50歳のおじさんがJKにTS転生したのでネットアイドルしてみる話   作:アラフィフ大活躍

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二十四話 夢乃りあらの憂鬱

 

 

 りあらちゃんは肩で息をしながら、ぺこりと頭を下げた。駅から喫茶店まで駆け足で来たのだろう。ほんのり上気した頬に、額にはうっすらと汗がにじむ。

 

「みんなぁ、本当にごめんねぇーっ!」

 

 その声だけで、喫茶店の空気が一気に明るくなる。

 

 画面越しでは何度も見てきた笑顔。でも実際に見ると、その破壊力は想像以上だった。

 

 ふわりと揺れる髪に、大きく輝く瞳。歩くだけで周囲まで明るくなるような、不思議な存在感がある。

 

 これがキラキラ系配信者か。

 流石にオーラが違う。

 

「りあらちゃん!」

 

 みあちゃんが立ち上がり、小さく手を振る。

 

「みあーっ!」

 

「これでやっと全員集合ですねっ!」

 

「ほんとほんとー!」

 

 りあらちゃんは満面の笑みで両手を広げた。

 

「改めまして! 夢乃りあらでーすっ!」

 

 そう言って俺の前まで来ると。

 

「ひまりんちゃん!」

 

「ハイっ!?」

 

 ぎゅっ。

 

 いきなり両手を握られた。

 柔らかく、すべすべな白い手。

 

「ほんとにいたぁー!」

 

「そりゃいるよ!?」

 

 むしろ、俺はりあらちゃんこそ実在してたんだなって気分。

 

「画面から出てきたみたい!」

 

 どうやらお互いに同じ感想みたい。

 

「……それ、さっき俺もみあちゃんに思った」

 

「あははっ!」

 

 店内に笑い声が広がる。

 

 やっぱり、りあらちゃんはりあらちゃんだった。

 

 周りの空気まで明るくしてしまうような、太陽みたいな子。少なくとも俺には、そう見えた。

 

「よ。待ってる間、飲み物のんでた」

 

 サクッと手を上げるレイちゃん。

 

「うん。ここまで走ってきたから、りあらも喉カラカラだよぉ」

 

「そんじゃ、りあらも何か頼みなよ」

 

 レイちゃんがメニューを差し出す。

 

「ありがとー、レイ!」

 

 りあらちゃんはメニューを開きながら、ぱらぱらとページをめくる。

 

「んー……」

 

 少しだけ考えて。

 

「店員さーん、アイスカフェラテ一つお願いしますっ!」

 

「はいよー」

 

 店主のおばさんが笑顔で注文を書き留めていく。

 

 まだ店内にはジャズが静かに流れていた。

 

「……それにしても」

 

 りあらちゃんがゲームテーブルを見つめる。

 

「なにこれぇ!? めっちゃエモいね!」

 

「ああ。さっきまでこれで麻雀やってたんだよ」

 

 レイちゃんが俺を見る。見た後で、思わずと言った風に吹き出して。

 

「いや、正確にはひまりんがボコボコにされてた。昭和のゲーム機相手に」

 

 ちょっと!その補足いるっ!?

 

 あと、そんな言い方されたらさも昭和のゲーム機が弱いみたいじゃないの。むしろ令和のゲーム機より強いんですけど!……理不尽的な意味で。

 

「確かに負けたけどさぁ、言い方ぁ!」

 

「えっ、ひまりんちゃんが負けたの?この古そうなゲームに??」

 

「うん。一局目で役満に放銃」

 

「えぇぇ!?」

 

 りあらちゃんが目を丸くする。

 

「しかも相手は国士無双十三面待ち」

 

「えーっ!?国士無双十三面待ちって、なんか凄い難しいんじゃなかった?前にレイと【麻雀スピリッツ】やった時に教えてくれたよね」

 

 この二人、麻雀のアプリゲームもしたことあるのか。とはいえ、レイちゃんに比べたらりあらちゃんは初心者のようだけど。

 

「昭和のコンピューターって、全然空気読まないんだよ!」

 

 俺は決して、自分が弱いせいで負けたとは思われたくなく。大人気なく大きな声でアピールしてしまった。

 

「ぷっ」

 

 その姿に、レイちゃんがまた吹き出した。

 

「さっきまで【令和の麻雀を教えてあげようか】とか言ってた人とは思えない」

 

「それは忘れて!」

 

 普通に恥ずかしいから。教える前に昭和の麻雀を教えられてしまったので。

 

「それは無理。今後、人生で悲しい気持ちになったとき、思い出すことにするよ」

 

 即答だった。しかもまあまあ凄い事言われた。え?一生ですか、それは。

 

「ふふ。その時のひまりんさん、すっごく悔しそうでしたもん」

 

 みあちゃんまで参戦してくる。

 

「コンピューター相手に【通るか!そんなもんっ……!】って、怒ってましたよねっ」

 

「や、やめてぇ!」

 

 三人が笑う。

 俺も苦笑いするしかなかった。

 

 全く汗顔の至りですよ。

 

 ……でも、配信仲間三人がこれだけ楽しそうに笑ってくれるのなら悪くない。

 

 いや、むしろ最高かも?

