50歳のおじさんがJKにTS転生したのでネットアイドルしてみる話 作:アラフィフ大活躍
りあらちゃんは肩で息をしながら、ぺこりと頭を下げた。駅から喫茶店まで駆け足で来たのだろう。ほんのり上気した頬に、額にはうっすらと汗がにじむ。
「みんなぁ、本当にごめんねぇーっ!」
その声だけで、喫茶店の空気が一気に明るくなる。
画面越しでは何度も見てきた笑顔。でも実際に見ると、その破壊力は想像以上だった。
ふわりと揺れる髪に、大きく輝く瞳。歩くだけで周囲まで明るくなるような、不思議な存在感がある。
これがキラキラ系配信者か。
流石にオーラが違う。
「りあらちゃん!」
みあちゃんが立ち上がり、小さく手を振る。
「みあーっ!」
「これでやっと全員集合ですねっ!」
「ほんとほんとー!」
りあらちゃんは満面の笑みで両手を広げた。
「改めまして! 夢乃りあらでーすっ!」
そう言って俺の前まで来ると。
「ひまりんちゃん!」
「ハイっ!?」
ぎゅっ。
いきなり両手を握られた。
柔らかく、すべすべな白い手。
「ほんとにいたぁー!」
「そりゃいるよ!?」
むしろ、俺はりあらちゃんこそ実在してたんだなって気分。
「画面から出てきたみたい!」
どうやらお互いに同じ感想みたい。
「……それ、さっき俺もみあちゃんに思った」
「あははっ!」
店内に笑い声が広がる。
やっぱり、りあらちゃんはりあらちゃんだった。
周りの空気まで明るくしてしまうような、太陽みたいな子。少なくとも俺には、そう見えた。
「よ。待ってる間、飲み物のんでた」
サクッと手を上げるレイちゃん。
「うん。ここまで走ってきたから、りあらも喉カラカラだよぉ」
「そんじゃ、りあらも何か頼みなよ」
レイちゃんがメニューを差し出す。
「ありがとー、レイ!」
りあらちゃんはメニューを開きながら、ぱらぱらとページをめくる。
「んー……」
少しだけ考えて。
「店員さーん、アイスカフェラテ一つお願いしますっ!」
「はいよー」
店主のおばさんが笑顔で注文を書き留めていく。
まだ店内にはジャズが静かに流れていた。
「……それにしても」
りあらちゃんがゲームテーブルを見つめる。
「なにこれぇ!? めっちゃエモいね!」
「ああ。さっきまでこれで麻雀やってたんだよ」
レイちゃんが俺を見る。見た後で、思わずと言った風に吹き出して。
「いや、正確にはひまりんがボコボコにされてた。昭和のゲーム機相手に」
ちょっと!その補足いるっ!?
あと、そんな言い方されたらさも昭和のゲーム機が弱いみたいじゃないの。むしろ令和のゲーム機より強いんですけど!……理不尽的な意味で。
「確かに負けたけどさぁ、言い方ぁ!」
「えっ、ひまりんちゃんが負けたの?この古そうなゲームに??」
「うん。一局目で役満に放銃」
「えぇぇ!?」
りあらちゃんが目を丸くする。
「しかも相手は国士無双十三面待ち」
「えーっ!?国士無双十三面待ちって、なんか凄い難しいんじゃなかった?前にレイと【麻雀スピリッツ】やった時に教えてくれたよね」
この二人、麻雀のアプリゲームもしたことあるのか。とはいえ、レイちゃんに比べたらりあらちゃんは初心者のようだけど。
「昭和のコンピューターって、全然空気読まないんだよ!」
俺は決して、自分が弱いせいで負けたとは思われたくなく。大人気なく大きな声でアピールしてしまった。
「ぷっ」
その姿に、レイちゃんがまた吹き出した。
「さっきまで【令和の麻雀を教えてあげようか】とか言ってた人とは思えない」
「それは忘れて!」
普通に恥ずかしいから。教える前に昭和の麻雀を教えられてしまったので。
「それは無理。今後、人生で悲しい気持ちになったとき、思い出すことにするよ」
即答だった。しかもまあまあ凄い事言われた。え?一生ですか、それは。
「ふふ。その時のひまりんさん、すっごく悔しそうでしたもん」
みあちゃんまで参戦してくる。
「コンピューター相手に【通るか!そんなもんっ……!】って、怒ってましたよねっ」
「や、やめてぇ!」
三人が笑う。
俺も苦笑いするしかなかった。
全く汗顔の至りですよ。
……でも、配信仲間三人がこれだけ楽しそうに笑ってくれるのなら悪くない。
いや、むしろ最高かも?
