50歳のおじさんがJKにTS転生したのでネットアイドルしてみる話 作:アラフィフ大活躍
「宿題、全然終わってないし!チョベリバなんですけどっ」
みあちゃんの配信が終わり、部屋には早くも稼働を始めたエアコンの音だけが鳴っている。
感動したのは本当で、反面、自分の前の人生は何だったのかといったマイナス思考にも陥る。あの歳であれほど自己研鑽をしてきた人がこの世にはごまんといるんだ。
かたや俺、佐伯浩二はどうだったのか。
仕事はそれなりにこなしていた。努力もした。けれどそこには信念も矜持も無かったように思う。
美璃に相談された放課後を思い出す。俺の前世は、ただ死んでないから生きていた。毎日、起きて会社行っての繰り返し。流される日々の中で仕事の愚痴と疲労だけが溜まるのみ。
そんな人生は嫌だって子供の頃は思っていたはずなのに、気がつけば腰までドップリとそんな生活に浸かってしまっていた。
「この人生ではそうはならないよう、とにかく宿題はやらなきゃね……!」
決して佐伯浩二が宿題をしていなかったわけじゃないんだけど。何事も、初めは小さな一歩からだよね。
リストの曲が脳内に反響する中で、どうにか数学の問題に齧り付いていると。
ピロン!
スマホが誰かからのメッセージを知らせた。
「おっ?」
こんな遅い時間。美璃か、高橋さんだろうか?もしや彼女らも今宿題やっていて、煮詰まってるとか。
【みあ:ひまりんさん、さっきは配信見てくれてありがとうございました!ピアノも褒めてくれて、嬉しかったですっ!】
みあちゃん!?
配信して疲れているだろうに、わざわざメッセージしてくれるだなんて。
【ひまりん:こちらこそ!あんなに凄い演奏を無料で聞いちゃって恐縮です……!】
【みあ:あははー。じゃあ今度からお金貰っちゃいましょうかねぇ……なんてっ!笑】
むしろ払わせてほしいよ。
【みあ:冗談はさておき。この間の、りあらちゃん達とのコラボ、凄く楽しかったですよね】
あー……あれは確かに、緊張もしたけど楽しかった。
【ひまりん:うん!凄く楽しかったです】
【みあ:ですよねっ!なので、この間のメンバーでまた配信したいなって考えてるんです】
おお。みあちゃんが、また俺もコラボメンバーに入れて良いと思ってくれてたとは。嬉しい!
【ひまりん:よきお考えかとっ】
【みあ:なんか武士みたい笑……ついては、ひまりんさんが良ければその前とかにオフ会なんかもしたいなって】
武士みたいっ!?
……評定でもしてた?俺。
にしてもオフ会かぁ。
なんとなく、みんなとはネットを介してしか交流してなかったので不思議な感覚だった。
りあらちゃんもレイちゃんも、そしてみあちゃんも。そういえば実在してるんだよな?
【ひまりん:いいですねぇ!オフ会。みんな都合あわせて、前回のコラボ配信お疲れ様会と、次回のコラボ配信の決起会も兼ねて!】
【みあ:決起会って!なんか、プロジェクトが始まるみたいで良いですねっ】
うん。
コラボ企画はプロジェクトと呼んでも良いんじゃないでしょうか。
【ひまりん:またちょっとおじさん……というか社会人発言しちゃったかな?】
【みあ:ひまりんさんらしくて良いと思います!】
みあちゃんは否定してくれなかった!そこは、ちょっと否定して欲しかったかな?
【みあ:善は急げですし、りあらちゃんとレイちゃんに誘いかけてみますねっ】
今回はみあちゃんが主催してくれるみたい。勝手なイメージで、こういうのはりあらちゃんがメインだと思っていたからとてもありがたい。
二人との付き合いは俺よりみあちゃんのが長いし。
【みあ:このチャットに二人を招待しますねー】
みあちゃんが二人を招待しましたという文章。そして
【レイ:いく】
早い!!
【レイ:リアルで格ゲーもしたい】
参加と同時にレイちゃんは即答してくれた。
【ひまりん:レイちゃん、即断即決だねっ!?】
【レイ:ひまりんとも約束してたでしょ?今度ゲーム対決しようねって】
あー。
確か、高橋さんからレイちゃんに恋してる相談を受けて、今度はそのレイちゃんから数字を気にしちゃうって相談をされた時か。四人でのコラボ配信のネタとしても良いかも!
スマシスも、ちょっとは慣れたし。
【レイ:あ、スーファミは禁止で】
わかってるよ!