 

 画面越しでは何度も一緒に笑ってきた。でも、同じテーブルを囲んで笑うのは、やっぱり全然違う。

 

 そんなことを考えていると、店主のおばさんがアイスカフェラテを運んできた。

 

「はいお嬢ちゃん。お待たせしました」

 

「わーっ、ありがとうございますっ!」

 

 りあらちゃんは両手でグラスを受け取り、ストローをくるりと回す。

 

「それじゃあ!」

 

 グラスを少しだけ持ち上げて。りあらちゃんがコホンと咳払いをする。

 

「初オフ会に、かんぱーいっ!」

 

「「「かんぱーい!」」」

 

 四つのグラスが、小さく触れ合う。

 澄んだ音が鳴った。

 

 その笑顔は、やっぱりいつものりあらちゃんだった。

 

 だけど。

 乾杯のあと、ほんの一瞬だけ。

 

 ストローをくるくると指で回しながら、何かを考えるように視線を落としたのを。俺とレイちゃん、そしてみあちゃんの三人は、偶然同じタイミングで見ていた。

 

 各々が飲み物を口に含み、喉を潤す。

 

 誰も、すぐには口を開かなかった。

 

 店内には変わらず穏やかなジャズが流れている。さっきまであれだけ賑やかだった空気が、不思議と少しだけ静かになった。

 

 りあらちゃんはアイスカフェラテをテーブルに置いて。

 

「んー、おいしいっ」

 

 にこっと笑う。

 

 その笑顔は、いつも配信で見せてくれる笑顔と何も変わらない。

 

 ……変わらないと、俺は思ったんだけど。

 

「りあら、どうかしたの?」

 

 最初に声を掛けたのはレイちゃんだった。

 

「さっきから、なんか元気ないね」

 

 レイちゃんから見たら、りあらちゃんは普段と様子が違っていたみたい。

 

「えっ!? そうかなー」

 

 りあらちゃんはぱちぱちと瞬きをする。

 

「そんなことないよー?」

 

「あるって」

 

 レイちゃんは即答した。

 

「さっきから、無理して笑ってる時の顔してる」

 

 りあらちゃんの笑顔が、ほんの少しだけ固まる。

 

「えへへ……」

 

 誤魔化すようにストローを回す。

 

「レイにはバレちゃうかぁ」

 

「私も、少しだけ気になってました」

 

 みあちゃんも遠慮がちに続けた。

 

「駅でメッセージをもらった時から、何かあったのかなって。その後の二十分遅刻も。責めてるわけじゃなく、心配だったんです」

 

 りあらちゃんは小さく息を吐く。

 

 俺のアイスコーヒーが入ったグラスは、結露でテーブルを濡らす。

 

「……ごめんね」

 

 その一言は、さっきまでの明るい声とは少し違っていた。

 

「実は今日ね」

 

 少し言葉を探すように視線を落とす。

 

「家を出る直前、お父さんとお母さんに呼び止められちゃって」

 

「ご両親に?」

 

 俺が聞き返すと、りあらちゃんはこくりと頷く。

 

「うん」

 

 うつむく彼女は、いつも画面越しに見るキラキラさは影を潜めて。かなり大人びた印象を与えた。

 

「今日は友達と遊びに行くって言ったらね」

 

 一度言葉が止まる。

 

「そんなことしてる暇があるなら、一件でも仕事を入れた方がいいんじゃない?って」

 

 誰も、相槌すら打てなかった。

 黙る俺たちに、りあらちゃんは小さく吐息を漏らす。

 

「最近ありがたいことに、お仕事も増えてきたんだぁ。企業案件とか、イベントとか」

 

 りあらちゃんは苦笑いする。

 

「だからね、休日を遊びで使うなんてもったいないってさ。配信者なんだから、その時間も仕事にした方がいいって言われちゃって」

 

 俺は思わず言葉を失った。

 

 りあらちゃんのご両親が言っていることは、分からなくもない。鉄は熱いうちに打て。人気商売なんだから、稼げる時に稼ぐ。そう考える人がいても全然不思議じゃない。

 

 ……でも。

 

「今日は、みんなと会う約束だったから」

 

 りあらちゃんは照れくさそうに笑う。

 

「ちょっとだけ言い返しちゃった。今日はお仕事じゃなくて、大事なお友達と会う日なのって!」

 

 その言葉にみあちゃんが少しだけ目を丸くする。レイちゃんも何も言わない。俺も、胸の奥が少しだけ温かくなった。

 

