50歳のおじさんがJKにTS転生したのでネットアイドルしてみる話 作:アラフィフ大活躍
いつもの学校のいつもの教室。
「ひまりー、おっはよー!」
入るなり美璃がいつものように勢いよく手を振ってきた。美璃は今日も元気だね。
「おはよう、美璃」
「んー、なんか今日ご機嫌じゃん?」
「えっ。……そうかな?」
どこがだろう。
むしろ美璃の方がご機嫌に思える。テンションも高いし。
或いは、ギャルは常時こうなのかもしれないけど。
「うん。だってひまり、口元にやついてるし」
「え、うそっ」
「ホント。にんまりってカンジ?」
あれー?
全然無自覚だった。
てことは、俺はにやつきながら登校してた事になる。
まあ?女子高生がにやついてるくらい、なんでもない。むしろ世間は微笑ましいと思うだろう。
でも、これをおじさんの姿でやっていたら通報ものだね!世知辛い。
俺は自分の頬を触ってみるけど、機嫌が顔に出ているかなんて自分ではわからない。
「昨日か朝にでも、なんか良いことあったん?」
「まあ、ちょっとね」
昨日といえば。
まず思い出すのはみあちゃんの演奏だ。
あの神がかったラ・カンパネラ。
そして、りあらちゃん達とまた四人でコラボできそうなこと。
どちらも素直に嬉しかった。
「ふーん?」
美璃がニヤニヤしながら俺の顔を覗き込む。
「さては彼女でも出来た?」
「……いるわけないでしょ!」
五十年間、まともに恋愛してこなかった社畜をなめるんじゃないよ。女の子とまともに話したこともないってば。
「じゃあ彼氏?」
「もっといないよ!?」
俺は同性愛者じゃないし。男が男を好きになるって、まあ今の時代はそれを否定するような考えも古いんだけれど。
昭和生まれ昭和育ちでも、価値観は常にアップデートしてるつもり。でないと、職場ではすぐにハラスメントで異動させられちゃうからね。
……って、いうか。
冷静に考えてみると。
今の俺は男を好きになるのがまさか正常だというのか……?
「なんで彼氏の方がもっといないんだよぉー」
美璃は不思議がる。確かに。
これではすっかり星野ひまりはLGBT的な人みたい。
「いやー、言葉のあやてきな」
「言葉のあやで性別越える!?」
うん。自分でもこの言い訳はちょっと苦しい。
そんなやり取りをしていると、高橋さんも鞄を抱えて教室へ入ってきた。
ナイスなタイミング。
「おっはー高橋っち」
「おはよー、高橋さん」
「あ!二人とも、おはようっ」
三人揃うのも最近ではすっかり日常になってきた。
時計を確認すると、ホームルームまでまだ少し時間がある。俺は昨夜のことを思い出して切り出した。
「そういえばさ」
「ん?」
「今度、配信者のみんなとオフ会するかも」
「えー、リアルでってこと?いーじゃん」
美璃は手鏡片手にリップを塗りつつも賛同してくれた。もう、このパターンならむしろ高橋さんがヤバくなるのがお決まりになりつつある。
これが日常として常態化するのは嫌だけど。
「オフ会!?」
「う、うん」
ほら、食いつき方が全然違うもん。
「メンバーは誰っ。……りあらちゃん!?みあちゃん!?よもや、クロくん!?」
よもやよもや……と言うか。俺とコラボした配信者って限られてるよね。
「正解、その三人」
隠してもバレるし、ここは誤魔化さないでおく。
「……や、やや、やばーい!!えー?どうしよう、クロくんとひまりんが生で会うとかっ、えー、どうしたらいい?」
「や、高橋さんは特に何かしなくてもいいよ?オフ会に来るわけでもなし」
「わからないじゃんっ!もしかしたら、みんなそれぞれ友達一人連れてこようとか、そういう流れになるかもでしょっ!?」
「どうだろう。初のオフ会だし、それは今回はないんじゃ無いかなぁ」
「むぅぅ……そうかなぁ……完全には否定できなくない?人数多い方が盛り上がるし……」
参加したい願望が漏れ出まくりだよ!?
