50歳のおじさんがJKにTS転生したのでネットアイドルしてみる話 作:アラフィフ大活躍
「いらっしゃいませー!」
威勢の良い声に迎えられ、俺たちは焼肉屋へ入った。
扉をくぐった瞬間まず出迎えたのは、強烈な煙と焼けた脂と甘辛いタレの匂いだった。炭火の香ばしさがそれに絡みつき、空気だけでお酒を飲めそうなほど。空腹も刺激されて、きゅるる……とお腹も鳴る。先客の大きな笑い声と、ジョッキのガラス音でかき消されたので助かった。
幸いまだ本格的な夕食時より少し早かったらしく、待ち時間もなく四人掛けのテーブルへ案内される。
「はーい七輪失礼しまーすっ!」
元気な男性店員さんが運んできたのは丸い炭火の七輪。
赤くなった炭が時折パチッと小さく弾け、火の粉のような熱を吐き出している。その上に置かれた網は、すでにうっすらと熱を帯びて揺らいで見えた。
「うわぁ……もう食べれるよね」
思わず声が漏れる。……これはいけない。ゲーセンで散々遊んだ身体に、焼肉の香りは効きすぎる。
すでに口の中に、勝手に唾液が溜まっていくのが分かる。
「ひまりんちゃん、まだ網しか乗って無いよ? 何を食べるつもりなの?」
りあらちゃんがメニューの向こうから覗き込んできた。
「いやー、お店に漂う煙がもうご馳走っていうか。これからこの七輪でお肉を焼くんだって考えただけで白米が進みそうで」
「そういうことかっ! 確かにテンション上がるよねっ。焼肉屋で七輪が置かれたり、コンロに火をつけてもらう瞬間って」
うんうん。というわけで、早くお肉頼まなきゃ。
すでにメニューを真剣に読み込んでいるみあちゃんに視線を送ると。
「じゃあ最初、タン塩頼んでいいですか?」
「もちろん!」
みあちゃんの希望でタン塩。
「りあらはカルビ! やっぱり王道でしょ」
りあらちゃんは当然のようにカルビ。
「……私はロースかな」
レイちゃんはロース。
俺はというと、さっきから食べたかった内臓系。
「ミノとガツ。それからホルモンかな」
三人の視線が一斉にこちらへ向いた。
「……渋いねぇ。りあらのパパみたい」
「ひまりんさん、本当に高校一年生ですよね?」
「なんでそこで年齢確認されるの!?」
ここでビール! とか言ったならまだしも。ホルモンなんて小学生くらいから普通に好きだけど! 美味しいんだから仕方ないでしょう。
注文を済ませると、間もなく大皿に並べられた肉が運ばれてくる。付け合わせの玉ねぎやピーマン、にんじんの一切れずつな盛り付けが【一応野菜もどうぞ】みたいな雰囲気でまた良い。
「それじゃー焼くよー!」
りあらちゃんがトングを握った。
「りあら! ちょっと待って。最初はタンから」
レイちゃんが止める。
「そうですそうです! みあのタンを先に皆んなで味わいましょうっ」
「え?」
レイちゃんとみあちゃん。二人から止められたりあらちゃんが行き場のないトングを彷徨わせる。
「……タレ付きの肉を先に焼くと網が汚れるから」
「レイちゃん、タン塩の焼き方分かってるねぇ」
トップバッターか、もしくは網を交換した直後の口直しに食べるタンが繊細で美味いのよね。
「別に普通じゃない?」
意外と気にしない人も多いんだよ。俺の中でレイちゃんの焼肉偏差値が三くらい上がった。
「じゃ、タンから焼いてくよー!」
薄切りのタンを網へ並べる。置いた瞬間、【じゅっ】と乾いた音が弾けた。タンから脂が落ちる度、炭からジュワッといい音が。
「レモン汁ですっ」
みあちゃんがレモンのくし切りが載った小皿を全員に渡してくれる。また、焼いてくれるりあらちゃんのレモンは絞ってあげていた。なんて気が利く良い子なの。
「これ、もういい?」
そういってりあらちゃんがタンをめくろうとする。
「良いと思う! 裏返したら割とすぐ食べちゃっていいかも」
「ひまりんちゃん、急に焼肉奉行になったねっ!?」
「焼肉はタイミングだからって、昔行った焼肉屋のオヤジに教えられたんだよぉ」
あれは、前世のことだった。
太田と何気なく行った焼肉屋の頑固オヤジがうるさいのなんの。ずっと俺らのテーブル横で肉をひっくり返すタイミングや食べるタイミングを指示してくる最悪の店。
しかし、味は良かったことは覚えている。その店には一度しか行かなかったけど、それ以降肉を焼くのにより神経を使うようにはなったかな。
「昔っていつなの。というかオヤジて、いきなり口悪いじゃん」
焼肉屋のおじさん、とか言えば良かったか。店主をオヤジと呼ぶのもこれは昭和独特かな。焼肉屋のオヤジ、八百屋のオヤジ、ラーメン屋のオヤジ、みたいな。
「あ! もういけますよっ」
みあちゃんの助言で、みんながほどよく火が通ったタンを一枚、レモン汁へ。
表面がまだじゅうっと音を立てているうちに口へ運ぶ。
「「「「いただきますっ」」」」
パクッと一口。
歯を入れた瞬間、軽い抵抗のあと薄い肉がほどけるように切れる。そこへ炭火の香ばしさと、肉汁の旨味が一気に広がった。レモン汁のさっぱりさと塩の繊細な味わい。
これはまさに焼肉における前菜だ!
