50歳のおじさんがJKにTS転生したのでネットアイドルしてみる話 作:アラフィフ大活躍
「ねえ、ひまりん。今度は私が得意な格ゲーをやらない? 【ブレイブルー】ってゲームなんだけど」
俺の返答を待たずに袖を引っ張ってくるレイちゃん。負けず嫌いなところもあるのか、それとも格ゲーで対等に対戦可能な知り合いが増えて嬉しいのかな。
ブレイブルーっていう格ゲーはやったことないから期待には応えられないと思うけど……。
グイグイッとレイちゃんにエスコートされる俺。こうなったら、わからないなりに戦ってみますか。なんて覚悟を決めたところで。
りあらちゃんが二人の間に割って入ってきた。
「はいはーいっ、本日の格ゲー大会は終了っ。ここからは四人で遊ぶターンでーす」
「えー」
レイちゃんが唇をとがらせる。あからさまな不満そうな態度だ。思い通りにいかず不機嫌になるお子ちゃまかな? そんな仕草も、美少女なレイちゃんがやると絵になるからズルい。
「えー、じゃないの。二人だけ盛り上がりすぎっ!」
ぷくっと頬を膨らませる。こちらも子供っぽい。
「りあらもみあも、途中から応援係になってたじゃん! なんなら最初からっ」
「あっ、それは確かに」
俺が苦笑すると、みあちゃんも胸に抱えたぬいぐるみをぎゅっと抱きしめながら頷く。ごめんね。
「みあも、見てるだけでも楽しかったですけど……今度は四人で遊べるゲームがいいです」
「そうそう!」
りあらちゃんが指を鳴らす。
「エアホッケーとか! 音ゲーとか! みんなで写真撮るのもいいよね!」
「あ、プリクラ!」
みあちゃんがぱっと表情を明るくした。
「撮りたいです!」
「……ま、プリクラは外せないか」
レイちゃんもあっさり賛成する。
さっきまで真剣勝負をしていたとは思えない切り替えの早さだ。ブレイブルーってヤツをやりたかっただろうに、ちゃんと空気読める子なんだよねぇ。
「ひまりんちゃんも撮ろーよ?」
「えっ私も?」
「当たり前でしょ!」
レイちゃんがビシッと天を指差す。
「今日の記念なんだからっ」
今日の記念。
……なんか良いね、その考え方。
思い返せば、前世ではゲームセンターへだいたい一人で通っていた。仕事帰りに一人で赴いて、ゲーセンにつけば顔見知りは何人かいたんだけど、基本的に勝っても負けても帰る時はいつも一人。
たまに寂しさに襲われることもあった。
だけど今日は違う。隣にはレイちゃんがいて。後ろではりあらちゃんが笑っていて。みあちゃんは取ったばかりのぬいぐるみを大事そうに抱えている。
誰かと来るゲーセンってのも良いものだ。
「そうだね、是非撮ろう! プリクラはあんま詳しくないからやり方教えてよ」
「任せてっ」
四人でプリクラのブースへ入ると、りあらちゃんが迷いなくタッチパネルを操作し始めた。
「てかこれ新作じゃん! んー。背景はこれで、盛れ方はナチュラルっと……あ、でも今日は四人だからこっちのレイアウトかな」
ぽん、ぽん、ぽん。指先が止まらない。撮影が始まってもいないのに大忙しだ。
「すごっ、そんなに決めることあるの!?」
「あるある! プリクラは撮る前が一番大事なんだからっ」
りあらちゃんは振り返りもせず即答する。
「はい、人数四人。美肌は強すぎると逆に不自然だから一段階下げて〜……落書きスペースは広い方がいいよね」
「もう、わけわかめだな……」
俺には何が表示されているのかさえよく分からない。美肌? 落書き?? なんのことやら。
「りあらちゃん、流石に慣れてますねぇ」
みあちゃんが感心すると、りあらちゃんは胸を張る。
「ふっふっふー。こう見えてプリクラマスターですからねぇ!」
「自称?」
すかさずレイちゃんがツッコむ。
「自称じゃありませんー! レイだっていつも【任せた】って言うじゃん!」
「だって、りあらの方が早いし盛れるし」
「ほらぁ! だから大船に乗ったつもりでいてよ」
勝ち誇ったようにガッツポーズを決めるりあらちゃん。ゲームならレイちゃん、プリクラならりあらちゃん。それぞれに得意分野があるってことね。
「よーし、設定完了っ!」
りあらちゃんが満足そうにボタンを押した。
