50歳のおじさんがJKにTS転生したのでネットアイドルしてみる話 作:アラフィフ大活躍
土曜日。
光陰矢の如しで、もう今日がオフ会の日だ。
何故仕事や授業の時間はあんなに長いのに、いざ週末になれば一週間の終わりが早く感じるのか。土曜と日曜のお休みが秒で終わるのは言わずもがな。
「うーん……」
アラームが鳴るより前。
いつもより少しだけ早く目が覚めた。外で鳴くカラスによって起こされたというべきかな。
「……まだ八時かぁ」
オフ会の集合時間は、りあらちゃんの都合に合わせて午後一時。
五時間もある。
普通なら二度寝してしまうところだけど、今日はそういう気分になれなかった。
というか。
「なんか緊張してる?俺」
思わず一人でツッコミを入れる。
五十年も生きてきて、休日に遊びへ行くだけでこんなに落ち着かないとは。
配信では何度も話している。配信外で通話だってした。それでも実際に会うとなると話は別だ。
りあらちゃん、レイちゃん、みあちゃん。
画面の向こうでは当たり前のように笑っていた三人が、本当に目の前へ現れる。
「不思議な感じ」
文通でしかやり取りしてなかった相手と初めて会う……みたいな緊張感。
昔の雑誌には【ペンフレンド募集コーナー】があって、見ず知らずの相手の住所にいきなり手紙を送ったりしていた。
そこから始まるラブストーリーもあったろうに、今じゃ個人情報過ぎて不可能な文化になっちゃったなぁ。
俺はベッドから起き上がり、大きく伸びをした。
「……で」
クローゼットを開ける。
「何着ればいいんだろ」
服が無い。
いや、ある。
制服もあるし、私服も何着かある。……だけど。
「女子高生の休日って、どんな服が正解なの!?」
ここで最大の問題が発生した。
社会人なら簡単だ。私服なんて、シャツにジーンズで十分。飲み会だってそんな感じだった。
でも、今の俺は女子高生。
適当に選んで、
『ひまりん、休日なのにお父さんと買い物行く中学生みたい』
もしくは
『お母さんに服買って貰ってる?』
なんて思われたら立ち直れない。
「美璃に聞けばよかった……!」
あのオシャレ番長なら、きっとありものの服でさえバッチリコーデしてくれたろうに。
でも今さら後悔しても遅い。
「ええい、ままよ!」
俺は一着ずつ体へ当てながら鏡を見る。
「……これだと子供っぽい?」
袖を通してみては、脱ぎ捨てて。
「いや、こっちは背伸びしすぎかな」
また脱ぎ捨てる。
着替えれば着替えるほど、何が正解なのかわからなくなってきた。
例えるなら、スープを味見し過ぎて塩加減がわからなくなった感じ?
素肌に片袖通しただけで、色とりどりに脱ぎ散らかす。気がつけば、床には絹の海が広がっていた。
「て、これじゃあ南こうせつだよぉ……」
そうして。
着ていく服がまだ決まらないと、口唇かんで三十分後。
「……もうこれでいいや」
結局、白いオーバーサイズのTシャツにデニム。
シンプルだけど、変ではない……はず。
たぶん。
シンプルイズベストなわけよ、結局。
星野ひまりの容姿なら、多少変な服でもイカすからモーマンタイ!
◇
昼前。
電車へ乗り、待ち合わせ場所へ向かう。
休日ということもあり、街は思った以上に人が多かった。
アベック、家族連れ、学生グループ。
みんな楽しそうに歩いている。
おっと、アベックは死語だよね。カップルね。
「休日に遊びへ行くなんて、いつ以来だろ」
前世では休日といえば、寝る、洗濯する、スーパーへ行く。……終わり。
そんな生活だった。
だから今こうして、友達と遊ぶために電車へ揺られているだけで少し嬉しい。
電車なんて、単なる移動手段としか思っていなかったのに。待ち合わせへ向かうと、車窓の景色も色鮮やかに見えた。
◇
待ち合わせ場所へ着く。
目標の、駅前の大きな時計。
時間は十二時五十分。
「少し早かったかな」
いつだって俺は十分前行動。社会人としては当たり前である。
ベンチへ腰掛け、周囲を見渡す。
どこに視線を向けても人だらけ。
こんな中で三人を見つけられるんだろうか。
すると。
「……あ」
駅の向こうから、小柄な女の子がこちらへ手を振っていた。
ふわりと揺れる髪。優しい笑顔。そして少し駆け足。トテテテって効果音がつきそうだ。
「ひまりんさーん!」
その一声だけで分かった。
「みあちゃん!」
画面越しで何十回と聞いた声。
だから顔より先に、声で本人だと分かった。
「わぁ、本当にひまりんさんだぁ!」
みあちゃんは嬉しそうに笑う。配信で見た笑顔、そのままだった。むしろ画面越しより少し幼く見える。
俺は立ち上がって握手を求める。
「初めまして……じゃないけど、初めまして」
「ふふっ、変な挨拶ですねっ」
二人で思わず笑ってしまう。
みあちゃんは両手で俺の右手を包み込んでくれた。体温が手のひらを通して伝わってくる。
この手で、あの美しいピアノを奏でていたんだね。
不思議だった。初対面のはずなのに、初対面じゃない。そんな感覚だった。
画面越しではどうしたって物理的な距離、ディスタンスがあった。それが無いだけでこんなにも近く感じるだなんて。
当たり前なことだけど、直接会うってとても素晴らしいんだなぁ。