「んーっ!」
みあちゃんが頬を押さえる。
「美味しいです!」
「良かったねぇ」
この子は美味しそうに食べるなぁ。ずっとタン食べたがっていたし、大好物なんだろうね。
「さて。タンも焼いたことだし、メインいこう!」
続いてはカルビ。赤身に細かな脂が差し込んだ、見るからに若者向けの肉だ。おじさんからすると、警戒すべき部位ランキング上位。
網の上に置いた瞬間の音が違う。
タンよりも重い音。そして、油が落ちると軽く網がファイアーする。都度、りあらちゃんは肉を移動したり氷で鎮火させていく。
「ひまりんちゃんも食べる?」
りあらちゃんが焼き上がった一枚を俺の皿へ乗せる。ありがたいけど、油が……
「いやー、私はホルモンあるし」
「一枚くらいいいじゃん!」
「まあ、一枚なら」
前世なら、カルビはせいぜい二、三枚。
最初の一枚は美味しい。二枚目も美味しい。三枚目くらいから胃袋が警告を告げ出す。
だから最近は焼肉へ行っても赤身かホルモンばかりだった。
しかし。
「……ん?」
タレにつけたカルビを口へ入れる。歯がなくても噛めそうなほど、脂が入った肉。圧倒的な肉汁と脂の旨みが口全体へブワッと広がった。
白米が欲しくなる暴力的な旨さ。
「美味しい?」
「……美味しい」
「でしょー!」
いや、問題はそこじゃない。
重くない。……まったく重くないのだ。
むしろ
「ねぇ、もう一枚もらっていい?」
「どうぞどうぞ!」
二枚目。三枚目。四枚目。
噛むたびに、溢れる理不尽な脂! だが、脂はあるのに胃に落ちていく感覚が妙に軽い。
「……あれ?」
俺は箸を止めた。
「どうしたの?」
レイちゃんが首を傾げる。
「まだまだ、いける」
「そりゃ、食べ始めたばっかだし」
「違うの!」
前世ならもう胃が黄色信号だった。なのに現在の胃袋は【次の肉を投入してください】とでも言わんばかりに絶好調。
(これが……若い胃……!?)
全然違う。食べれば食べるほど、お腹が空いてくる不思議な感覚!
「すみませーん!」
思わず店員さんへ手を上げる。
「カルビ、もう二人前お願いします!」
「ひまりんちゃん!?」
りあらちゃんが目を丸くする。
「さっきホルモン食べたいって言ってなかった!? これから沢山運ばれてくるよ」
わかってるさ。
「ホルモンも食べるよ! ガツも、ミノも!」
「育ち盛りだねぇ」
りあらちゃんも負けじと、育てたカルビを食べ進める。みあちゃんとレイちゃんのお皿にも、バランスよく焼けたお肉を載せる。
俺は更に店員さんへ
「白米もください! 大で! キムチとわかめスープもっ」
「急に覚醒した」
レイちゃんが冷静に呟いた。
これはすごい。若い胃袋、すごい。
脂を処理する能力が前世とまるで違う。カルビを白米へ乗せる。いわゆる、バウンド。そして脂が若干落ちたカルビを口に運ぶ。当社比程度にヘルシーになった肉を飲み込んでから、肉汁とタレが染み込んだご飯を一緒にかき込む。
米の熱と肉の脂が混ざり合い、口の中で一気に完成する。
「うっま……!」
これは反則でしょう。なんで俺は今まで焼肉で白米を控えていたのか。
プリン体? ビールを飲むから? 沢山食べられないから?
そんな不安は佐伯浩二とともに死んだみたい!
