50歳のおじさんがJKにTS転生したのでネットアイドルしてみる話 作:アラフィフ大活躍
ネットというのは恐ろしい。
昨日まで「かわいい〜!」と言っていた人間が、翌日には「失望しました」と言い出す世界なのだ。手のひらくるくるにも限度があるよ。
いや、マジで怖い。
ライブから三日後。俺……星野ひまりは、自室のベッドの上でスマホを見ながら固まっていた。
「……なんで?」
トレンド欄。
【#ひまりん炎上】
「なんでぇー!?」
可愛い声で悲鳴が出た。中身は五十歳でも、悲鳴だけはちゃんと女子高生なのが腹立つ。いや待って。ちょっと待って。
炎上って、もっとこう……人気芸能人が不倫したとか、政治家が失言したとか、そういうやつじゃないの?【ひまりん】って、一般人に毛が生えた程度の存在でしょ?
俺、昨日なにした?慌てて記憶を辿る。
1.配信した。
2.歌った。
3.人生相談した。
あと。
『嫌な飲み会なら、無理して行かなくてもいいんだよー!』
「あっ……!?」
俺は天井を見上げた。
「どうやら、やっちまったかぁ……」
会社員時代の記憶が蘇る。
歓迎会や送別会とは違う、普通の飲み会の話。
先輩や上司に誘われた時の断れない空気。
上司の「まぁビールの一杯くらい」。
終電からの、翌朝八時出勤コンボ。
そして翌朝の、アルコールが抜け切っていない身体での朝礼。
うっ……、頭が。
脳では炎上コメントを拒否しているのに、何故だかスマホをスクロールする指が止まらない。見なきゃいいのに見てしまう。何故か。
人間は、傷口を舌で触る生き物なのだ。
【社会経験もないガキが社会を語るな】
「あるんだよなぁ……社会経験……多分、想像よりもずっと長く」
思わず漏れた。
【若い女だから甘やかされてる】
「中身おじさんなんだけどなぁ……」
【こんなの見て癒されてる社会人とか、終わってる】
「やめて!? 視聴者まで殴らないで!?」
思わずスマホへツッコミを入れてしまう。
いや、でも実際怖い。心臓が嫌な跳ね方をする。
部長に「ちょっと会議室来て」と呼ばれた時と同じ鼓動だった。
「あっ、これ絶対怒られるやつだ」
するとスマホが震えた。
【白石:おめでとう、炎上デビュー】
「全然おめでたくないよぉ!」
そのまま通話が飛んでくる。
『もしもーし』
「もしもしじゃない! なんか燃えてるんだけど!?」
『見た見た。それで電話したし。つかめっちゃトレンド入ってる』
「なんで他人事なの!?」
『確かに炎上はヤバいけど、でも今めちゃくちゃ伸びてるよ?』
「え?」
登録者数を見る。なんと、信じがたい事に1万人も増えていた。
「……あの。なんで?」
『野次馬。みんなお祭りだと思ってんのかもねー』
「最低な文化だ!?」
白石さんがケラケラ笑う。
『でもまぁ、思ったより平気だよ』
「どこが!?」
『だってこれ見て』
送られてきたリンクを開く。
【実際に配信全部見たら、ひまりん普通に常識人だった件】
再生数五十万。
「これが……五十万!?」
動画では、俺がこう話していた。
『お世話になってる人との交流は大事だよ? でも、嫌がってる新人を無理やり連れていくのは違うよねぇ』
『あと終電まで拘束する飲み会は、翌日のパフォーマンスが落ちるので効率悪いと思います!どうしても誘うなら、最低限翌日休みにすることっ』
コメント欄。
『正論』
『普通にまとも』
『課長経験者だろこれ』
『むしろ上司側に刺さってキレてる説』
『会社で思い当たる節ある人ほど怒るやつ』
『安定の中身おじさん』
最後やめてね。
「うわぁ……」
『ネットって、【燃えてから本番】みたいなとこあるし』
「どういうことさ。燃えたら普通終わりでは?」
『悪名は無名に勝るってね。むしろひまりん、向いてると思う』
「……炎上に?」
『ははっ、違う違う。【言葉を変な意味で受け取ってしまう人】に、だよ』
俺は少し黙った。
……変な意味で受け取る、か。
前世の俺は、別に立派な人間じゃなかった。毎日会社行って、疲れて、酒飲んで寝るだけ。
そんな俺でも、たまーに後輩に相談されることはあった。
『佐伯さんって、なんか話しやすいっすよね』
そんなことを言われた記憶がある。
たぶん、俺自身も多くの失敗をしてきたからだ。
怒られた。
ミスした。
空気を読めなかった。
色々やらかした。
だからこそ、【しんどい側】の気持ちは少しわかる。
「……いやぁ、でも普通に怖いよ。胃が痛い……キリキリする……」