画面越しでは何度も一緒に笑ってきた。でも、同じテーブルを囲んで笑うのは、やっぱり全然違う。
そんなことを考えていると、店主のおばさんがアイスカフェラテを運んできた。
「はいお嬢ちゃん。お待たせしました」
「わーっ、ありがとうございますっ!」
りあらちゃんは両手でグラスを受け取り、ストローをくるりと回す。
「それじゃあ!」
グラスを少しだけ持ち上げて。りあらちゃんがコホンと咳払いをする。
「初オフ会に、かんぱーいっ!」
「「「かんぱーい!」」」
四つのグラスが、小さく触れ合う。
澄んだ音が鳴った。
その笑顔は、やっぱりいつものりあらちゃんだった。
だけど。
乾杯のあと、ほんの一瞬だけ。
ストローをくるくると指で回しながら、何かを考えるように視線を落としたのを。俺とレイちゃん、そしてみあちゃんの三人は、偶然同じタイミングで見ていた。
各々が飲み物を口に含み、喉を潤す。
誰も、すぐには口を開かなかった。
店内には変わらず穏やかなジャズが流れている。さっきまであれだけ賑やかだった空気が、不思議と少しだけ静かになった。
りあらちゃんはアイスカフェラテをテーブルに置いて。
「んー、おいしいっ」
にこっと笑う。
その笑顔は、いつも配信で見せてくれる笑顔と何も変わらない。
……変わらないと、俺は思ったんだけど。
「りあら、どうかしたの?」
最初に声を掛けたのはレイちゃんだった。
「さっきから、なんか元気ないね」
レイちゃんから見たら、りあらちゃんは普段と様子が違っていたみたい。
「えっ!? そうかなー」
りあらちゃんはぱちぱちと瞬きをする。
「そんなことないよー?」
「あるって」
レイちゃんは即答した。
「さっきから、無理して笑ってる時の顔してる」
りあらちゃんの笑顔が、ほんの少しだけ固まる。
「えへへ……」
誤魔化すようにストローを回す。
「レイにはバレちゃうかぁ」
「私も、少しだけ気になってました」
みあちゃんも遠慮がちに続けた。
「駅でメッセージをもらった時から、何かあったのかなって。その後の二十分遅刻も。責めてるわけじゃなく、心配だったんです」
りあらちゃんは小さく息を吐く。
俺のアイスコーヒーが入ったグラスは、結露でテーブルを濡らす。
「……ごめんね」
その一言は、さっきまでの明るい声とは少し違っていた。
「実は今日ね」
少し言葉を探すように視線を落とす。
「家を出る直前、お父さんとお母さんに呼び止められちゃって」
「ご両親に?」
俺が聞き返すと、りあらちゃんはこくりと頷く。
「うん」
うつむく彼女は、いつも画面越しに見るキラキラさは影を潜めて。かなり大人びた印象を与えた。
「今日は友達と遊びに行くって言ったらね」
一度言葉が止まる。
「そんなことしてる暇があるなら、一件でも仕事を入れた方がいいんじゃない?って」
誰も、相槌すら打てなかった。
黙る俺たちに、りあらちゃんは小さく吐息を漏らす。
「最近ありがたいことに、お仕事も増えてきたんだぁ。企業案件とか、イベントとか」
りあらちゃんは苦笑いする。
「だからね、休日を遊びで使うなんてもったいないってさ。配信者なんだから、その時間も仕事にした方がいいって言われちゃって」
俺は思わず言葉を失った。
りあらちゃんのご両親が言っていることは、分からなくもない。鉄は熱いうちに打て。人気商売なんだから、稼げる時に稼ぐ。そう考える人がいても全然不思議じゃない。
……でも。
「今日は、みんなと会う約束だったから」
りあらちゃんは照れくさそうに笑う。
「ちょっとだけ言い返しちゃった。今日はお仕事じゃなくて、大事なお友達と会う日なのって!」
その言葉にみあちゃんが少しだけ目を丸くする。レイちゃんも何も言わない。俺も、胸の奥が少しだけ温かくなった。
画面越しに知り合った仲だ。住んでいる場所も違う。付き合いだって、まだ長いわけじゃない。
……それでも。
りあらちゃんは、俺たちとの今日を【大事なお友達と会う日】だと言ってくれたのだ。