「ひまりんさん、すごく幸せそうですねぇ」
みあちゃんが微笑む。
「今、若さの偉大さを噛み締めてるところだから!」
「肉じゃなくて?」
「もちろん肉も噛み締めてる!」
「てか、なんの会話なのこれ」
レイちゃんが笑う。
向かいを見ると、りあらちゃんもカルビと白米を頬張っていた。
「ほらね! 焼肉食べたって全然平気!」
「まだ食べてる最中だから、むくむかどうかは分からないでしょ」
「レイはお母さん側なの!?」
「事実を言っただけ」
「敵だー!」
りあらちゃんが騒ぎながら、それでも楽しそうに肉を焼く。さっきまで母親と話していた時の強張った表情は、もうほとんど残っていなかった。
……良かった。
俺はその様子を眺めながら、追加のカルビを網へ並べる。
じゅうじゅうと肉が焼ける音。
四人の笑い声。炭火の熱。
みんなで食べる焼肉は最高だ。
「ひまりんちゃん、それりあらのカルビ!」
「あっ、ごめん!」
知らぬ間にりあらちゃんのカルビを食べてしまった。
「じゃあ、お詫びにガツあげる」
謝罪がわりに、最高の焼き加減のガツを差し上げた。
「ふーん? コレがガツかぁ」
りあらちゃんは口に含み、もぐもぐ、くにゅくにゅと食感を味わう。レイちゃん、みあちゃんも未知の部位に興味津々らしい。
りあらちゃんが飲み込んだ後の感想を待つ。
「……ん、んまーい!!? なにこの食感! 歯応え良いし、コク? カルビとかには無い味わいっ」
ふふふ。美味しいでしょ?
「コーラにも合うし、最高だよひまりちゃん!」
満杯だったコーラを半分ほど飲み干し、りあらちゃんがぷはっとグラスを置く。
……まあ、コーラよりも合う飲み物はあるんだけどねっ! それは、あと5年くらいしたら……ね!
「みあも食べたいです!」
「ひまりん、全部のせちゃって」
「はいよっ!」
内臓系の弱点は、焼けるのが遅いってところだ。それも見越してか、単に食い意地がはってるのか。レイちゃんの指示で俺は網いっぱいにガツやミノ、ホルモンを並べたのだった。
食育完了!
「これでみんな、カルビの脂がキツくなる年齢になっても内臓系を楽しめるねっ」
みんなの焼肉ライフは安泰だよ。将来、胃が衰えたとしても全然大丈夫。むしろカルビが数切れしか食べられなくなる分、より味わうようになると思うし。
「そう言われると、なんか複雑ですけど……! ミノも、コリコリしてて美味しいのは間違いないですねっ」
一生懸命、モニュモニュとミノを咀嚼するみあちゃん。自分が好きな食べ物を初めて食べた人が美味しいって言ってくれるのがこんなに嬉しいだなんて。
みんなが知らない食べ物をどんどん食べさせてあげたくなる。
「さてと。スイーツでも食べようかな」
すっかりお腹が満たされて。女子には欠かせないスイーツタイムをレイちゃんが提案してきた。
「いいねぇ! りあらはゆずシャーベットかなぁ」
「んー……みあはプリンにしますっ」
こんだけ食べても、さすが甘いものは別腹かな? みんな普通に余力を見せる。
「私は杏仁豆腐。ひまりんはどうする?」
各々メニューを決める。
んー、スイーツも美味しそうだけど。
「私は盛岡冷麺にしようかな」
やっぱり締めは冷麺でしょっ! さっぱりとした冷麺で口の中もリセットできるし。
「全然スイーツじゃないですね!?」
みあちゃんは「まだ食べるのか」と驚く。ちょ、タイミング悪くレイちゃんがスイーツとか言い出したせいで、俺が盛岡冷麺をスイーツだと思ってる変な子になっちゃったじゃん!
このままでは浮いてしまう。次のコラボ配信でネタにされちゃうので、どうにか軌道修正しなきゃ。
「いや……! 上にりんご載ってるし、ほぼスイーツだから!!」
トッピングの薄ーく切ったりんごに託してみたけど、自分でも苦し紛れすぎた。というか、むしろ冷麺をスイーツだと思ってる事を証明しちゃったくない?
「ひまりんちゃんの食べっぷり、見てて清々しいね。今度はみんなでお寿司とかも行きたいなあー」
なんとか、りあらちゃんが褒めてくれたのでまあヨシとしておこう。
お寿司……か。今の肉体なら、大トロ沢山食べても気持ち悪くならなそうだし、良いかも!?
他の三人が甘味を食べる中、俺だけが冷麺をすするのは中々にシュールだった。
冷麺はスイーツだった!?