「ほらみんな! 時間ないから立ち位置決めるよ! ひまりんちゃん真ん中、レイはそっち、みあはぬいぐるみ持ったままで!」
「えっ、もう始まるの!?」
立ち位置まで指定されるのね。
「プリクラはある種戦いだから! ひまりんちゃん達から見た格ゲーみたいなものなのっ」
「もはや格ゲーなんだ!?」
格ゲーを終えたばかりなのに。ブレイブルーじゃなくてプリクラという名の格ゲーをプレイしていたらしい。
「はーい、カウント始まるよー!」
りあらちゃんが画面を指差す。
「最初は王道で! みんなピースハート作って!」
「ピースハート?」
俺が首を傾げた瞬間。
「ほらほらっ!」
レイちゃんが俺の右手を、みあちゃんが左手をそっと持ち上げる。二人に挟まれる形で、気付けば両手がハートの形になっていた。
「これでいいのっ!?」
というのも。
みんなは同じハートポーズでも、人差し指と中指だけで巧みに作成していたのだ。みあちゃんまで、ぬいぐるみを抱えながら器用にハートを作る。
俺だけが両手の十本指全てを駆使したハートポーズ。一人だけネテロ会長みたいだった。
感謝してそう。
かといって、みんなのそのハートをどうやって作るのか即座には理解出来なかった。とりあえずこのままで行くしかない。
『3』
「ほらみんな笑って笑ってー!」
『2』
「ひまりんさん! カメラこっちなので、こっち見てくださいっ」
「は、はいっ」
みあちゃんに目線で指示された通り、カメラを見る。
『1』
パシャッ!
フラッシュが光る。
「おぉ……」
画面に映った自分を見て、思わず声が漏れた。
「……誰?」
「ひまりんだよ?」
レイちゃんが真顔で返してきた。
「いや、そうなんだけど!」
いつもより目はぱっちり。実物以上に肌がつるつる。輪郭までもがほんの少し整っている。アゴも細い。
「これ、もう補正かかってるの!?」
「まだまだ序の口だよ」
りあらちゃんが悪戯っぽく笑う。
「次いくよ! ポーズはねぇ……今度はみんなで【ちゅきちゅき】にしよっ!」
ちゅ、ちゅきちゅき!? なんだいそれはっ。
「はーいっ」
みあちゃんは慣れた様子で頬に両手の人差し指と中指を突き立てる。ぬいぐるみは後ろの荷物コーナーに座らせていた。レイちゃんも無表情のまま同じポーズに。
これがちゅきちゅきかぁ。しかし、どうしてこれでちゅきちゅきなのかな?
「ひまりん、早く!」
ふとポーズ名が何故そうなったのか疑問に感じていれば。タイムリミット間際だった。レイちゃんが注意してくれてから、慌ててみんなのポーズを真似するも。
「あ、ちょっと待っ」
パシャッ!
「ひょっとして間に合わなかったぁ!?」
「あー、ひまりんちゃんだけ動いてる!」
りあらちゃんが笑い転げる。
画面には、慌ててポーズを変えようとした俺だけが中途半端な格好で写っていた。
「ふふ。これはこれで味あるよ」
レイちゃんが肩を震わせる。
「なんかボーッとしてたし、なんでこのポーズが【ちゅきちゅき】って言うんだろう? とか考えてたんじゃないの?」
「うぅ……その通りです」
後でスマホで調べてみよう。
「よーし、撮影終了っ!」
最後のシャッターが切られると、りあらちゃんが満足そうに手を叩く。
「これで終わったんだね?」
俺が聞くと。
「いやいや、むしろここからが本番なんだよ!」
「……え?」
「お待ちかねの落書きタイム!」
「まだやる事あるの!」
すんごいタスクだねぇ。
画面いっぱいにペンやスタンプが表示される。りあらちゃんは迷いなくハートや星を散りばめ、みあちゃんは小さく【今日の思い出】と丁寧な文字を書き添える。
レイちゃんは俺の頭の上に、さらさらと一言。
【↓飯テロ配信者】
「なんでなの!?」
「今日一番印象に残ったから」
「格ゲー強いのよりナポリタンが印象的だった!?」
抗議しても、三人は笑うばかりだった。
「はい完成! あとでデータでも送るからねっ」
りあらちゃんから受け取ったプリクラ。その一番目立つところには【↓飯テロ配信者】の文字が。
「あー。やっぱりこのまんま完成なんだね」
せっかく美肌加工やらされても、この文字で台無しでは?