あの……レイちゃんに依存するのをやめるって目標はいずこへ。
俺は、前世でタバコをやめるやめるって言い続けてた友人達を思い出していた。
【一箱三百円になったらやめるわ!】
から始まって。
【四百円はお小遣いが普通にキツいしやめるよ】
【五百円とか、もう高級品だよな笑】
などと、値上げしてもやめず。
【……まあ、加熱式は副流煙少ないからセーフ】
最終的には紙巻じゃなければオーケーみたいな。
でも、中には
【紙巻じゃなきゃタバコ吸う意味が無い!】
といった謎のこだわりを持つ友達もいたなぁ。
高橋さんがそうならないよう祈るばかりだよ。
「でもさー」
美璃がリップを閉じながら真面目な顔になる。
「ネットの友達とリアルで会うのって、ちょっと怖くない?」
「怖い?」
「うん。もちろん悪い意味だけじゃなくてさ」
美璃は少し考えるように言葉を探す。
「画面越しだと元気そうでも、実際会ったら全然違う人だったりするじゃん?」
「……あー」
言われてみれば、そういう話は聞いたことがある。
ネットでは明るくても、実際は無口だったり。
逆に、画面ではクールなのに会うとずっと喋っていたり。
「反対に、ひまりんも警戒されてたりするかもよ?」
高橋さんが言う。
「そうか、向こうからしても俺と会うのは不安だったりするのか」
逆転の発想。
俺は基本的に表裏が無い性格だと自負しているけど、そんなのみんなからはわからないよね。
「ありがとう。オフ会の話を煮詰める際、今の意見は参考にするよ!」
今日の放課後に行われる擦り合わせに向けて貴重な意見が聞けた。相手側から見たひまりんも意識して話し合うとしよう。
◇
放課後。
チャイムと同時に今日の授業が終わる。担任がやって来て、帰りのホームルームもつつがなく終了した。
「じゃ、ひまり。また明日ねー」
「うん。またね」
「オフ会の打ち合わせ、頑張ってねっ!もしも友人招待パターンだったら声かけて!」
「もしもそうだったら、ねっ」
高橋さんは最後まで名残惜しそうだったけど、俺は手を振って教室を出る。
オフ会の打ち合わせって、そんなに頑張るものだったかな?
今日は寄り道せず、そのまま帰宅。晩御飯は適当な冷凍食品やパスタがあったはず。
制服から部屋着へ着替え、冷蔵庫から麦茶を取り出す。ヤカンで煮出したガチのやつを。
「ふぅー!やっぱり暑くなってきたら麦茶だよねぇ」
ガラスのコップで飲めば、カラン……と氷が動くのもいとおかし。グラスを半分ほど飲み干したところで、スマホが震えた。
ピロン。
【みあ:みなさん、お疲れさまでーす!】
始まったな。オフ会の相談が。
【ひまりん:お疲れ様です!】
【レイ:おつ】
みあちゃんからスタートし、俺とレイちゃんが同時にレスポンス。後はりあらちゃんが参加してくれたら全員集合だ。
【みあ:それでですねっ。オフ会の日程なんですけど】
さすが主催、話が早い。
【みあ:みんな土曜日と日曜日なら、どっちが都合いいですか?】
【レイ:土曜かな。日曜も休めるのは大きい】
【ひまりん:俺も土曜日なら大丈夫!】
会議する時は、煮詰まるよりはポンポンと進めていく方が良い。細かいところは後から修正出来るからね。みあちゃんにはみんなを纏める能力がありそうだ。
送信して数秒して。
画面に表示されたのは
【りあらがメッセージを入力中……】
昨日の夜も見た表示だ。……しばらくして。
【りあら:ごめんっ!ちょっと予定確認するねー!】
いつもの明るい返事。
それから一分。二分。三分と経過する。
チャットは静かになった。
【みあ:りあらちゃん、急がなくて大丈夫だからねー】
その優しいメッセージにも、すぐ返事はない。
「忙しいのかなぁ。まだ夕方だし」
例えば案件の撮影とか、学校とか。人気配信者だし、俺なんかよりずっと忙しいのかもしれない。
そう考えていると。
【りあらがメッセージを入力中……】
また表示された。
……しかし。
「また消えた」
【りあらがメッセージを入力中……】
しかしこれも消える。
「何回消すのさっ。これって、りあらちゃんのクセ、とかなのかな?」
確か昨日の夜もこんな感じだった。文章を考えているだけだろうか。俺だって仕事のメールでは、何回も書き直していたし。
コラボ済みとはいえ、こういう予定を決める話は慎重になるよね。もしくは今時の若い子はみんなこんな感じ?
