し、キッチンに着いたあたりでここが二周目の人生であると思い出した。

 

 俺はもう、佐伯浩二ではない。

 

 頭痛は寝起き特有の一時的なもの。次第に痛みは消えて、スッキリと冴えてくる。

 

 今の肉体は超絶健康な女子高生だった。

 

 あれだけリアルだった夢も、目が覚めるにつれて少しずつ輪郭を失っていく。

 

 太田の顔も、居酒屋の匂いも、ぬる燗の味も。

 全部、本当にあったことのはずなのに。

 

「はあー。今日も学校かぁ」

 

 まずは朝ごはんを食べないとね。

 

 牛乳、ヨーグルト、食パンにはブルーベリージャム。実に女子高生らしい朝食だ。

 

「……あー、塩辛くいてー」

 

 七味をふりかけ、香り漬けに醤油を数滴垂らした塩辛。それをキュッとぬる燗で。

 

 夢で見た、あと四年過ごさないと実現しない味わい。

 

 せめてもの抵抗として。

 

「今日の晩ご飯は、白米に塩辛だな!」

 

 そう誓って食パンに齧り付いた。

 

「そういえば太田って、今頃どうしてるんだろ」

 

 生きている……?

 俺が死んだだけで、あいつの人生は続いている。

 

 結婚してるのかもしれない。

 相変わらず血圧と戦ってるのかもしれない。

 胡麻麦茶を飲みながら。

 

 しかし、星野ひまりとして過ごした十六年は長い。俺が佐伯浩二だった記憶を思い出したのはつい先日。もしも、もう少し早く記憶が戻っていたら会いにも行けたのかもしれないけど。

 

 生きていたら六十六歳……か。

 

 嘱託でも期間満了してるよな。

 

「……お疲れ様、太田」

 

 必死に働き続けていたとして。

 

 人生の節目を迎えたであろう友人を一言労うくらい、星野ひまりの肉体でやってもバチは当たらないだろう。

 

 どこかで元気にやってるといいな。

 

 

 家を出る。

 

 朝の空気はまだ少し冷たくて、寝起きの頭には丁度良かった。

 

 いつもの通学路を歩く。

 

 星野ひまりとしての人生では見慣れた住宅街、見慣れた電柱、見慣れたコンビニ。

 

 毎日通っているはずなのに、今日は少しだけ景色が違って見えた。

 

 十六年前、俺はこの街のどこにもいなかった。

 

 スーツを着て会社と家を往復して、休日にはスーパーで半額の惣菜を買う。

 

 ……そんな生活をしていたはずなのに、今は女子高生として登校している。

 

 人生って本当にわからない。

 

 むしろ、一度死んで女子高生になる未来を予想できる奴がいたら少し怖いな。

 

「おはよー!」

 

 後ろから元気な声。

 

 振り返ると同じ学校の生徒達が追い抜いていく。制服姿、部活バッグ、楽しそうな会話。

 

 なんていうか、すごく高校生だ。……俺も一応その一人なんだけどね。どうにも未だに馴染み切れていない気がするや。    

 

 横断歩道で信号待ちをしながら空を見上げた。

 

 前世で高校生の頃、俺は何を考えて歩いていたんだろう。将来のことなんて考えていなかった気もするし。

 ……かといって毎日が楽しかったわけでもない。

 

 ただ、その日その日を生きていただけ。それは今も変わらないのかもしれない。

 

 信号が青になる。

 

 ぞろぞろと人の流れに乗って歩き出した。

 

 次第に校門が見えてきた。

 

 部活動の朝練組がグラウンドを走っていて、サッカーボールを蹴る音や野球部の掛け声。吹奏楽部の音合わせ。

 

 うん。青春って感じだなぁ。

 

 俺の高校時代にもあったはずなんだけど、何故だろう。当時より今の方が眩しく見える。

 

「おっすー!ひまり!」

 

 聞き慣れた声。

 

 校門の前で手を振っていたのは美璃だった。朝から元気だなぁ。あの声量。

 

「おはよう!美璃」

 

 キョドることも、吃ることもなく名前を呼べた。

 

「あれー?なんか眠そうじゃん」

 

「うん。ちょっと夢見が悪くてね」

 

「ホラー系?」

 

「いや!ホラーでは無いんだけどさ」

 

 少しだけ考えて。

 

「……おっさんと居酒屋でサシ飲みする夢?」

 

 何も思いつかず、そのまんま言ってしまった。

 

「どういう状況だよ!?悪夢すぎっしょ」

 

 妙に納得した顔をされた。

 

 ごめん、太田。

 

 流石にそのおっさんは前世では同級生で親友でーとは説明できないや。

 ……言ったところで意味不明だろうし!

 

 俺達は並んで校舎へ向かう。廊下には既に生徒が溢れていた。

 

 友達同士で話している奴や、ギリギリに登校して走っている奴に、宿題を写している奴。

 

 どこの学校も似たようなものらしい。

 

「そういやさぁ」

 

 美璃が歩きながら言う。

 

「昨日の続きなんだけど」

 

「うん?」

 

 なんだろう。

 

「私、ちょっとだけ考えてみた」

 

 あー。昨日の進路の話かな?

 

「何を?」

 

「……やりたい事」

 

 そう言って少し照れ臭そうに笑う。

 

「まだ全然わかんないんだけどさ」

 

「うん」

 

「わかんないなら、わかんないなりに色々やってみるのもアリかなーって」

 

 教室の前まで来る。

 

 昨日と何も変わらない朝なのに、美璃の表情は少しだけ晴れて見えた。

 

「いいじゃん!まずはお試しだね」

 

「でしょ?」

 

 ガラッ。

 

 教室のドアが開く。

 

「おはよー!」

 

「おはー」

 

「宿題やった?」

 

「終わってねぇ!」

 

 いつもの騒がしい空間。だけど、なんでだろう。

 

 今日は少しだけ、この場所が好きだと思えた。

 

「おはよー、ひまりん課長っ」

 

「高橋さんっ!課長呼びやめてね?」

 

「あははー。ジョークだよぉ」

 

 ……未来はわからない。十年後、二十年後。

 

 誰が隣にいるかなんてわからない。いないかもしれない。

 

 だからこそ。

 

 今ここにいる人達との時間は、案外大切なのかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 










ひまりん「ぷはぁっ!ふぅー……うっ!」
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