『女子高生の胃じゃない反応なんよ』
「中身は社会に疲れた、ただのおじさんだからね」
『自分で言うんだ。もしかしたら、視聴者の中には謝罪配信求める声とかあるかもだけど、あんま気にしちゃダメよー』
「うん、ありがとね」
通話を切ったあと、俺は鏡を見た。
映っているのは、どこからどう見ても美少女だった。
黒髪ロング。大きな目。細い肩。
肌なんて信じられないくらい綺麗だ。
「これで中身が五十歳なんだから、人生わからないよねぇ……」
とりあえず配信準備を始める。髪を整える。喉を潤すために白湯を飲む。
深呼吸。
「……完全に深夜ラジオのパーソナリティなんだよなぁ」
若い女性は身体を温める為に白湯を飲んだりするそうだが、偶然にも50歳おっさんの白湯飲み習慣がジャストフィットしていた。
でも最近気づいたことがある。この身体、意外と配信向きだ。クリアに声が通る。長時間喋っても喉が枯れにくい。
……あと普通に顔が強い。それだけで配信画面に映るだけで華がある。
可愛いって凄い。
人生ハードモードが急にイージーになる。いや、中身おじさんだから結局プラマイゼロかもしれないけど。
「……やるかっ!」
配信開始ボタンを押す。
【ひまりん、本日も元気に出勤します】
「おはようございます。ひまりん、本日も出勤しましたっ!」
『待ってた』
『炎上アイドルきた』
『燃えてる?』
『延焼してる?』
『本日も出勤お疲れ様です!』
『今日は会議室送り?上司から呼び出された??』
「ちょっと!火事みたいに言うな!」
いきなり失礼な視聴者達だった。
『草』
『あー声かわいい』
『今日も労働者の癒し』
『会社辞めたい』
「みんなねぇ、初手から重いのよ!」
『『『wwwww』』』
コメント欄が笑いで流れる。
……よかった。いつもの空気だ。
少し肩の力が抜ける。
「えー、今日は一部ネットで、みんなをお騒がせしてしまいまして」
『謝罪会見?』
『スーツ着る?』
『全然一部じゃない件』
『第三者委員会まだ?』
「スーツは着ません!会社員記者会見じゃないんだから」
『中身出てるぞ』
『課長〜』
『労基呼びます?』
俺は咳払いした。呼ぶな。
「とりあえず、ひまりん先生からみんなに一言あります」
『おっ』
「飲み会に行く時は、翌日の睡眠時間を確保しろ!」
『そこ!?』
『健康管理』
『労働安全衛生法』
『正論』
「あと二次会は自由参加!これ大事!むしろ一次会も自由参加ねっ」
『わかる』
『圧がつらいんよ』
『【帰るの?】って言われるやつ』
コメント欄から元気が無くなる。みんな、この話題は嫌なんだなぁ。
「飲みニケーションなんて死語なのっ。みんな、いつまで昭和と平成にいるわけ?日曜のアニメで良くお父さん達が仕事帰り呑んでるけど、あの時代は17時には退社してるんだからねっ。今の時代だって、17時に退勤出来るならもうちょっと飲みに付き合うってーのっ」
『強い』
『でも新人には無理』
『断るのにもHP使うんよ』
『社会人の退勤時間に詳しいJK……妙だな』
赤スパが飛んだ。
【新人です。断ったら空気悪くなりました】
「うわぁ〜……」
俺は頭を抱えた。
「あるんだよねぇ……」
コメント欄が流れる。
『ある』
『新人の頃思い出した』
『断ったあと一週間空気悪かった』
『飲み会じゃなくて反省会って名前にして実質強制だった』
『社会ってこういうとこある』
「まずね」
俺はゆっくり言った。
「断っただけで、【自分が悪い人間なんだ】って思わなくていいからね」
コメント欄の流れが少し止まる。
「会社って、距離感が近すぎると、時々おかしくなるんだよ。断られた側が、【嫌われた】って勝手に傷つくこともある」
『あるある』
『刺さる』
『わかる』
『なんでそんな理解度高いの』
「でもそれ、全部あなたの責任じゃないから。無理しすぎないでね」
『泣いた』
『救われる』
『優しい』
『明日会社行けそう』
俺は少し笑った。
「まぁ、どうしても辛かったら転職もあり!仕事内容も大事だけど、人間関係はもっと大事だからねっ」
『軽いw無責任すぎww』
『でも大事』
『人生相談所』
『転職サイト案件待ってます』
「あと仕事辞める時は、有給残日数確認しろ! ここ重要!ちゃんと全部使い切ってから辞めることっ」
『急に実務』
『ガチで助かる』
『社会保険も確認しろ』
「あっ、それも大事!」
コメント欄が妙に実践的になっていく。
アイドル配信とは?