そうやって自分を納得させた頃。
【りあら:土曜日は午後からなら行けるよーっ!!】
勢いよくメッセージが飛び込んできた。
【みあ:よかったー!】
【レイ:決まり】
【ひまりん:じゃあ土曜日だね!】
これで無事に日程は決定。残るは場所か。
【みあ:みんな、どこがいいですか?】
【レイ:ゲーセン】
「早いって、レイちゃんは!」
即答である。初オフ会なのに自分のテリトリーに我々を誘ってるねぇ。
ゲームするにしても、流石に二次会とかでしょ。
【ひまりん:まずはご飯じゃない?ゲームに熱中しちゃうと、食べるタイミングも難しくなるかもだし】
【レイ:……それもそうだね。ゲーセンはその後で】
【みあ:レイちゃん、ゲーム好きすぎですっ笑】
【りあら:それじゃあ、ご飯食べてゲームしてカラオケーっ!!卓球やボウリング、ダーツもあり!】
画面越しでもわかるくらい、りあらちゃんは元気だった。
……うん。
やっぱり昨日も今日も、入力中を繰り返していたのは考えすぎだったのかな。
そんなことを思っていると。
【みあ:じゃあ、お店探しておきますねっ!りあらちゃんの意見だと、レジャスポなんかも良さそうですし】
【りあら:レジャスポ良いね。みあたそ、ありがとー!!】
【レイ:みあのセンスなら安心だね】
こうして着々と話はまとまっていく。初めて画面の向こうのみんなと会う日。……少しだけ緊張するけど、それ以上に楽しみだった。
ただ、聞きなれない単語が一つ。
【ひまりん:レジャスポって?】
【みあ:カラオケやボウリング、ダーツにビリヤード、漫画コーナーにバッティングセンター、バレーボールにバドミントン、バスケなんかが夜通し朝まで遊べる施設ですよっ!】
そんな楽園みたいな施設がっ!?
俺が子供の頃は二十四時間営業のコンビニですら珍しかったのに。
【ひまりん:すごーい!朝まで!?すごいね!!】
【レイ:ひまりんにしては、小学生みたいな感想だね】
【りあら:ひまりん、そういう若者が遊ぶ施設とかあんまり詳しくなさそうだもんねっ笑】
……素直な感想を述べただけなのに、レイちゃんに突っ込まれてしまった。
りあらちゃんまで、ちょっと失礼じゃない!?
でもまあ。
こうしてひとまずは、打ち合わせも終了。
しかし、後になって思えば。
昨日の夜と今日、りあらちゃんが何度も文章を書き直していた理由。
実際、レイちゃんもみあちゃんも特段触れていない。俺よりりあらちゃんと親しい二人が何も言わないのなら、俺が踏み込む話でもない。
そう思って、それ以上は考えなかった。
あの時の俺は、まだ知らない。
何度も書いては消していた、その迷いこそが。
りあらちゃんからの、小さな小さなSOSだったことを。