「人生相談系ネットアイドルのほうが良かった?」
レイちゃんが真顔で確認してくる。
「いやっ、それはそれで嫌かも? むしろ、なにも書かなくて良かったのにね?」
……まあ、いいか。
俺としても、格闘ゲームで勝った記憶よりこの一枚のプリクラの方がずっと今日という日を思い出させてくれる気がした。
◇
「ていうか、みあちゃん音ゲー強すぎるよ」
太鼓の達人でスコアを競いあってしばらく。一番難しい難易度でもあっさりクリアしてしまうみあちゃんの独壇場となっていた。やはりリズム感が全然違うねぇ。
俺とレイちゃんはベンチに座り休憩中。
「ひまりんが飯テロしてお腹空いたから、帰りに焼肉食べて解散しよう」
気がつけばそろそろ晩御飯時といった頃。
レイちゃんがスマホを操作して焼肉屋を調べだす。また飯テロのせいにしてるし!
「焼肉ですかっ。みあ、タン塩食べたいです」
額にうっすらと汗をかいた達人と、りあらちゃんが我々のいるベンチへ戻ってきた。
「いいねぇ、りあらもお肉食べたい気分! 太鼓って意外とカロリー消費するからね。近くに良さそうなお店あるかな?」
このキラキラしたメンバーが、映えるお洒落なお店とかじゃなく焼肉をチョイスするのはとても良いと思います。むしろこの三人がいれば牛丼チェーンだって映えスポットに早変わりだけどね。
「ひまりんさんは焼肉で大丈夫ですか?」
俺が預かっていたちーきゃわぬいぐるみを受け取りながら、みあちゃんが確認してくれる。
「全然オッケーだよ。ホルモンとか、ガツやミノ食べたいしっ」
「ホルモンはわかりますけど、ガツやミノって……?」
どうやらみあちゃんは、普段から内臓系をあまり食べないみたいだね。これは、俺の焼いたガツを食べさせて美味しさを教えてあげねば!
歳をとるとねぇ。脂いっぱいの部位よりも、赤身や内臓系が美味しくなってくるんだよ。
「焼肉屋、結構あるみたい。歩いてすぐだし向かっちゃう?」
レイちゃんが喫茶店に続き焼肉屋までも調べてくれる。
「休日の夜なんてどこも混むだろうし、早めにお店入っちゃおうか!」
俺がベンチから立ち上がると、みんなも頷いて
「じゃ、また先導するからついてきてー」
ナビ役をかってくれたレイちゃんの後を追うのだった。
ゲームセンターを出ると、外はすっかり夕暮れだった。オレンジ色に染まった街並みを、家族連れや恋人達が歩いていく。
「夕方だねぇ」
俺は大きく伸びをする。ゲーセンでこんなに長時間遊ぶなんて何年ぶりだろう。
「焼肉屋、歩いて五分くらいのとこにある。炭火で焼くお店だってさ」
「いいねぇ!」
りあらちゃんが両手を上げる。
「みんな普段から配信頑張ってるし、記念日だし、ご褒美ご褒美!」
「みあ、タン塩だけじゃなく豚トロも食べたいです」
ぬいぐるみを抱え直しながら、みあちゃんも嬉しそうに笑う。あっさり系とコッテリ系の極地だね! たくさん食べて、健康に育ってください。
その時だった。
「あら?」
背後から穏やかな女性の声がした。振り向くと、歩道の脇に一人の女性が立っていた。落ち着いた服装に、どこか凛とした雰囲気。
年齢は、見た目だけだと四十代前半くらいだろうか。女性はまっすぐ、こちらを見ていた。
「りあらじゃない」
その名前を呼ばれた瞬間。りあらちゃんの笑顔が、ぴたりと止まった。
「……お母さん」
空気が変わる。
さっきまで騒いでいたりあらちゃんとは別人みたいに、声が少しだけ硬い。
隣を見る。レイちゃんは何も言わない。ただ、小さく目を細めて女性を見ていた。
……ん?
普通に親子が会っただけ、じゃないのかな。なにはともあれ、挨拶しておかないと。
「りあらちゃんのお母様ですか? こんにちは」
俺は軽く頭を下げる。
「初めまして。星野ひまりです」
女性は俺へ視線を向ける。
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ、頭の先から足元まで見られた気がした。
「初めまして、貴女が星野ひまりさんね」
柔らかく微笑む。
「夢乃りあらの母です」
その笑顔はとても上品だった。
けれど。
営業先で初対面の取引先と名刺交換をした時のような、相手を見極める視線を、前世の俺は何度も経験している。
だからかな。
一見、この人は笑っている。なのに、どこか試されているような感覚があった。
「娘がいつもお世話になっています」
「いえいえ、こちらこそです!」
自然と敬語が出る。それを聞いた女性は、小さく頷いた。
「そうなの。ひまりさんは動画で見るよりも……」
短い沈黙。動画よりも……なんですか?
