50歳のおじさんがJKにTS転生したのでネットアイドルしてみる話 作:アラフィフ大活躍
「俺だけジャンルがおかしいんだよなぁ……」
気をつけようとした矢先、また独り言が漏れてしまった。
「ひまりん、最近独り言多くない?」
白石さんが不思議そうにこちらを見る。
「あぁ、ごめんごめん。長く一人暮らししてると、どうしてもね」
「長く……?一人暮らし始まったのは高校進学してからだったよね?」
ごもっともだった。まさか前世で20年以上独り身だったとは言えないし。
俺は慌ててスマホを閉じる。
だが問題はそこではない。
超大型コラボ。人気女性配信者グループ。
そして……
【人生相談系ネットアイドル:ひまりん】
いや、だから誰だ?最初にそんなジャンル付けしたやつ。
……完全に保険会社の窓口みたいになってるじゃないか。
「ごめん、ちょっと画面見えちゃった。……それ、受けるの?」
白石さんが覗き込んでくる。
「えぇ〜……」
正直怖い。今までは、自分が中心の配信だった。コメント欄も温かい。
リスナーはだいたい社会に疲れた人達しかいない。
だが、コラボは違う。相手には相手のファンがいる。つまり。
「若者文化の最前線に放り込まれるんだよなぁ……」
歳を取るにつれて、若いコミュニティとは自然と距離ができてた。
老兵は去るのみって言うけど、まさか今さら最前線に放り込まれるとは。
や、肉体は新兵だけども。
「急に老けたねぇ」
白石さんが笑う。
「でも、考え方によっては良い機会じゃん?」
「そうかなぁ」
「ひまりん、今かなり注目されてるし。これを機に他のチャンネルリスナーを取り込めるかもしんないよ?」
「んー。キラキラした配信者を見る層が、中身おっさんの女子高生に興味なんてあるのかなぁ」
……確かに最近、数字は伸びている。炎上の影響もあって登録者は十万人目前。
だが。
俺の配信、コメント欄がほぼ会社の休憩時間なのだ。
本当にアイドルカテゴリで合ってる?
すると、白石さんがニヤニヤしながら言った。
「ていうか、相手みんな若い女の子なんでしょ?」
「うん」
「ひまりん、もしかして普通に緊張してる?」
「そりゃするよ!」
「なんで?」
「女子高生達の会話って、いかんせん情報量が多いんだもん」
「は?」
いや本当に。最近つくづく思う。
女子高生同士の会話、処理速度が速すぎる。
話題が飛ぶ。共感で進む。オチがない。
前世のおじさん達みたいに、
「で、結論としては何が言いたいの?」
にならない。
昼休みなんか特にそうだ。
「昨日さー、マジでやばくて」
「え、待って。めちゃわかる」
「しかもさー」
「それな〜」
「待って、えぐーい」
「てか聞いて」
「それよりこれ見て!」
五秒ごとに話題が変わる。全く脳が追いつかない。
おじさん、会議なら議題と進行表が欲しい。
あとみんな、ちょっと待たせすぎな気もするよ。すぐ「待って」じゃん。
歳をとると、待つのがどんどん得意になっていくから良いんだけれども。
おじさん的には。
「いやでも最近は慣れてきたよ?」
「へぇ?」
「返事に困ったら、それな!って言えば大体いける」
「ちょっ、今度ひまりんにそれな!って言われたら複雑なんだけどっ」
白石さんが腹を抱えて笑う。
俺は真顔だった。
だって、『社内で一度検討します』くらい万能なワードを発見したのに笑われてしまったから。
その日の放課後。
帰宅した俺はパソコンの前で頭を抱えていた。
「コラボかぁ……」
送られてきた資料を見る。
【配信テーマ:ぶっちゃけ女子会!】
「帰りたい」
だがここは自宅だった。
ぶっちゃけ女子会ねぇ。
今一番俺が苦手そうな単語だ。ナウなヤングに混ざるのはやっぱり、ね。
参加メンバー一覧を見る。
【夢乃りあら】
ふわふわ系人気配信者。
【黒崎レイ】
クール系ゲーム配信者。
【小鳥遊みあ】
ASMR系。ピアノ系配信者。
そして。
【星野ひまり】
人生相談系ネットアイドル。
「やっぱ俺だけおかしいって!」
ジャンル欄を二度見した。人生相談系って何?ホットラインの窓口かな?