……あ!だからって、リモートワーク反対派になる気はないけど!通勤しなくていいって、それだけで神だからね。
「ひまりんさん、なんだか思ってた通りの人ですっ」
みあちゃんがくすっと笑う。
「え、そう?」
「はいっ。配信のまんまというか……安心しました」
「それはこっちのセリフだよ」
俺も笑って返す。
「みあちゃん、本当にみあちゃんだね」
「えへへ。なんですか、それぇ」
言葉にすると変だけど、本当にそうなのだ。
画面の向こうでピアノを弾き、優しく笑っていた女の子が、そのまま現実へ飛び出してきたみたい。
「そういえば、待たせちゃいました?」
「全然。俺も今来たところだし」
……社会人の定番フレーズである。
十分前に着いてたけどね。
「ふふっ。本当ですかぁ?」
「ごめん、実はちょっと待ってた」
「やっぱりっ」
あっさり見抜かれた。
「でも、みあちゃんも早いね」
「初めてですからねっ。遅刻だけは嫌だったので」
「うんうん。良い心がけだと思う」
二人で顔を見合わせて笑う。
実際に会ったのは初めてなのに、この空気感は心地いい。沈黙が気まずくならない。
それだけで相性の良さが分かる。
そういえば、前にみあちゃんは好きなタイプを【沈黙が気まずく無い人】と言ってたな。その意味が、今なんとなく理解出来た気がするよ。
すると、みあちゃんが周囲を見回した。
「レイちゃん達は、まだみたいですね」
「うん。待ち合わせ時刻まであと十分あるし」
我々がちょっと早くついたので、全然遅刻とかではない。
「もしやレイちゃん、ゲームセンターに寄り道してたりして!」
みあちゃんは細い指をピッと立てた。
待ち合わせ前にゲーセン!?そんな、いくらレイちゃんでも流石にそれは……
「あり得るね……」
二人で想像してしまう。
『待ち合わせ前に一クレだけ』
そんなことを考えて、そのまま三十分経過。
……レイちゃんなら、普通にやりそうだった。
「りあらちゃんは?」
俺はもう一人の姿も人混みに捜してみた。
一目、見当たらない。
「うーん」
スマホを確認する。
グループチャットには、十分前に一件だけ。
【りあら:今向かってるよーっ!!】
「向かってはいるみたいだね」
「よかったですぅ」
みあちゃんが胸をなで下ろす。
でもその表情が、ほんの少しだけ曇ったような気がした。
「みあちゃん、どうかしたの?」
「えっ?」
「なんか今……」
俯いて、ちょっと眉を寄せたような。
「あっ、いえいえ!」
みあちゃんは慌てて首を振る。
「昨日もりあらちゃん、ちょっと忙しそうだったじゃないですか」
昨日。あのトークはやはりみあちゃんも気になってたみたい。
「ああ、入力中が何回も消えてたやつ?」
「……そうです!」
みあちゃんが心配するってことは、以前からのクセってわけじゃなさそうだった。
「でも、メッセージ自体は本人も元気そうだったし」
「はい。そうなんですけどね」
そこで、みあちゃんは小さく笑った。
「私の考えすぎなら、それが一番なんです」
その笑顔は、待ち合わせ直後よりは影を落としている。……ように見えた。
その時。
「おーい」
聞き慣れた、少し低めの声。
振り返ると、黒いキャップを被った人物が、こちらへ軽く手を上げて歩いてくる。
「レイちゃん!」
俺が手を振りかえし、みあちゃんも両手を振る。
「ごめん、待たせた?」
「ううん、今来たところ」
「そ、よかった」
音楽でも聴いていたのか、ワイヤレスイヤホンを耳から外してケースにしまうレイちゃん。
それから俺に向き直って。
「はじめまして、黒崎レイです」
深々と頭を下げてくれた。れ、礼儀がちゃんとしてるー!?
「これはこれは!ご挨拶が遅れました。わたくし、星野と申します」
俺は条件反射で頭を下げ返していた。なんなら、存在しない名刺入れを取り出そうとまでしちゃった。
「ふふっ、案件くれる会社の人みたい」
なっ!?
白い歯を見せて笑うレイちゃん。
俺としては、そんな笑われる覚えは無いけど。
失礼ながらレイちゃんは挨拶とか重んじないタイプだと思っていたから、勝手に不意打ちをくらった気分に。タイパコスパ重視の今時女子です、てきな感じかと。
このギャップは、ちょっと反則だ。
「あ!小鳥遊みあですっ。よろしくお願いします」
もっとしっかり挨拶しておくべきかと慌てたみあちゃんも深々とお辞儀してくれた。
「これはご丁寧に……!星野ひまりです、よろしくお願い致します」
当然。
俺もそれ以上に深く頭を下げていた。
考えるよりも早く。
「……本当ですねっ。ひまりんさん、正真正銘の社会人みたい!」
リアルひまりんがおじさんっぽくて、心底楽しく嬉しそうなみあちゃんだった。
き、君たちねぇ!
俺が苦言の一つも考えていると。
ピロン。
三人同時にスマホが震えた。
【りあら:ごめん!! あと二十分だけ待ってーっ!!】
三人はほぼ同時に画面を見つめる。
そして、誰からともなく顔を上げた。
「……あと二十分って、【だけ】なんですかね?」
みあちゃんが首をかしげる。
俺も思わず苦笑いした。
「まあ、電車でも逃したのかな」
けれど、レイちゃんだけはスマホを見つめたまま何も言わなかった。
「……レイちゃん?」
「いや」
少しだけ間が空く。
「なんでもないよ」
そう言ってスマホをしまった。