「……ずいぶん落ち着いているのね」
「えっ、そうですか?」
落ち着いているか。それはじゃあ、動画だと落ち着いてないってことでしょうか……
「配信では、もう少し賑やかな子なのかと思っていたわ」
「あはは……配信中は、ちょっとテンション高めかもしれません」
人生相談を始めたり、塩辛について熱弁したり、残業への恨みを歌にしたり。改めて振り返ると、賑やかというより妙な女子高生だな、俺。
「お母さん、ひまりんちゃんの配信見てるの?」
りあらちゃんが割って入る。
「ええ。あなたがコラボする相手ですもの。当然でしょう?」
「……当然なんだ」
りあらちゃんの声が幾分トーンダウンする。
「そんな顔しないの。どんな方なのか、親として知っておきたいだけよ」
「今日は友達と遊びに行くって言ったよね」
「言ってたわねぇ」
「コラボ相手を見に来るなんて、一言も聞いてないけど!?」
りあらちゃんの言葉に、母親は困ったように微笑んだ。
「だから、偶然だと言っているでしょう?」
穏やかな口調。けれど、りあらちゃんは笑わない。レイちゃんも、母親を見つめたまま腕を組んでいる。
……なるほど。俺にも少しずつ状況が見えてきた。
本当に偶然なのかもしれない。ただ、この三人の反応を見る限り、母親がこうして現れたのは少なくとも今回が初めてではないのだろう。
「これから、皆さんでお食事?」
母親が俺たちを見渡す。
「はい。近くの焼肉屋さんへ行こうって話していたところです」
俺が答えると、りあらちゃんが僅かにこちらを振り返った。
おっと?
もしかして正直に答えない方が良かったのかな。
「焼肉……」
母親の視線が、りあらちゃんへ向く。
りあらちゃんママも焼肉大好きとか? 誘った方がいいだろうか。
「りあら。明日は配信があるでしょう?」
「うん。でも夜からだよ」
「顔がむくんだら困るんじゃない?」
焼肉が好きとかじゃなく、りあらちゃんのコンディションを心配していたらしい。
「別に、一食くらい平気だってば」
「そういう小さな積み重ねが大切なのよ。朝も言ったわよね? あなたは今、遊んでいられる時期じゃ……」
「だから、今日だけは遊ぶ日なんだって!」
りあらちゃんの声が、夕暮れの歩道に響いた。周囲を歩いていた人が、ちらりとこちらを見る。りあらちゃん自身も気付いたらしく、唇をきゅっと結んだ。
「……ウチこそ朝も言ったよね」
今度は声を抑えて続ける。一人称が【りあら】から【ウチ】になっていた。普段はそっちなんだね。
「今日はお仕事じゃなくて、友達と遊ぶ日だって」
「でもねぇ。お母さんは、あなたのためを思って……」
「あの。もうその辺で良くないですか?」
レイちゃんが静かに遮った。りあらちゃんの隣へ一歩出る。
「今日は私たちが一緒にいますから。なんなら家まで送りますし、ご飯食べたらすぐ帰るので遅くもなりません」
それから、りあらちゃんの前に立つ。母親の視線からりあらちゃんを守るように。
「あらあら。レイさんは前から知っているから心配していないのよ? ……私が知りたいのは、新しくお付き合いを始めた方のこと」
母親はしばらくレイちゃんを見つめる。それから俺へ視線を向けた。レイちゃんとみあちゃんは、既にこの母親がチェック済みってことかな? で、新たにりあらちゃんの周囲に現れた俺が気になってると?