すると通話通知。やはりというか、相手は白石さんだった。
『やあやあ、コラボに向けて準備してるー?』
「してるけど、不安しかないって」
『いうて、ひまりんなら大丈夫でしょ』
「いや絶対浮くってば!」
『んー、逆に浮いてるから人気なんじゃん?』
「……むぅ」
それを言われると弱い。
最近ようやくわかってきた。
普通に可愛い女の子は、この世界に山ほどいる。
歌が上手い子も。ダンスが上手い子も。トークが面白い子も。
でも……
可愛い顔で労働問題を語る女子高生は、たぶん俺しかいない。
というか若くて可愛い子は社会経験もそんなに無いからね!
「唯一無二って、ちょっとズレると単なる変人になりかねないよなぁ」
『まあ、ひまりんはところどころ変だけどね』
「ねぇ否定して?」
『えー?無理ぃ』
即答だった。
その夜。
俺は珍しく、少しだけ配信前に緊張していた。理由は明日がコラボだから。
「なんというか……」
今までの【居場所】から一歩外へ出る感じがする。
前世でも、知らないコミュニティへ行くのは苦手だった。
会社の飲み会もそう。取引先との交流会もそう。
知らない人達の輪に入るのって、妙に疲れる。
だから今、少し怖い。
十六歳の身体なのに、中身だけ五十歳だから困る。
俺は白湯を飲んだ。転生しても、白湯の味は変わらない。
「……落ち着くなぁ」
女子高生の机に置かれた湯呑み。絵面が完全に旅館だった。
「さてと、ともあれまずは……出勤しないとなっ」
配信開始。
【ひまりん、本日も出勤しました】
「お疲れ様ですっ! ひまりん、本日も出勤しましたー!」
『お疲れ様です!』
『本日も生存確認』
『課長きた』
『今日も会社辞めたい』
「だから初手コメントから重いのよ!リアル上司や先輩にも相談してみて!それは」
『ここまで様式美』
『リアル上司よりひまりん課長の方が頼れる』
コメント欄を見ると、少し安心する。
ここはもう、二周目の人生なんて突拍子も無い暮らしの中で、変に落ち着く場所になっていた。
「えー、明日は、なんとコラボなんだけどね?」
『おっ』
『ついに』
『キラキラ女子会デビュー』
「やめて?おじさん、その言い方されると今から胃が痛い。キラキラとかさ」
『中身出てる』
『またおじさん言ってる』
「だって女子高生達の会話って、情報量多いんだもん!」
白石さんにも言ったけど、また繰り返す。
『草』
『何その感想』
『ひまりんも女子高生なんやで』
俺は真顔で訴えた。
「みんな会話飛びすぎなの! 何故一つの話題に結論を言わないの!?」
『おじさんすぎる』
『共感してほしいだけなのよ』
「話にはオチが必要でしょ!朝のスピーチでもさっ」
『朝礼当番かよwww』
『草』
『ひまりんと会話するの、息苦しいよ……』
コメント欄が爆笑で流れる。
すると赤スパ。
【ひまりん、若い子苦手なの?】
「いや、苦手ではないんだけどね?」
俺は少し考える。
『ひまりんは若くなかった?』
うるさいコメントはあえてスルーして。
「なんというか……眩しい?」
『おっ』
『急にエモい』
『これが若さか』
「みんな当たり前のように、楽しそうに未来の話するじゃない? あれがすごいなぁって」
前世の俺は、楽しみな未来の話なんてほとんどしなかった。
来月の納期。来週の会議。次の仕事。
そんな話ばかりだった。
目の前にある問題を、その日その日で解決していく日々。
明日なんて来なければ良い。朝、目覚めずにそのまま眠るように消えたいとさえ、何度考えたことか。
でも今のクラスメイト達は違う。
卒業後。夢。恋愛。旅行。
明るい未来の話をしている。
「青春って、未来を楽しみにできる時間なんだなぁって」
コメント欄の流れが少しゆっくりになる。
『刺さる』
『やめろ、その話は俺に効く』
『課長……』
「課長じゃない!」
俺は慌てて空気を戻す。
「とにかく明日は頑張る! まわりから浮かないように!」
『いやもう既にラピュタ並に浮いてる』
『存在が唯一無二』
『なら、明日は可愛い顔で労働語るなよ?』
「好きでこうなったわけじゃないの!」
『でも、浮いたとしてもひまりんらしいよ』
『おじさん全開で浮いてるひまりんが好きです』
そのコメントに、少しだけ笑った。
……不思議だ。
前世の俺は、誰かに「好き」なんて言われる人生じゃなかった。
でも今は。
画面の向こうに、俺の言葉を待ってくれている人がいる。
それは、思ったより悪くない。
配信終了後。
俺はベッドへ倒れ込む。
「……コラボかぁ」
天井を見上げる。
緊張する。怖い。でも、少しだけ……
「楽しみにしてる……のか?自分よ」
するとスマホが震えた。
【夢乃りあら:明日よろしくお願いしますっ♡】
可愛いメッセージだった。
その直後。
【黒崎レイ:配信見てます。普通にひまりんが好きです】
「えっ」
さらに。
【小鳥遊みあ:人生相談、ちょっと受けたいかもです……】
「なんで!?」
俺は思わず叫んだ。
いや待って。やべ、クラスの女子みたいに待たせてしまったぞ。
……じゃなくて、おかしいって。
俺は一応ネットアイドルだ。
歌ってる。踊ってる。可愛い衣装も着てる。
なのに何故、同じ配信者からしても【相談窓口】扱いなのか。
スマホが震える。
【夢乃りあら:ひまりんちゃんって、なんか安心感あるよね〜♡】
「同年代から出る感想じゃないのよ」
しかも安心感って。……女子高生アイドルに求めるものか?