 画面越しに知り合った仲だ。住んでいる場所も違う。付き合いだって、まだ長いわけじゃない。

 

 ……それでも。

 

 りあらちゃんは、俺たちとの今日を【大事なお友達と会う日】だと言ってくれたのだ。

 

「……そしたら?」

 

 レイちゃんが静かに尋ねる。

 

 りあらちゃんは、ストローを握る手に少しだけ力を込めた。

 

「友達なんて、また今度会えばいいでしょって」

 

 カフェラテを一気に飲み干す。そうして、氷をカラカラとストローで回し始めた。

 

「りあらが稼いだお金で、贅沢してるくせにっ」

 

 キラキラ系配信者、夢乃りあら。彼女が抱える暗い側面が顔を覗かせた。

 けど、その言葉を口にした瞬間。はっとしたように、自分の口元を押さえる。

 

「……あ」

 

 数秒の沈黙。

 

「ご、ごめーん! りあらってば、暗い話しちゃったね!? せっかくこのメンバーでオフ会出来てるのに!」

 

 ぱん、と両手を合わせ、りあらちゃんは無理やり声の明るさを取り戻した。

 しかし。さっきこぼれた言葉まで、なかったことにはできない。

 

「よーしっ! この話おしまいっ!」

 

 ……そう言って笑う。でも。

 言われてみれば、その笑顔は確かにどこかぎこちない。

 

 初対面の俺でさえそれが分かるようになった。

 

 レイちゃんは何も言わない。みあちゃんも、ただ静かにりあらちゃんを見つめている。

 この空気は、ちょっとなぁ。確かにりあらちゃんの発言は衝撃だったとはいえ。

 

 誰も喋らないのなら、ここは俺の出番か。

 

「……暗い話でもいいよ」

 

 りあらちゃんがきょとんとこちらを見る。

 

「え?」

 

「今日は仕事じゃないんでしょ?配信してるわけでもないから、リスナーも見ていない」

 

 俺はアイスコーヒーを一口飲む。

 

「だったら、楽しい話だけしなきゃいけないなんて決まりもないよ」

 

「ひまりんちゃん……」

 

「さっき、言ってくれたよね?」

 

 俺は少し笑う。

 

「今日は大事なお友達と会う日なんだって」

 

 その言葉に、りあらちゃんの瞳が少し揺れた。

 

「だったらさ。楽しいことも、嫌だったことも、どっちも話していいんじゃない?」

 

 店内には相変わらずジャズが流れている。土曜の午後、他の席では笑い声や話し声が絶えない。

 だけど、このテーブルだけは静かだった。

 

「……そうですね」

 

 みあちゃんが小さく頷く。

 

「私、友達ってそういうものだと思います。楽しい時だけ一緒にいるんじゃなくて、辛い時も【辛かったね】って言い合えるのが友達かなって」

 

「みあ……」

 

 りあらちゃんが小さく名前を呼ぶ。

 

「私も同じ考えだよ」

 

 レイちゃんも短く続けた。

 

「無理して笑われる方が、ちょっと嫌だし。配信仲間にまで気を遣わないで欲しいかな。だって、私達しか【夢乃りあら】に共感してあげられないんだから」

 

 その一言は、レイちゃんらしく飾り気がない。だけど、だからこそ真っ直ぐだった。

 

 りあらちゃんは俺たちの顔を順番に見渡して。

 

「……ありがとう」

 

 今度の笑顔は、少しだけ泣きそうだった。

 

「配信だとさ、みんなには元気なりあらを見せなきゃって思っちゃうんだぁ。リスナーさんに心配かけたくないし、企業の人にも【この子なら安心して任せられる】って思われたいし。だから、嫌なことがあっても」

 

 一度言葉を切る。

 

「笑っちゃう癖がついちゃったのかも。自分でも知らないうちにね」

 

 その言葉を聞いて、俺は前世で働いていた頃のことを思い出した。

 

 職場でもそうだった。辛そうな顔をしていたら、「大丈夫?」と聞かれる。だから、「大丈夫です」と笑ってしまう。

 笑っているうちに、本当に自分でも何が辛いのか分からなくなる。心が麻痺していくんだ。

 

 上司、同僚、後輩。あらゆる年齢の、どんな立場の人でも。仕事と私生活の狭間でそうなってしまう事があった。……俺もそうだったし。

 

「それってさぁ。結構しんどいよね」

 

 気付けば、自然と口から言葉が漏れていた。

 

「……うん。ひまりんちゃんの言う通り、実は結構……しんどいかな」

 

 りあらちゃんは静かに頷いた。

 その返事は、今までで一番小さな声だった。

 

 店内では、いつの間にかジャズに代わって昭和歌謡が流れている。明るい歌なのに、よく聞けば歌詞は結構切ない。

  

 昔の歌って、こういうの多いんだよなぁ。

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