さっき、この場にいるのは偶然だとおっしゃってましたが……
「ひまりさんはどう思う? りあらが配信をサボって遊ぶことについて。貴女は考え方が大人びているし、おばさんの言ってる事が理解できるんじゃないかしら」
「……私ですか?」
りあらちゃんママからの視線が刺さる。
……なるほど、やっぱりそうか。
これは意見を求めているようで、その実、俺を試しているんだろうな。
親の言うことを聞くよう諭す子なのか。
りあらちゃんを仕事から遠ざける、悪い友達なのか。
……総じて娘にとって、利益になる相手なのか。
まるで昭和の子役みたいな苦悩だね、りあらちゃん。母親がマネージャーみたいな感じだとは。
「りあらちゃんがどれだけ配信を大切にしているのかは、私も理解しています。それはお母様の支えによるところも大きいのでしょう」
俺はゆっくり言葉を選ぶ。
お母様の支え、のあたりでりあらママの口元がゆるむ。
「そうでしょう。私も、できる限り支えてきたつもりよ」
「でも! だからこそ、休む日も必要なんじゃないでしょうか。りあらちゃんにとっても、お母様にとっても」
母親の表情が今度は強張る。
「私にとっても? えっと。休むことも仕事のうち、という意味かしら」
「それもあります。でも、それだけじゃなくて」
隣を見る。りあらちゃんは、少し不安そうにこちらを見ていた。この場を切り抜けても家に帰ったらママからは逃げられない。ならば、遊ぶ正当性は主張しつつ、ママの不興を買うのも避けなくては。
「友達と遊ぶことや、趣味なんかを配信のために我慢しなきゃいけないなら……いつか配信そのものまで嫌いになっちゃうかもしれません。今日は、りあらちゃんが自分で大切だと決めた日です。だったら、最後まで楽しく過ごしてもいいんじゃないかなって、私は思います。働き方のメリハリですね。お母様との関係性も、配信のことを考えずに、ただ親子として過ごす時間があってもいいんじゃないでしょうか」
しばらく沈黙が続いた。
車の走る音。信号機の電子音。夕暮れの街は騒がしいのに、この場だけが妙に静かだった。
やがて母親は、小さく息を吐く。
「そうねぇ」
その一言だけでは、何を考えているのか分からない。
「ひまりさん。貴女は、思っていたよりしっかりしているのね」
口元は笑っていた。けれど、褒められたというより、要注意人物として覚えられたような気がする。
……気がするだけであってほしい。
「りあら」
「なに? お母さん」
「遅くならないように帰ってきなさいね」
「……うん」
母親はそれだけ告げると、俺たちへ軽く頭を下げた。
「皆さん、娘をよろしくお願いしますね」
「はいっ」
反射的に返事をしたのは、俺だけだった。レイちゃんもみあちゃんも、少し頭を下げるのが精一杯みたい。
母親の背中が人混みの中へ消えていく。
完全に見えなくなってから。
「りあらちゃんママ、相変わらず迫力がありますね」
みあちゃんがぬいぐるみを強く抱きしめる。相変わらず……なんだ。
「……偶然じゃないって、あれは」
レイちゃんがぼそりと言った。
「うん。こんな遠くまで買い物とか意味不明だし」
りあらちゃんも即答する。
「前にも、レイ達と会ってたら突然遭遇したし。たぶん、位置情報見て来たんだと思う」
「位置情報!?」
思わず大きな声が出た。りあらちゃんは俺のリアクションに笑う。
「家族で共有するアプリ、入れられてるんだぁ。有事の際にって言いつつ、実際は監視目的なんじゃないかな」
それを聞いて、ようやく俺にも理解できた。さっき母親が俺を見ていた理由も。りあらちゃんとレイちゃんが、最初から偶然を信じていなかった理由も。令和っ子にはプライバシーとか無いの? 親子であってもそれはどうなんだろう。
俺が子供の頃は【夕飯までには帰りなさい】だったのに。……それはそれで放任すぎたのかな?
「……なんというか」
何と声を掛けるのが正解なんだろう。
ご愁傷様……ではないか。りあらちゃんママも、娘を思う気持ちは本物っぽいのが更にややこしい。
すると、りあらちゃんはパンッと両手を合わせた。
「はいっ。この話は一旦おしまい!」
無理に明るくした声だということは、俺にも分かった。
「ほらほら。焼肉行こっ! 今日はカルビいっぱい食べるんだから!」
「むくむって言われた直後なのに?」
レイちゃんが尋ねる。
「りあらはむくみませーんっ! お肉食べたり甘いもの食べても、太ったりもしないんですぅっ」
意地になってるなぁ。
「ひまりんちゃんもお腹空いたよね?」
「……うん! 肉食べよう、肉っ!!」
「お肉、じゃなくて肉呼びなの良いねっ」
暗い空気を引きずらせないよう、俺もできるだけ明るく返す。
「カルビでもタンでもホルモン、ガツ、ミノでも、今日は好きなだけ食べよう!」
嬉しいこと、楽しいこと、辛いこと、悲しいこと。あらゆる出来事の後に食べても相応しいのが焼肉なんだからねっ。
「ガツとかミノ? を食べたいのはひまりんだけでは」
レイちゃんはもうっ。細かいんだから。
欲を言えば、本当はビールも飲めるとこの上無いんだけども。炭火焼肉なんて、煙だけでビール飲めちゃうからねっ。