さらに通知。
【黒崎レイ:コラボで炎上対策教えてもらおう】
「火災保険かな?」
俺はベッドの毛布を丸めて抱きしめる。
完全に配信者仲間からも、【なんか話を聞いてくれる存在】として認識されている。
終わっている。これでは、おじさん要素を隠すのが無理じゃん。相談されればおじさんの社会経験で助言しなきゃなんだし。
「いや、むしろ始まっているのか……?」
その時。
通話通知。
【夢乃りあら】
「うわ!?」
俺は慌てて姿勢を正した。ベッドの上で正座する。
なぜか知らないが、【若い女の子との通話】は今でも緊張する。
見た目は同年代なのに、中身がおじさんだからだろうか。
「も、もしもし?」
『あっ、ひまりんちゃん!?』
ふわふわした声だった。
THE・人気配信者。という感じの声。
『明日はよろしくねぇ〜♡』
「こ、こちらこそ……っ!」
緊張する。
社会人時代、取引先との電話ですらここまで緊張しなかった。
『ねぇ。ひまりんちゃんって、普段からあんな感じなの?』
「えっ?」
『なんか、【人生二周目感】あるっていうかぁ』
「なっ!?」
心臓が止まりかけた。
『そう言うふうに、コメント欄でも言われてるよね〜!』
「あ、あはは……まあ、そういう設定だからねぇ……」
危ない危ない。
この世界の人たちは、時々こうして核心に近づいてくる。
『でも私、ひまりんちゃん好きだよ〜』
「へ?」
『なんか、一緒にいると安心しそう!』
その瞬間。
前世の記憶が、少しだけ蘇った。
『佐伯さんいると、空気柔らかくなりますよね』
会社の後輩。飲み会帰り。居酒屋。
そんな記憶。
俺は少しだけ黙る。
『……えっと、ひまりんちゃん?』
「あっ、ごめんごめん!」
危ない。
最近、前世を思い出す時間が増えてきた。
星野ひまりとして生きているはずなのに。
時々、佐伯浩二が顔を出す。
『もしかして緊張してる?』
「……ちょっとだけ。あんまり知らない人と通話とか、しないから」
『えー?かわい〜♡』
「中身は全然可愛くないよ?」
『またそれ言ってる〜!』
通話越しに笑い声が響く。不思議だった。
前世の俺なら、若い女の子との会話なんて疲れるだけだった。
何を話せばいいかわからない。
変に気を遣う。でも、今はちょっと違う。
同じ目線で話せる。
それが少しだけ、新鮮だった。
『じゃあ明日、楽しみにしてるねぇ!』
「う、うん。よろしく」
通話が切れる。
静かになった部屋で、俺はスマホを見つめた。
「……これは、ひょっとして青春してるのかもなぁ」
ぽつりと漏れる。前世では、こんな時間は無かった。
仕事して。帰って。酒飲んで寝るだけ。
でも、今は違う。
コラボ相手から連絡が来て。学校で友達がいて。明日の予定が少し楽しみで。
そんな普通のことが、少しだけ嬉しかった。
十六歳の身体は軽い。
でも。
「まさか、この俺がねぇ」
五十歳のおじさんだった俺の心も、少しずつ軽くなっている気がした。