「……そしたら?」
レイちゃんが静かに尋ねる。
りあらちゃんは、ストローを握る手に少しだけ力を込めた。
「友達なんて、また今度会えばいいでしょって」
カフェラテを一気に飲み干す。そうして、氷をカラカラとストローで回し始めた。
「りあらが稼いだお金で、贅沢してるくせにっ」
キラキラ系配信者、夢乃りあら。彼女が抱える暗い側面が顔を覗かせた。
けど、その言葉を口にした瞬間。はっとしたように、自分の口元を押さえる。
「……あ」
数秒の沈黙。
「ご、ごめーん! りあらってば、暗い話しちゃったね!? せっかくこのメンバーでオフ会出来てるのに!」
ぱん、と両手を合わせ、りあらちゃんは無理やり声の明るさを取り戻した。
しかし。さっきこぼれた言葉まで、なかったことにはできない。
「よーしっ! この話おしまいっ!」
……そう言って笑う。でも。
言われてみれば、その笑顔は確かにどこかぎこちない。
初対面の俺でさえそれが分かるようになった。
レイちゃんは何も言わない。みあちゃんも、ただ静かにりあらちゃんを見つめている。
この空気は、ちょっとなぁ。確かにりあらちゃんの発言は衝撃だったとはいえ。
誰も喋らないのなら、ここは俺の出番か。
「……暗い話でもいいよ」
りあらちゃんがきょとんとこちらを見る。
「え?」
「今日は仕事じゃないんでしょ?配信してるわけでもないから、リスナーも見ていない」
俺はアイスコーヒーを一口飲む。
「だったら、楽しい話だけしなきゃいけないなんて決まりもないよ」
「ひまりんちゃん……」
「さっき、言ってくれたよね?」
俺は少し笑う。
「今日は大事なお友達と会う日なんだって」
その言葉に、りあらちゃんの瞳が少し揺れた。
「だったらさ。楽しいことも、嫌だったことも、どっちも話していいんじゃない?」
店内には相変わらずジャズが流れている。土曜の午後、他の席では笑い声や話し声が絶えない。
だけど、このテーブルだけは静かだった。
「……そうですね」
みあちゃんが小さく頷く。
「私、友達ってそういうものだと思います。楽しい時だけ一緒にいるんじゃなくて、辛い時も【辛かったね】って言い合えるのが友達かなって」
「みあ……」
りあらちゃんが小さく名前を呼ぶ。
「私も同じ考えだよ」
レイちゃんも短く続けた。
「無理して笑われる方が、ちょっと嫌だし。配信仲間にまで気を遣わないで欲しいかな。だって、私達しか【夢乃りあら】に共感してあげられないんだから」
その一言は、レイちゃんらしく飾り気がない。だけど、だからこそ真っ直ぐだった。
りあらちゃんは俺たちの顔を順番に見渡して。
「……ありがとう」
今度の笑顔は、少しだけ泣きそうだった。
「配信だとさ、みんなには元気なりあらを見せなきゃって思っちゃうんだぁ。リスナーさんに心配かけたくないし、企業の人にも【この子なら安心して任せられる】って思われたいし。だから、嫌なことがあっても」
一度言葉を切る。
「笑っちゃう癖がついちゃったのかも。自分でも知らないうちにね」
その言葉を聞いて、俺は前世で働いていた頃のことを思い出した。
職場でもそうだった。辛そうな顔をしていたら、「大丈夫?」と聞かれる。だから、「大丈夫です」と笑ってしまう。
笑っているうちに、本当に自分でも何が辛いのか分からなくなる。心が麻痺していくんだ。
上司、同僚、後輩。あらゆる年齢の、どんな立場の人でも。仕事と私生活の狭間でそうなってしまう事があった。……俺もそうだったし。
「それってさぁ。結構しんどいよね」
気付けば、自然と口から言葉が漏れていた。
「……うん。ひまりんちゃんの言う通り、実は結構……しんどいかな」
りあらちゃんは静かに頷いた。
その返事は、今までで一番小さな声だった。
店内では、いつの間にかジャズに代わって昭和歌謡が流れている。明るい歌なのに、よく聞けば歌詞は結構切ない。
昔の歌って、こういうの多いんだよなぁ。