【ひまりん:了解。四人配信だと、やっぱり四人対戦のほうが盛り上がるしね!】
【みあ:ゲーム配信楽しそー!みあ、あんまりゲーム得意じゃないですけど】
自信なさげなみあちゃん。
それはそうだ。今となってはわかるけど、日に数時間ピアノの練習をしていればゲームをする時間も無い。なら、初心者と経験者の差があんまり顕著にならないゲームが良さそうだね。
心情的にはみあちゃんに対して手加減してしまいたくなりそう。でもそこまでやるのは、みあちゃんにだって失礼。対戦するからには本気でやらなきゃか。
【ひまりん:りあらちゃんは寝てるかな?】
俺はなかなかルームに参加しないりあらちゃんに触れる。まあまあ夜遅いし、今日は連絡がつかないかも。
【みあ:または、お風呂とかですかねぇ】
【レイ:ま、明日には連絡くるでしょ】
レイちゃんはそういえばりあらちゃんとスーパー銭湯とか行く仲だったよね。そのレイちゃんがこう言うなら大丈夫でしょう。
【みあ:そうですね。トークルームはこのままにしておいて、明日また確認しましょー】
うん。我々のやり取りを残しておけば、りあらちゃんも把握しやすいよね。
【ひまりん:では、今日は寝ましょうか。二人とも、お疲れ様でした】
【レイ:社会人すぎ……笑】
【みあ:締めが課長さんみたい!イメージですけど】
【ひまりん:普通に、おやすみの挨拶でしょっ!?】
【レイ:はいはい。おやすー】
【みあ:おやすみなさいっ!また明日!!】
とりあえず、今日は寝ることに。実際にオフ会するにも、みんなと予定合わせなきゃだし。そんなに焦って決めることもないよね。
俺は湯呑みを洗ってから、歯を磨いてベッドへ潜り込む。宿題の疲れもあって、ものの数分で眠りに落ちた。
それからしばらくは睡眠状態だったと思う。というのも、枕元で光ったスマホ画面で目がぼんやり覚めたからだ。
「……三時?」
薄目で時計を確認しつつ、トークルーム画面を開きっぱなしで寝ていたのに気がつく。
画面が光ったのは、誰かがメッセージでも送ったのか。そう思いチェックすると。
【りあらがチャットに参加しました】
【りあらがメッセージを入力中……】
おっ、りあらちゃん起きてたんだ。なんなら、この時間に起きたとか?
けれど、その表示は数秒で消えた。
ん?
【りあらがメッセージを入力中……】
また表示される。
……と思えば、また消えた。
何か打ち間違えたのかな。そう思った直後。
【りあらがメッセージを入力中……】
三回目だ。
今度は少しだけ、その表示が長かった。そして
【りあら:みんなごめぇぇぇん!!寝落ちしてたーっ!!オフ会、絶対やろーっ!!!】
いつもの元気いっぱいなりあらちゃんだった。夜中にこんなハイテンションな文を打てるとか、彼女らしい。
「相変わらず元気だなぁ……りあらちゃんは」
俺は返信は明日にすると決めて、元気なりあらちゃんの返答に安堵して再び眠りへ落ちたのだった。
◇
翌朝。
「ふぁぁ……眠い」
三時に一度目が覚めたせいだろう。いつもより少しだけ寝不足で、欠伸をしながらリビングへ向かう。
一回目覚めてスマホの画面見ちゃうと、ちょっと脳が冴えちゃうよねぇ。しかし、いくら眠くても登校時間は迫ってくる。
義務教育のつらいとこね、と言いたいけど高校は義務では無かったや。
トーストを焼き、牛乳を注いで、制服へ着替える。
女子高生になってからすっかり慣れた朝のルーティンだ。食パンをかじりながらスマホを見ると、昨夜のトークルームには新しい通知がいくつも届いていた。
【レイ:おは】
相変わらず短い。
【みあ:おはようございますっ!】
【りあら:みんなおっはよー!!今日も元気百倍っ!!】
うん。
アソパソマソ……じゃなくて、いつものりあらちゃんだ。
昨夜のことなんて何も無かったみたいに、朝からテンション全開である。
【ひまりん:みんなおはよう!】
俺も返信すると、すぐに既読が増えていく。
【みあ:今日は放課後に予定確認しましょー】
【レイ:土曜なら空いてる】
早速オフ会の日程調整が始まった。
【りあら:焼肉!!焼いちゃう!?笑】
【レイ:考えただけで、朝から重い】
【みあ:朝焼肉笑】
りあらちゃんらしい一言に思わず吹き出す。
【ひまりん:高校生のお財布が泣いちゃうよ!?】
お寿司と焼肉食べ放題のお店とかならワンチャン……!
【りあら:じゃあファミレス?】
【レイ:あり。ラーメンでもいいけど】
【みあ:オフ会で語りたいのにラーメンは、ちょっと不向きでは!?美味しいですけど……】
【ひまりん:なら、まずはメンマや餃子だけつまんで、帰る前に締めでラーメン頼むといいかも?】
【レイ:いや、ラーメン屋で女子四人がメンマとドリンクだけ頼むのヤバすぎでしょ】
……え。そんなヤバいのかな?
【りあら:ひまりん、相変わらず面白ーい!笑】
しかし、りあらちゃんは笑ってくれた。
こういう何気ないやり取りがなんだか心地いい。
ネットの向こうにいた配信者達が、今では普通に友達みたいに話している。
前世じゃ考えられなかった縁だ。
俺は学校へ向かう支度を終え、玄関でローファーを履く。
もう一度だけスマホを見ると、新しい通知が一件。
【りあらがメッセージを削除しました】
「ん?」
一瞬だけ目を留める。
送信ミスでもしたのかな。
りあらちゃんなら勢いで送って、【あ、違ったー!】なんて消すこともありそうだ。
「ま、いっか」
深く考えることもなくスマホをポケットへしまい、俺は家を出た。
柔らかな朝日が街を照らしている。今日も学校。
そして放課後には、またいつもの日常が待っている。
……そう、この時の俺は本気でそう思っていた。
ひまりん「評定を始めます。先月の収支です。良きお考えかと、工事は短期で済みそうです」