その後も相談は続いた。
【会社でミスして立ち直れません】
「大丈夫!」
俺は即答した。
「社会人はみんな、心の中に【やらかしフォルダ】を持ってるから!でも、いつの日にかフォルダ内は自動的に空になるものよ」
『草』
『ある』
『開きたくない記憶』
『深夜に急に思い出すやつ』
「重要なのは、【次に同じミスをしない仕組み】を作ること!過ぎたことはしょうがない。繰り返さなきゃそれでいいのっ」
『新人研修始まった』
『有能上司』
『この人、本当に何者?』
【上司が感情で怒ります】
「うーん、それはねぇ……」
俺は遠い目をした。
「機嫌悪い人って、だいたい余裕無いだけだからねぇ。だから近づかない!」
『草』
『俺の上司は常に余裕がない…ってコト!?』
『機嫌悪いと近づけないやつ』
「うんうん。機嫌悪い時は近づかない! 大事!」
『野生動物かな?』
コメント欄は大盛り上がりだった。
炎上しているはずなのに、むしろいつもより空気が柔らかい。
なんなんだこれ。
現代インターネット、まったく意味がわからない。
配信終了後。
俺はベッドへ倒れ込んだ。
「疲れたぁ……」
身体は十六歳だから軽い。でも精神が完全に週末のサラリーマンだった。
スマホを見る。フォロワーがまた増えている。
企業案件のメールも増えていた。
【働く女性向け栄養ゼリー】
【肩こり改善グッズ】
【快眠サプリ】
【オフィス向けクッション】
「ターゲット層が完全に社会人なんだよなぁ……女子高生が宣伝するものか?」
翌日、学校。
女子グループがタピオカの話をしている。
「ひまりん先生、謝罪配信お疲れ様でした」
「ねー、その呼び方やめない?」
白石さんがニヤニヤしていた。
「なんかうちの父親まで見始めたよ」
「お父様まで!?」
「【あの子は会社を知ってる】って言ってた」
「だから何のさ。私は女子高生だってばっ」
俺は机に突っ伏した。すると前の席の女子達が話している。
「最近のひまりんって配信者知ってる?」
「あー、なんか社会人に人気の人?」
「うちの姉ちゃん、見ながら泣いてた」
「お父さんも見てる」
「うちも」
なんなんだこの配信。や、俺の配信なんだけど。どこに需要があるのかと思いきや、ターゲット年齢層が広すぎる。
その時、体育の授業のチャイムが鳴った。
「うわ、マラソンだる〜」
クラスメイト達がぼやく。
俺も昔ならそう思っていた。だが。
「マラソン……か。たまには良いな」
走る。
身体が軽い。息が切れない。脚がぐんぐんと前へ出る。
「えっ、若い身体すご……」
思わず感動した。
前世の俺なら、準備運動の時点で膝が鳴っていた。
階段を見たらエレベーターを探していた。でも、今は違う。
風が気持ちいい。
身体が軽い。
青春って、体力でできてたんだなぁ……。
「ひまりん速っ!?」
「若いからねぇ!」
「同い年だよ!?」
白石さんがツッコむ。
俺は笑った。十六歳の身体は軽い。まだまだここから成長するのだ。
そして。
画面の向こうには、俺の言葉で少し楽になる人がいる。
「……悪くないなぁ」
授業後の更衣室で、俺は無意識に呟いていた。
「何が?」
白石さんが首を傾げる。
「いや、なんでもない」
危ない危ない。長く一人暮らししてると、つい独り言が多くなる。外では我慢するように気をつけなきゃ。
ブー、ブー……
その瞬間、スマホが震えた。
【超大型コラボ企画のお知らせ】
「……え?」
開く。
【人気女性配信者グループとのコラボ配信のご相談】
参加者一覧。
歌うまふわふわ系配信者。
クール系ゲーム配信者。
ASMR系配信者。
そして……
【人生相談系ネットアイドル:ひまりん】
じ、人生相談系!?
「俺だけジャンルがおかしいんだよなぁ……」
気をつけようとした矢先、早速独り言を喋っていた。